Hola,,,


東京はだいぶ涼しくなりましたが、

昨日から今朝にかけて雷雨が続いたりして、凄く不安定な天候です。




もう2か月近く前になりますが、

初めて豊田スタジアム行ってきました。


名古屋vsアーセナルです。


もう…ロシツキ―とウォルコットが桁外れで凄かった…。


でも、こんなに強いのに、どうして近年はプレミアリーグで優勝できないのかと…。


この日はフレンドリーマッチにもかかわらず、

豊田スタジアムの観客動員数で最多記録になったそうですが、

たしかに人が多過ぎて、少し危険を感じるくらいの混乱状態でした…。



あと、スタジアムのデザインが、

SF的といいますか、映画のセット的といいますか。

亡・黒川紀章の事務所のデザインだそうですが。


Hayakawablog


サイズ的には理想的なスタジアムではないかと思いました。

交通アクセスは少し厳しいものがありましたが…。




それにしても、

アメブロは日に日に使いにくく、見にくくなっていきますね…。


もう操作に付いていけていない感じです…。



IN A BIT

もう5月。

早いですね。


試験が迫ってきているのですが、

色々と考えた結果、今年も受験しないことにしました。


2回目のパスなので、もう来年と再来年しかチャンスはありません。


周囲がドンドン合格していっているので、結構焦りもあるのですが、

今は空回り気味かもしれないです!


もう一か月くらい前なんですが、

狭山市の稲荷山公園付近に「探検」(?)に行きまして、


少し寒かったのですが、

ブラブラというか、結構ウォーキングしました(汗)



狭山市といいますと、

細野晴臣が(1970年辺りの)はっぴいえんど時代に住んでていて、

録音したりしていた場所というイメージです。

(私にはそのイメージしかありません)


ネットで少し調べると、

現在の入間基地が米軍基地だった頃にアメリカ風のスタイルの木造住宅(いわゆる“米軍ハウス”)が多数できて、

現在の稲荷山公園の場所も、敷地全部が米軍の住宅地だったようです。


あのスタイルの住宅は無茶苦茶カッコよく感じます。

コンクリート住宅も良いのですが、木造住宅だと“米軍ハウス”のスタイルも非常に良いです…。


現在の狭山市では、あのスタイルの住宅は殆ど失われてしまっている(普通の住宅街になってしまっている)ようですが…。

その意味で、基地返還後あの区画の住宅を開発した業者(西武線沿線なので、やはり西武グループの仕業でしょうか?)の罪は、私の中では大きいです…。

東京の立川や福生にも、同じスタイルの木造住宅があった時期があったようですが、今はだいぶ少なくなっているようです。


稲荷山公園の北側の方には、廃墟に近い状態の“米軍ハウス”などが散見されていました。

目にするたびに「廃墟にしとくのは勿体ない!」と心の中で大声で叫びました(汗)


入間市駅の方には「ジョンソン・タウン」という、“米軍ハウス”風の賃貸店舗・住宅を密集させた地域があって、

ここにも行ってみましたが、やや「作られた」感(?)があって余り感動は有りませんでした自分としては…。

とって付けた感といいますか、

地域に調和した形での住宅スタイルでないと、やはり違和感があるといいますか。


稲荷山公園の隣にある狭山市立博物館で、

1月中旬まで“米軍ハウス”関連の特別展示やイベントがあったらしいんですが、

これは私は行けなかったので無茶苦茶残念です…。



米軍ハウス風の木造建築のカフェとかも探せば多くあるのかもしれませんが、


唯一ネットで発見できて行ったのは、

稲荷山公園近くにある、“BRIKIKKA(ブリキッカ)”というチェコの雑貨を集めて販売しているカフェなんですが、

このお店は色々な意味で凄かったです。8年前に開業されたお店のようです。


勝手に1970年にタイムスリップしてしまいました(汗)



と、以上書いてきたたように、自分の中で静かな“米軍ハウス”ブームが起きました(汗)



暖かくなってきたら、再び、よりディープに、ゆっくり散策していみたいと思います


まだ私自身は自覚症状は無いのですが、

花粉の季節が到来しつつある(到来した?)と聞いています…。


私は例年ピークは3月下旬~4月中旬ですが、ムズムズし始めるのはは2月からですな。


せっかく暖かくなってきても、花粉はキツイですねぇ。

嫌な季節です。毎年言ってますが。


遂にMy Bloody Valentineが二十数年ぶりに新譜“MBV”を出したそうですが、

現在はオフィシャルサイトだけで、“180 gram vinyl + CD + digital download ”の三つの組み合わせを選択させて売ってるみたいですが、正直買い方がよく分からないです(汗)。

