新しい理論を思いついたので忘れないうちに書き殴っておく。いつか整理したいけど、今日は思いつくままに。
さて
「箸が転んでもおかしい年頃」って言葉は知ってるな?若年層の女性、主に10代半ば頃のことだと思うんだ。
でもこれ、実は男も同じだと思う。振り返ると、つくづくそう思う。
そして、何でもないことがおかしくて、面白くて、よくわからん笑いを生んでいたその環境がすなわちもう
「青春」
と同義でいいと思う。定義と言ってもいいかも。
あの頃、もちろん辛いことだって嫌なことだっていくつもあったよ。だけど、毎日が楽しかった。
大人の今のように、辛いことや嫌なことをポジティブに捉えて楽しいと消化する術なんて持っていない。
単純に辛いことより楽しいことが圧倒的に多かっただけ。ネガティブとポジティブの物量の差が明確だったのだろう。
あの頃を「楽しかった」と思い出せる人は青春を謳歌したんだと思う。逆に「楽しいことなんて無かった」と思い出す人は、つまりは青春してないのさ。
これは俺の以前からの持論なんだけど、青春を謳歌してこなかったオッサンは、ある程度の年齢になった時にほぼほぼ拗らせる。
いいか?拗らせる人が多い、じゃないぞ。
「ほぼ拗らせる」
だ。100%とは言わないが99%のオッサンが拗らせる。特に、ある程度の成功を築いた人は必ず拗らせるな。
男を選ぶ時は、それなりに楽しんできた男を選んだ方がいい。つまらん思春期を歩んできた奴は怖いぞ。
勘違いしてほしくないのは、つまらないと思われがちな真面目になガリ勉君でも、生活の中に楽しみを見出しいて、実は「楽しかった」と振り返れる男は青春を謳歌してきた奴だ。青春の形は人の数だけあるのさ。これは悪くない。
遊び人と真面目の比較じゃないんだ。楽しいか楽しくないかの比較だと思っていい。
そんなことから思うに、青春だけではなく、そこまでの人生を振り返った時に「楽しかった」と言うか「楽しくなかった」と言うかで選んでもほぼ同じだと思う。
他人から見てどうこうじゃなく、本人がどう思うか、だね。他人からの評価と自分の評価は意外と違ったりするからね。
もしこの理屈が合っているならば、全ての女性に知ってほしいね。特に若い子。変な歳上にハマって欲しくないし、騙されて欲しくもない。
箸が転んでもおかしい年頃を「楽しくなかった」過ごし方をしてきた奴は、自ら楽しくなくしてしまった理由があると思うんだ。
そして、その時を取り戻そうとして、いい歳したオッサンが人生を拗らせてしまう。悪いけど、危険人物になる可能性が低くないと思うんだよ。
時はね、絶対に戻らないんだ。
社会的地位を得た人をも狂わせてしまうほどの魅力があるのが青春なのよ。全ての人が平等に、それを無償で与えてもらっているはずなので、活かすも殺すも本人次第だったはずさ。
俺?過去の俺のブログを読めば、俺の人生が楽しかったか楽しくなかったかなんて問うだけ野暮だと思いますよ。