第22回
「王警部、どうしたかなり」
まみりは自分の携帯で王警部に話し掛けているとその声がどんどん大きくなる。そしてまみりとランチ石川の座っているヒマラヤ杉の幹の裏から、携帯をかけながら王警部が現れた。
「王警部、うしろにいるなら、わざわざ携帯で電話をかけてくることもないなり。でも、どうやってこのハロハロ学園の中に入ったなりか」
「わたしも、驚いたわ」
給食王石川もアンパンを囓りながら王警部のほうを振りむいた。
「ふたりとも、これがあれば簡単さ」
王警部は自分の警察手帳をまみりと石川に見せた。王警部もまみりと石川の横に腰掛ける。
「探偵高橋愛がいないみたいだね」
「あの女、最近、モータウンとか、ミュージックティービーとか、そんなことばかり言っているなり」
「それにこの前は強羅の高級温泉旅館に行って来たと言って温泉饅頭を持って来たわ」
貰うものならなんでも貰う石川はあの温泉饅頭の独特の苦みを思い出して、また食べたいと思った。
しかし、そんなことには興味がないという様子で、王沙汰春は少しむずかしそうな顔をした。
「最近、不思議な事件が起こっているのを知っているかい」
「急にそんなことを言われてもわからないなり、矢口くんは警察関係者じゃないなり」
「そうよ。そうよ。まみりの言うとおりだわ」
都内にある深海魚を飼育しているプールがつぎつぎと壊されているんだよ。プールに毒を入れられたり、網で救われた深海魚がアスファルトの道路に放置されたりで、都内から深海魚が姿を消そうとしている」
「都内で深海魚が飼育されているなんて初めて聞いたわ」
石川は知らなくてもまみりはその事実を知っている。ハロハロ学園の内庭で見たものがそれだったのだから。
「それで、この人物を知っているかい」
王警部は服の内ポケットから男の写真を出した。石川はその顔をのぞき込んだ。
「結婚詐欺師みたいじゃないの」
「そうなり」
矢口まみりも同意する。
「誰なりか」
「実は日本人じゃないんだよ。日系二世、新庄芋という男だ」
「警部はこの男を追っているなりか」
「そうだよ。まみりちゃん」
「その深海魚が関係しているプールが壊される前には必ず、この男の影がある」
「じゃあ、この男が深海魚を殺して歩いているんですね。警部」
「そうだろう。でも、何故、この男がそんなことをしているかということだ。実はこの男の身元を僕は知っているのさ」
「何者なり、警部」
「同業者だ。しかし、やり方は僕らとはだいぶ違っている。それに興味のあるのはこの男が現れるときにはいつもハロハロ学園の女子生徒が現れることだ」
新庄芋の写真をしげしげと眺めていた石川はあわてて王沙汰春の顔を見上げた。
「誰、誰なんです。警部」
「探偵高橋愛だ」
「うっそう」
「信じられないなり」
びっくりしたびっくり坊主石川は手に持っていたあんぱんのあんこを地面に落とした。すると新垣が近寄って来てあんこを口に運んだがあまりにもびっくりしていたので矢口まみりも石川もそのことに気づかなかった。しかし、新垣は目に喜びをたたえてあんこを自分の巣に運んだ。
「探偵高橋愛の変化に君たちは気づかなかったかい」
「そう言えば、探偵高橋愛は最近、おかしいなり。ブリトニー高橋愛と呼べと新垣に宣言していたなり」
「探偵高橋愛が悪の道に進まねばいいが」
石川りかはまるで小悪人を見つめる正義の味方のように呟いた。
「理事長のお知らせだよ。理事長のお知らせだよ」
瓦版やの吉沢が声を張り上げてまみりたちの横を通った。
「理事長は深海魚を集めていらっしゃる。深海魚をハロハロ学園に持って来た者にはどんな深海魚だったって三十円を下さるというおふれだよ」
吉沢はちらしをまいていた。
「ここでも深海魚か」
王警部はつぶやいた。
「きみたちに新庄芋のはなしをしたろう。その新庄芋が探偵高橋愛と一緒にある男のところを頻繁に訪れているのだ。その男というのも疑いのある男でね」
「どんなふうに疑いがあるなり」
「墨田の方で釣り堀やをやっていた男なんだが、十年以上前にその釣り堀やも廃業している。そしてその空き地を使って毒蛇だとか毒とかげだとかを飼い始めたのだ。その直後に殺人事件があってね。それには毒蛇の毒が使われていた。警察内部でもその男が関わっていたのではないかという噂が立ったが、証拠もなかったのでその男は網の外に逃げた。何年か前からか大きなステンレス製のタンクを買い込んで、中で何かを飼い始めたらしいんだよ。そのタンクの外側には空気ポンプがつながれていて酸素を送り込めるようになっているんだ」
「あやしいなり」
矢口まみりも同意した。
「その男のところに新庄芋ときみたちの同級生の探偵高橋愛が足繁く訪れているんだよ。それだけじゃない。その男は最近、新聞広告を出しているんだ。深海魚のご用命は当方まで、毒蜘蛛育成園ってね」
「まみり、探偵高橋愛に問いつめなければだめなんじゃない」
「そうなり」
「もし、探偵高橋愛が何かやましいことをしようとしているなら、そんなことをすればかえって逆効果だ。とにかく、毒蜘蛛育成園に行ってみようと思うのだがきみたちも来ないか」
「行くわよ。もちろん」
暇をもてあましている石川りかが答えた。
「矢口くんも行くなり」
「まみり、あれ、ゴジラ松井くんが帰って行くわよ。珍しいじゃないの。クラブ活動もしないで。なんだか、ゴジラ松井くん、疲れているみたい」
校門を出て行く、ゴジラ松井くんを見ながら石川りかがまみりに同意を求めた。
三人が行った毒蜘蛛育成園は年代物の鉄道の高架をくぐった畑の中にぽつんと雑木の中に囲まれてあった。中に入ると平屋の横に生け簀をコンクリートの蓋でうめたような跡があって、その上にステンレス製の大きな円柱のかたちをしたタンクが横に三本並んで置かれていた。三本とも上の方に潜水艦のハッチのような蓋がついていてそこからタンクの中に出入り出来るようになっているらしかった。
「まみり、気味の悪いところね」
石川りかが毒蜘蛛育成園と書かれた木製の看板を見ながらつぶやいた。
「どんな人間が出入りするか、あそこに建設業者がうち捨てて行った小屋があるから、あそこに隠れて観察しよう」
ふたりは王警部の提案を入れてその小屋の中に入った。三人がその小屋の中で身を潜めて毒蜘蛛育成園の方を伺っていると、入り口のドアのところに人影がにゅうと立った。
「はるら先生」
石川りかが井川はるら先生を見て小さく声を上げた。
「ここにいるととにかく目立つ、中に入ってください」
王警部に言われてはるか先生も作業小屋の中に入った。
「なんで、はるら先生はここにいるんですか」
「わたしの悪魔コレクションのひとつ、月の光投影機を買って行った人間がいるのよ。その人が何をするのかと思って、こに来るのか、わかっているから待っているのよ」
「月の光投影機ってなんなり」
「まみりちゃん、それは月の光と同じ光の粒をふりかけるものなのよ」
「それを買って行ったのは誰なり」
「まみりちゃん、あなたたちのお友達よ。探偵高橋愛なのよ」
「それは奇遇ですな」
王警部も話に参加してきた。
「実はわれわれも探偵高橋愛の行動を監視しているのですよ」
そこで四人はその小屋の中でやはりそこを見張っていることにした。すると一時間くらい経ったところで昼日中だというのに黒装束に身を固めた集団が手にスパナやナット回しを持って現れてあのタンクの上に上がるとあのハッチのようなものを開けようとこころみた。すると平屋の中から百道三太夫みたいな顔をした老人が出て来て、どなりつけた。するとその集団は雲散霧消して畑の方に逃げて行った。畑の方で、今はやばい。夜になって暗くなってから決行しようというような声が聞こえる。それなら喫茶店で夜になるまで時間をつぶそうなどと言っている。そして首領らしい人物が黒頭巾を脱いだ。子分たちも次次と黒頭巾を脱いでいく。驚いたことに首領は飯田だったのだ。保田も小川も辻も加護もいた。そしてその中には剣聖紺野さんもいた。不良グループたちは駅の繁華街の喫茶店にでも行ったようだった。それから小一時間が経った。
「あれを」
井川はるら先生が指さした毒蜘蛛育成園の玄関のところには探偵高橋愛が立っている。そしてその横にはエフビーアイ捜査官、日系二世、新庄芋も立っているではないか。そこで彼らは立ち話をしてから家の中に入って行った。
数時間が経った頃だろう。畑の方でたき火の煙が上がっている。また見ると黒装束に身を固めた怪盗たちがたき火にあたっている。みんながそれぞれ棒みたいなものを持っていてそのさきにはさつまいもがついていた。怪盗たちは焼き芋を焼いていた。
あたりが暗くなったあたりでトレンチコートを来て、帽子を深々と被った男がひどく疲れた足取りで毒蜘蛛育成園の玄関を尋ねた。すると中から探偵高橋愛と新庄芋が出て来て二言三言話して、急に探偵高橋愛が懐中電灯のようなものを取り出すと光を当てた。すると、男のトレンチコートはエメラルド色に輝いた。探偵高橋愛は今度はポケットの中から銀色に輝くものを取り出すと男に向けた。男は両手を挙げて降参の意思表示をした。そして探偵高橋愛と新庄芋は男を裏の畑につれて行った。畑のやぶの中では怪盗たちが身を潜めている。四人は小屋を飛び出し、畑の方に行った。
「やめないか。探偵高橋愛、きみはまだ高校生だろう。拳銃をかまえているのは、きみは殺人者になるつもりか」
王警部が大声で叫んだ。騒ぎが起こったので茂みの中から黒装束の集団も出てくる。
「きみたちもくだらないことはやめろ。きみたちが誰かわかっているんだぞ」
黒装束の連中のなかでひとりが頭巾を脱いだ。
「オヤピンがクストー理事長が深海魚を買い上げてくれるから、盗もうと言ったピン」
「加護、余計なことを言うんじゃないよ。でも、正体がばれたみたいだね」
怪盗たちは頭巾を脱いだ。そこにはハロハロ学園の不良グループたちが立っている。剣聖紺野さんも秘宝剣、紀伊白浜丸を背中に背負ったまま立っている。
「誰から何も、言われる筋合いはないよ。実際にはハロハロ、不良団は何もやらなかつたんだからね」
「紺野さんは凶器準備集合罪にとらわれるなり」
まみりはつぶやいた。
「王さん、ソレナラ、探偵高橋愛とわたしはなおさらのことデス」
「民間人がピストルで人間を撃っていいという法律は日本にはない」
王警部が断言した。
「ニンゲン」
「フハハハハハハハ」
新庄芋と探偵高橋愛はこんなにおもしろいことはないというように声高らかに笑った。誘われて石川も笑った。探偵高橋愛はやはりまだ銃を構えている。フロックコートの男は黙ったまま立っている。
探偵高橋愛は男に銀色のコルトを構えたまま王警部の方を向いた。
「この銀のコルトの中にふつうの弾丸がこめられているならこの男もすぐに、このブリトニー高橋愛に飛びかかってくるわ。でも、この中にははるら先生が呪いの術をかけた銀の弾丸が入っている」
探偵高橋愛は拳銃を構えたまま男がかぶっていた帽子を引きちぎるように取った。
その場にいたものは一斉に声を上げた。なんにでもサポーター石川はいつもやるように手を合わせ身もだえをするように歓声をあげた。
「ヒーロー、ゴジラ松井くんだわ。ゴジラ松井くんだわ。ハロハロ学園のヒーローのお出ましだわ」
黒頭巾を脱いだ不良たちもうっとりとモテモテゴジラ松井くんを見つめた。
その中でももっとも熱い目を持ってゴジラ松井くんを見つめていたのはもちろん、矢口まみりである。その場にいた女たちがうっとりした視線をゴジラ松井くんに投げかけていたのを探偵高橋愛は冷ややかな目で見つめていたが、今度は懐中電灯のようなものを取り出した。
「探偵高橋愛は月の光、投影機を取り出したわね」
井川はるら先生がぽつりと言った。
「この男がヒーローだって」
また探偵高橋愛はこの世界を支配したように笑い出した。新庄芋も薄気味悪く笑っている。「人間をピストルで撃てば罪に問われるでしょうが、人間でないものを撃ち殺してもなんの罪にも問われないわ。ほら、見て」
探偵高橋愛はその懐中電灯のようなものの光をゴジラ松井くんに当てる。するとどうだろう。ゴジラ松井くんの身体はエメラルド色に輝きはじめたではないか。その輝きもじょじょに明るくなっている。そしてゴジラ松井くん姿は変わっていった。まず、あの隠密怪獣王に変わったのである。それからまみりがハロハロ学園の秘密のプールで見たエメラルド色の爬虫類に変わった。ゴジラ松井くん自身にパワーがないのか、あの巨大な姿ではない。人並みの大きさである。そして光が当たっているあいだゴジラ松井くんの姿は隠密怪獣王の姿や、ヒーローゴジラ松井くんの姿や、あの気味の悪い爬虫類の姿なんかにくるくると変わっていった。そして爬虫類の姿に変わったとき、ゴジラ松井くんの前に小さな野ネズミが走ると理性を失っているゴジラ松井くんはその野ネズミをぱっと飛びついてひとのみにしてしまったのである。
「きゃあー」
その姿を見てフリフリスカート石川が叫び声を上げた。その場にいた女たちも悲鳴を上げた。
そして女たちのあいだにざわざわとしたささやきが聞こえたとき、不良たちのあいだから抗議の声が上がった。
「金、返せ」
「ゴジラ松井って本物の怪獣じゃねえのかよ」
加護愛がよたった。
「もう、お前なんか、ハロハロ学園のヒーローじゃねえよ」
「怪獣映画にでも出ていろ」
不良グループたちの罵倒は相変わらず続いている。
探偵高橋愛は得意気な表情をした。
「もう、おわかりだね。ゴジラ松井くんの正体も、一般のみなさまのお考えも。ここで怪獣が一匹、死んだところで誰も悲しまないんだよ」
探偵高橋愛は得意気に笑った、そしてゴジラ松井くんの心臓に狙いを定めてコルトの引き金に指をかけた。あやうし、ゴジラ松井くん、「やめるなり~~~~~~~~~」
大きな叫び声がして矢口まみりが飛び出す。もうすでにこの矢口まみりの奇妙な性癖についてながながと話してきたから明らかなことだが、まみりは気味の悪いもの、奇妙なものがたまらなく好きだった。あの秘密のプールでエメラルド色の肉食恐竜を一目、見てからすっかりと心を奪われていたまみりだったが、その正体がゴジラ松井くんだと知ってますますゴジラ松井くんのことが好きになってしまったのである。そのゴジラ松井くんが野ネズミを一のみにしたときなど胸がふるえるほど感動したのである。しかし、探偵高橋愛の構えた銃の弾道のゴジラ松井くんの前にはまみりがいた。まみりの前で火花が散った。剣がひらめいた。まみりは死んだと思って地面を見ると銀の弾丸がふたつに切り落とされて地面に落ちている。そばには鞘の中に秘宝剣を収めた剣聖紺野さんが立っていた。
「ライバルが弱っているとき、倒そうとは思わぬ」
紺野さんは一言だけ喋ったが、まみりはこのときはじめて紺野さんの話す声を聞いたのだった。すっかりと弱った様子のゴジラ松井くんは片膝を立てながらまみりに言った。
「矢口くん、僕はきみのことを好きになるのは許されないのだ。きみのパパは僕の仲間をメスで刻んだ」
「うっそなり。うっそなり」
「いや、本当だ」
「そうよ。まみり、本当よ。この恋、あきらめなさい」
ロンリーウルフ石川が口を添える。
「いやだなり。いやだなり。まみりは、まみりは。ゴジラ松井くんと結婚するなり~~~~~」
そのとき、畑の横の農業用水の管の中から変な生き物が顔を出していた。毛だらけな顔をした新垣である。新垣はさかんに手招きをしている。その様子を見てゴジラ松井くんは新庄芋や探偵高橋愛の目をかいくぐってその農業用水の管のところにいった。そしてたった直径が二十センチしかない管の中に入ると新垣とともに消えてしまったのである。
その次の日からゴジラ松井くんはハロハロ学園に姿を現さなくなった。
あの元気だったまみりはすっかりと暗くなった。まみりのお婿さん候補ナンバーワンのゴジラ松井くんがハロハロ学園からいなくなったからである。
「パパ、パパはメスでゴジラ松井くんの仲間を切り刻んだことがあるかなり」
「なんや、急におそろしいことを聞いてくるんやなあ」
「パパ、正直に答えてなり。まみりはまみりはもし、そうだったら、パパと親子の縁を切るなり」
横のソファーでジェスチャークイズを見ているダンデスピーク矢口がにかにかしている。「まみり、まみりの悲しい気持はわかるでぇ。まみりはゴジラ松井くんとお似合いだったからなあ。でも、本当のことを言おう。パパは金髪でホストみたいななりをしているけど正真正銘の発明家だ。発明家がそんなアホなことするか。発明家というのは魚をさばいたり、鶏肉を切り分けたりなんてことは、よう、しない。機械油で手を汚しているものや」
「つんくパパは死ぬほど好きになった人がいたかなり」
まみりはダンデスピーク矢口を無視してつんくパパの方を見た。しばらく、つんくパパは物思いに耽っているようだったが、昨日見た甘美な夢の世界を思い出すように話し始めた。
「パパもそんな昔があったがな。まみりのママと違う女の人を好きになったことがあったさ。ママと知り合う前のことやがな。ママも死んでしまったからまみりに話してもいいやろう。その人の名前は府下田恭子ちゃんと言ったんやで。可愛い子やった。しかし、府下田恭子ちゃんはもう死んでしまったんや」
「パパ、どういうことなり、もっと詳しい話しを教えて欲しいなり」
ダンデスピーク矢口は皮肉な顔をして笑っている。
「府下田恭子ちゃんはミュージカルが好きだった。パパと二人でニューヨークにミュージカルを見に行くことにしたんや。ふたりで船旅をすることにしたんや、楽しい旅やった。夜中にふたりでベッドに入って寝ていると急に船がぐらぐらと揺れ、船室の前の廊下を人が行き交っている。パパは眠い目をして起きると府下田恭子ちゃんを起こした。船の中は大混乱やった。その船旅にはここにいるダンデスピーク矢口もつれて行ったんやけどな」
老猿、ダンデスピーク矢口は歯をむき出しにして笑った。
「船の底に穴が開いたぞう。船が沈むぞ」
「パパはそこで府下田恭子ちゃんの手を取って甲板に上がって行った。しかし、途中で府下田恭子ちゃんとははぐれはぐれになってしまったんや。そのあとすぐに近くを航行していた貨物船にパパたちは助けられたんやけどな。恭子ちゃんの姿は見つからなかったや。恭子ちゃんはきっと海の底に沈んでいるはずや」
つんくパパは沈痛な表情をした。
(小見出し)ほ-ちゃん く-ちゃん