一体いつになるのかは分かりませんが、日本盤が出るのを静かに待ちたいと思います。


YouYubeの試聴版も聴いてみましたが、良くも悪くも変わらない印象(汗)

完全に1990年代初頭のサウンドでした(汗) 

何曲か非常に素晴らしいと思ったのがありましたが、当時レコーディングされた未発表曲と言われても全く疑いません。


20年以上経ってるのに変化が感じられないというのは凄いことだと思いました…。

もう終わりに近づいている2012年は殆ど(専門書以外の)読書はしませんでしたが(いや、したかな…?)、

いつの間にか、フリオ・コルタサルのオリジナル版の短編集2冊が岩波文庫されていたりとか、

(これまでも岩波文庫で1冊出てましたが、これは岩波オリジナルの選集版でした(と、思います…))


同じく岩波文庫ではボルヘスの短編集・エッセイ集が何冊か出ていたりとか、

最近は20世紀南米文学が(私の中で勝手に)少し熱くなってきている気がします…。


数年前にリョサがノーベル賞を受賞したりだとか、
次の夏季五輪やサッカーW杯で、南米に目が向けらてているのでしょうか。

(関係ないか…)


コルタサルとかボルヘスとか熱く語っても分かる人が回りに全然居ないので、

ほとんど一人で勝手に静かな盛り上がりを見せています(汗)


来年の下半期からは「もうこれ以上は読みたくない!」ってくらいに読書しまくりたいと思っています。

先週は僕と(昨年亡くなった)故Aの共通の友人Bと久しぶりに会って、

Aの作品をテーブルに広げて、飲みながら色々と話せた。


Bと話して、

懐かしく、またAの死を寂しくも思った。


AとBは美大も一緒だったし、

Bにとっては色々とAに対するコンプレックスのような感情もあったらしく、

当時の僕としては思いもよらない話が色々と聞けた。


僕にとっては、Aも、そしてSも、いわゆる“アート”な人物で、自分にはよく分からないが、

AとBで共有している“アート”な世界に立ち入れなかった、というか専門的過ぎて付いていけなかったところもあった気がする。


Aからは、色々と影響を受けたし、その影響は今も残っている。これからも残っていくと思う。

Bにとっても同じだと思う。


Bが昔の出来事とかを色々と話してくれたけど、僕は忘れていたことも多かった(記憶ってのは忘れるもんんなんだな…)。


僕もBも、Aとは長らく縁が切れていたが、

ちょっとしたつながりで、Bが亡くなる直前までAと一緒に仕事していた(らしい)方とつながることができた。

(つなげてくれた方に大感謝)


この方からAのことを少し聞けそう。


Aの墓参りはしていない。Bもしてないらしい。けど、いつかは墓参りに行った方がよいかねぇ、みたいな話をBとした。



Aのことは少しずつ忘れてきていたけれど、Bと会って、また色々と思い出してしまった。


Aの死から、もう1年も経つけど、いまだにBにとっても僕にとっても頭の整理ができていないのではないと思った。

(ショックは薄れたというか、もう無いけど)



少しだけ、どんより…。


昨年亡くなったAについて考えたことなどをブログで書きたい気持ちはあるのだが、

書いた後に暫くして読み返すと色々な意味での嫌悪感がもの凄い…。

(ていうか、また書いてしまった…という感じ)




12月になると無駄にソワソワしますが、

同時に、1年を綺麗に(?)締めくくろうという姿勢とか、落ち着いて1年を振り返ったりという機会は大事だなーと最近は思うようになってきました。


2012年のJ1の方は広島優勝(仙台準優勝)、強豪クラブとされていたG大阪がJ2降格となりました。

去年のJ1優勝は柏ですから、2年連続で、J2降格経験があるクラブがJ1優勝した点でも、興味深いところがあります(しかも、J1から降格した年・J2の年・J1に昇格した初年の3シーズンを同じ監督が指導した点でも共通している)。


他方、G大阪のJ2降格についても、去年、浦和が15位だったことをも含めて考えると、監督交代のタイミングなど、1シーズンの中での失策のもたらす影響が大きいのだなーと痛感します。


