これまで大分県側の施設を見てきましたが、今回から豊後水道を挟んだ反対側、四国に置かれた施設を取り上げていきます。まずは「由良崎防備衛所/砲台」です。

 

全体図や防備隊の概要は以下のリンクにて。

 

由良崎防備衛所は、愛媛県南西岸の豊後水道に突き出した由良半島の先っぽ(由良岬、由良崎)に位置しています。この場所に行くためには、瀬渡し船などで半島突端に上陸するか、半島を山歩きするかの二択となりますが、今回は歩いて乗り込みました。

半島の入口から車で15㎞/30分の道をクネクネと走り、さらに車を置いて山に入り、4㎞/1時間半ほどの登山を経てようやく到達。そもそも由良半島の入口まで行くのも遠いので、簡単に行ける場所ではありませんね(^^;

ちなみにこの半島の現在の行政区分は、北側が宇和島市、南側が愛南町に二分されています。

 

 

由良崎防備衛所は、大東亜戦争開戦時から佐伯防備隊の編成に名を連ねている(乙)タイプの防備衛所でした。

防備衛所には(甲)(乙)(丙)の3タイプがあり、(甲)が「管制機雷」を発火させて敵艦を攻撃する機能を有していたのに対し、(乙)や(丙)は水中聴音機、水中磁気探知器を使っての敵潜水艦の哨戒が任務となります。

『佐伯防備隊戦時日誌』を見ると、本防備衛所には昭和17年時点で、九七式水中聴音機二型/12基、仮称水中磁気探知器/2基、五年式2.5m測距儀/1基などが配備されていました。

 

なお、昭和20年(1945年)になると本土決戦に備えて穹窖砲台(洞窟砲台)の構築が全国の本土沿岸部で進められましたが、由良崎においても同様に「50口径三年式十四糎砲」 4門を有する砲台が置かれました。

 

前置きが長くなりましたが、これから遺構を見ていきます。

 

まずは施設配置図を作成しましたので掲載します。

 

山に入って尾根を歩き、一等三角点のある由良山を越えてしばらくすると、まずは標高241mピークに「海軍軍用地境界標石 15番」が現れます。

ようやくキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!って感じですw

 

見取図を見ても分かる通り、防備衛所の敷地境界は標石で囲われています。図には確認できた標石の番号を記していますが、これについては別途取り上げますので、まずは「聴音所」と「見張所」の場所に向かいます。

 

「境界石15番」から西に下ると「見張所」の建物が現れます。

外壁には偽装のための石が張り付けられています。

 

建物前方には壁が設けられています。

目隠しの壁でなく転落防止柵と言った感じです。

 

前方の入口を見ています。

 

内部です。

ひと部屋構造で10畳くらいの広さだったかな。なお入口や窓のすべてに木枠が残っています。

 

天井や壁に開口部が見られます。

 

建物後方部分は偽装の石は見られません。当然か(^^;

 

「見張所」の屋根の上から前方の「聴音所」そして豊後水道を見ています。

 

カメラを南に向けてみます。

手前やや左に由良岬灯台が見えます。海を挟んで対岸は高茂岬です。なお高茂岬の先端にも防備衛所が設置されていましたが、戦後は公園化され遺構は消滅しているようです。

 

「見張所」沿いに側溝と排水桝?が見られます。

 

 

以上、見張所でした。次回は「聴音所」を探索します。

 

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[参考文献]

「佐伯防備隊戦時日誌」(Ref.C08030392800~C08030414000、アジア歴史資料センター)

「引渡目録 佐伯防備隊」(Ref.C08011403500、アジア歴史資料センター)

「国土地理院地図(電子国土web)」を加工して使用