それからハロハロ学園にも平和が訪れた。あの隠密怪獣王が姿を消したわけだから当然だったが、そしてハロハロ学園のヒーローモテモテゴジラ松井くんも三年馬鹿組の教室から姿を消した。一階にある校長室の掃除を村野先生から頼まれた矢口まみりと石川りかは校長室の豪華なソファーに腰掛けた。実は三人でこの部屋の掃除をしているのである。新垣はふたりがさぼっているのにもかかわらず窓のさんのところを雑巾がけしている。ソファーに座っているふたりには背を向けている。
「探偵高橋愛、今日もハロハロ学園に来ていないみたいじゃない」
「探偵高橋愛はモータウンからレコードを出すと言っているなり、その準備で忙しそうなり」
「でも、まみり、探偵高橋愛もあんまりじゃない。あの女のためにゴジラ松井くんはハロハロ学園からいなくなったわけだしぃ」
「ゴジラ松井くんはどうしているなり」
まみりは遠くを見つめるような目つきになった。
「またまた、まみりはオセンチになってる。もう、ゴジラ松井くんのことは忘れた方がいいわよ。まみり、人間と怪獣が結婚出来るわけがないなり」
「ゴジラ松井くんは怪獣じゃないなり。恐竜なり、まみりの大事な大事な初恋の人なり」
「まみり、あんまり思い詰めない方がいいわよ。テレビでもつけるわね」
石川りかはそう言って校長室の少しだけ立派なテレビのスイッチをつけた。まみりも石川もそのニュースにあまり興味がなかったのだがその内容はびっくりするものだった。つい一週間前にアンデス山中から超古代マヤ人が掘り出され、彼らが息を吹き返したという信じられないニュースを聞いたばかりだったが、そのふたりの超古代マヤ人が姿を消したというのである。
「まみり、あの超古代マヤ人が姿を消したんですって」
ブラウン管の中では超古代マヤ人の研究者でもあり、通訳でもある日系南米人の徳光ぶす夫が涙ながらに訴えている。
「ほーちゃん、戻って来ておくれ~~~。くーちゃんも戻って来ておくれ~~~」
「勝手に超古代マヤ人に名前をつけているわよ。この男」
石川りかがブラウン管に映っている日系南米人に向かって指さした。
「もう、狂言を仕込んだりしないから」
やはり徳光ぶす夫は涙目である。
「まみり、この男が超古代マヤ人に狂言を仕込もうとしたから超古代マヤ人は嫌がって逃げちゃったのよ」
「石川、あれ、あれ」
まみりは石川に窓の方を見るように目で合図した。さっきまで新垣が窓のさんを掃除していたはずだと思ってその方を見ると、新垣にそっくりの、それでいて新垣よりも少し年をとっている毛だらけの顔をした人間がこちらを見ている。最初新垣だと思ったのだが新垣は向こうを向いている。彼らはまみりたちのわからない言葉で何か話している。まみりと石川がそのそばに行くとその侵入者ふたりは首を引っ込めた。まみりと石川は新垣のところに行き、窓の下のところを見たがその姿はもうなかった。
「あんた、誰かと話していたでしょう」
石川が新垣に詰問した。
「嘘を言うとためにならないなり」
まみりが新垣の肩を持って激しくゆさぶった。新垣は首を振る。新垣の目は涙目になった。
「まみり、前のニュースで言っていたじゃない。あのふたりの超古代人はハロハロ学園に自分たちの子供がいるって、それで会いに来たのよ」
「でも、どうやって会いに来たのかなり。何千キロも離れているなり」
そのとき新垣のまわりは無重力状態になり、ふらふらと新垣は空中に浮かぶと窓から外に出て行った。
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美術室のあの独特な油絵の具のにおいや石膏の冷たい感触を感じながらまみりと石川りかが大きな作業用の机の前に座っていると後ろのドアを開けながら遅刻した新垣が入ってきた。
「まみり、やっぱり、新垣は遅刻したけど、やって来たわよ。新垣は美術の授業が好きだからね」
新垣は一番うしろの席にちょこんと座った。
美術の教室は大きな正方形の机がいくつも並べられている。その机に四人の生徒が向かい合うように座って絵を描いたり、彫刻刀で版画を彫ったりする。新垣の机には新垣ひとりしか座っていなかった。まみりは何週間か前に新垣が色とりどりの千代紙で貼り絵を夢中でしているのを見たことがある。一心不乱にやっていたのだ。
そして矢口まみりは目の前の席を見つめた。目の前の席は空席である。かつてはここにゴジラ松井くんが座っていて、まみりは美術の時間になるとゴジラ松井くんとの距離が縮まるのがいつもうれしかった。いろいろな話をした。まみりの方が一方的に話すのだが、ときどきゴジラ松井くんが合いの手を入れてくれるのだ。あのゴジラ松井くんが椅子を傾けながら顔をこっちに向けてくれたのが懐かしい。初恋の人、ゴジラ松井くん。
「おい、まみり、なにをぼっとしているんだ。粘土は机の前にあるだろうな」
「あるなり~~~」
ぼっとしていたまみりは美術担当の村野先生にそう言われてあわてて大きな声で答えた。
「まず、粘土を充分ねることだ。そして中の空気を抜く」
村野先生は机の上に粘土の固まりを叩きつけた。
「こんなこと、やってられねえよ」
「あたいたちの大事な右手が汚れちゃうじゃねえか」
不良グループたち、飯田、保田、辻、加護たちは向かい合わせに座っている。不良グループの一員でありながら紺野さんだけは白装束に身を固めて美術教室の後ろの方で正座をして秘宝剣、紀伊、白浜丸を研いでいた。
二十一にもなって不良グループたちは男もいなかった。そして欲求不満である。世界一のモテモテ男、ハロハロ学園のヒーロー、ゴジラ松井くんがいた頃は不良女たちはゴジラ松井くんを夢想しながら、自分の右手で手陰に励んでいたのだった。
「ああ、おもしろくない。身体がほてる。なんだよ。こんな粘土」
飯田がかんしゃくを起こして粘土を机の上に叩きつけた。
なにを勘違いしたのか村野武則先生は
「いいぞ、不良たち、土に自分の魂を込めるのだ」
「ばかっ教師」
保田が小声で囁いた。
「まみり、見て、見て、不良たちが欲求不満になっているわよ。いやねえ。二十一にもなって男がいないなんて」
「そういうお前はなんなり」
「ふん、まみりだって、ゴジラ松井くんがハロハロ学園からいなくなって欲求不満なんでしょう」
「もしかしたら、石川、お前もゴジラ松井くんが好きだったなりか」
「いいでしょう。過去のことは」
どうでもいいようなことを話しているあいだも新垣だけは粘土を黙々と練り、紺野さんは銘刀をひたすら研いでいた。土をこねながら石川はお団子を作りはじめている。石川りかの前には団子のようにした粘土のかたまりが二十個ぐらい出来ている。
「まみり、いいこと考えた。この固まりの中に親指をさすとへっこむわよねぇ。そしたらそのまま窯で焼くのよ。いいぐい飲みが出来るわ。これを土産物屋に卸すの。一個三十円に価格を設定して、まず、二十個のお団子を作るのに、十分かかるとして、親指で凹みをつくるのに十二分、一時間で百個のぐい飲みができるわ。いろいろな行程を考えても一日で二百個のぐい飲みが出来るわ。まみり、わたし、陶芸家になろうかしら。まみり、どこかに土産物屋の知り合いいるぅぅぅぅ」
「勝手になれ」
まみりはいらいらして答えた。
生徒たちのあいだを巡っていた村野武則先生があたりを見回しながら大きな声をあげた。
「おい、誰か、新垣を見なかったか」
あんなに熱心に粘土をこねていた新垣だったが、新垣の姿も粘土の固まりもなくなっている。しかしハロハロ学園の中では新垣の姿が授業中でも給食のときでも急に見えなくなっても、誰も何も言わなくてもいいとい不文律があったのでその事件はそのままになった。
その日、たまには帰り道を変えるのもいいということになり、まみりは石川りかと一緒に探偵高橋愛が使っているあの墓場の帰り道を使うことにした。
墓場の中を夕暮れに歩くことは怖いことだがまみりは石川りかと一緒だったので、何とか我慢出来た。西洋のようなアンドレとかニコライと書かれた墓の間の大きな石段の道を歩いて行くと一メートルほどの高さの木の茂みががさこそと揺れている。
「まみり」
石川りかがまみりの腕をつかんだ。
「あそこに何かがいるみたいよ」
「石川の意気地なしなり」
「意気地なしでもいいよ」
「行ってみるなり」
「行くの」
「そうなり」
まみりと石川はその茂みにおそるおそる近づいた。さらに茂みががさごそと音を立てる。
まみりと石川が茂みの中をのぞき込んだときだった。
「きゃあ」
「きゃあなり」
茂みの中から新垣が三人、いや、ひとりは新垣なのだがもうふたりは新垣そっくりな蜘蛛人間のような奴がふたりの方を見てげらげらと笑い出したのである。
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そして突如、ものすごいジャンプをして石川とまみりに飛びついた。
「きゃあ」
「きゃあなり」
水死人のわかめのように濡れた髪の三匹の化け物に飛びつかれたのだから、気持悪いことこのうえない。三匹の新垣と新垣もどきはまみりと石川の頭をひとかじりしてそのままどこかに行ってしまった。
「もう、きもい。新垣、あんな化け物、どうして理事長はハロハロ学園に入学させたのよ」
そう言いながらチャーミー石川は新垣の唾液で汚れた頭をハンケチでふきながら茂みの下あたりを見るとちぎれた粘土の固まりがばらばらになって落ちている。
「まみり、見て、見て、新垣たちはこんなところで粘土遊びをしていたのよ。この粘土、美術の時間にこねていた粘土に違いないわよ。新垣って最低ね。ねえ、まみり。あの新垣の兄弟みたいのなんなの」
「石川、校長室を掃除していたとき、見たじゃないなり。兄弟じゃないなり。新垣のパパとママなり、はるばる南米から数万年の眠りを経て来たに違いないなり」
「どっちにしても、新垣って最低ね」
それから、ハロハロ学園の周辺では奇妙な事件が起こり始めた。近所の公園に突如として葦や真菰の生い茂る沼が発生したり、あるレストランの地下倉庫が水浸しになったり、下水管が詰まって市役所の待合室が水だらけになるという不思議な現象が連続して発生していた。
まみりたちがハロハロ学園の地下食堂で餡パンを囓っていると少し離れた席で不良たちがこそこそと密談をしている。イゴール・ボブチャンチンの下で格闘技の修行を積んできた小川が秘密をばらすときの誰でもする奇妙なバランスの上に立っている表情で不良たちに話し掛けた。
「新垣の奴、調子に乗っているからしめたほうがいいですぜ、オヤブン」
その中に新垣はいなかった。
「新垣の奴、あたいたちのグループから抜けようとしていますぜ、オヤブン」
「そう言やあ、最近、新垣を見ないね。新垣は一人遊びをしているのかよ」
「そうじゃないんですよ。オヤブン。この前、あたいが神社の賽銭を盗もうと思って、針金を曲げて神社の本殿のあたりに行くと新垣が自動販売機からジュースを三本買って小走りに裏の雑木林の方にかけて行くのを見たんですよ。それであたいは新垣に知られないようにそのあとをつけて行ったら、大木の根本がほこらになっているところがあって、あたいはそこで見たんですよ」
「小川、何を見たんだよ」
「新垣が三人、いたんですよ。オヤブン」
「あんな化け物がこの世に三人もいるわけがない」
「でも、オヤブン、いたんですよ。三人の新垣が、そこで三人が車座になって何をしていたと思います。粘土をこねていたんですよ」
不良グループのひとり小川が見たという話も奇妙なものだった。
「今日で日本語でする授業は終わりです。明日からは超古代マヤ語で授業をします」
井川はるら先生が黒板の前で棚の中に置いてある黒板消しを取り上げて蛙の解剖図を消していると新垣、ひとりがパチパチと拍手をした。黒板の中の図を消し終わって振り向くと、井川はるら先生はペロリと舌を出した。
「へへへへへ、嘘よ」
そのとき、教室の前の方の入り口のドアが開いて、探偵高橋愛が教室の中を見回した。それからそのうしろからあのいけすかない日系二世が入って来たのである。
「ニイガキ、あなたを逮捕しに来ました」
探偵高橋愛と新庄芋はずかずかと教室の後ろの方に行くと新垣の両手にがちゃりと手錠をかけた。教室の中はざわめいた。
「みんな心配しないで、これは理事長の許可も取ってあることだから」
新垣はしきりに低く呻いている。
「まみり、新垣が逮捕されちゃったじゃない。まあ、不思議はないけど、理事長の許可を取ってあるなんて本当かしら」
「石川、これは王警部に聞いてみる価値があるなり」
まみりはホットラインで繋がっている王警部のところに携帯をかけた。
「王警部、まみりなり」
「まみりちゃんか」
「ハロハロ学園の三年馬鹿組は大変なことになっているなり。今、探偵高橋愛とエフビーアイ捜査官の新庄芋が入って来て新垣を逮捕したなり。きっと警視庁に連行するなり」
「まみりちゃん、俺はそんな話しは聞いていないぞ。新庄芋の独断専行に違いない」
「王警部、矢口くんと石川でとにかく、後をついて行くなり」
廊下に出て行った新垣たちを追ってまみりと石川も廊下に出た。
「待つなり、ふたりとも」
まみりが言うと手錠をかけられた新垣を連行して行こうとする新庄芋と探偵高橋愛が振り向いて何の用があるのかという表情をしたので、まみりはポケットの中から警察手帳を取り出した。
「矢口くんたちはついて行く権利があるなり。矢口くんたちは警察に所属しているなり。石川も警察手帳を見せるなり」
まみりにうながされてごそごそとポケットをまさぐっていた石川りかも警察手帳を取り出した。黒字に金のバッチが燦然と輝く、まみりが王警部におにぎりを一個上げたらくれたものである。パトカーの中にまみりも乗り込んだ。新垣は自分がやましいことをやったという自覚があるのか、すっかりと神妙に反省の色を顔に表している。
警視庁の入り口に着くと、王警部が仁王立ちになって一行を待っていた。パトカーがついた途端、王警部は叫んだ。
「新庄芋、この逮捕を俺は認めないぞ」
それを無視して新垣の捕縄を持ちながら通り過ぎようとする新庄を王警部は力ずくで止めた。
「ナニするんですか。わたしはエフビーアイ捜査官デスヨ」
「エフビーアイ捜査官だか、なんか、知らんが、そんな勝手なまねは許さん」
中から警官が出て来て、
「王警部、やめて下さい。これは警視総監からの許可も出ています」
警官は王警部を羽交い締めにした。王警部はばたばたともがいたが警官も王警部がそれ以上何もしないようなので腕を放した。よっぽどくやしかったのか、王警部は二の腕でぎょろりとした濡れた目を拭った。そしてつぶやいた。
「おれはくやしい」
そんな王警部に頓着せずに新庄と高橋愛は新垣を縛っている縄を引っ張ってエレベーターの中に入って行く、新垣の頭にはすっぽりと毛布が被せられている。そのうしろを王警部と矢口まみりと石川りかがぞろぞろとついて行った。
新庄は警視庁の中の取り調べ室の中の一室に新垣を無理矢理連れ込むとパイプ椅子に投げつけるように座らせた。新垣の前にはカツ丼が置かれている。矢口まみりたちもその部屋の中に勝手に入って行った。新垣の前には四人が座った。一対四の取り調べである。しかし事実は一対五であった。新垣の前には新庄、高橋愛、王警部、矢口まみりが座っている。そうすると石川りかはどうしたのだろうか。不思議なことに石川りかは新垣のうしろに立っていたのである。新垣の頭頂を舐めるように見ていた石川りかの目がきらりと光った。
「わたしをいじめられ役キャラだと、あんた思っているかもね」
また、石川りかの目がきらりと光った。まるでダイヤモンドのような輝きである。と同時にその光の中には無気味な要素があった。
「こうやって首の下に腕を入れて」
石川りかのすらりとかたちの良い腕が新垣のあごの下あたりに入れられる。背後から腕を伸ばした石川はもう一方の手を新垣の後頭部に入れると回した方の腕のさきの手をもう一方の肘の裏に引っかけた。新垣の頭部は固定されて全く動かない。こうやって力を入れると新垣の顔色が見るまに青くなっていく。ごほごほと新垣が咳をしている。
「やめろ、石川、新垣を殺す気か」
「石川、モーニング娘の私生活を出すんじゃないなり~~~~~~~」
「わたし、何をしていたの」
シンデレラ姫、石川ははっとわれに戻った。モーニング娘の中ではプロレス技の掛け合いが流行っていたのである。それで最近、メンバーの一人が死んでいる。
「だって、このぐらいしなければ、新垣は泥をはかないわよ。まみり」
「わたしは日本の捜査に準拠シマス。まず、カツ丼を食べなさい。新垣」
そう言われて、新垣はカツ丼をがつがつと喰った。むさぼるように喰った。飯粒をひとつも残さなかった。それからお茶を飲み終わるまで、みんなは新垣の行動を見つめていた。謎と神秘と非科学的というものが全て凝縮されているような新垣をである。新垣はお茶を飲んだあとで爪楊枝で歯をシーシーとやっている。そのあまりのふてぶてしい態度にいらいらして新庄芋はテーブルをどんと叩いた。
「ニイガキ、いいかげん吐いたらドウナンデス。この悪党」
どこ吹く風というように新垣は今度は付け合わせの沢庵をぼりぼり囓っている。
「強情な悪党ダ。探偵高橋愛、あれを用意シナサイ」
新庄にそう言われて探偵高橋愛は部屋を出て行くとステンレス製のシャーレを持って戻ってきた。まみりの瞳に金属製の光沢が入った。
「仕方ありマセン、これを使うしかアリマセン」
探偵高橋愛は皿の中から大きな注射器を取り出すと注射器を構えた。針の先から薬液が飛び出す。
「やめろ、いくら犯罪者だからって、それはやりすぎだ。それは自白強要剤だろう」
王警部は立ち上がって抗議したが柔道王石川はさっきと同じように新垣に裸締めをすでにかけている。
「あなたは、モンダイを小さく考えすぎてイマス。このニイガキは人類を絶滅させる可能性がアリマス。セニョール徳光ぶす夫、出て来てください」
取調室のドアが開くと中からはじかれたように日系南米人が入ってきた。さっきから出る機会をうかがっていたに違いない。そして涙目になると新垣に飛びかかり、激しく肩をゆすぶって叫んだ。
「ほーちゃん、くーちゃんを返せ、返してくれよ」
「やめなさい、セニョール徳光ぶす夫」
新庄芋に止められてこの日系南米人は涙を拭きながら冷静さを取り戻した。
「この人、見たことあるなり」
「まみり、わたしも見たことあるわ。テレビの中でもほーちゃん、くーちゃん、戻って来てくれよと言って泣いていたわよ」
