満月の夜の香り | 満願寺窯 北川八郎

満願寺窯 北川八郎

九州、熊本は阿蘇山の麓、小国町、満願寺窯からお送りするブログです。
北川八郎の日々の想いや情報を発信してまいります。

「満月の夜の香り」

神秘的な景色に接すると、人は神聖な気持ちになる。
そこに この地球を動かす大いなる何か、神を感じるようになるのだろう。

じっと 遠い景色のかなたに浮かぶ阿蘇山を見ていると、阿蘇に続くススキの波に うっすらと紅いオーラを感じる時がある。

こんな9月の満月の夜は 腹を空かしたまま 自宅近くの満願寺温泉の森まで下ってゆくのがいい。

十三夜から十五夜にかけての森は広葉樹の葉が 月の光にキラキラと輝き、森の影のはっきりとした不思議な静けさを伴う世界が広がる。とにかく静かなのだ。

その静けさの中 月光に浮かぶ道をさまようと 至る所で「うんっ?」と鼻を泳がせたくなるような香りに出合う。

満月の夜だけに森が興奮するのか、あの稲が実をはらむ時に似た 何とも甘く 芳純な透んだ緑の光のような香りがする。
ここ数年 満月の夜だけに香る匂いだ。不思議な安らぎと解放感、そして心地よさ。

しばらく嗅ぐと 血が満月の香りに呼応し 両手を天につき上げてしまう。

「ウォー」「ウォー」と腹の底から声が湧いてくる。

狼になったみたい。誰が見ていようとこの解放感には逆らえない。

顔を上げて満月に向って叫ぶ。腹の底から「ウォー ウォー」興奮が収まると そんな自分が恥ずかしい。

満月の夜だけに木々が騒ぎ 葉や樹枝から樹の休息を醸し出し始めるのだろうか。

満月の夜は狼だけでなく タヌキも叫ぶと村人から聞いたことがある。

きっとこの満月の夜の森の匂いが 森に住むフクロウもタヌキも虫も解放するのだろう。

現代の村人たちは皆 部屋に引きこもりテレビに癒されている。

この村で満月に騒ぐのは私だけかもしれないが、いや きっと・・・太古の人々も月光の下で騒いだにちがいない。

月の白い光で 昼間とは全く違う景色に変わってしまったこの森。

青い光のせいで 白黒のような影と形のくっきりとした木々のたたずまい。

月光がすべての音を吸い込みつつ 天上を渡ってゆく。この不思議な心の静けさ。

胸いっぱいにこの満月の夜の甘い空気を吸い込むと 清々(すがすが)しい凜とした気持ちになってゆく。

森が 木が 草が 虫が 動物たちもしーんとしながらも 月光にざわめく、音を月に吸い取られた世界。

こんな夜 東京から この山村に友人も知人も親戚も何もなく移り住んだこの20年間の私の濁りが 月の光で透明になってゆくように感じる。

移り過ぎいった刻(とき)に沈む はかなさと安らぎが 悲しさと満足が月の光の中で私を取り囲む。

山があり 川があり 枯れススキがあって 蛙と蛇がいる だから山に住める私がある。

さまざまな欲の荷を下してこそ この森に住めることに気づく。

(2003年致知10月号より)





※佐賀断食会 10月18日〜20日

※箱根断食会 10月30日〜11月1日

※長野断食会 11月15日〜17日

詳細: https://manganjigama.jp/