漫画藩のブログ

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東北芸術工科大学芸術学部文芸学科一年漫画藩のブログです。

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 申し訳ない。ただ書かなかっただけに思う。申し訳ない。


 それで、ICO-イコ-のHDリマスターを1周だけクリアしたので、それについて書こうかと。


 まず、この作品が評価されたのは当然でしょう。ps2版が出た当初は新しいゲームであり、ゲームの可能性を大きく広げたゲームだったと個人的には感じたので。






下記、ネタバレ含みます。



 ここから、ストーリーやシステム面のことを。ストーリーはある城に捕らえられ、言葉もわからない少女と共に、脱出を目指すというシンプルな話。会話や説明はほとんどありませんが、本当に丁度いい配分でした。

 


動機も、少女が囚われている、危険に晒されている。故に助ける。それだけ。それが見せられるだけだという点が実に巧い。自分が男で少女が危険に陥っていたら助ける。そこを説明しない。物語を作っていると案外それがわからなかったりする。確かにそれではいけない状況もあるだろうが、それはそれ。女の子を男の子が助けることは当たり前のことであっていい。それが最初の出会いのシーンだ。



 少女を呼ぶ、手をつなぐ。このゲームはそんなゲーム。このシステムでできている。

たった二人で、謎を解き、敵から逃げ、脱出を目指す。手をつなげることは素敵だった。なんかそれだけで十分すぎる。少女がプレイヤーのアクションに対してしっかり、リアクションをしてくれるのが本当に嬉しい。二人で攻略。三分の二の楽しみはこの二人でのところに詰まってる。

 

他にシステム面で最も感心したところがある。通常プレイ画面に男の子が見えないものが映らないことだ。

分かりにくい表現に思うが、主人公となっているキャラクターに見えないものが画面に見えるか見えないか、その点が大事に思うので、そう表現した。他のゲームにある、主人公に見えなくて、プレイヤーに見えるものとは、HPバーやミニマップ、アイテム欄などのことだ。それらの余計なゲーム感を出すものを一切画面に映さず、アクションゲームと成っている点に感心した。それはゲームの世界観に入っていくことをとても助けていると思う。この中で表現されている世界しか映らない。もちろんオプションなどは備わっているが、なかなか今のゲームには見当たらないものに思う。




クライマックスの一人で再び捕らえられた少女を助けにいく部分は感動した。その後もですが。全くそのような表現されてはいなかったが、あの展開は熱かった。そういう心理をみせないのも巧かった。あそこでそういった表現は、余計だったからでしょう。あそこで逡巡することはプレイヤーにとってもストレスになる。主人公を客観的にみれば、おそらくあそこはとても熱い展開だった。しかし、プレイヤーははやく助けなければと必死になる。プレイヤーが見えるのは主人公が見えるものだけになる。故にあの時点では展開を見るなんて考えは排除されただろう。そうならなかった人もいるだろうが、ある程度世界に入っていれば、主人公の気持ちはわかるものだ。完全にプレイヤーキャラクターにシンクロできる、これがゲームのいいところだと実感した。あと少女がいなくても呼ぶことができ、少女の方向に画面が向くのもとてもいい演出だった。





プレイヤーキャラクターとのシンクロ、それが一番新しく感じられた感覚でした。これはキャラクターの気持ちの表現を極力廃し、それをプレイヤー側でやってもらうということで成し得たものではないか、と個人的に感じました。ゲームの主人公はプレイヤーなんです。プレイヤーが思うように主人公を操作できれば、主人公の気持ちはある程度表現されなくてもいいんです。このゲームの魅力はもちろんそれだけじゃないですけど。


創作にこれが活かせればいいな。





ご無沙汰してます、いのうえです。
ブログ書くのすっかり忘れていました。本当にごめんなさい。

もうあと少しで、2012年も終わります。
色々なことがあったと言えば、あったけど、
なかったと言えば、なかったような、そんな年。

何が一番変わったのかと聞かれたら、
私の世界の人が増えたことだと思います。
新しい人達と出会って、
お友達になってくれた人もいれば、
傷つけてしまった人もいたり。
だから、2012年分の謝罪と感謝をしておきます。
ごめんなさい、ありがとう。