「この人が説明してクレマス。このニイガキがどんなに危険な存在カトイウコトヲ。セニョール徳光ぶす夫、話してくれますか」
「まず、お茶を一杯、下さい」
徳光ぶす夫はテーブルに着くとお茶を啜ってから話し始めた。心臓の持病もないくせにその人のように話した。
「まず、わたしのことから話さなければならないでしょう。わたしは競艇が好きです。長島滋雄も好きです。でも、それは私生活のことですからいいでしょう。わたしのおじいさんは日本人です。その人が南米に渡りました。そしてわたしは最初、古代アステカ文明を研究していたのです。それから必然的に超古代マヤ文明に到達したのです。しかし、最初、誰もわたしの説を支持するものはいませんでした。ご存知のように南米には大きな鳥の絵が古代からあります。これを飛行機の滑走路だという人がいましたが、人々はそれを笑いました。しかし、実際はそうだったのです。数万年前、空中遊泳をする民族が南米にはいたのです。それが超古代マヤ民族なのです。そしてここにいる新垣がその生き残りのひとりなのです」
あまりのことにその場にいた者たちは皆、言葉もなかった。そして新垣をじっと見つめた。その目の光の力で疑問が氷解するとでもみんなは思っているようだった。
新垣は突然、霊にとらわれたように目は血走った白目になり、髪の毛は竹箒のように逆立ち、顔中しわだらけになって、口が裂け、首がぐるぐると回転し始めた。そしてあたりにはひんやりとした空気と死臭がひろがった。新垣の肉体はみみずが前に進むときの伸縮運動のようなものも始めている。その首は回転するだけでなく、一メートルくらい首も伸び縮みし始めたのである。その様子というのも首が伸びきったところで水の中にドライアイスを入れたように裂けた口からは白い煙が出て、墓場から掘り出した骸骨についているような、口に較べて異常に大きな歯には血のりがべったりとついている。そして眼球は今にも眼孔から飛び出しそうになっている。そのくせ瞳は針のように小さくなっている。舌をぺろぺろと出すと空中の飛んでいる蠅をその舌で捕獲した。
「新垣は自分のことを話して貰っているのがわかるのですね。喜んでいる」
「変な喜びかたなり」
「まあ、いいでしょう。そのうち、新垣は喜びのあまり、おしっこをしますよ。この超古代マヤ人というのも、最初から南米の山中に住んでいたわけではないのです。最初は海に住んでいたのです。しかし、それでは正確ではありません。海中に住んでいたのです。古代海中人、ラーの一族なのです」
「ラー」
王警部はあまりのことに言葉もなかった。
「あなたたちはすでにラーの一人に会っているかも知れませんよ」
「誰なり、誰なり、激しく聞くなり」
矢口まみりは徳光ぶす夫に激しく問いつめた。そのとき、取調室のドアが開き、麗人が姿を現した。その間も新垣の床屋のトーテムポールのような喜びの表現は続いている。
「これであのペンダントに書かれている文字の秘密もわかるわね」
そこには黒魔術師井川はるら先生も立っていたのである。
「こんなに早く、超古代マヤ文明研究の創始者に会うことが出来るとは思わなかったわ。黒魔術界でもあなたには注目していますわ。これです」
井川はるら先生は探偵高橋愛が拾った例の金色のペンダントを徳光ぶす夫に渡す。
徳光ぶす夫はそのペンダントを熱心に見ている。そして徳光ぶす夫は金色に曰くありげに首に付けるための鎖もついている古代の光を放っているような、そのペンダントを見ながら自分の受けている怪訝な感情を誰かに肩代わりしてもらいたいという表情でまわりの人間に話した。
「これは超古代マヤ語に近いものですが、そのものではありません。でも、ほとんど解読することは可能です」
「水の上の世界及び、水の下の世界において、と言うところまでは読めますわ。その次なんですわ」
はるら先生も黒魔術の力を使ってもお手上げというような表情をまわりの人間たちに投げかける。
「そう、水の上の世界および、水の下の世界において、ええと、ええと、あっそうだ、文法的にはまったく同じだな。ええと」
そして徳光ぶす夫の顔はひどく驚きと喜びに変わっていた。
「これは誰が持っていたものなんですか。水の上の世界および、水の下の世界において、この男は王の中の王なり。これは海底王国、ラーの王位を表すものです。この所有者は海底王国ラーの王位継承者であります」
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徳光ぶす夫のその言葉の作用はその場を時間が止まった氷の宮殿のようにしてしまったが、新垣だけは違う状態にある。あの無気味な蒸気機関車の動輪を動かすピストン運動にも似たエネルッギッシュな首っ玉の上下運動は続いている。取調室の天井から吊されている蛍光灯が微妙に振り子運動をした。時代錯誤と言ってもいいような取調室の柱にぶら下げられている振り子が動くことによって時間の調整をしている柱時計がちょうど昼の二時の時報を打ったがこの取調室には窓ひとつ、なかったので中にいたみんなには今が昼なのか夜なのかもさっぱりとわからなかった。天井から吊されている照明の光が斜めから新垣を照らして大きな影を作って、新垣の存在をさらに無気味にそして大きく巨大に見せていた。
「高橋愛、あの用意がデキテイマスカ。持ってキテクダサイ」
新庄芋がそう言うと探偵高橋愛は白衣の看護婦のように頭をこっくりと傾けた。王警部はふたたび彼女が変な薬の入った注射器を持ってくるのではないかと思い、緊張したが
「王警部、あなたの考えているものが来るわけではアリマセンヨ。フハハハ」
と新庄芋は不敵に笑った。王警部は新庄芋に挑戦状を突きつけられているような気持がした。そしてますます新庄芋に敵意がふつふつと沸いてきた。
「ワタシの可愛い人、高橋愛が準備をするまで、徳光ぶす夫、これを新垣にシテクダサイ」
石川りかとまみりは顔を見合わせた。
「まみり、いつの間にか、高橋愛が新庄芋の愛人になっているわよ」
「ずうずうしい男なり、高橋愛を愛人にしたつもりになっているなり」
ふたりのささやき声もこのエフビーアイ捜査官には聞こえないようだった。
新庄芋が差し出したのは赤ん坊のするあぶちゃんだった。
「いやです。こんな化け物なんかに、なんで僕があぶちゃんなんかさせてやらなきゃならないんですか。ほーちゃんやくーちゃんが行方不明になったのもこの化け物のせいかも知れないんですよ。狂言を仕込ませてくれるというなら話は別なんですけどね」
「セニョール徳光ぶす夫、そんなことは言わずニ、さあ」
新庄芋がそのタオルケットで出来たよだれかけを無理矢理差し出したので、仕方なく徳光ぶす夫は受け取った。
「噛みつくなんてことはないでしょうね」
徳光ぶす夫はおっかなびっくりそのよだれかけを受け取って新垣の後ろにまわるとあわてて新垣の首のまわりによだれかけのひもを回した。普通の被疑者よりも高い椅子に座らせられている新垣は後ろに誰かいる気配を感じて凶暴な声を一瞬上げて振り返ろうとしたがまた目を半ば閉じて、口も鼻の穴も大きく広げてあくびをした。それはまるで腹いっぱいにしまうまの肉を喰って眠くなってしまったサバンナのライオンのようでもあった。
「まみり、わたし、悔しい。新庄芋は新垣にごちそうを食べさせるつもりよ。それだから、食べ物をこぼしても服が汚れないようにあんなよだれかけをさせたのよ。まみり、新垣は被疑者でしょう。ねえ、王警部もそう思うでしょう」
「結論を出すのは早いなり」
「そうだ、まみりちゃんの言うとおりだ」
矢口まみりは石川の貧乏人のひがみ根性をいさめた。
「きっと、そうよ。新垣だけおいしいものを食べるのよ。きっと、そうに違いないわ。みんな、わたしが貧乏人だからって馬鹿にして」
そのときドアが開いてワゴンの上に何かを載せて高橋愛が押してきた。矢口まみりも踊り子石川もそのワゴンの上に載せられているものを見てびっくりした。王警部もびっくりした。
「これはどこかの街の立体模型じゃないか」
ワゴンの上には紙粘土で出来たどこかの街の立体模型が載っている。中学の文化祭でよく生徒が作るものだ。五千分の一くらいの模型かも知れない。高橋愛はよだれかけをかけてうつらうつらしている新垣の前にその紙粘土で出来た模型を置いた。王警部や徳光ぶす夫よりもまみりや石川たちの方がその模型に対する情報は多く持っていた。それはこのハロハロ学園のある街だったのである。しかし、なんでこんなところにそんなものを持ってくるのだろう。みんなはその模型をじっと見つめた。新庄芋はゆっくりとその部屋の後ろの方に下がって行った。そして今さっき高橋愛が開けたドアをさっと開けた。そのドアの外から光りが漏れて来て、その光の影から妖精のようなものが姿を現した。その光に照らされて徳光ぶす夫の顔がみるみると輝きだしてさらに目が潤みだし、感動に身を震わせているようだった。
「うーちゃん、くー、くーちゃんんん」
徳光ぶす夫は手をだらりとさせて、その妖精みたいなものの方に走り寄ろうとしたが、妖精たちは新庄芋の長い足の影に身をさっと隠した。
「セニョール徳光ぶす夫、大部嫌われているようデスナ。あなたが悪い。超古代マヤ人に狂言を仕込もうとするカラデス」
徳光ぶす夫はまた涙目になって悔悟しているようだった。
「そんなに狂言が嫌いだったのかい、くーちゃんも、うーちゃんも。もう太郎冠者、次郎冠者なんてきみたちに言わないからね」
それでも新庄芋の影にふたりの超古代マヤ人たちは隠れて警戒の色をあらわにしていた。
「まみり、いたわよ。いたわよ。やっぱり、この街に来ていたのね。美術室で見たのも、墓場で見たのも幻ではなかったんだわ。あいつら、わたしたちの頭をかじりやがって」
石川りかが目を見開いて新垣、そっくりのこの化け物たちを見つめた。しかし、怪訝な顔で見たこともない生き物を見た驚きを感じていたのはここにいる人間たちだけで、新庄芋たちは予定通りの進行だという表情をしている。取調室の壁に立てかけられている折り畳み椅子ふたつを新庄芋は持ってくると新垣の座っているスチール製の机の前に置いた。すると何もしないのに、あのふたりの新垣の同類みたいのがするすると走り寄って来てその椅子にちょこんと腰掛けた。あの前もって用意していた、この町の模型を挟んで新垣とその同類ふたり、うーちゃんとくーちゃんが座ったということである。
「セニョール徳光ぶす夫、あなたから説明してくれますか。この悪党たちがどんなんにキケンな存在でアルカトイウコトヲ」
そう言った新庄芋の手の中には赤ちゃんの頭ぐらいの大きさの粘土の塊がある。新庄芋はあきらかによく練った丸くなった状態の粘土を両手で持っている。王警部もまみりもその意味するところは全くわからなかった。
「いいです。わたしから説明しましょう」
徳光ぶす夫はそう言うと新庄芋の持っていた粘土の塊を受け取った。
「ねえねえ、まみり、徳光ぶす夫は何をするのかしら」
好奇心の強い石川はこれから何が始まるのかと徳光ぶす夫が手に持っている粘土と机を囲んでちょこんとよだれかけをしながら囲んでいる三匹の化け物をじっと見つめた。
「わかるわけがないなり」
と言いながら矢口まみりは不安というものを運命というふた文字に関連づけながら感じていた。そんなまみりの気持にも忖度せずに徳光ぶす夫は手にしていた粘土の塊を三つにわけると三匹の化け物の前に置いた。その様子は陸上競技の公式審判員のようでもあった。すぐに変化があらわれた。目の前に置かれた粘土を見て、三悪党たちが行動を開始したのである。三悪党たちは自分たちの目の前に置かれた粘土を見るとおいしく暖められたミルクを発見した熊の赤ん坊のようにその粘土に飛びつくと、それらをこね始めた。彼らの目は潤んだように生き生きしている。それらはじょじょに形が出来て行き、長い巻き貝のような形になった。そして不思議なことが起こった。巻き貝の口から水がちょろちょろと流れ始めたのである。そして出て来る水がこの町の模型の上に流れ出し、その模型の町はあっという間に水浸しになった。
「もうイイデショウ」
模型の町から水があふれて床を汚すことを怖れた新庄芋はまだ粘土をこねたがっている三匹の化け物から粘土を取り上げると、それらをひとかたまりにしてくちゃくちゃした元の形に戻した。彼らはもっとやりたかったらしく、恨めしそうな目をして新庄芋を見上げた。
「セニョール徳光ぶす夫、あなたから説明してクダサイマスカ」
徳光ぶす夫の周囲に霊的なかげろうがもやもやと立ちのぼった。
「ここにいる三匹はみなさんの推測したとおりに、人間ではありません。人間とは発生の歴史を異にした生物です」
徳光ぶす夫の額のあたりに三本ほど横線が増えたようだった。新垣たちは粘土を取り上げられた不満からか、折り畳み椅子のパイプのようなところを持ってがたがたと音をたてた。
「彼らは、そう、超古代マヤ人なのです。しかもこの三人は超古代マヤ人の中でも神官の血をひいています。彼らには特殊な能力があります。どこから土を持って来たとしてもその土で粘土細工を作り、そこから水を発生させることが出来ます。この町で原因のわからない出水が何カ所もあったのではないですか、みんなこの神官たちが行ったことです」
まみりは倉庫の中が水道管が破裂もしていないのに水浸しになったり、公園の砂場が小さなプールのようになった事件はみんなこの三悪魔がやっていたことなのかとはじめてその原因がわかった。いつのまにか来ていたのか、黒魔術の井川はるら先生もこの取調室の中にいて壁によりかかりながら腕を組んで徳光ぶす夫の話を聞いている。
「超古代マヤ人が最初からこの地上にいたというわけではありませんでした。人類が地上に姿を現す前にラー人と呼ばれる知的生命体が深海に古代ラー帝国を建設して繁栄を享受していました。ラー人は海底人です。海底でとくに深海で自由に行動することが出来ます。それは人類が地上に出現したときよりもずっと前のことです。彼らは人類の歴史も見て来たのです。そして古代ラー帝国にも大事件が起こりました。人類を観察していた海底原人ラー一族は人類が地球に及ぼす影響について深刻な危機感を抱いていたのです。このままでは地球を人類が破滅させるかも知れない、そう考えたラー一族の中では人類を滅ぼす計画を立てました。その一番簡単な方法はこの地球を完全なる水の惑星に変えてしまうことでした。海底原人ラーたちはそれを容易に行うことが出来たのです。海底原人ラーの中には神官と呼ばれる種族がいます。彼らは粘土細工から水を無制限に出す置物を作ることが出来るのです。その実例をあなた方は今目撃したばかりだと思います。それらの置物を大量に作ることにより、陸地は大洪水が起こり、地上の全てのものは水中に沈み、地球は完全なる水の惑星と化するのです」
新垣たちはまだ粘土を取り上げられた不満をあからさまに示していた。椅子をがたがたと揺らしている。
「しかし神官たちはこの事態に承伏しませんでした。神官たちは人類を滅亡させることは望んでいなかったのです。海底王国ラーの中で内紛が起こりました。神官たちはラーを出て地上に新しい国を作ろうとしたのです。彼らは現在の南米のあたりに上陸しました。そして超古代マヤ帝国を作り上げたのです。超古代マヤ人たちは空中を自由に飛ぶことが出来、水も無尽蔵に作り出すことが出来ました。そして巨大な滑走路を作ったり、巨大な石造建築物を作ったりしたのです。しかし彼らは生殖能力もなく、最初は数万人いた超古代マヤ人たちは数十万年のあいだにどんどん数が減って行き、今はここにいる三匹だけがこの地球上に生き残ったのです」
「この三匹が人類を絶滅させる可能性があるということがワカリマシタカ。この三匹は地球上のあらゆるものを水没サセルノデス」
新庄芋は冷徹に新垣たちを睨み付けながら言った。三匹はそのあいだもふてぶてしく綿棒で耳掃除をしている。
ここで壁に寄りかかっていた井川はるら先生はすべてのことがわかったというように壁から離れた。
「超古代マヤ帝国のことをわたしは知らなかった。海底帝国ラーのことは知っていたけどね。ふたつの国にはそういう関係があったのね。海底帝国ラーのことは私の方が知っているかも知れませんわよ、セニョール徳光。海底帝国ラーにも最近、大変化があったらしいわ。もしかしたら何かが原因でラーも滅亡寸前なのかもしれないわよ。そう、海底原人ラーはもう数人を残して生きていないのかも知れない」
「セニョリーナはるら、どうしてそんなことがわかるのでスカナ」
すると徳光ぶす夫が急に変な踊りを踊りだした。
「わかったぞ、わかったぞ」
「何が、わかったんですか。狂言師」
隣にいた石川が徳光の変な踊りに辟易しながら聞いた。
「わかったんだよ。くーちゃんもほーちゃんも、そしてこの奇獣新垣と隠密怪獣王の接点が、もともとみんな海底原人なんだよ。そして三人は超古代マヤ人でもある。そしてあのメダルだ。隠密怪獣王、つまりゴジラ松井くんこそが海底王国ラーの正統な継承者だってことなんだよ。ゴジラ松井くんは海底王国ラーの王様か少なくとも王子様に違いないのだ」
ああ、やっぱりゴジラ松井くんは海底王国の王子様なんだなり、わたしの初恋の人はやはり高貴な生まれだったなり、矢口まみりは目頭が熱くなる気持ちがした。
「しかし、そんな王子様が銀行強盗をしたり、人を殺したりスルノはナゼデスカ、セニョール徳光」
新庄芋は苦々しげにまみりの方を見た。
「これはわたしの仮説にすぎませんよ。仮説に。今、はるら先生の話によると海底王国ラーは滅亡寸前にあるという。きっとゴジラ松井くんは全地球、海底王国ラー化計画を建てているに違いない。つまりです、この三匹の奇獣を使って陸地をすべて海に沈める。そして突然変異で人類が海底原人になることを計画しているのです」
「馬鹿げている。人の命をなんとこころえているのだ」
王警部は激怒した。
「わたし、海底原人になんかなりたくない」
熱帯魚石川は不満を現した。
「なりたいなり、なりたいなり」
まみりはよだれをたらしている。
「くだらないわ。モータウンに較べたら」
探偵高橋愛は不興な表情をした。
「セニヨール徳光、そうしたら、ゴジラ松井にとってこの三匹の奇獣は絶対に必要だとイウコトデスカ」
「もちろんです。人類ラー帝国化のためには」
「でも、まみり、隠密怪獣王、じゃなかった、ゴジラ松井くんが今度新垣たちを奪いに来たらどうしたらいいの。剣聖紺野さんだって勝てなかった相手よ」