Jリーグ20年の歴史で積み重ねてきた蓄積は巨大なのでしょうが、1シーズンでここまで劇的な変動ないし動揺が生じたのを目にすると、

サッカークラブとしての本質的な意味での実力というのは、育てていくのがなかなか難しいのかとか思いました。というか、20年という単位では、まだまだ足りないのかな、と思いました。

現在は、各クラブが不均等に発展するなかで、リーグがトータルとして力を伸ばしていく時期ないし段階にある、ということかもしれませんが。


そういうふうに捉えますと、G大阪にとっては、J2降格というのは、次の段階への発展のために通るべきひとつの過程に過ぎないようにも(勝手に)思います。


同時に、Jリーグの歴史の中で作り上げられていく、各クラブ“らしさ”のようなもの(?)が、今後どうなっていって、

日本のサッカーシーンが全体として、文化として質的にも量的にも豊かになっていけるかどうか、そして、そういうのがアジアと世界全体のサッカーシーンに影響を与えていけるだろうか、というロマンみたいなものも感じました。


以上のような意味合いで、2012年のシーズンというのは象徴的なシーズんだったと感じました。



何回か触れましたが、

昨年10月に自ら命を絶ってしまった友達の漫画家A(友達と言っても、ずっと会ってなかったわけですが)、

そのAと私の共通の友人Bと、たまたま最近つながることができました。


某SNSで!

(便利さという点では物凄い時代になりましたね…。プライバシーの管理も難しくなった時代といえるかもしれませんが)



よく私とA、Bの三人でつるんでアートを語ったり、遊んだりていたので、本当に凄く懐かしいです。

Bも1年前に私と連絡とろうとしたらしいですが、

連絡先が分からなかったので連絡とれなかったらしいです。


現在住んでいる場所は、意外と近所で、「なーんだ」という感じでしたが(笑)



今度7~8年ぶりくらいに会って飲もうといううことになりましたが、

色々と思い出してしまったのもあり、不思議な緊張感です。


前は、自殺という点を観念的に色々とモヤモヤと考えたりしていたわけですが、

1年も経ちますと、割り切った感じといいますか、自分にとっては過去のものになった気がします。


もしBと会えば、Bと漫画家Aの姿がダブるのではないか、という気がしています(Bからしたら、私とAもダブって映るのかもしれません)。


そういうイメージのダブりというのが一生付きまとうのでしょうか。



私としては、A個人の最期の時期の生活については、もうあまり関心なくて、


今は、生前のAが芸術家、作家として、どのような作品や人物に影響を受けてきたのか、

Aの作品とAの自殺が、若い漫画家たちとその作品にどのような影響を与えるのか、

…ということに関心が向いています。



Aのことについては、自分の気持ちとして、少しだけ段階が発展したなー、

時間と経過というのはこういうものなのかー、

という気がしています。



もう11月か、という気がしますが、

まだ11月上旬だというのに、東京Vは「J1昇格ならず」が決定してしまいました。


まだあと1試合残していますが、

今年は、積み重ねたものがなかなか発揮できないというか、

もっと言うと何を積み重ねたのかよく分からなくなってくるシーズンだった印象です。


1年を通じて選手として伸びた人もいるんでしょうが、私の見た印象とか接した報道の限りでは、よく分かりません。


ただ、東京V以外の多くのJ2クラブが力をつけてきて、

差が縮み、追い抜かれていくなかで、

なかなか勝ち点をとるのが難しくなってきたとも感じました(負けというか、失点が少し多すぎたでしょうか)。


既にサッカーチームとしてのレベル的は限界に達していて、

もう一度全体的に新しいチームにしていくのかもしれませんが、

いずれにせよ、次期新監督の体制では長期的な目で成長していけるチームというか、

J1でも十分通用するチームをJ2でつくっていってほしいところです。


IN A BIT

Hola


今日は少しグッタリでした!


日頃の怠慢のツケが色々ときた感じ…。




PCの調子も悪く…。



コーヒーも不味く…。



最近はTVは殆ど見ないのですが、

いまCSでヴィム・ヴェンダース監督の特集がやっていて、

未見の作品が大量にやっていて、その誘惑が凄まじいです。



あー、ラーメン食べたい(笑)


泡盛のみたい(笑)



IN A BIT !!