つい最近、有川ひろの『倒れるときは前のめり』(角川文庫)を読んだ。有川さんの小説を実はひとつも読んだことがないのに突如としてエッセイを買ったのは、ひとえに書名のせいである。
この書名って『巨人の星』の有名なセリフからの引用としか思えず、俄然興味を持ったというわけだ。このタイトルに関して、著者は本文中で次のように説明している。
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「倒れるときは前のめり」この本のタイトルになった言葉です。坂本龍馬が好んで引用していた言葉だという説もありますが、実際のところは司馬遼太郎の創作という説もあるそうで。
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ということで『巨人の星』に関しては意外にもまったく触れられていない。
まずは『巨人の星』のセリフというのを説明しようと思う。
KC版第7巻で星飛雄馬は自分の投球に何らかの致命的欠点があると知り、父にそれを教えてくれと頼む。すると一徹は坂本龍馬の話を始めるのである。
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「当時の幕府側に命をねらわれいつ死ぬかわからなかった。しかし竜馬はこういった
いつ死ぬかわからないがいつも目的のため坂道を登っていく 死ぬときはたとえどぶの中でも前のめりに死にたい……と」
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この言葉に感銘を受けた飛雄馬は、第19巻では「おれの青春を支配したこの坂本竜馬のことばにかけて」云々とまで言っている。
当時のおれは「ふーんなるほど」と思って読んでいただけだった。しかし堀井憲一郎(大学時代の同級生)は違った。大人になってから、このセリフの出典を調べようとしたのである。
堀井くんの著書『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ』(双葉社)によると、彼はこの本のために『巨人の星』に出てくる故事や名言をいろいろ調べたがその中でも龍馬の「どぶ前」話は出典が特に分からず、龍馬マニアの知人に協力を仰いでまで探した。同じ『巨人の星』ファンでもおれとは熱の入れ方が全然違う。
とにかく堀井くんは、司馬の『竜馬がゆく』はもちろんそれ以外の龍馬関係の小説やさまざまな研究書にも可能な限り目を通したのだが、どこにも「どぶ前」エピソードは載っていなかったというのだ。
このエピソードは誰が作ったのか、梶原一騎はそれをどこで知ったのか、それとも梶原の記憶違いなのか、それが判明しなかったことをたいへんに残念がっているのであった。
さて、有川ひろの件に戻る。
おれが気になるのは、彼女が『巨人の星』を読んだことがあるのかどうか、ないのだとしたら「倒れるときは前のめり」龍馬説のことをどこから知ったのか、ということなのだ。だって堀井調査によれば梶原記憶違い説も有力で、そうだとすると「どぶ前」が龍馬の言葉だという話が『巨人の星』以外の場所で語られているということは考えにくいからである。
有川さんがどこでこの話を仕入れたのかが知りたい。あと、「司馬遼太郎の創作という説」という記述があるが、それがどこに書いてあったのかも知りたい。
なぜかって、いや、ただの『巨人の星』ファンの好奇心に過ぎないのですけどね。
※追記1
『巨人の星』のセリフ引用及び『竜馬がゆく』のタイトルについては、「龍馬」ではなく原典どおり「竜馬」と表記した。
※追記2
中学時代の望月少年は、このセリフを和歌にアレンジしていた。「いつ死ぬか分からないけど死ぬときはどぶの中でも前のめりにて」・・・それがどうした?