すると突然新庄芋は王警部の前に行くと床をばんと叩いて土下座した。
王警部はその意味もわからず戸惑った。
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第21回
「新垣、平気かなり」
まみりが聞いても新垣は虫の息で何も答えなかったが、身の危険を感じたときのあの現象、顔のまわりや手足に体毛がわさわさ生えてくるという、によって新垣の顔は蜘蛛女のようだった。あわてて矢口まみりと石川りかが新垣の身体中に巻いた縄をほどくと、うつろな瞳だった新垣の両眼はぱっと開いて、チャーミー石川の背中に抱きついた。
「キャー」
石川は恐怖のために大声を上げた。新垣の手足の爪は伸びて石川りかのスリムな身体に食い込む。ふりほどこうとすればするほど、新垣の鋭利な爪が石川の身体に食い込んで行った。
「まみりーーー。この気持悪いのをひっぺがして。ひぇ~~~~」
新垣はその言葉が理解出来るのか、ますます爪を立ててきた。
「離れないなり」
まみりが引き離そうとすると新垣の頭が百八十度回転して、薄気味悪くまみりににたにたとして不気味な笑いを投げかけ、新垣の重さは二倍になった。
「重たくなってる~~~~」
白痴(差別用語)石川が悲鳴を上げる。
「そんなことより、石川、見るなり。狂ったハロハロ学園の生徒たちが迫ってくるぅぅぅ。きっと新垣を奪還しようとしているなりぃぃぃぃぃ」
「やだぁ、まみりぃぃぃぃぃ。あいつらの目つきも異常だよ」
「とにかく、逃げるなり」
ゾンビのようになったハロハロ学園の生徒たちが墓場から生き返って追ってくるようだった。しかし、石川が新垣を負ぶったまま走り始めると新垣の重さは軽くなった。石川に負ぶわれた新垣が行く方向を指さす。
「きっと、安全な場所を矢口くんたちに教えているなり。いちかばちか、その方へ行くなり」
まみりは校舎の中に駆け込んだ。三階の誰もいない教室からその様子を見ていた探偵高橋は
「新垣は蒸し焼きにならなかったみたいだね。まあ、いい、隠密怪獣王だけが仕留められれば、わたしの全米デビューは決まるからね。ふはははははは」
探偵高橋愛は豪傑笑いをする。その隠密怪獣王は新垣を蒸し焼きにするために立てられたやぐらの横に立っていた。やぐらの高さと同じ身長、隠密怪獣王の頭は地上五メートルにあった。ゾンビのようになった生徒たちはまみりたちのあとを追って行ったのでその場にはいない。その前には不良グループたちが立っている。
「お前に恨みはないが、十五円のために死んでもらうよ」
飯田かおりはそう言うとしなびたきゅうりを空中に投げ上げた。すると昼日中に電光が走った。数百枚の千切りにされたきゅうりが地上に降りてきた。人斬り紺野さんは秘宝剣をおさめた。そして紺野さんのまわりには北風が吹いた。秘宝剣、南紀白浜丸を使うまでの相手ではあるまい。紺野さんはそう呟くと巨人、隠密怪獣王を見上げた。
紺野さんは生まれたときから人斬り紺野さんと呼ばれたわけではない。紺野さんは江戸時代の人である。備前藩剣道指南役、紺野紺紺の介の長女として生まれた。紺紺の介には子供が一人しかいず、養子をとることも考えられたが、紺野さんは生まれて三ヶ月にして道場の木刀を手にとると師範代を一撃のもとに撲殺した。この子供は宮本武蔵以来の剣の使い手になると信じられていた。そして紺野さんの剣の精進は続いた。しかし、時代は太平逸楽の道を歩んでいた。備前藩で毎年行われている剣聖、今泉伊勢の守を鎮める儀式が行われなかったとき、紺野さんは怒りに身を震わせた。
「剣の道はますますすたれつつある」
紺野さんはこの儀式を取りやめた城代家老を切り捨てた。そして紺野さんは秘宝剣、紀伊白浜丸とともに国を捨てたのである。そこで武者修行を続け、並み居る武芸者を斬り捨てて行った。紺野さんの敵となるものはいなかった。しかし、紺野さんの心の中には北風が吹きすさんでいた。紺野さんの剣は殺人剣である。相手を殺して自分を生かす剣である。また、紺野さんが武芸者を斬り捨てるたびに剣の世界を支えるものもまた一人いなくなるのであった。
「剣の道は廃れて久しい」
紺野さんは酒に頼るようになった。しかし、死に神のように死を求める紺野さんの剣はますます妖気を帯び、殺人剣と化していったのである。秘宝剣、紀伊白浜丸が敵の身体をかすると相手は倒れた。そこに毒が塗ってあるのではないかと噂が立った。しかし、そこに何の手品もなく、紺野さんと秘宝剣は死に神、そのものとなったのである。
「また、ひとり武芸者が土と化す。しかし、この秘宝剣を使うまでもあるまいに」
紺野さんの表情は今日も暗かった。紺野さんの神の域に達した剣のわざを使うまでの相手に出会うこともなかったからである。紺野さんは気味悪く笑うと剣を一振りした。するとつむじ風が起こって、あのやぐらと校庭の隅にある体育倉庫が斜めに切り落とされ、宙に舞った。紺野さんは当然、あの隠密怪獣王も胴体を真っ二つにされているに違いないと思った。しかし、隠密怪獣王の姿はない。血しぶきも飛ばない。どうしたのだ。剣聖紺野さんは振り返った。すると隠密怪獣王は校舎の方に飛んで行き、校舎の正面を両足で蹴ると横飛びに剣を頭上に掲げ、紺野さんの方に飛んできた。それも幅三十センチ、長さ五メートルもある、斬象剣という象を真っ二つに叩ききる剣でもってである。
三角飛び
伝説の技である。人斬り紺野さんもこのわざを見るのは初めてであった。紺野さんは秘宝剣を振動させると自分の周囲にバリヤーを張った。隠密怪獣王の剣がそのバリヤーに衝突して雷鳴が届いた。その雷鳴に紺野さん自身も吹き飛ばされた。そして紺野さんは地面に倒され、頬には土がついていた。しかし、紺野さんの表情にはほほえみが起こった。
紺野さんの顔に土が付くなどということは紺野さんが生まれてから初めてのことだった。隠密怪獣王は斬象剣を回転させる。すると渦巻きのような真空の空間が紺野さんの方に飛んで行き紺野さんの髪は逆立った。そのとき、紺野さんの周囲の土はバキューム作用によって宇宙まで運ばれた。
「ふふふふふふ」
紺野さんは笑っている。
「これからが本当の勝負だよ」
紺野さんの秘宝剣、紀伊白浜丸の握りをはずすとそこにはスコップが出てきた。紺野さんの剣は見てくれではない、実戦剣である。剣の歴史の中でこの境地に達しているのは紺野さんしかいない。紺野さんはスコップで地面に穴を掘り始めた。
「オヤピン、紺野さんが地面に穴を掘っていますぜ」
「紺野さんが本気になった」
飯田かおりが恐怖に顔をゆがめた。飯田かおりの背後には恐怖のために朦朧と妖気が立ち上った。
「地遁、水遁、火遁。紺野さんだけがこの三つのわざを自由に扱える」
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紺野さんは地面に穴を掘り始める。温泉が吹き出すように地面から土が吹き上がっている。すぐに紺野さんの姿は地中に消えた。
「オヤピン、紺野さんの姿が消えた。紺野さんは逃げたのか」
辻があほのようにその様子を見て言った。しかし、飯田の額にはふたたびたらりと汗が一筋流れた。そして辻の頭をしばいた。辻の頭にはぺちりと変な音がした。
「ばか、これから紺野さんの殺人ショーがはじまるんだよ。ああ、紺野さんは地中を自分のものにしてしまった」
新垣を背負ったチャーミー石川と矢口まみりは新庄芋の集団催眠によってゾンビのような生きるくぐつとなったハロハロ学園の暴徒たちに追われて、校舎の中の階段を上へ上へと上がって行った。
「いたいぃぃぃぃぃ~~~~。やだぁぁぁぁ。まみりぃぃぃぃぃ。新垣がわたしの後頭部に噛みついたぁぁぁぁぁ」
「石川、あそこに鉄製の扉が開いているなり。あそこに入れということなり」
まみりと石川がその鉄の扉の中に飛び込み、あわてて鉄のドアを閉め、中から鍵をかけると逃げて行った三人を求めて催眠術に操られている狂った生徒たちが大挙して鉄のドアを拳で叩く。鉄のドアがぼんぼんと音を立てるが壊れそうな様子はない。どうやらこのあやつり人形たちはドアを叩いたり、蹴ったりという単純な動作しか出来ないようだった。しかし、それでもみんなでそれを繰り返しやっているのでどうなるのかわからない。ふたりがしきりにそのことを気に病んでいるのに、毛だらけな顔をした新垣はあらぬ方向を向いたまま、にたにたとしているばかりだった。「あなたたち」
声のする方を見ると探偵高橋愛が立っている。三人は三階まで上がって来ていた。
「探偵高橋、なんでここにいるなり。ハロハロ学園は大変なことになっているなり」
「あなたは集団催眠にかからなかったのね」「きっと、ウサギ小屋の餌当番で誰よりも早く来ていたから、わたしは放送を利用した集団催眠術にかからなかったんだわ。それより、下を見て、巨人が校庭に立っているのよ」
探偵高橋愛が嘘を言っていることはもちろんまみりたちにはわからない。
探偵高橋愛は窓際に行くと、校庭の中で殺人剣、紺野さんの姿を見失ってきょろきょろしている隠密怪獣王の姿を指さした。まみりも新垣を背負ったままのプアー石川も窓際のところに行き、その姿を見た。
「見て、見て、まみり、前に勝ち鬨橋のところで巨大ロボットと戦った怪物があそこに立っているわ」
泥から生まれたような新垣もそれに興味を示して毛だらけな顔の中に爛々と光る瞳を輝かしてその巨人を見つめている。
まみりはそれが何者なのかわからなかったが、何故か懐かしい気持ちがした。それはあの校庭の中の秘密の深海魚のプールの中であのエメラルド色の巨大な爬虫類に会ったときと同じ気持ちだった。
「まみり、なに、ぼんやりして見つめているのよ。まみりって馬鹿みたい」
現実の生活は貧乏紙風船なのにベルサイユの薔薇を熱読している石川がまみりの前で手を振った。まみりは夢の中の世界から現実に引き戻される気持がした。
「やだぁ、こいつ、よだれをたらしているぅぅぅぅぅぅ」
新垣は石川の背中にへばりついたままよだれをたらしていた。
校庭の中では土中に剣聖紺野さんの姿を見失った隠密怪獣王があたりの姿を伺っている。隠密怪獣王は五感を研ぎ澄まし、紺野さんの姿を伺っているようだった。そのときである、光る剣が土中から飛び出し、隠密怪獣王の土につけている足の甲のあたりから飛び出し、隠密怪獣王のふくらはぎのあたりをかすめた。隠密怪獣王のふくらはぎから鮮血がほとばしる。隠密怪獣王はその瞬間、飛び上がり、土中に巨人剣を突き刺す、しかし、手応えはなかった。
「オヤピン、あれは」
「紺野さんの秘剣のひとつ、土中剣」
飯田かおりの普通の人よりも大きい目はさらにその恐怖によって見開かれていた。
「紺野さんが土中に隠れた時点でこの勝負は決まってしまっているのさ。紺野さんは土の中を水の中を自由に動きまわるように移動して相手には覚られない、そして土中から敵に対して、剣を突き刺す」
「紺野さんは土遁、火遁、水遁の術を自由に扱うとオヤピンは言っているけど、どういうことなのさ」
「さっき、紺野さんの剣はやわな剣ではないと言ったろう。それはまるで藤本のピンタのようなものなんだ。たとえば暗殺をしようとする相手が釣りが好きである池に来ることがあると紺野さんが聞けば、紺野さんは竹筒で空気抜きを作って呼吸出来るようにして、池の中に何日も潜んで相手が釣りに来るのを待っているのだよ。もちろん、水の中で食事もうんこもするというから驚きじゃないか。そしてある日、相手がボートを漕いで沖の方にこぎ出して来たら、水の中からボートに近づいてボートの底に穴を開けてしまうのさ。それだけじゃない。もっとすごかったのはある大名を斬り殺したときだ。まず、紺野さんはインテリアコーディネーターとしてその城の中に入った。そして大名の寝室を見て、この寝室では開運が出来ないといちゃもんをつけ、工事業者を紹介してやるといい、今度は畳職人になり、畳を取り替えさせた。そしてあらたに運ばれた畳は厚さが五十センチもあったんだよ。大名は天井が低くなったようだと苦情を言ったが、その方が照明効率がいいんだと畳職人になった紺野さんは言い張った。実は厚くなった畳の一枚の中に紺野さんは隠れていたのさ。大名が布団をしいて紺野さんが隠れている畳の上に来るのを何日も待ち続けた。そしてある日、その秘密の畳の上に布団がしかれたのだよ。紺野さんはただ剣を上に突き立てただけだったのさ。大名はいちころだよ」
「じゃあ、紺野さんの土遁の術を破る者はいないのでちゅか」
加護が下唇をつきだして飯田の顔を見上げた。
「オヤピン、見て、見て、あれを」
それは信じられない光景だった。背番号五十五の隠密怪獣王はハロハロ学園の校庭に降り立ったとき、背中にエックスの文字を背負っていた。しかし実は二本の巨大剣をさしたいたのである。
不思議な光景がそこに広がっていた。隠密怪獣王の姿は空中浮遊のマジックのように空中に静止しているではないか。その様子は三階にいる探偵高橋愛たちの目にも映っていた。
「まみり、見て、見て、隠密怪獣王の姿が空中に浮かんでいるよ」
「石川、お前は頭が悪いだけではなく、近眼でもあったのかなり。両手に持った二本の剣で身体を支えているなり。剣のほうは土に刺さっているなりが、身体は空中に浮いているなり」
隠密怪獣王のすごい技である。もうばらしてしまえば隠密怪獣王の正体はゴジラ松井くんなのであったが、ゴジラ松井くんは二本の刀を下に向け、突き刺し、刀の鍔のところを下駄をはくようにしてまたがり、つかの上部を持っている。簡単に言えば、刀を下向きにして、竹馬のようにして乗っているのだ。でも、つかは短いのでゴジラ松井くんは背を丸めて乗りにくそうにしている。そしてこの手製の竹馬で移動しながら校庭の中をぶすぶす刺しているのだ。しかし紺野さんも負けていなかった。土中から剣を飛び出させる。しかし、お互いに相手がどこにいるのか、わからないので、お互いの攻撃はまったくかみ合わなかった。「紺野さん、破れたり」
また、紋白蝶石川が素っ頓狂な言葉をほざいた。そして石川は感動していた。このような名勝負を見るのは、巨人の星で長屋の前で星一徹が打ったガソリンをかけた火だるまのボールを星飛馬が捕球して投げ返したときのようだった。良い子のみなさんはこの漫画を読んだこともないという人もあるので少し詳しく話せば、星一家という貧乏人が花形モータースの御曹司、天才バッター、花形満と対決する物語である。中学生時代にこのふたりの永遠のライバルは出会った。中学生のとき、花形満は殺人ライナーというわざを持っていた。花形の打ったライナーボールを捕球した内野手はグラブをはじき飛ばされて即死してしまうのである。花形と対決する投手、星飛馬は花形の殺人ライナーに殺されてしまうのであろうか。かっての名三塁手、星一徹は貧乏長屋の前で自分の息子に課題を与えた。ボールに布を巻き、ガソリンをかけ、火をつけ、星一徹は言った。これを飛馬、これを花形の殺人ボールだと思うんだ。手を触れたら死ぬぞ。そして火だるまのボールが飛馬のところへ飛んで行った。そしてボールは返球されたのである。一徹は言った。飛馬の姉に対して、お前は大変な弟をもったのだぞ。しかし実態はこうなのだった。火だるまのボールが飛んで来たとき、飛馬は逆立ちをして履いていた下駄の裏でボールを捕球して返球したのだ。アメリカシロヒトリ石川はこの話しに身をふるわせるほど感動した。どこに感動したのかと言うと飛馬のすごいわざではなく、貧乏星一家が花形モータースの御曹司をうち負かすことにあった。ちなみに石川はキンニクマンも好きだった。
「校庭がめちゃくちゃになっちゃうなり。お互いに校庭を耕しているだけなり」
そして地上から攻撃しているだけではだめだと思ったのか、ゴジラ松井くんもものすごいいきおいで校庭を堀はじめ、地中に消えて行った。地中はもごもごと巨大な何者かがうごめき、ビニールハウスが縦横無尽に掘られているように、盛り上がっていた。
そのとき、三階の部屋の中の電話がけたたましく鳴り始めた。
「まみり、わたしがとるわ」
貧乏石川が電話をとると、水道局と名乗る男が出てきた。
「あなた、ハロハロ学園の人、困るんだよね。水道管を破裂させちゃ。道路を走るとき、重量制限というのがあるのを知らないのかい。こっちは水道管の修理工事で大変だよ。運転手に聞いたら、ハロハロ学園の関係者って言うんだからね。ねぇ、聞いているの」
「間違い電話じゃないの。ここは警察よ」
ガチャン、石川は電話を切った。
「まみり、水道局からよ。水道管を破裂させるなって」
「ふたりとも、こっちに来てください」
窓際から外を見ていた探偵高橋愛が校門の方を指さした。バリバリという音がして校門がなぎ倒される音がする。
「まみりちゃ~~~ん」
矢口まみりを呼ぶ声がして黒い蒸気機関車が校門の入り口の中から入って来た。D51という機関車名である。運転席には王沙汰春警部が乗っている。窓から身を乗り出してまみりは叫んだ。
「警部、何で、ハロハロ学園に来たかなり~~~~。それも蒸気機関車に乗って」
「隠密怪獣王が出たんだろう。それにこれは蒸気機関車じゃないんだよ~~~~~。隠密怪獣王を退治する新兵器なんだよ~~~~~。これで地中の隠密怪獣王の堀ったトンネルを埋めて、隠密怪獣王を生き埋めにするんだよ~~~~~~~~」
王沙汰春警部はD51のクランクを接続した。蒸気機関車は校庭を我が者顔で縦横に走る。校庭中に穴ぼこが開いているのはトンネルが陥落している証拠だろう。
「予定に入っていない、邪魔者が出て来たわね」
探偵高橋愛がちぇっと舌打ちをして振り返ると、いつ入って来たのかそこには黒魔術師井川はるら先生が立っていた。
探偵高橋愛は下唇をかみしめた。はるら先生がいつの間にか、この部屋に入ってきたのか、まみりも石川も気づかなかった。
「先生、ハロハロ学園の校庭が畑のようになっていまーす」
「もう、体育の授業は出来ないなり」
「わたしの生物の授業を毎日、受ければいいわ」
「先生、ゾンビたちはこの部屋に侵入して来ないでしょうか」
「平気よ。あと数時間も経てば集団催眠術が解けて、自分たちが何をしていたのだろうとあたりを見渡すに違いないわよ」
「先生、見て見て」
石川が指さす校庭の中にじょじょに気味悪い魚の死体が浮かんでいる。その数もしだいに増えて行った。まみりはもちろん、それが理事長が秘密のプールで飼っている深海魚だということはわかった。何も言わずにはるら先生はまみりのそばに立つと
