「フィッツジェラルド短編集」フランシスコ・スコット・キー・フィッツジェラルド | MARIA MANIATICA

MARIA MANIATICA

ASI ES LA VIDA.



1週間ほど前に読了したものの、何度試みても感想が書けぬまま・・・
どういうわけかこんな風にどうしても書けない作品ってあるんですよね。
好きか嫌いかと単純に問われただけならば、好きな作品!と迷いなく答えられますが・・・。
いろいろ作品の内容以外の事まで考えが及んでしまうせいなのかな??

とりあえずいずれ書き改めることを前提に、心に移りゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくしてみむとするなり・・・ん!?

「バビロン再訪」「冬の夢」「金持ちの御曹司」が好みかな。
それから意外な結末の「乗り継ぎのための三時間」も、かなり良かった。

翻訳をされた野崎孝さんがあとがきに書いていらしたように、
フィッツジェラルドが描くのは「夢」なのでしょう。
その夢はいつか叶えたい夢としてではなく、もう叶ってしまった夢で、
その夢の欠片を掌に乗せて反芻しているような・・・手に入れた夢、
失った夢との付き合い方みたいな印象でした。
そういう微妙な感情や美しい風景の描写にとても素敵なものがあって、
う~ん、と思ってしまう。

正直、いずれの主人公にもどこか身勝手さを感じて共感はしづらい。
夢、その目的のために、傷つけた相手も決して少なくはない。
でもそうしたことはさておいて、手にした夢をなくしてしまったことで
傷ついているナイーブな私的な主人公たちの言動っていうのは
どうも戴けませんが・・・。
ただ人間って総じてそういうものなのかもしれないとも思うし、
それにストーリーの起承転結だけが小説の質を決定するものでは
ないとも最近は特に思います。

同じく収録されていた「泳ぐ人」の中に、一代で富を築いた男性が
二代目以降なら認められるだろう、といった趣旨のことを考える
シーンがありました。
もう本がないのでうろ覚えですが、一代で築いただけではまだ
世間では認めてもらえないが、二代目になれば地に足についたものに
なるだろう、つまり成り上がりではなくなる、という感じかな。
成功してはみたけれど、まだ足りないものがある、それは一族の歴史とか
出自とか・・・とにかく完璧な家族というスタイル。
で、それがもしかしたら当時のアメリカが必要としていたものなのかも
しれないな~なんて思いました。

うまく書けないですが、これもまた尾を引く秀逸な短編集でした。
褒めているようには、いつもながら聞こえないと思うけどね♪



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