最後となる「その5」では、砲台後方に置かれた施設を紹介する。

 

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高島海面砲台記事  全5編:[概略][砲座][建物][四階建て][関連施設]

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1948年に米軍によって撮影された空中写真。

 

空撮と探索に基づいた平面図。

 

「砲台」の後方には、燈台の「吏員退息所」を包括する形で海軍用地が設定されており、その中に「兵舎」があったようだが、今回の探索では確認していない。なお、「砲台」北東のやや離れた位置に「発電所」と推測される遺構が残っているが、砲台域内は藪が濃かったため十分確認ができず、時間も足りなかった。

 

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砲台の探索を終えた後で空撮に写る施設を探しに行ったが、激ヤブの中でコンクリート塀に囲われた施設を発見した。そこには瀟洒な建築物が残っていたが、その造りは到底軍の建物には思えなかったので島民に伺ったところ、灯台守の宿舎との回答を得た。帰宅後に史料を検索して裏付けを取り、発見した施設は御神島燈台の「吏員退息所」だったことが判明した。

 

四階建てから見た御神島(おがみしま)燈台。

 

高島南方に浮かぶ小島の御神島(現在の名称は尾上島)の山頂に燈台が建っている。

本燈台は昭和4年(1929)11月初点。戦時中に米艦載機による空襲で被害を蒙ったが戦後に復旧、昭和41年(1966)には当時最大の出力となる太陽電池が電源として設置された。

 

※国立図書館デジタルコレクション所蔵「日本の燈台」より引用

 

明治2年(1869)に洋式燈台が建設されて以降、燈台の保守・維持・管理はいわゆる“灯台守”が担ってきた。

“灯台守”は灯台を主管する局(昔は逓信省灯台局など、戦後は海上保安庁)の職員(技手)だが、燈台は岬の先端や離島など僻地に置かれることが多いため、燈台敷地内の宿舎(官舎)で家族を連れて生活しながら職務に就く必要があった。この宿舎が「吏員退息所」である。

なお、“灯台守”は戦後に灯台の無人化が進んだことで置く必要が無くなり、2006年の女島灯台無人化を最後に姿を消すこととなった。

 

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さて、昭和元年度の計画において御神島に燈台を建設することが決まったが、この島は三角形状の急峻な小島であり、灯台以外の施設を建てるのは困難だった。そこで、隣接する高島に「吏員退息所」が設けられることになった。

 

「灯台局年報」に昭和4年度の新設標識として御神島燈台のことが書かれているので引用する。

※国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「灯台局年報 第8回」より加工・抜粋して引用

 

本史料には御神島燈台の「吏員退息所」の平面図も掲載されている。

※国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「灯台局年報 第8回」より加工・抜粋して引用

 

宿舎となる「吏員退息所」、「便所・浴室・物置部屋」、「事務所」の3棟がコンクリート塀で囲われた敷地内に書かれているが、現地を探索したところ、図面とまったく同じ配置で藪の中に残っていた。

なお、この施設がいつまで使われたかは史料で確認が取れなかった。

 

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それでは遺構を紹介する。

 

藪漕ぎの末に辿り着く。周辺には「逓信省用地」と「海軍用地」の標柱が並んでいるが、後から来た海軍が逓信省用地を包括する形で用地設定したようだ。

 

 

正門から入る。

 

コンクリート塀を内側から見る。

 

吏員退息所の北西側。入口が2ヵ所ある。

 

内部は激藪だが、図面から察すると二世帯が暮らせるように真ん中に仕切り壁が設けて左右対称の部屋と便所があったようだ。

 

左区画の玄関。

 

左区画の便所。

 

おそらく便器。

 

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吏員退息所を南東側から出ると、晷儀を置いたコンクリート台がある。

 

晷儀(きぎ)とは日晷儀とも呼ばれる日時計のことである。水平面板上に垂直の晷針を建てて太陽の影をよって時間を表す物で、昔の燈台にはよく置かれていた。

 

日晷儀のイラスト

※国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「燈台」より抜粋・引用

 

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正門を入って右手に事務所がある。

 

内部。

 

事務所横に水を張っていたような石積みがある。観賞用の池と言ったところか。

 

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一番奥に便所・浴室・物置部屋を持つ建物がある。

 

物置部屋を覗く。

 

右側の区画に便所と浴室がある。

 

浴室。右手に五右衛門風呂がある。

 

便所。

 

建物の南側に裏門がある。

 

この裏門を出て北東側に進めば兵舎があったようだが、探索していないので次回の宿題となる。

結局のところ軍の物ではなかったが、戦前に建てられた吏員退息所など関連施設がよく残っているので、これはこれで貴重な遺産と言える。

 

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次は砲台から見て北東側に残る「発電所」を見に行く。

 

こちらも劇藪と格闘しながら到達した。海軍用地標柱が現れる。

 

横長の三槽式水槽

 

建物基礎しか残っていないが、床面を見ると、海軍の砲台や見張所の遺構でよく見かける冷却水を流したと思われる排水溝が設けられているので、この建物が発電所だと推測した。

 

発電機の台座と思われる遺構もある。

 

便所。

 

小さな建物。おそらく油脂庫だろう。

 

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冒頭にも書いたが、砲台域内は藪が濃かったため十分確認ができず且つ時間も足りなかった。見逃しも多く、防備衛所の遺構も確認していないので、今冬には再訪したいと思っている。

 

以上、5回に亘ってお送りした高島海面砲台の記事を終える。

 

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[参考文献]

「海軍予備学生よもやま物語」(著者 石倉豊 著 出版者 光人社、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「海軍学徒士官よもやま物語」(著者 石倉豊 著 出版者 光人社、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)
「竹やぶの小道を抜けて遠見に登ろう」(著者 朝長重信著 出版者 近代文芸社 、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「灯台局年報 第7回」(著者 灯台局 編 出版者 灯台局、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「灯台局年報 第8回」(著者 灯台局 編 出版者 灯台局、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「日本燈台史 : 100年の歩み」(著者 海上保安庁灯台部 編 出版者 灯光会、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「日本の燈台」(出版者 灯光会、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「燈台」(著者 池田孝 著 出版者 愛之事業社、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「海軍思い出の記」(出版者泊会、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「平戸市史」(著者 平戸市 編纂 出版者 大和学芸図書、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「掌砲必携図解 第1編」(著者 海軍砲術練習所 編 出版者 軍港堂、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「戦友 (189)」(出版者軍人會館出版部、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

「佐世保鎮守府戦時日誌」(Ref No.C08030332500~C08030352900、アジア歴史資料センター)

「佐世保防備戦隊戦時日誌」(Ref No.C08030370700~C08030374400、アジア歴史資料センター)

「佐世保防備隊戦時日誌」(Ref No.C08030432000~C08030547800、アジア歴史資料センター)

「兵器還納目録 佐世保防備隊」(Ref No.C08010924900、アジア歴史資料センター)

「各地設営隊綴 (2)」(Ref No.C08011295300、アジア歴史資料センター)

「国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス」

 長崎新聞 WEB記事「戦争の記憶9」(2005年10月1日掲載)