「見て御覧なさい。三つの侵入者たちがハロハロ学園の中を荒らしているから理事長の張った結界が切れて、あの秘密のプールの中で飼われている深海魚たちも死を迎えているのよ」
理事長の名前が出て来たので庶民石川は耳をそばだてた。石川が無理にまみりとはるら先生の間に入って行こうとするとはるら先生は石川を肘で押し出した。
「ひど~~~~い。はるら先生」
そのときまたしてもハロハロ学園に異変が起こった。ハロハロ学園の上空を黒雲が覆ってハロハロ学園の中だけは昼なのに、夜中のように暗くなってしまったのである。王警部も自分の運転している蒸気機関車を停止させて上空を仰ぎ見る。
「見てください」
いつもは冷静な探偵高橋も校庭の上の空中を指さした。そして石川はひざまずき、両手を合わせて涙を流していた。
校庭の上には十メートルもあろうかと思われる、クストー博士のデスマスクが宙に浮かび、人類の愚行を悲しむように涙を流していたのである。
「クストー博士が泣いていらっしゃる」
黒魔術師井川はるら先生はじっとその御姿を見つめた。祈りを捧げていた石川はケケケケという声を聞き、背中が軽くなるのを感じた。ピョンピョンと飛び跳ねながら新垣が三階の窓のへりに飛び乗ってクストー博士と対話でもするように校庭に面して立った。
すると黒雲の中から雷鳴がとどろき、突如として激しい雨が降り始めた。雷と雨の両方がハロハロ学園の校庭に降り注いだ。
「クチヤユニラセ、ハロラセヒコミ、マノリスカンテイ、サラレケサルサルケレ、チタテタタテウエ、ユヨヤユユヤキハスカ、・・・・・」
毛だらけの顔をした新垣が雷雨に向かって超古代マヤ語で何か、唱え始めた。それは明らかに魔法の文言に違いなかった。
罪悪感にいつも押しつぶされそうになっている石川はまみりのそばに行くとまみりに抱きついた。
「新垣が呪いの呪文を唱えている~~~~。わたしたち、呪い殺されてしまうわ。まみりが悪いのよ。新垣を呪い殺そうと言ったのはまみりでしょう。わたしはただついて行っただけよ」
「ふたりとも、なにを言っているの。少なくとも、あれは呪いの言葉ではないわ」
「じゃあ、先生。何の言葉なんですか」
「わたしにもわからない」
新垣は雨に打たれながらまだ呪文を唱えている。空中に浮かぶクストー博士のデスマスクも雨にうたれながら満足そうなほほえみを浮かべ、やがて消えて行った。部屋の中にいる四人は気味悪く新垣のまわりに輪を作っている。
「あれを見てください」
探偵高橋が校庭の方をゆびさした。
「どぶネズミよ。どぶネズミ。どぶネズミの大軍よ」
「どぶネズミはお前なり。石川。それにあれはどぶネズミではないなり」
「ひど~~~~~い。まみり」
「そうよ。あれはドブネズミではないわ。あれはモグラよ」
校庭一面を何万匹というモグラが覆い尽くしている。
「新垣が、あのモグラたちを呼んだのよ。やだ~~~~~。もう、いやだあああああ。まみり、ここは人間が通う学校じゃないわよ。化け物たちが通うモンスター学園よ~~~~~~~~」
石川は崩れ落ちるとおいおいと泣き出した。
新垣はまだ窓の縁に仁王立ちになったまま、呪文を唱えている。
「気味が悪いからと言って化け物だとは限らないわ」
はるら先生がぽつりと言った。
「じゃあ、新垣はこのハロハロ学園を救う側なりか。新垣は善玉なりか」
探偵高橋愛は冷ややかにまみりの方を見ている。
雨に打たれたモグラたちはもぞもぞと動いている。土に潜るもの、蒸気機関車の方に登って行くものいろいろだった。そして蒸気機関車に登って行ったモグラたちは蒸気機関車を囓り始めた。王警部はあわてて蒸気機関車から降りると校舎の方にモグラを踏みつけながら退散していった。鉄を囓り切るモグラなどこれは地上にいるわけがない。これがモグラのかたちをしているがモグラでないことは明らかだろう。やがて、蒸気機関車の方はぼろぼろになっていく。地下の方からは切られて血を流しているモグラが数え切れないほど吹き上がってくる。やがて蒸気機関車はあとかたもなくなった。川の中でピラニヤに襲われた牛のようだった。今度はモグラたちは自分たちの持っているスコップのような手で地面をならしている。新垣の呪文は相変わらず続いている。地面がほぼもとのとおり平らになるとまたクストー博士のデスマスクが空中に現れ、満足そうにほほえんだ。すると新垣はくるりと向きを変えた。まみりが驚いたのは新垣はパンツも履いていず下半身がスッポンポンだったのである。ぱっと窓枠から飛び降りた新垣は閉じられていた鉄のドアを開けるとケケケケケケケと気味悪く笑いながら、正気を取り戻して自分たちが今何をしていたのか、自問自答しているハロハロ学園の生徒たちのあいだをすり抜けてどこかに行ってしまった。
「あなた、どんな、動物に囓られたの」
ハロハロ学園の保健室で保険の先生の安倍なつみが紺野さんの額に綿棒でオキシフルを塗っていた。
「なに、モグラに囓られただって。モグラに囓られるなんてことはないでしょう。どっかで転んで引っ掻いたのよね」
「絶対、モグラに囓られただって。おかしいわね。ゴジラ松井くんも同じことを言っていたわよ。あいつがそのモグラたちを呼び寄せただって。何万というモグラだって。嘘、おっしゃい」
安倍なつみは廊下にあるゴミ箱で給食のパンの残りをあさっている新垣の方を見ながら、否定した。
「ときどき、蜘蛛女に変身することはあっても何万匹ものモグラを自由に操るなんてねぇ。あとは焼酎でも塗っておけば直るって、たくましいのねぇ。あなたは」
保健室から出て行く、紺野さんを見ながら石川がいやねぇという顔をしてまみりの方を見た。
「紺野さん、あんな騒ぎを起こしながら平気で学園に来たわよ。あつかましいったらありゃしないわ。でも、隠密怪獣王って格好いいわねぇ。うちのクラスのゴジラ松井くんとどっちが格好いいかしら」
「ゴジラ松井くんって、もしかしたら」
矢口まみりが心の中に抱いている疑問を口に出そうとすると向こうからゴジラ松井くんがやってくる。やはり、額に紺野さんと同じように絆創膏を貼っている。しかし、どことなく、元気がない。
「来るわよ。来るわよ。松井くんが来るわ」
「来るなり、来るなり」
石川とまみりはひそひそやりながら、にたにたした。しかし、ゴジラ松井くんは無言で行ってしまった。
「ゴジラ松井くん、元気がないみたいじゃない」
「そうなりか」
「そうそう、まみり、あのクストー博士の造った秘密の内庭も昨日の騒ぎですっかり跡形もなくなっちゃったわよね。残念だわ。私も見ておけばよかった。結局、何があったの。まみりは見たんでしょう」
「見なかったなり」
そこへ探偵高橋愛が向こうからやってくる。
「探偵高橋愛、あの壁が壊れていた事件、どんなことだか、わかった。でも、秘密の内庭も壊れてしまっちゃったし、もう、調べることは出来ないわよね」
まみりは知っている、あの夜に現れたエメラルド色の怪物はゴジラ松井くんに違いないと。まみりはそう信じていた。
「あなたたち、こんなところで時間をつぶしていて結構ね。わたし、ちょっと用事があるから失礼ね」
探偵高橋愛はまみりたちにそう言うと廊下のはしへすたすたと歩いて行った。廊下の突き当たりには遺跡が飾ってある棚があって古代人たちの使っていた土器なんかが飾ってある。まみりたちが見ているとそこを右に曲がって行った。
探偵高橋愛はふたたび、あの気味悪い部屋を尋ねた。髑髏の呼び鈴を押して黒魔術師、井川はるら先生の生物準備室の中に入った。
「肉があって、その中に骨がある。もしかして、この骨の中に肉があったら」
するとはるら先生の持っている髑髏がはるら先生が何もしないのにケタケタと笑った。
「キャア」
探偵高橋愛は思わず悲鳴を上げた。
「あなたのびっくりした顔も可愛いわね。おほほほほほ」
「でも、先生の意地悪。隠密怪獣王についてもっと教えてくれないんだもの。隠密怪獣王はどこに住んでいるんですか」
「意外と身近なところよ」
「えっ、どこ、」
「それは言えないわ」
「どうして」
「どうしてでもよ。そのことを言ったらあなたはここに来なくなるじゃないの。でも、もっといいことを教えてあげるわ。隠密怪獣王はだいぶ弱っているはずよ。隠密怪獣王はある食べ物をいつも食べていないと元気がなくなるの。エネルギー保存の法則ね。そしてその食べ物を供給する場所がひとつなくなったのよ。隠密怪獣王は困っているに違いないわ」
「隠密怪獣王は何を食べているんですか」
「深海魚」
「深海魚」
探偵高橋愛は聞き返した。
「隠密怪獣王は深海魚を食べて育ったのよ。だから、深海魚を食べ続けなければ生きていけない。そして今のように弱っている隠密怪獣王だったら、これで命を奪うことも可能よ」
はるら先生は手の平に何か握っている。
「それを下さいと言うんでしょう。でも、あなたはわたしと悪魔に何をくれるの」
探偵高橋愛は身をこわばらせた。
「この前はあなたの額をくれたわよね」
はるら先生は静かに探偵高橋愛の方に近づいて来た。そして手を握った。はるら先生は膝を曲げると自分の唇を高橋愛の方に近づけた。何か柔らかい感触といい匂いがする。高橋愛の手に冷たいものを握らせるとぱっと身を翻した。
「ふほほほほほほほ。それは銀の弾丸。今のように弱っている隠密怪獣王にそれを打ち込めば隠密怪獣王は死ぬわ」
探偵高橋愛は唇と引き替えに銀の弾丸を手に入れたのである。もちろん、その弾丸には黒魔術の呪文がかけられていた。
強羅の高級温泉旅館のテラスで安楽椅子に腰掛けながら日系二世、エフビーアイ捜査官新庄芋は風光明媚な景色を愛でていた。そこへ仲居が入って来てお茶を置いた。
「妻はもう来てイマスカ」
「奥様ですか。もう、いらっしゃって、お風呂に入っていらっしゃいますよ。随分と可愛い奥様ですね」
「まだ、十代ナンデス」
新庄芋はニヤニヤした。
「現代板の幼妻といところですわね。おほほほほ」
「それはなんですか。よくワカリマセン。浴室には誰も入って来ませんヨネ」
「借り切りでゴザイマスヨ。景色もよく見える部屋でございますよ。おほほほほほ」
仲居は含み笑いをして出て行った。
************************************************************
「高橋さん、今、入浴中デスカ。ちょうどヨイデス」
エフビーアイ捜査官、新庄芋はにやにやしながら浴衣を着たまま立ち上がった。焼き杉の壁に囲まれた廊下を通ってプライベート用の浴室の入り口のドアのところに行くとお湯がこぼれる音がして浴室特有の音の反射がしてその音が共鳴している。磨りガラスの向こうの御影石の浴槽の中に白い人影が見える。
「入ってもいいデスカ」
新庄芋がその入り口の引き戸を静かに開けると、透明なお湯の中から髪を上げてかたちの良いうなじの線を露わにしている少女がこちらを向いた。
「いいですわよ。ミスター新庄」
探偵高橋愛は浴槽の中で強羅の景色を愛でながらお湯の中で身体をほぐしていた。新庄芋もその横に腰をおろした。
「いい景色デスネ。高橋愛」
「でも、こんなかたちで連絡を取り合うなんて不自然ですわ」
探偵高橋愛はしばらくお湯につかっていたのでぬるめの温泉だったが、額のあたりに汗がにじんでいる。
「こうしないと外部にわたしたちの密談が知られてシマイマス。これしか方法はありません」
「でも、あなたと合うときはいつもダブルベッドの中か、バスタブの中なんですね」
「これも、仕事上の必要性から出た必然デス。でも、ワタシ、あなたに恋してしまうかもシレマセン。あなたはウツクシイ」
新庄芋の口調はまんざらでもなかった。
「ご冗談を」
探偵高橋愛の方は極めて冷淡だった。肩のあたりの汗が一粒、高橋愛のつるつるした肌の上を滑り落ちて行った。
「随分といやな思いをしながら、あの女から隠密怪獣王の話を聞きだしているんですよ」
「はあ、どんなことをされたんですか」
「言いたくありませんわ。あの魔女のことは」
「でも、残念でした。紺野さんの剣でも隠密怪獣王は倒すことが出来ませんデシタネ。でも、あの女の言うことが本当だということはワカリマシタデス」
「あの女は言いました。きっと、もっといろんなことを知っているに違いありませんわ。隠密怪獣王は深海魚を食べなければ死んでしまうそうです。その深海魚のプールが一つ、なくなったそうです。それで、あの女の言うことには、隠密怪獣王はだいぶ弱っているらしいようです」
「深海魚がパワーの源デスカ。やっぱり、隠密怪獣王は宇宙人かそんなようなものナンデスネ」
「わたしに二十二口径のオートマチックの拳銃をくれませんか」
「ブッソウデスネ。またどうして」
「あの女が黒魔術をかけた銀の弾丸をくれたのです。今のように弱っている隠密怪獣王の身体にこの弾丸をぶち込めば隠密怪獣王は死ぬといいました」
「本当デスカ。州兵が一個師団を持っても退治出来なかった隠密怪獣王デスヨ」
「あの女はそう言いました。それより、わたしの全米デビューの話はどうなるんですか。あの女に気に入られるために随分と嫌な思いをしているんですよ」
「あなたが、隠密怪獣王を始末してくれるなら、モータウンからデビューさせますよ。バッグバンドでヒット間違いなしという実力派グループがあるんです。そこのボーカルをやればいい。そうしたら、高橋愛、あなたはビッグスターの仲間入りスル。間違いナイ。モーニング娘なんて目ジャアリマセン。うわはははははは」
お湯につかっていた高橋愛は思わず、新庄芋に抱きついた。そして新庄芋の胸毛に指をからめた。
「ミスター新庄、あなたの胸毛って ス・テ・キ」
そして高橋愛は野望に胸のうちをめらめらと燃やした。
全米デビューの野望に燃えてスパイ活動に励んでいる探偵高橋愛がいるかと思えば、初めての軽微の熱病、つまり初恋に自分の身の置き所をなくしてただおろおろしているカナリヤもハロハロ学園にはいた。
「わたしはどうしたなり。自分自身、おかしいなり。なんでこんなにおかしくなっちゃったなり。みんなゴジラ松井くんが悪いなり。たぬき蕎麦に七味をちょっとかけるつもりが一瓶かけてしまったり、窓の外のアカシヤの木に見とれて二駅も乗り過ごしてしまったのもみんなゴジラ松井くんのためなり。好きなり。ゴジラ松井くんcc。まみりはラブラブなり」
それに誰にも言わないけれど、あの大の仲良しの貧乏石川にも言わなかったことだが、ハロハロ学園の内庭で見た怪物、あのエメラルド色の爬虫類、それが気味の悪い深海魚をばりばりと食べているところを見ながら、まみりはそれがゴジラ松井くんに違いないと思い、ますますとゴジラ松井くんが好きになってしまったのである。まみりは気味の悪いものが好きだった。それが気味の悪い場所で出会ったのだからなおさらだった。この気持を伝えたい。当然の帰結である。
まみりは校門のところでゴジラ松井くんが来るのを待っていた。朝、まみりはゴジラ松井くんの下駄箱にラブレターを入れて置いたのである。その中身はこんなのだった。
ゴジラ松井くん、ゴキゲン ヨロシイホウでケッコウです。まみりもますますげんきだす。あさは早くきますたです。ウサギ小屋のうーちゃんにえさをたべさせるためだす。うーちゃんはいつも元気だす。にんじんをばりばりばりばり食べるだす。そしてまるまっちいうんこをころころ出します。まみりの趣味は読書だす。毎日、はろはろがくえんには ころころこみっくを持って来ていますだす。ジュギョウチュウニ呼んでいて むらのせんせいにとりあげられますたです。きっと しょくいんしつでよんでいるのダス。ムラリセンセイは死刑だす。まみりはころころこみっくをよんでひとつりこうになりますただす。おなべのおこげをとるほうほうだす。ゴジラ松井くんのおかほさんにもおしえてあげるといいだす。おなべにあぶらをいれてこんろでよくやくといいそうだす。まみりはゴジラ松井くんとおともだちになりたいだす」
まみりは全力を使って身体中の全知識をしぼってこのお手紙を書いた。そして早朝にゴジラ松井くんの下駄箱の中に入れておいたのである。まみりがどきどきしながら校門で待っていると斥候として下駄箱でゴジラ松井くんを待っていた岡っ引き石川が片手の人差し指と親指で丸を作った。まみりの手紙はゴジラ松井くんの手に届いたようだった。どきどきしているまみりの方にゴジラ松井くんと子分石川が一緒に歩いてやってくる。偉人ゴジラ松井くんはまみりの前に立った。フリルスカート石川は今度はまみりの方に並んでたった。
まみりは意を決して言った。
「あの手紙、ゴングール賞はとれますか」
ゴジラ松井くんは即座に首を振った。
「ゴングール賞は無理なようだね」
するとまみりは落胆して首をうなだれた。倒れそうになったまみりを子分石川が支えた。そのあまりの落胆の様子に悪いと思ったのか、ゴジラ松井くんは
「ゴングール賞は無理かも知れないけど、八景島市民文化賞はとれるかも知れませんよ」
と言った。
まみりは一瞬喜んだが、その賞の対象年齢が幼稚園児だということを思い出した。
「あれは幼稚園児が対象なり」
まみりはすねて言った。ゴジラ松井くんは無言だったが、内心、怒っているようだった。そして自分の鞄の中を開けて逆さにすると中からハートの模様の入ったのだとか、ピンク色のだとか、キティちゃんのだとか、封筒が山のように出てきた。すぐに阿呆の石川がその手紙のたばのところに行くとその封筒を拾い上げた。
「まみり、これ、みんなラブレターよ。どれどれ、誰が出したのかしら。飯田、保田、小川、辻、加護、・・・・・、ハロハロ学園中の女の手紙じゃない。イワン・コロフやハンス・シュミットの手紙まであるのはどういうことよ。まみり、どうしたの。聞いているの」
石川りかが手紙の差出人を読んでいるうちにゴジラ松井くんはすたすたと行ってしまった。銅像のように固まっているまみりの前で石川が手を振った。
「まみり、どうしちゃったのよ。まみり~~~。まみり~~~~~~。聞こえているのお」
石川がじっと動かないまみりの顔を見ると、あのいつも強気のまみりの下瞼はほんのりと濡れていた。電柱の影で王沙汰春警部はじっとその様子を見ていた。感情を押し殺してゴジラ松井くんは歩いていた。あたりはほんのりと暗くなっている。川の土手を歩いていると急に呼び止められてゴジラ松井くんははっとした。後ろには王沙汰春警部が立っている。王警部は紙に包んだ大判焼きを持っている。
