その4では基地南部に設けられた隧道を見に行きます。
昭和19年(1944)半ば以降、空襲対策として基地南北の山あいに隧道を構築して燃料や弾薬などを分散配置しました。
北部の隧道群は未確認ですが、南部の広末隧道/赤幡隧道は現存しています。
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まずは広末隧道から見に行きます。
この名称は戦後に書かれた『明細目録』に記載されていますので採用しましたが、築上町では「広末弾薬庫倉庫壕」と紹介されています。
この山の麓にいくつもの坑口を持つ隧道が設けられました。
説明看板にある通り、爆弾、機銃弾を保管した弾薬庫壕となります。
説明看板の配置図を拡大。この坑道が現存しています。
『明細目録』ではこのように書かれています。
(アジア歴史資料センター Ref No.C08011078500より引用・抜粋)
坑口が規制されることなく口を開けています。上記の図では「ニ坑」の入口です。
総延長1㎞がほぼほぼ現存しているようですが、ひたすら素掘りなので歩いていると飽きてきます。なにぶん地下壕マニアじゃないので(^^;
一旦外に出ました。たぶん「四坑」の入口です。
農道に戻って帰ろうとしたら柵で出れませんでしたのでもう一度入坑...。
コウモリのコロニーがいくつか形成されていました。冬眠中かな。
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続いて赤幡隧道へ。
築上町の説明では隧道は2つ。1つ目は通信施設壕で道路沿いにあります。
坑口はコンクリートで施工されていますが、残念ながら塞がれています。
『明細目録』では、長中短波の送信機が計4台置かれていたようです。
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赤幡隧道2つ目は補給倉庫壕です。『明細目録』では「需品庫」と書かれています。
柵があるので中には入れませんので覗いてみる...なぜにコロナ撃退祈願?
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軍跡ではありませんが、赤幡隧道から車で5分南下すると凱旋門のような出で立ちの建築物が残っています。
下城井村役場とあります。
下城井村(しもきいむら)は明治22年(1889)成立した村で、昭和30年(1955)まで存在しました。この建築物はどうやら役場の玄関部分のようです。後ろの建物は壊されたけど玄関だけ残されたと。なかなかオシャレな物件でした。
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最後に消滅した遺構を空撮で見てみます。
まずは基地南部に設けられた着艦訓練場です。
(国土地理院 USA-M690-23より引用・抜粋)
築上町によると、空母の飛行甲板に見立てた艦載機の離発着訓練場のようで、大きさは305m×67mです。『明細目録』では「着陸演習場」と書かれています。
ちなみに正規空母瑞鶴の飛行甲板の長さは242m、潜水母艦を改造した瑞鳳は180m(のち195m)でした。
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2つ目は羽根木送信所です。
(国土地理院 USA-R205-14より引用・抜粋)
現在は病院と介護施設が置かれているので消滅していますが、築上町の説明には「標高5m前後の微高地にあり、周囲を土塁で囲まれ、内部には巨大な鉄塔2基をはじめコンクリート建物があった。2か所あった門柱のうち、1か所が現存する。」と書かれています。ちなみに置かれている場所は築上町ではなく行橋市です。
「門柱が現存する」と書かれているのでストビューで見たらありました。多分コレでしょう。googleさん、ありがとう(・∀・)
「巨大な鉄塔2基」とありますが、おそらくこんな感じだったのでは?
下関海軍警備隊延行送信所跡地に立つ海上保安庁の送信所です。
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最後は築城基地西方5㎞のみやこ町に建設された犀川秘密航空基地です。うっすらと滑走路の跡が確認できます。
(国土地理院 USA-M690-27より引用・抜粋)
犀川秘密航空基地は、昭和20年6月以降に全国各地に建設された海軍の秘匿飛行場の一つです。航空特攻兵力温存と特攻機発進が目的で、飛行場完成後は築城基地の機体も分散秘匿する予定だったのでしょう。
なお、これら「秘密航空基地」は秘匿名称として「牧場」と名付けられましたのでココも「犀川牧場」と呼ばれ、「第六八一基地」と言う番号も付与されました。
史料記載の滑走路のサイズは600m×30mで、建設年1945年8月と書かれていますが、完成していたかどうかは不明です。
秘密航空基地についての詳細は以下の記事をどうぞ。
以上、4回に亘ってお送りした築城海軍航空基地のレポートを終わります。
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[参考資料]
・⑤航空部隊-航空基地-4:海軍航空基地現状表 内地の部(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)
・⑤航空部隊-航空基地-48:大東亜戦時に於ける航空基地一覧表(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)
・⑤航空部隊-航空基地-4:海軍航空基地現状表 内地の部(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)
・築城航空基地(Ref No.C08011078400 アジア歴史資料センター)
・綜合目録 築城基地(Ref No.C08011078600 アジア歴史資料センター)
・明細目録 築城基地(Ref No.C08011078500 アジア歴史資料センター)
・第50航空戦隊戦時日誌 自昭和18年1月15日至昭和18年1月31日/1.経過(Ref No.C13120188600 アジア歴史資料センター)
・現状説明覚 昭和18年3月12日 第50航空戦隊(Ref No.C13120080500 アジア歴史資料センター)
・第51航空戦隊戦時日誌 自昭和19年1月1日至昭和19年1月31日/別紙(Ref No.C13120206100 アジア歴史資料センター)
・第706海軍航空隊戦時日誌 自昭和20年4月1日至20年4月30日 攻撃第405飛行隊 攻撃704飛行隊(Ref No.C13120362600 アジア歴史資料センター)
・第706海軍航空隊戦時日誌 自昭和20年3月5日至20年5月31日 攻撃第405飛行隊 攻撃704飛行隊(Ref No.C13120362500 アジア歴史資料センター)
・第762海軍航空隊戦時日誌 自昭和20年3月1日至昭和20年3月31日(Ref No.C13120378900 アジア歴史資料センター)
・第762海軍航空隊戦時日誌 自昭和20年2月1日至昭和20年2月28日(Ref No.C13120378800 アジア歴史資料センター)
・築上町歴史散歩ホームページ
・国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
・google map