その2では駐車場から北東に歩いて砲座に向かいます。

 

しばらく歩くと最初の電波塔群が現れました。

 

施設の間の藪の中に怪しい建物基礎が残っています。

 

昨年1月のヤブっていない時の写真で見てみます。

 

コンクリート床面が確認できます。

 

ちなみに1975年の空中写真にも写っていますが、この頃から空きのようです。

 

戦後すぐの空中写真を見ると、この周辺にも何かしらの施設があった痕跡が確認できます。なので建物跡も戦時中の物だと思いたいところですが、風師山では昭和30年代に電波塔が建てられたようですので、その頃の物だったことも否めません。

 

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道を北東に進むと2つ目の電波塔群が現れます。

 

電波塔手前の藪の中に据付台座らしき物が残っています。

 

六角形体で上面に4つのボルト跡が確認できます。

 

ヒキで見ると台座は半円状の土塁の中に置かれているように見えます。

 

台座の前方が盛土されているのが分かるかと...。

 

この台座跡は電波標定機位置と推測する場所に隣接していますので、電波標定機に関連する機器の据付台座だった可能性があります。半円状の土塁は元々は円形の掩体でしたが、戦後の道路建設で半分削られた、、、とも考えられます。

ただ、この台座は他地域では見かけたことのない形状ですので、どんな機器が置かれていたか分からないし、そもそも当時物かも不明ですが、当時の遺構と思った方が浪漫があるのでそう言うことにしておきます(^^;

 

電波標定機とは陸軍が開発した射撃管制レーダーです。大東亜戦時中に鹵獲した米英のレーダーを参考に...と言うかそのままパクって開発しました。昭和18年(1943)以降タチ1号、タチ2号、タチ3号、タチ4号の4種類が開発・生産されましたが、ドイツの技術を取り入れたタチ4号改も戦争末期に投入されました。

なお風師山高射砲陣地に置かれたのは米軍のSCR-268をコピーしたタチ1号でした。史料には昭和20年6月末時点の高射第四師団の電波標定機の戦闘能否が書かれているのですが、風師山は“否”とありますのでまともに使えなかったようです。

 

昭和18年10月の写真週報に掲載された米軍のSCR-268。

 

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ここで高射砲陣地の見取図を掲載します。

 

左下の「電波標定機推定位置」と書いた所に2つ目の電波塔群と展望所がありますが、ここから東側に高射砲陣地が広がっています。標高270mに6つの砲座があり、東から南にかけて尾根から下った谷側に数多くの施設が設けられていました。

 

では一つ一つ見ていきますが、まずは電波塔群の近くにある「建物A」です。

 

四隅の基礎部分かな。

 

建物基礎は壊されていますので間取りが分かるほど残っていません。陣地跡では7つの建物跡を確認しましたがすべてこんな感じです。しかも周辺はヤブですので見難いったらありゃしません。

 

「建物A」は道と同じ高さにありますが、その両側は掘り込まれて削平地となっています。まずは西側の「削平地①」です。

 

東側の「削平地②」は激ヤブです。

 

コンクリートの瓦礫はあちらこちらに転がっています。

 

道に復帰して北東に進むと道が二手に分かれますが、この2つの道の間に6つの砲座が置かれていました。現在も僅かながらに地形が残っており、入ってみるとヤブの中に窪地が確認できました。

 

左側のヤブの中です。

 

ではこの中に突入しますが続きは「その3」で書いていきますので、電波塔横にある展望所から関門橋を眺めてお別れとします。

 

展望所。

 

ちょっとビミョーな感じですね。

 

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[参考資料]

「戦史叢書019巻 本土防空作戦」(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)

「戦史叢書057巻 本土決戦準備<2>九州の防衛」(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)

「第56軍国土決戦史資料 昭20.11」(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)

「高射第4師団配備要図」(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)

「北九州高射砲隊配備要図」(防衛研究所 戦史史料・戦史叢書検索)

「本土地上防空作戦記録:西部地区」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「写真週報(292)」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「高射砲陣地築設要領」(Ref No.A03032195600 アジア歴史資料センター)

「高射戦史」(下志津(高射学校)修親会)

「福岡県の戦争遺跡」(福岡県教育委員会)

「DEFENSE OF JAPAN 1945」(Steven Zaloga)

「地図・空中写真閲覧サービス」(国土地理院)