「そこの角で買ったんだ。きみと一緒に食べようかと思って」
ゴジラ松井くんは王警部と一緒に川の土手に腰掛けた。向こうにはやまなみが墨絵のように見える。川の中の水は焼き物を焼く泥のようだった。ゴジラ松井くんは自分が隠密怪獣王だという疑いを王警部が持っているのか、そうでもなければ隠密怪獣王に関係があると思って自分を呼び止めたのだろうかと疑いを持ち、緊張した。
「警部、この前はハロハロ学園で隠密怪獣王が暴れて大変でしたね」
「D51が一台、新垣の呼び出した悪魔のもぐらに食い尽くされてしまったよ」
「警部が隠密怪獣王と出会ったのはそれが初めてなんですか」
「いや、もう何度も隠密怪獣王には煮え湯を飲まされている。もうすでに十以上の銀行を襲われて、大変な被害を受けているわけだ」
泥棒と逮捕するほう、変な組み合わせだった。
「どういう目的があって隠密怪獣王がそんなことをしているのかわからない。もうすでに百億以上の蓄財をしているのに違いないんだ」
王警部は悔しそうに手元にある雑草をむしると川の方に投げた。
「きっと隠密怪獣王は莫大な資金が必要なんですよ」
「なんで、個人的には十億もあれば一生優雅な生活を送れるだろう」
「家族が多いんじゃないですか」
「家族が多いからって人を殺して金を盗んでいいことはない。日本では幸いなことにまだ誰も殺していないが、アメリカで暴れまくっていたときにはすでに十数人の人間を殺している」
ゴジラ松井くんの顔色が少し曇った。
「実は隠密怪獣王を追ってエフビーアイの捜査官がひとり、来日しているんだ。日系二世で新庄芋という、いけすかない男なんだけどね。ハロハロ学園の新垣を餌にして隠密怪獣王をおびき出したのもあいつのやったことなんだ。部下をあいつに張り付かせている。それで僕もハロハロ学園に向かったということなんだよ」
「警部は隠密怪獣王が新庄につかまると思いますか」
「つかまるのはいいことだが、自分自身で捕まえたいとい気持もある。それで話は変わるんだけど、僕の知り合いで矢口つんくという発明家がいてね。その娘で矢口まみりという女の子がいるんだ。なかなか、元気ないい子なんだよ。どういうわけかその女の子はハロハロ学園に通っているんだ。そしてハロハロ学園には学園中のヒーローでゴジラ松井くんという人気者がいるんだけど、矢口まみりはゴジラ松井くんのことが好きで好きで仕方ないんだ。そして、僕の見たところゴジラ松井くんもその女の子を憎からず思っているようなんだ。今日も矢口まみりがゴジラ松井くんにラブレターを渡すのを見た。しかし、ゴジラ松井くんは彼女の申し出を断った。矢口まみりの目には触れなかったがゴジラ松井くんが苦しそうな表情をしていたのを見たんだ。僕を警視庁の殺人課の刑事だなんて思わないでくれるかい。近所の世話好きのおじさんだと思ってくれればいい。愛のキューピッドを気取りたいけど、キューピットというには年を取りすぎているけどね」
ゴジラ松井くんは無言で王警部の言うことを聞いていた。泥のような川の流れをじっと見つめている。
「ハロハロ学園には確かにヒーローとしてみんなに騒がれているゴジラ松井くんがいます。しかし、彼が本当にヒーローなのか、もしかしたら、彼は隠密怪獣王のように人を何人も殺しているのかも知れない。決してヒーローではないかも知れませんよ」
王警部も無言で川の流れをじっと見ていた。
「僕もこの年になるまでいろいろなことがあった。八百号のホームランを打つまで調子のいいことばかりじゃなかった」
なぜか、一警部が野球談義まではじめていた。
「でも、自分は清らかでつるぴかな人間だという人を信用しないことにしている。人間はそんなに強く、絶対的なものではないと思うからだよ。御覧。あの川の流れを。暗い中で見ているからなおさらだと思うんだけど、まるで泥水が流れているようだね。でも、向こう岸の少し、土手が凹んでいるところがあるだろう。あそこから清水が流れ出しているんだよ。泥水の中に清水が流れ込んでいる。だからこの川の中はただの泥水ではないというわけだ」
ゴジラ松井くんも同じように川の流れを見ていた。
「まみりちゃんが好きなら、まみりちゃんを受け入れてあげてもいいんじゃないかな。僕はいい組み合わせだと思うんだけどな。これも近所の世話好きの隠居のたわごとだと聞き流してくれたまえ」
「警部、いつか本当のことがわかる日が来ると思います」
ゴジラ松井くんはぽつりと言った。
ゴジラ松井くんは海岸にある断崖絶壁のぼろい小屋の中にいた。あたりには人気もない。割れている窓ガラスを通して月の光が射し込んでくる。するとどうした不思議だろう。ゴジラ松井くんの高校三年生のような学生服は見るまに月の光を受けてエメラルド色に輝いているではないか。そして身体のかたちも変化し始めていた。見るまにゴジラ松井くんはエメラルド色をした巨大な爬虫類に変わっていた。古代の恐竜と化したゴジラ松井くんは人間の言葉も忘れたように月に向かってガオーと吠えた。それから小屋を出ると荒れ狂う眼下の海の中に飛び込んだ。それから海の中にずんずんと潜って行く、さきには奇妙なかたちをした巨大な深海潜水艇が待っている。巨獣と化したゴジラ松井くんが近寄って来たことに気づいて巨大潜水艇のハッチが開かれた。この巨大潜水艇がゴジラ松井くんである隠密怪獣王が矢口まみり二号と戦って負けそうになったとき助け出してくれた船だということはあきらかであろう。あのときの水ぶきれしたような運転席にいた女はやはりまだ運転席にいる。やがて船内に入ったゴジラ松井くんはすっかりと人間の姿になっている。
「おかあさま、帰ってまいりました」
「秀喜、そのおかあさまというのはやめてくれないかい。海の中にいるときは恭子ちゃんと呼んで欲しいわ」
「じゃあ、おかあさま、恭子ちゃんと呼びます。恭子ちゃん。今度はどこの銀行を襲うのですか」
「秀喜、その計画はもう立っているわ。それはいいけど、あのペンダントはどうしたの」「ハロハロ学園のどこかに落としたようですよ」
「まあ、いいだろう。秀喜、あそこに書かれている文句を読める人間が地上にいるわけがないのだから。それより秀喜、あの女の写真をまだ破りすてていないじゃないか。矢口まみりの」
ここで府下田恭子は顔面を蒼白にして怒りだした。
「あの女はわれわれの敵なんだよ。あの父親はわれわれの仲間を捕まえて実験材料にした。われわれが地上に進出したとき、まず真っ先に血祭りにあげるのはあの一家なんだからね」
「でも、母上、あの矢口まみりというのが、そんなに悪いことをやっているとは思えないのですが」
「それが、お前の甘いところなんだよ。あの父親はわれわれの仲間をつかまえてメスで切り刻んだ。相容れない敵なのだ」
ゴジラ松井くんは唇を噛んだ。
「母上、ハロハロ学園の深海魚を養殖しているプールの一つが壊されました。地上ではわたしは大量の深海魚を食べないかぎり生きていくことは出来ません」
「もうすでにまだ深海魚が飼われているプールは調べてあるよ。心配することはない。わたしたちは大きな目的に向かって進んでいるんだからね。こんな娘に惚れるなんてことは絶対にわたくしが許しませんからね」
ゴジラ松井くんはまた巨獣に変身すると海中の中に出て行った。ゴジラ松井くんの口にはすでに深海魚が何匹もくわえられている。
まみりと石川りかが売店でパンと牛乳を買ってから裏庭の方で食べていると木刀が風を切る音がする。見ると紺野さんが素振りをしているのだった。
「紺野さんは張り切っているなり」
「まわりの人間に永遠のライバルに出会ったと言っているそうよ。酒浸りだった日々からすっかり抜け出して、紺野さんは剣の修行に明け暮れているわ。また、隠密怪獣王に出会う日が楽しみだと吹聴しているって」
まみりは紺野さんが話すのを聞いたことはないが、きっとまわりの人間にそう言っているのだろう。そこから少し離れたところで新垣がシロツメクサを摘んで首飾りを編んでいる。
「なんで、新垣のまわりにあの不良グループたちがいないのなり」
「この前の一件でクストー理事長はすっかりとお怒りになって新垣をいじめた者は即、退学だと言明したそうよ。まみり」
超古代マヤ人の新垣がシロツメクサを編んでいるのは少し変だった。
「まみり、なんか、ゴジラ松井くん、元気がないように見えない」
そう言われれば、たしかにそんな気がする。まみりはあのプールで見た怪獣がゴジラ松井くんに違いないと信じているから、あのプールが壊れたことと、ゴジラ松井くんが元気がないことは関連しているのではないかと思っていたが、それがどういう理由かということは判然としなかった。そのときまみりが内緒でハロハロ学園に持って来ている携帯が鳴り出した。
「まみりちゃん。僕だよ。王沙汰春だよ」
携帯にかかってきた電話は意外にも王警部だった。
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第二十回
机の表面に浮かび出た新垣の顔は文字どおり悪魔にとりつかれた顔だった。目は赤く血走り、顔中が毛だらけだった。しかし、その顔はレリーフのようになっていて机の表面から飛び出すことはない。それから新垣は口を開くと赤い舌をペロペロと出した。そして新垣の顔が消えて今度はまたわけのわからない文字が机の表に現れた。
「これは、これは」
井川はるら先生はその机の表面に書かれた文字を見つめた。
「超古代マヤ文字だわ」
「なんて書いてあるんですか。先生」
石川りかが不安を顔中に浮かべて曲げた人差し指を唇のあたりに持って来た。
「わからないわ」
机の表面には次から次へといろいろな超古代マヤ文字が浮かんでは消えて行く。そして文字が消えたかと思うと今度は毛だらけな顔がふたつ浮かび出た。
「今度は新垣がふたり」
チャーミー石川が甲高い悲鳴を上げる。
「よく、見るなり。新垣によく似ているど違うなり。これは新垣ではないなり」
机の表面では新垣によく似たげじげじの蜘蛛のような顔がやはりにたにたと笑っている。矢口まみりは大きな登山ナイフをとりだすとその顔をナイフで刺そうとした。
「やめなさい。まみりちゃん。そんなことをしても効果はないわ。新垣は黒魔術も白魔術の両方のらち外の生き物よ」
「そうだ。俺は生徒の机にそんなことをすることは許さない」
村野武則先生も全く意味不明なことを言った。
「そんなことを言っていたら、悪魔が新垣のコピーが増殖するなり」
まみりが絶叫すると今度はそのふたつの顔も消えて、誰も揺らしていないのに新垣の机だけがぐらぐらと揺れ、また悪魔のような叫び声が誰もいない教室のあちこちから聞こえる。そのとき鶏の朝を告げる鳴き声が聞こえた。すると机はまた静まった。誰かが校舎の中の電源を入れたのか教室の中がぱっと明るくなった。
教室の入り口のところであの不気味な用務員がテープレコーダーを持ちながら立っている。
「また、あの化け物が出たんでごぜぇますかな」
用務員は無表情だった。
「この鶏の鳴き声を聞かせると収まるんでごぜぇますよ。けけけけけけ」
用務員は自分の指でテープレコーダーを指し示した。
村野先生は憤って用務員のそばに行くと喰ってかかった。
「君、こんなことが夜な夜な起こっているんだったら、なんで学校に報告しないんだ」
「おかど違いでごぜぇますな。理事長が報告しないでいいと仰ったんで。けけけけけけけ」
用務員は薄気味悪く笑う。
「やめて。やめて」
教室の隅で女がしゃがみ込んで耳をふさいでいる。思わず、まみりはその女のそばに行った。女はやはり半狂乱である。
「安心するなり。新垣はここにはいないなり」
「やだ。やだ。まみり。わたしはこんなところ、やめてやる。ここは学園なんかじゃないわ」
石川りかは絶叫した。
「ここはハロハロ学園なんかじゃない。ここは、ここは、妖怪、妖怪学園じゃないの」
石川りかはあまりのショックのために耳を押さえると泣きじゃくりながら、しゃがみ込んだ。
しかし、このような珍奇な現象はこれだけで収まらなかったのである。
警視庁捜査一課、王沙汰春警部は警視庁内部の休憩室で大きなソファーに腰掛けながら新聞を読んでいた。そこ捜査二課の同期の警部が入って来た。
「世の中、だいぶ、変なことになっていますな。今朝の新聞を読みましたか。おお、読んでいましたか。隠密怪獣王の事件も解決しないというのにね」
ここで王沙汰春警部がぴくりと眉を動かしたので、同期の警部は王警部が隠密怪獣王の事件を担当していたということを思い出した。王警部はその警部の方を振り返る。
「隠密怪獣王の方はなかなか良い情報があるんで解決も近いかも知れませんよ」
王はそう答えたものの、何の有力な情報も得られはしなかった。しかし、あの事件のとき、隠密怪獣王と戦ったのは何者であったのだろうかという疑問は常に残っていた。あの巨大ロボットのことである。あの発明家、つんくパパもそのことを言わない。隠密怪獣王と巨大ロボが戦ったとき、海中の中で何かが起こったことを期待していた。あの事件のとき、あの時間ではもしかしたら、海中に作業船がいたり、潜水夫が何か作業をしていたのではないかと期待していた。もし、そうならもっと情報が得られるのである。
「人類の誕生する前に古代文明が存在していたというじゃないですか」
「何がですか」
「王さんが読んでいる新聞ですよ」
「ああ、これですか」
王沙汰春もこの新聞の記事を信用することは出来なかった。新聞の発信地は南米のアンデス山中の中である。
「信じられませんね」
「同感です」
新聞によると、一般紙であったが、南米のアンデス山中でインカ文明の研究者が偶然にも地中の発掘作業をやっていると吸血鬼の棺のようなふたつの材質のわからない棺を発見した。それを大学の研究室に運び調査を続けていた。そして蓋をあけたところ、手も足も毛だらけの人間らしい生物が入っていた。蓋を開けた時点で生きているようだったが、蓋を開けてから二分五十秒後にこのふたつの生物は目を覚まし、かってに棺から出て来て言語らしいものを話し始めた。その言葉というものも全くわからない言葉だったが、その国に超古代マヤ文明の研究者というのがいて、当時、それは全く信じられなかったが、名乗り出て研究室にやって来た。そしてこのふたつの生物の話す言葉を翻訳し始めたのである。そして信じられないことだが、その生物のいうことには、自分たちは数十億年前に栄えた超古代マヤ文明人である。そして日本という国のハロハロ学園というところに自分の娘がいるから会いに行きたいという話だった。
「超古代マヤ人ってどんな顔をしているんですか」
この話をまだ信じられない王沙汰春警部は当然の疑問を口に出した。
「顔中、手足も毛だらけらしいですよ。そして顔はインカ人、いや、日本人に似ているという噂です。ほら、そろそろワイドショウが始まるので、それが出て来ますよ」
警部は休憩室のテレビのスイッチをつけた。ワイドショーのタイトルが出てくる。
「超古代マヤ人、アンデス山中から出現、日本のハロハロ学園に娘がいるから会いに行かせろと要求」
ブラウン管いっぱいに大きな文字が浮かび出た。そしてそのつぎに顔中、手足中、毛だらけの生き物が映し出され、きょろきょろとカメラのある部屋の中を見回している。そしてカメラがとらえたその顔はハロハロ学園の不良グループの一員、新垣にそっくりなのだった。
「これが超古代マヤ人なのか」
「そのようですね」
この時点で王沙汰春警部は自分にこの超古代マヤ人は関係のない存在だと思っていたのだ。そのとき休憩室のドアが叩かれ、部下の刑事が顔を出した。
「王警部、警視総監が呼んでいます」
王沙汰春警部は警視総監の部屋をノックした。この部屋に入るのは大昔、警部に昇格するとき、辞令を貰いに行った大昔に一度だけだった。
ドアを開けると警視総監がいきなり言った。
「君が隠密怪獣王の事件を担当している王沙汰春くんか」
警視総監の横には大阪の南にあるホストクラブのホストみたいな男が立っている。
「王警部、ここにいるのがエフビーアイから派遣された日系二世の新庄芋くんだ。独自に隠密怪獣王の事件を捜査するためにやってきた」
王沙汰春警部はあからさまな敵意をこのホストみたいな男に抱いた。
「隠密怪獣王事件は日本の事件ですよ。こんな安ホストクラブのホストみたいなのが日本くんだりまでわざわざやって来て、何をするというんですか」
「王さん、あなたの認識は甘いデス。隠密怪獣王は人類の敵デス。エフビーアイには独自の捜査力がアリマアス。ワタシ、隠密怪獣王、トラエマアス」
王沙汰春はこのホストみたいな男に敵意を感じた。敵意と言えば、ハロハロ学園も敵意があふれていた。新垣の机のまわりに不良グループがたむろしている。新垣を取り囲むようにしている。
「まみり、飯田たちが新垣を取り囲んでいるわよ」
石川りかは何事もないように旅行ガイドを身ながら、横目で不良グループの方を見ていた。「新垣だって、不良グループじゃないなりか」
「まみり、知らないの。新垣って人間じゃないんだって。超古代マヤ人なんだって。ニュースを見なかったの」
「そんなこと知っているなり」
「それでわかったわ。新垣のまわりに変なことがたくさん起きるのも。新垣の机を生体反応を調べたらあの机は生物だとい結論が出たそうよ。ほらほら、飯田のいじめが始まるわよ」
石川りかが本のあいだから盗み見た。
「おらおら」
不良グループのリーダー飯田かおりは箒の竹の杖を使って机にへばりついている新垣の頭をこづいていた。
新垣は富士壺や磯巾着が岩にへばりつくように机にへばりついている。
飯田は机にへばりついている新垣をはがそうと竹の箒でごりごりとやった。新垣は超古代マヤ語で何かぽつりと言うと悲しそうな目をして不良たちを見つめた。
「飯田のいじめは陰湿ね」
隣の席に座っているまみりに話し掛ける。
「ああやって市井さやかをいびり出したのよ。あの悲しそうな目を見るのは二度目だわ」
「お前、人間じゃないんだってな。超古代マヤ人なんだってな」
加護愛がよたって新垣に侮蔑の言葉を浴びせた。
「まみり、このままじゃ、新垣がいびり殺されてしまうわ。あのまみりの親戚の女の子を呼んであげましょうよ」
矢口まみりは無言だった。矢口まみりは新垣に対して複雑な気持ちを持っている。松井くんとただ一人、同じ筆箱を持っている女。ゴジラ松井くんが新垣に対して特別に優しく接している場面を何度も見ている。
「ゴジラ松井くん、なんで新垣に優しくしているなり」
