寒冷稲作発祥の地
北広島市の「きたひろまいピー」
かわいいでしょ?
かわいいでしょ??
お米の「まい」と
かわいらしい女の子からイメージした「ピー」で
「まいピー」ですって。
かわいらしい女の子で「ピー」って
名付け親の世代が分かるというか、
いや、まてよ、他にも「ピー」の付く女の子はいて
のりピーしか思いつかないわたしの年齢が分かるだけなのか、
まぁとにかく「まいピー」は平成25年生まれで
まいピーものりピーもかわいいですよね、うん。
ちなみに、まいピーは10歳だけどマラソンもするそうです。
すごいね!
明治4年に中山久蔵さんが北広島市で
寒さに強い「赤毛米」で稲作を始めたのが
寒冷稲作の始まりだそうです。
それまでは道北での稲作は不可能とされていたのだとか。
久蔵さんは田んぼにお風呂のお湯を引っ張り
川の水を温めながら米作りを行い
2年後の明治6年、初めて収穫に至ったそうです。
2年で実って良かったね、と思ったものの
おそらくポンプも水道もない時代に
田んぼにお湯を引くって
とてつもない労力ですよね。
今は赤毛米はあまり作られていないそうですが
「ゆめぴりか」「ななつぼし」のルーツは赤毛米なのだそうです。
まいピーの脇のモミジは北広島市の木。
以上、つぶらな瞳が愛らしすぎる
北広島市のマンホールでした。