「ベンジャミン・バトン」を読んだその勢いで、ストック本からこれを。
もう少し後になって、つまりもう少しフィッツジェラルド作品を読んだ後で
読もうと思っていたのだけれど、短編集「ベンジャミン・バトン」では
表題作以外にピンとくるものがなく、やはり翻訳によるものも大きいのかも、
などと納得しがたいものがあり、そのあたりのモヤモヤを払拭できるかな、と。
で、今ワタクシは大変に満足しているのでした。
前半はフィッツジェラルドとその妻ゼルダにゆかりのあるアメリカ各地を
村上春樹が「巡礼」として訪ね歩いた、その記録。
中盤はゼルダの伝記と映画「華麗なるギャツビー(レッドフォード版)」に
ついてのエッセイ。
後半は「自立する娘」と「リッチ・ボーイ」という2編の短編小説の翻訳。
以上からなる、丸ごとフィッツジェラルドの1冊でした。
そこまで熱狂的にフィッツジェラルドの作品が好きというわけではない私だけれど、
思った以上に、それもかなり面白く読めたのは、やはりいつもながらの
村上春樹の作家とその作品への情熱と愛情に共感できることによるかと思う。
いささかマニアックすぎるきらいはあるけれど、私と同様に特別フィッツジェラルドの
ファンでなくとも、時代の寵児としてもてはやされ、そして消えていった、
ひとりの作家についてのノン・フィクションものとしても十分興味深く読めると思う。
そしてそれらの紀行文やエッセイを書く村上春樹の力と言うのも相変わらず素晴らしく
一文一文にひきつけられてしまった。
エッセイを書く・・・それも好きなものを書くときの村上春樹の文章は格別で、
神がかり的なものすら感じることがある・・・と書いたら大げさかな?
いやいや決してそんなことはないだろう、多分。
そしてこの文章力に加えて、もう一つはやはり定評ある翻訳力。
2編の短編のうち、特に「リッチ・ボーイ」は「ギャツビー」に通じるものもある。
でも、こちらのほうが私は好きだと思う。
成功者でありながら、人知れず持つ孤独感。
特に最後の数ページ、昔の恋人と再会し彼女の自宅を訪ねてその幸せぶりを
主人公が目の当たりにするあたりからの喪失感はたまらないものがあった。
とても素晴らしい短編だと思う。
言うまでもなく、フィッツジェラルドの作品が基本的に優れているということも
もちろんあるけれど、でもこの翻訳の力はやはり並々ならぬものだと思う。
私もごくごく基本的な、しかも文学ではなくいわゆる公的文書のなんちゃって翻訳に
携わっていたけれど、それですら日本語の感覚と横文字の感覚との隔たりに
わずか1行の文章についても四苦八苦したていたので、私になりの(低い)レベルでも
如何に元の文章を生かしながら、よりよく訳すことがどれだけ困難かは理解できる。
単に外国語だけではなく、日本語力も創作力も相当に必要になるから。
フィッツジェラルドのお墓に刻まれているという「ギャツビー」の中の一節:
So we beat on the current, borne back ceaselessly into the past.
- このようにして、我々は絶え間なく過去へと引き戻されながらも、
寄せくる波に向かって、その船を力の限りに漕ぎ進むのである。
この英文が、こんな日本語にできるだなんて!!!・・・とただただ思うのでした。
「ベンジャミン・バトン」に収録された、表題作以外の短編も村上訳が出ないかな。
多分、印象はずいぶん違うと思う。
翻訳ものの好きな知人は「翻訳者なんて関係ない」と言うけれど、私はそうは思わない。
「華麗なるギャツビー」を今から40年近く前に読んだときは、
この本の良さが全く分からなかった。何度読んでもわからなかった。
それはもちろん年齢的に幼くて理解しがたいものもあったのだろうけど、
それにしてもこの本の良さがわからないことは無性に残念なことだと
ずっと思ってきた。
そしてようやく数年前に村上春樹訳で読み直して大いに感動してしまった。
その時までの村上春樹は「ノルウェイの森」がちっとも好きになれなくて、
エッセイを除くとどちらかというと嫌いな作家だったのだから不思議なものですね。
そこでもう一度、今や絶版となってしまった私がはじめて「ギャツビー」に触れた
その訳本を読み直してみたけれど、そもそものギャツビーに対する語り手・
ニックの思いがかなり否定的なものだと翻訳者が解釈していることがわかり、
やはり翻訳者次第で作品は変わってくるものだと思うようになった。
翻訳は、原作があって出版社が誰にしようかな~と白羽矢を立てることもあるだろうし、
翻訳希望者が自らぜひこれを!と申し出ることもあるのだろうけれど、
可能な限りその作品あるいは作者に理解ある人物に翻訳してほしいものと、心から思う。
それにしてもよい本が読めてうれしい~♪ものすごく満足。
ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック (中公文庫)/中央公論社

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