矢口まみりは何度も煩悶した。ゴジラ松井くんと新垣のあいだに何か秘密があったら。
「そのときは、そのときは、まみりは・・・・・・・・」
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まみりが新垣とゴジラ松井くんとの関係において煩悶しているあいだも飯田の執拗ないじめはやまなかった。身長九十センチの新垣はあの不気味な机の両はじに指をかけ、飯田が箒の柄で頭をごりごりと押しても首の筋肉でその攻撃をよけたり、箒の柄をやり過ごしたりした。
新垣の目からは下等生物のくせに涙がにじんでいる。そのときバンと机を叩く音が聞こえて
「やめろよ。きみたち」
と清冽な声がして、身長一メートル九十の野球のユニフォームを着た好青年が立ち上がった。つかつかとゴジラ松井くんはそのいじめの現場の中心に分け入って行き、新垣のそばにその長身を折り曲げると耳をそばに近づけた。すると新垣は超古代マヤ語をボソボソと言った。ゴジラ松井くんは新垣の身体を両足の膝の裏を持って向こう向きに抱きかかえると三階の教室の窓際につれて行った。新垣のパンツは丸見えだった。ゴジラ松井くんが新垣を抱きかかえているその格好は便所が見つからない親が小さな子供がおしっこがしたいと言ったとき、道のはじっこのところでそうした格好でおしっこをさせるのと同じだった。ゴジラ松井くんは校庭に面した窓際で新垣のパンツを脱がせると新垣は校庭に向けて放尿を始める、そのおしっこは放物線を描いて、校庭の土の中に吸い込まれていく、おしっこの途切れた新垣はゴジラ松井くんと顔を見合わせるとにやりとした。ゴジラ松井くんもにやりとした。その一部始終を矢口まみりは見ていた。
「きみたち、いいかげんにしろよ」
三階の窓ガラスのふちに新垣を座らせながらゴジラ松井くんが言ったときだった。新垣はバランスをくずして十メートル下の校庭に落下していった。
「あっ」
ゴジラ松井くんは叫んだ。振り向いたゴジラ松井くんのその腕にはエメラルド色の鱗が光り、するすると伸びて行くと新垣をつかんでまた教室の中におろした。しかし、教室の中にいた生徒たちには死角になっていたので何が起こったのかわからない。落ちて行く新垣をゴジラ松井くんが救ったということしかわからなかった。
「きみたち、何をしているんだ」
ゴジラ松井くんに怒られた飯田はすっかりと悪びれた様子で言い訳をする。
「井川はるら先生から、頼まれたんだよ。新垣の机を悪魔コレクションに加えたいんだってよ」飯田の目には明らかに恨みの感情がこもっている。それはゴジラ松井くんへの愛を拒否された恨みである。しかし、その現象においてはもっと深刻な女の子もこの教室の中にいるのだが。ゴジラ松井くんはまた新垣のそばに顔を近づけると同意を得たようだ。
「新垣くんはその机を持って行ってもいいと言っているよ」
ゴジラ松井くんは言った。
「ねえ、ねえ、まみり。見た、見た。ゴジラ松井くんもあんまりじゃない。まみりも飯田もゴジラ松井くんのことが好きだって知っているのかしら。あの新垣に対する態度はなんなのよ」
ランチのいちご牛乳を飲みながらプアー石川が感情を押し殺している矢口まみりに話し掛けた。するとバチンという音がして牛乳が吹き上がった。まみりがガラスの牛乳瓶を握りつぶした音である。
「石川、今夜、決行するなり」
「まみり、決行するって何をするつもりよ」
「石川、協力してくれるなりなりね」
「まみりがそう言うなら、そうするけど。でも、お金のかかることはだめよ」
「お金なんてかからないなり。低予算で出来るなり」
矢口まみりがあの発明一家の家に戻ると実験室でつんくパパは金色の大小いくつもの金属製の筒に囲まれて実験に励んでいた。金属製の筒にはいくつもメーターがついていて筒の側面には手を差し込める穴が開いていて、中にはまみりにはわからない機械がたくさん詰まっている。ときどき、筒の横に開いている管から蒸気らしいものが出てくる。つんくパパの横では老猿のダンデスピーク矢口がバインダーに挟んだ紙に実験記録を書いている。
「つんくパパ、出かけてくるなり」
「まみり、今、何時だと思っているんだ。夜中の一時だよ」
「夜中だからいいなり。パパ、理科の宿題があるんだなり、やっておいて欲しいなり」
「まみり、宿題は自分でやりなさい」
「時間がないなり」
まみりはいつもパパは発明家のくせになぜまみりの理科の宿題が出来ないんだろうと思う。しかし、夜が明けると宿題をやって置いてくれてはいるのだが。
「つんくパパ、水戸納豆は冷蔵庫の中にあったかなり」
「藁で包んであるやつやろう。まみり。あったがな」
「つんくパパ、それで安心したなり」
「まみり、今日の昼間、王警部が来たんや。あの警部には気をつけるんやで」
「なんでなり」
「警部はスーパーロボ矢口まみり二号に関心を持っているみたいや。あのロボを使って隠密怪獣王を捕まえるつもりや。でも、まみり、あのロボはまみりのボディガード用にパパが作ったんだから、まみりとは関係ないと思わせるんやで」
玄関のチャイムが鳴って玄関の防犯カメラにミザリー石川の顔が映った。
「まみり、来たわよ」
まみりは冷蔵庫の中から水戸納豆を二個取り出すと玄関で待っているトワイライト石川のところに行った。
「まみり、こんな夜中にどこに行くの」
「丑密山へ行くなり」
「ええ、あんなところに行くの」
フアーガソン石川は驚愕の声を上げた。
「あそこには行ってはいけないという話じゃないの」
「石川が行かないなら、まみり、ひとりで行くなり」
矢口まみりはひとりすたすたと歩き出した。
「まみりが行くなら、わたしも行く」
丑密山の鬱蒼とした石段をあがりながら、がちゃがちゃと音を立てているまみりの持ち物に石川は気が気でない。丑密山の中腹のあたりに来たとき、ハロハロ学園の校庭が眼下に見えた。
「まみり、提灯がゆらゆら揺れているわ。ハロハロ学園の中に誰かが尋ねて行っているんじゃない」
矢口まみりも足を停めた。
「まみり、あいつよ。探偵高橋よ」
「たしかに、探偵高橋なり」
小さく見えるが提灯の明かりに照らされた顔は確かに探偵高橋である。こんな夜中に探偵高橋はなぜハロハロ学園に行くのであろうか。
「そんなことは関係ないなり」
またまみりは丑密山の中を歩いて行った。そして誰もここには来ないという丑密山の頂上にある神社まで来た。
「ここには用はないなり」
青白い顔をしたまみりの顔はまるでおしろいを塗ったようである。
テラー石川がさかんにまみりに話し掛けるがまみりは答えず神社の裏の方にずんずん歩いて行く。神社の裏には杉木立が控えている。その中の不気味なかたちをした二本の杉にまみりは目をつけた。
「ここでいいなり」
まみりは不気味ににやりと笑って背負っていた風呂敷包みを地面の下におろした。ばらけた包みの中には木槌に五寸釘、それに水戸納豆がそれぞれふたつづつ入っている。
「まみり、まさか、ここで呪いの儀式を」
「そうなり」
「でも、なんでふたつも」
「石川、お前も協力するなり。ふたりでやれば呪いの力も二倍になるなり」
「誰を呪うのよ」
「新垣なり」
「まみり、協力するわ」
貧乏石川も新垣を憎んでいた。貧乏石川もゴジラ松井くんのことが好きだったのである。それをあの教室でゴジラ松井くんと新垣のぶっとい、何本ものしっかりとつながれた絆を見てしまったのである。ゴジラ松井くんへの思慕の念が新垣への憎悪や怨念に変わるのも当然だった。まみりは藁で包まれた二個の水戸納豆を取り出した。それに藁きびで手と足と頭をつけた。そして半紙で新垣りさと書いた紙を付けた。
「石川、はじめるなり」
まみりはぎろりとした目で石川のほうを見た。テラー石川もまた片手に木槌、片手に水戸納豆を握っていた。水戸納豆を杉の木に押しつけながら右手に持った五寸釘を新垣の水戸納豆に突き刺した。
「死ぬなり。新垣」
「死ね。新垣」
カーン、カーン、五寸釘を打ちつける音が森閑とした漆黒の闇の中に響く。まみりが木槌を打つと藁の中の水戸納豆が一粒落ちた。たらりと糸を引いて。
「新垣の内蔵が出て来たわよ。まみり~~~~」
クレージー石川が手を叩いて喜ぶ。がんばり屋のまみりは鼻孔を広げて、鼻の穴から息を出した。
「こんなものでは気がすまないなり」
まみりはその呪いの水戸納豆の前の方へ行き、助走距離を取ると突然走り出した。
「ドロップキ~~~~~ク」
まみりの揃えた両足は空中を浮遊して新垣の藁人形に命中した。すると中の納豆が糸を引きながら空中に飛散した。
「まみり、やったわよ。新垣の内蔵が全部、出ちゃった」
石川はまたパチパチと手を打った。
がんばり屋のまみりはまた肩で息をしている。そのとき、杉の木の陰からにゅっと顔を出した男がいる。
「殺したいほど、憎んでいる人間がいるみたいじゃないか。なんなら、警察が協力してあげてもいいんだよ」
「人に見られていたら、呪いが効かないなり」
「法律に基づいて行動を起こせばいい」
「なんで、いつもついて来るなり」
「君はあの隠密怪獣王と戦ったロボットの正体を知っているんだろう。警察に協力して欲しい。あの隠密怪獣王を倒せるのはあのロボットしかいない」
「矢口くんはなんの関係もないなり。あのロボットを誰が作ったかなんて知らないなり」
杉の大木の影から身を出したのは王沙汰春警部だった。
しかし、まみりたちが呪いの儀式をやっているあいだハロハロ学園を尋ねたのはやはり探偵高橋愛だったのだろうか。しかし事実はそのとおりである。探偵高橋愛は井川はるら先生の黒魔術の部屋を尋ねたのである。あの気味悪い魔術の部屋をである。探偵高橋愛は入り口のドアの髑髏の呼び鈴を叩いた。
「お入りなさい」
ドアが静かに開くと水晶球を睨みながら井川はるら先生がこちらを向いた。
「あなたがここに来ることはわかっていたわ」
井川はるら先生が薄気味悪くにやりと笑った。
「先生、なんで、まみりばかり可愛がるんですか。先生、前から、わたしは先生のことが」
探偵高橋愛が井川はるら先生のところに行くとはるら先生は探偵高橋愛の顎のあたりを指で触れた。
「可愛い顎をしているわね」
「先生はこんなふうにしてまみりのことも」
はるら先生の手が飛んで、探偵高橋愛は床に倒れた。
「ふほほほほほほほ。見え透いた手はわたしには通じないわ。あなたが何を考えているかは、わたしにはわかっているのよ。ほほほほほほほほ」
倒れたままの探偵高橋愛は井川はるら先生の顔をじっと見つめた。
「でも、あなたの相談に乗らないこともないわ。あなたが悪魔とこのわたしにすべてを捧げてくれるつもりならね」
探偵高橋愛はこくりと頭を下げる。
「あなたがわたしのことをどのくらい好きになってくれるか、少しづつあなたの願いを叶えてあげるわよ。おほほほほほほ」
そして井川はるら先生は立ち上がるとさっきから変な臭いのしている大釜の方へ歩いて行った。
「こっちにいらっしゃい。これがいもりと墓場の死体から生えてくる人面草をすりつぶした粉末よ。これを大釜の中に入れると」
はるら先生がその粉を大釜の中に入れると変な煙が立ち上がった。その煙のかたちは本当に奇妙だった。
「ふふふふ、わかったわ。すべての鍵は新垣にあるわ。新垣を殺すような危険な目に会わすとき、隠密怪獣王は現れるはずよ。そのとき、隠密怪獣王を殺すのよ。ただし、隠密怪獣王はいくつかの姿をしているということを忘れないでね。あるときは高校三年生の姿を、そして、あるときは野球選手の姿を、そしてあるときはエメラルド色をしたイグアナの姿をしているのよ」
この不思議に目を見開いている探偵高橋愛の額に井川先生はそっとキッスをした。
「今日は額にキスをしただけで許してあげるわ」
数時間後、探偵高橋愛の姿は高級ホテルのスウィートルームの中にあった。それもダブルベッドの中にである。この探偵高橋愛という女、ハロハロ学園の不良グループの中に入っていない、真面目グループの中の一員だと見られているが、この女こそ不良の中の不良だったのだ。それも仕方がないというべきか、複雑な家庭環境を持った女の子だったからだ。ふたりの両親は実の親ではなかった。そのことについて詳しく書いているわけにはいかないのだが。
ダブルベットの中で隣の男がコニャックの入っているグラスを口に運んだ。
「隠密怪獣王は三つの形態を持っているというのデスカア。高校三年生と野球選手の姿とエメラルド色をしたイグアナの姿と」
「あの魔法使いの女はそう言っていたわ。あなたが見たのはどんな形態」
「イグアナの形をしているときデスタ」
「そう」
探偵高橋愛は隣の男の胸毛に指をからんだ。
「それから」
「それからね。まだ、知っていることはたくさん、あるけど教えてあげない、なんて、言うのよ。あの女は意地悪をして」
「まあ、いいデス。隠密怪獣王は始末しマスデス。エフビーアイの名において」
「それから、隠密怪獣王はうちのクラスに新垣という名前の女がいるんだけど。その女の命の危険がせまったとき、現れると言っていたわ」
「ニイガキ。あの超古代マヤ人デスカ。そう言えば、南米の奥地で超古代マヤ人が生き返ったといニュースを聞きマシタ」
「でも、ふたつ問題があるじゃないの。ミスター新庄芋。新垣が命の危険に当たっているという状況を作ってそれがハロハロ学園中に伝わるという手はずをどうやって、整えるの」
「ミーの目を見てください」
エフビーアイ捜査官、日系二世、新庄芋は探偵高橋愛の目をじっと見つめようとした。
「きゃー。やめてよ。あはははは。あなたの催眠術にはかからないわよ」
探偵高橋愛はシーツをはねのけてベッドから出ようとした。高橋愛の胸の突起がちらりと見えた。
「アハハハハ。あなたには催眠術をカケマセン」
「集団催眠術を使うのね」
「ソウデス。でも、隠密怪獣王をどうやって倒すノデス。隠密怪獣王は大変に強い奴デス」
「ミスター新庄芋。ハロハロ学園にも神竜真剣というティラノザウルスをも倒すことの出来る剣の使い手がいるわ。それに秘宝剣、南紀白浜丸を持っている。たとえ、隠密怪獣王だと言ってもあの女の剣の前では敵ではない」
「ダレデス」
「人斬り紺野さんよ」
「これで隠密怪獣王の脅威から人類は救われマス」
「ミスター新庄芋、わたしの願いも聞いてくださるわね」
「アレデスカ」
「全米デビューよ。わたしはもう、高橋愛ではないのよ。ブリトニー高橋愛と呼んでちょうだい」
「でも、何で全米デビユーにこだわるのデスカ。タカハシアイは」
「あなたなんかに、わたしの惨めな子供時代なんか、わからないわよ。わたしの両親は実の両親ではないのよ。モーニング娘なんて単なる踏み台よ。合宿でわたしがどんなにいじめられたか、あなたにはわからないのよ」
次の日、探偵高橋愛は不良グループたちとコンタクトを取っていた。
「それで、いくらくれるんだい。新垣の処刑をもっとも派手にやったら」
「三十五円よ」
その金額を聞いて辻は涙を流して喜んだ。
「そして怪獣が現れるはずよ。その怪獣を殺したら、さらに十五円、上乗せよ」
「本当に五十円、くれるんだろうな」
教室の隅で紺野さんがしゃがんで薫製になったニューギニアのミイラをしゃぶっている。気味が悪かった。新垣は自分が殺されることも知らずに机の上でチョロ急を走らせている。
「まみり、探偵高橋愛が不良グループと話しているわよ。探偵高橋愛は不良グループの仲間になったのかしら」
「石川、そんなことは関係ないなり。ほら、加護がこっちの方を睨んだなり、目を会わせないようにした方がいいなり」
矢口まみりも石川りかもこの札付きたちが新垣、殺害計画を立てていようとは想像もつかなかった。
「まみり、学校へ行こう」
貧乏石川がまみりの家に呼びに来た。
「まみり、お友達が呼びに来たよ」
「お弁当を詰めているなり。待ってもらうなり」
「まみり、早くしなさい。お友達を待たせてどうするんや」
「つんくパパ、ししゃもがうまく弁当箱の中に入らないなり」
「そんなの簡単やろう。ふたつに折り曲げればいのやろう」
「待たせたなり。石川」
いつものようにまみりとチャーミー石川がハロハロ学園の校門の前に行くと校内には異常な雰囲気が漂っている。
実は遅刻して来た矢口まみりとチャーミー石川には影響がなかったのだが、エフビーアイ捜査官、日系二世、新庄芋が校内の放送施設を使って集団催眠を全校生徒と職員のすべてにかけていた。いや、正しく言えばそれは違う。不良グループたち、そして探偵高橋愛、黒魔術師、井川はるら先生を除いてである。校門のところで石川が悲鳴を上げた。校庭の真ん中に巨大なやぐらが組まれて新垣がぐるぐる巻きにされて頭上高くつり下げられていたのである。新垣の真下には乾燥したくぬぎの木がたくさん積まれている。日系二世、新庄芋が校内の人間に対してどんな催眠をかけていたかというと自分たちは古代人で祭りをしているという仮定である。そして祭りのクライマックスとして黒豚の薫製を作るという行事が待っている。さらに新庄芋の催眠術の巧妙なところは新垣と神に供える生け贄の黒豚がイコールで結べるように暗示をかけているところだった。つり下げられた新垣は無力な山羊のように空中でゆらゆらと揺られながら助けてくれる者もないと観念して悲痛な表情をしている。
「ひど~~~~い。みんなで新垣を蒸し焼きにして食べちゃうつもりよ。ほら、全校生徒たちがたき火のまわりで狂気の踊りを踊っている。ほら、あの不良グループたちだけが冷静になっている。こんなことを計画したのはあの飯田かおりたちに違いないわ」
探偵高橋愛は三階の教室からこの様子を眺めていた。
「ふふふ、これでわたしの全米デビューは決まるわ。モーニング娘の連中、随分、わたしのことをいじめてくれたわよね。もう、高橋愛なんて言わせないわ。ブリトニー高橋愛とわたしのことを呼ぶのよ。ふははははははは」
探偵高橋愛はこの世界を支配したように高らかに豪傑笑いをした。
神流真剣の使い手、紺野さんだけは悲しみをたたえていた。秘宝剣、南紀白浜丸を抱きながらしゃがんでいる。
保田がその様子を見た。
「紺野さんはこんなきちがい騒動が嫌いなのね」
「そうじゃないよ」
飯田かおりが否定した。
「泣いているのは、紺野さんだけではない。秘宝剣、南紀白浜丸も泣いているんだよ」
ニューギニア人、直伝の乾燥ミイラの頭を紺野さんはしゃぶっている。
「紺野さんは神流真剣と秘宝剣、南紀白浜丸を使う機会がないのを悲しんでいるのさ。ほら北風がぴゅうぴゅう吹いている。紺野さんのまわりには。ああ、神の域に達した紺野さんの剣のわざは空しく錆びていくんだろうね」