4年に一度の1日サービスで、2012年は366日ありました。
その、366日。
悔しくて腹が立った日、
そういう想いをしている人が他にもいるのだと知った日、
それを知って何だか心があたたかくなった日。
「毎日が特別な日なのだから一日一日を大切にしよう」なんて、
自分でブログに書いておきながら、
結局実行できませんでした。
それでも私の毎日を飾ってくれた人達がいて、だから。
ごめんなさい、ありがとう。

ここではちゃんと書けるのに、
誰かの前に立つと、気恥ずかしくて言えない言葉。
「ごめんなさい」と「ありがとう」


2012年、たくさん学んだけれど、
とても大切なことに気づかされました。

恥ずかしく生きる、ということ。
そして、その恥ずかしさがすごく素敵だな、ってこと。

恥ずかしく生きるというのは、素直になることです。
知らないことは知らないと言ったり、
褒められたら喜んだり、
嫌なことはきちんと首を横に振ったり。
できているようで、意外とできていないこと。

笑っていれば上手くかわすことはできるけれど、
誰かの言葉を鵜呑みにしないのが賢い選択だと思うけれど、
何でも我慢すれば穏便にすむけれど、
譲れないことだってあるんです。
そういうときに大人じゃない行動をとるのは、
すっごく恥ずかしいことだけど、
たぶんそのほうが、
一生懸命で素敵だなぁと思います。

そのことに気づいてしまったからには、
私もそういう風に生きなければ。
「ごめんなさい」も「ありがとう」も
恥ずかしくても、ちゃんと伝えないと。


ということで、2012年。
たくさんごめんなさい、たくさんありがとう。
今後ともどうかよろしくお願いします。

それでは。



Android携帯からの投稿
とりあえず、DLC(ダウンロードコンテンツ)部分も一キャラでクリアしたので、引き続きダークソウルから得られた感情について書こうと思います。



アップデートによって、暗い木目の指輪という、ローリングアクションを変える指輪が劣化されたことはゲームバランス的に、よかったなーと感じましたが、それを使うこと前堤で作ったキャラの装備を若干見直さないといけなくなったのが少し残念でした。


DLCエリアのことをメインに書いていこうと思います。ストーリーは女性を助けるといういたって単純な目的で進行して、世界観を楽しむことに没頭でき、とても景色や、歴史に胸を馳せることができました。敵も今までにない不穏な魅力を放っていて、このシリーズのデザインはいつも秀逸だなー、と脱帽する限りです。



そして、やはり改めて感じたこのシリーズの最大の魅力はボス戦の絶望感でした。DLCエリアでは三体+一体いた中、DLCエリアのストーリーの進行上倒さねばいけないボスの二体目と三体目は本当に初見では勝てる気がしなかった。どちらも最初の3回くらいのチャレンジではHPを数ミリ減らせたか減らせないかで敗北の繰り返し。

ちなみに初見では味方を呼ばないで、クリアすることを目標にプレイしてます。初見一周目は全ボス一人で倒しました。デモンズソウルでは初見でマンイーターというボスに一人で勝ったときの「達成感」を得ることができなくて後悔したので、初見は絶対味方を呼ばないで倒すと決めています。それからはやはりこのシリーズが楽しくて仕方ないです。

話を戻します。とにかく敵に負ければ、負ける程、倒した時の「達成感」が凄まじくなる。このゲームは覚えゲーとも呼ばれていて、敵の配置、マップ、モーション、パターンなどを覚え、的確に対処すれば、ほとんどクリアできるように作られています。武器の火力なども関係してきますが、全攻撃を避け、敵に的確にダメージを与え続ければ、どれだけ戦力差があっても勝利は可能なのです。それ故の「達成感」です。アイテムや武器などの強力なものに頼らず、一瞬で倒されていた自分がプレイを続けることによって、相手を倒せる自分になることが凄まじい「達成感」を生みます。友人同士で装備等を縛って遥かに強大なボスを倒すことができれば、一人で勝利した時の何倍もの喜びを得られるのではないか、と私は思います。(そんな友がいないので(笑))



DLCエリアの二、三体目は本当に二十回以上挑戦してやっと勝利しました。是非皆さんにもこの達成感を味わってほしいです。ライトユーザー向きではないですが(笑)

これをプレイしている時、私は傷心気味だったのですが、このゲームに没頭でき、若干助けられました。やっぱり私にとってゲームは偉大な生命線でしたね。

そして、最終的に私ははいろんな物に支えられないと生きていけない人間という生命がとても儚く、愛おしく感じた。そんな感情も抱かせてくれるのがゲームです。