「姉貴、紺野さんの好敵手は現れないでしょうかね」
「もう、出ないだろうね。紺野さんがしゃぶっているミイラの頭、信じられないだろうが、一つは柳生但馬の守のものさ。そしてもうひとつは宮本武蔵のものだよ。おっと、あたいも余計なことばかりしゃべっちゃったかな。そろそろ始めるか。辻、薪に火を点けるんだよ」
「へい、オヤピン」
辻が薪に火を点けた。そのことがわかるのかつり下げられている新垣は苦しそうにくるくるとまわった。
「まみり、大変、新垣が蒸し焼きにされちゃう。でも、ちょっと食べて見たい気がする」
紺野さんは秘宝剣、南紀白浜丸を抱いたまま無表情だった。
「まみり、ほら、見て、新垣が苦しんでいるわ」
そのときである。血をゆするような笑い声がハロハロ学園にこだました。
「石川、あそこを見るなり」
まみりの指さす校舎の屋上には身長三メートルの隠密怪獣王が仁王立ちでこの様子を見つめていたのである。静かで荘厳な雰囲気がハロハロ学園を包んだ。
そして例のパフォーマンスをしたのである。つまり空中に五十五の指文字を三回やると十五メートルの屋上からひとっ飛びに地上に降り立つとつり下げられている新垣のロープを引きちぎり、地上に降ろした。
「石川、行くなり。新垣を助けるなり」
矢口まみりは夢遊病者のような生徒たちのあいだをかきわけると新垣のところに走った。
「まみり、まみりが行くならわたしも行く~~~~~~~」
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第十九回
超古代マヤ民族
「先生、明太子焼きも食べていい」
石川が服に鉄板の汚れがつかないように袖の肘のところをつまみながら鉄板の上の切り分けられたお好み焼きに手を、箸を、伸ばしながら膝でささえている重心が微妙なバランスを保っている。
「お前が明太子焼きを頼むなら、まみりは餅チーズを頼むなり」
餅チーズはチーズと餅の両方が入っていてまみりはまだ食べたことがない。ブッチャー石川が頼んだので対抗心を見せて頼んでみたのだ。
「それは僕らには見えないものなのか」
村野先生はそれらを見てみたいと思った。少なくと自分の勤めているハロハロ学園の中にそんな自分の知らないものがあるなんて驚きだった。はるら先生は村野武則の無知をあざ笑うかのようだった。鼻のさきで軽蔑の意思を表示した。
「黒魔術、もしくは白魔術の力を借りなければ見ることは出来ないわよ。それを見たのはまみりちゃんと私だけですわ」
「先生、そうだ。探偵高橋愛が先生に渡した金のペンダントがありましたわよね。そこに書いてある文字がなんだかわかりましたか」
石川が箸を立てながらはるら先生の顔を見つめた。
「そうそう、これね」
はるら先生はバッグの中から探偵高橋愛があの場所で拾って来た例の金のペンダントを取り出した。
「はるら先生、これが純金だったらたいそうな金額になりますよ」
村野武則もはるら先生の持っている金であろうペンダントをのぞき込んだ。
「うちのクラスの新垣がよく机の上にそんなような文字で落書きをしているのを見たことがあります」
石川の表情はいつもより真剣だった。
「そんなことばかりしている新垣は停学にしたほうがいいなり」
矢口まみりは断言した。
「それでですね。そこに何が書いてあるかわかったんですか」
村野武則がはるら先生の持っているその金のペンダントに触ろうとするとはるら先生はあわてて引っ込めて叱責の目で村野先生を睨んだ。
「汚らわしい。白魔術や黒魔術に精通していないものはこれに触れることも許されないんです。これは大変なものです」
「そうですか」
村野先生は頭を掻いた。それから井川はるら先生はその金のペンダントを三人の前に差し出すと文字の書いてある表の面をさししめした。そこには二行、わかち書きで文字らしいものが書かれている。もちろん、矢口まみりにも、チャーミー石川にもそれがなんであるか理解出来ない。ただ新垣のいつもしている落書きに似ている文字が書かれているような気がした。
「こほん、結論をもうしますと、この二行のうち、上の方は何とかわかります。しかし、下の行には何と書かれているかわかりません」
「先生、上の方にはなんて書かれているんですか」
石川が割り箸を口にくわえながら聞く。割り箸に染みこんでいるお好み焼きの肉汁を啜っているのだ。
「水の上の世界、及び水の下の世界において・・・・・。これが上に書かれている文句なのよ。そして、下の方には何と書かれているのかさっぱりとわからない」
はるら先生は口をつぐんだ。
「でも、はるら先生、どうしてそう書かれていたかわかったなり」
言っていのか、悪いのか、はるら先生は迷っていたようだったが、思い切って話し始めた。「この言葉はある民族の言葉と文法的、修辞学上極めて類似点が認められるのよ。どこの言葉だと思う。黒魔術に精通していないあなたたちに聞いても無駄ね。超古代マヤ民族の使っていた言葉と極めて似ているのよ」
「超古代マヤ民族」
村野武則先生も割り箸のさきを噛んだ。
「古代マヤ民族ではないわよ。超古代マヤ民族よ」
そしてはるら先生はかばんの中から羊皮紙に包まれた極めて妖しい書物を取り出した。
「これをあなたたちに見せるのは気がひけるわ。あなたたちがこの魔法を使ってどんな悪事をたくらむかも知れないから」
するとプアー石川は両手のひらで自分の顔を覆って指の隙間から井川先生のおごそかな顔をのぞき見た。
「これは十九世紀の偉大な魔法学者にして犯罪者、グレアム・グロウスターが著した悪魔大全よ。グレアム・グロウスターはケジントン街にある高級宝飾店からすべての宝石を盗み出した。そして絶対に脱出不可能といわれるビーチャーハム刑務所の監獄の中で百余人の警官に見張られていたのにもかかわらず夜が明けるとその姿は忽然としてなくなっていた。なんの痕跡も残さずにね。今もってその消息もわからない。そこにはなんのまやかしもない。黒魔術を使ったからよ。もしかしたらグレアム・グロスターは黒魔術の魔力を使って十七才の少女に姿を変えてこの街にいるかも知れないのよ。ほら、そこに」
「きゃぁー」
井川はるら先生がお好み焼き屋の壁に貼ってあるビール会社のポスターを指さすと石川が素っ頓狂な声を上げた。まみりはすぐに石川に往復ビンタをした。
「この情緒不安定女が。尻軽女が。浮気女が。落ち着くなり」
石川はまみりに張られた頬を押さえながら雨に打たれた野良犬のようにまみりに抱きついていた。
「暑苦しいなり」
「だって怖いんだもん。まみりキスして」
そこでまみりは再び石川にビンタを加えた。
「この見境のない女」
「なにやってんだい。この神聖な場所でふたりとも。ふたりとも魔法をかけて蝦ガエルの姿に変えてしまうよ」
村野先生は災厄が及ぶのをおそれて部屋の隅に縮こまった。
「この書物の中には超古代マヤ文明のことに言及しているのよ。超古代マヤ文明の簡単な言葉については解明されている。その金のペンダントに書かれているのは超古代マヤ文明に極めて近い言葉なのよ」
「じゃあ、そのペンダントの持ち主は超古代マヤ文明に関係ある人間なのかなり」
「まみりちゃん、そうは言っていないでしょう。超古代マヤ文明に近い言葉だとしか」
「超古代マヤ文明。そんな言葉は初耳だ。それは紀元でいうと何年頃なんですか」
村野武則先生も会話に加わってきた。
「年号なんて人間の考えたものでしょう。黒魔術にはそんなものは関係ないわ。なにしろ悪魔が考えたものですからね」
井川はるら先生はまた薄気味悪くニタニタと笑う。
「あいつよ。あいつよ。この犯人は新垣よ。古代マヤ人なんて、あの新垣にそっくりじゃないの」
「石川、お友達を悪く言うもんじゃ~~~~~~~~~~ないなり~~~~~~~~~~~~。」
矢口まみりは策略をこめて新垣を弁護した。その表情には新垣に不信感を持っているということを明らかに表現していた。
「どうして古代マヤ語との類似が見られるか。グレアム・グロスターは黒魔術を使ってどんな過去にも霊魂を飛ばして行くことが出来たのよ。そしてこの悪魔魔術師は遠い過去に霊魂を飛ばしたの。そこにはアトランティス文明よりもさらに前の海底文明があったのよ。遠い昔、人間とは別にどんな海中でも自由に生活のすることの出来る海底原人がいたの。海底原人たちは高度な文明を持っていたし、肉体的にも遙かに人類よりも優れていた。そして人類たちが火を起こせるようになっていたとき、海底原人たちはこの地球の運命について危惧を抱いていた。愚かな人類がこの地球を滅ぼしてしまうのではないかと、だから海底原人たちは決めたのよ。人類を数万年後に滅ぼしてしまおうと」
「いやだ。死にたくない」
現実と空想の世界の区別のつかない石川が悲鳴を上げた。そしてまみりに抱きついた。しかし、矢口まみりも今度は石川を無碍にすることはなかった。まみりもまた人類の将来を危惧していたのである。
「しかし、海底原人たちの決定に納得しない原人たちもいたのよ。人類との共生を計ろうという。それらの海底原人たちは深海の生活を捨て地上に進出した。その場所が今の南米の山岳地帯にあるのね。そこで海底原人たちは超古代マヤ帝国を作り上げたの。海底原人の帝国はゴモラと呼ばれているのよ。わたしたちはいずれどんな方法かわからないけど海底原人に滅ぼされてしまうのよ。そう、わたしたちは皆、死んでしまうの」
壁によりかかりながら、その話を聞いていたまみりと石川だった。石川はうっとりとしたように目を半ば閉じて矢口まみりの胸に手をまわした。
石川りか「わたしたち死んでしまうの」
石川りかは矢口まみりの胸に顔を当てながらまみりの顔を陶酔した表情で見上げた。
矢口まみり「そんなことはないなり。たとえ、地球が滅びても、まみりがりかのことを守ってあげるなり」
石川りか「うれしいわ。まみり。キスして」(レズねた)
「嘘だ。そんなことうそっぱちだ。とにかく、矢口、石川、いつまでも抱き合っているんだ。離れろ。離れるんだ」
隅に固まっていた村野武則先生が大声を上げた。
「はるら先生。村野先生は黒魔術を信じていないなり」
「井川先生、今の話は先生の作り話なんでしょう。常識のある人間だったらそんな話、信じられませんよ」
「先生、少なくとも、わたしたちの話は本当です。まみりも見たんだから。ねえ。まみり。絶対、新垣は怪しいわよ」
「そうなり。自分の学園の生徒のことを信じないなりか」
そこで四人はハロハロ学園の自分たちの教室に行くことにする。少なくとも、新垣が超古代マヤ語で机の上に落書きを書いていることは明らかになる。さすがに探偵高橋愛が通学路に使っている墓場の道は通る気がしない。駅の道を通ってハロハロ学園に着いた。夜の闇の中にハロハロ学園の校舎は威厳を保って建っている。校門には鍵がかかっていなかった。まみりにはこの校舎が悪魔の住みかのように見えた。
「この校庭のどこかでクストー博士が寝ているなんて信じることが出来ないよ」
村野先生が呟いた。校舎の裏口に行くと鍵がかかっている。用務員室の入り口のドアを叩くとジャガイモも叩いて作ったような用務員の顔面乱打右衛門が出てきた。
「これは村野先生に井川先生、こんな夜中になんですか」
ランプを照らしながら老人が気味の悪い顔を出した。
「馬鹿組の中に大事な忘れ物をしてね。どうしても取りに行かなくてはならないんだ」
「忘れ物ですか。くくくくく」
用務員はまた薄気味悪く笑った。
「どうぞ、上がってください。夜中に電気をつけることは理事長から禁止されていましてね。このランプで我慢してください。くくくくく」
井川先生よりもこの用務員の方が黒魔術をしているような気がする。
「まみり、気味が悪いわ」
「しっ、りか、聞こえるなり。怖かったらオイラの手を握るなり」(男役)
井川先生は無言で最後尾についてくる。まみりはもしかしたら、この用務員は悪魔ではるら先生は悪魔の手先でまみりたち三人を悪魔の儀式の生け贄のために騙してつれて来ているのではないかと思った。
そう思うとまみりも怖かった。石川の情緒不安定を笑うことも出来ない。
「あのきみは」
村野先生の声も震えている。
「きみはハロハロ学園の創立当時からここにいるんだろう」
「はい、理事長のお引き立てで」
「新垣という生徒を知っているかい。ずっとここの生徒なんだけどね。卒業もせずにここにいるんだ」
「知っていますよ。けけけけけ。興奮すると顔中、手足中に蜘蛛みたいな毛が生えてくる女の子でございましょう。けけけけけ」
「そうだよ。でも、なんで卒業もせずにハロハロ学園に居着いているんだい」
そんな話を用務員は聞いていないようだった。
「馬鹿組の教室に着いたでございますよ。けけけけけ。ランプはふたつありますからな。ひとつお貸ししましょう。気の済むまでお探しください」
用務員は長い廊下の闇の中に消えて行った。「矢口くんが嘘を言っていないことがわかるなり。新垣は落書きをいっぱい書いているなり。あいつは超古代マヤ人なり」
矢口まみりは教室に着くと一目散に新垣の机に向かった。相方の石川もそのあとに着いて行った。
「まみり、死ぬときはふたり一緒よ。まみり一人を死なせないわ」
石川がまた頓珍漢なことを言った。
「あっ」
闇の中でまみりの大きな叫び声が聞こえる。「矢口、どうしたんだ」
村野先生もランプを持って走って行った。まみりはいつも新垣が座っている机を見つけだした。
「きれいなり」
「きれいだわ」
「何も書いてないじゃないか」
「ふふふふふふふふふふ」
勝利したように井川はるら先生の高らかな笑い声が聞こえる。
「ふははははははは。黒魔術に無知な人たちはこれだから困るわ」
はるら先生はスカートのひだ中から野球のグローブぐらいの蝦蟇ガエルを取り出した。そして机の上にその蝦蟇ガエルをなすりつけた。蝦蟇ガエルは苦しがって体液を新垣の机の上になすりつけた。
「生徒の机にあんなことをしているなり」
「あれでも教師なりか」
ぐったりした蝦蟇がえるを捨てると井川先生は机の上を指さした。
すると机の表面が波打ち、教室のどこからか、苦しそうなうめき声が聞こえる。そしてその声は三百六十度、教室のあちこちから聞こえる。
「まみり、きもい。あれを見て」
「うううう」
村野先生もうめいた。机の表面に毛だらけの新垣の顔が浮かび出てにたにたと笑っているのである。
*******************************************************
第十八回
弁当箱を包んできた新聞の死亡欄の記事を読みながらまみりは足をぶらぶらさせて、それからデザートのオレンジをかぶりついた。そして口からオレンジの種を出してちり紙の中に包んだ。そして石川りかが売店で紙パックのコーヒー牛乳を買ってくるのを待ちながら目の前に地面の上でありんこが落ちているクッキーのかけらを自分たちの巣に運ぶために隊列を組んでいるのを感心するような労をねぎらうような不思議な気持で見ていた。
「遅いなり。石川、階段の途中にある売店でコーヒー牛乳を買ってくるくらいで、そんなに時間がかかるものかなり」
ハロハロ学園のテラスのやしの木の下のベンチで弁当を食べていた矢口まみりはチャーミー石川がコーヒー牛乳を買ってくるといいながらなかなか戻って来ないことにいらだっていた。そこへ石川りかがスカートのひだをひらひらひらさせながら走ってやって来た。
「御注進よ、御注進。まみり。御注進よ」
石川りかは息をはあはあさせながらまみりの前に来ると言った。
「なんなり、石川。そんなに緊急を要する問題かなり」
「そうよ。まみり。早くクラスに戻って、新垣ひとりがクラスの中にいるから」
あわてて石川りかはまみりの手をひいてクラスのうしろの出入り口のところにつれて行った。
「見て、見て、まみり」
そう言った石川りかの指さす方をまみりが見ると教室の中には新垣しかいなかった。新垣はひとり机に向かって座っている。不良グループの有力な一員でありながら今は不良グループたちもいない。リーダーの飯田かおりもいなかった。
「あれよ。まみり」
石川りかがまみりの注意を促すように新垣の机の上を指さすとにたにたしたり、変な思いでに耽ったりしながら、結局は自己陶酔に浸りながら身体を前後に揺らしている新垣の机の上にはたった一つだけ筆箱が置かれている。
「ねえ、でしょう」
石川りかが言うとまみりの心の中に動揺が起こった。あの筆箱は見たことがある。まみりはずかずかと新垣のそばに行くと新垣の机の上の筆箱を取り上げた。そして筆箱の裏も見た。その裏には見たことのある筆跡で新垣さんに捧ぐ、ゴジラ松井と書かれている。その文句を見るとまみりはかっとした。思わず新垣の頭の毛をつかんで前後に揺らした。前に五回、それから横方向に三回揺らした。新垣は声にならない声を上げる。うぎゃ、ぎぎとまるで知性を持っている人間の声には聞こえない。
「あんた、なんでこのふで箱を持っているなり。ゴジラ松井くんと同じ筆箱なり」
今度はまみりは新垣の首を絞めてみた。新垣はうらめしそうな目をしてまみりを見つめた。しかし、新垣は何の声も出さない。いじめられっ子のまみりがいつの間にかいじめっ子になっていた。
「あんた、本当のことを言うなり。あんた、松井くんとどんな関係なり」
新垣はうめくだけでなんの言葉も発せようとしない。そう言えば、矢口まみりがこのハロハロ学園に入学してから新垣が人間語を発しているのを聞いたことがない。たまに食べ物の前へ行くと聞いたこともないような外国語の単語が新垣の口から出てくるのだけどどこの国の言葉か何をさしているのか、まみりにはさっぱりとわからなかった。
「新垣、何か、話すなり。お前は松井くんとどんな関係なりか。喋るなり。喋るなり」
まみりは新垣の首を絞めながら前後、左右に振り回した。
「グホ、ゴホ、キキキキ」
チャーミー石川はそのまみりの鬼気せまる姿に背筋が凍った。
「まみり、こわいわ」
そこへ体育の教師の村野武則が入ってきてまみりの背中を羽交い締めする。
「矢口、何をするんだ。新垣が死んでしまうぞ。おい、やめろ。矢口」
村野武則が無理矢理にまみりを新垣から引き離すと新垣は教室の床の上でうつぶせに倒れてぴくりとも動こうとしない。村野武則はハロハロ学園の生徒がひとり死んでしまったかと思って倒れている新垣のそばに行って声をかける。すると倒れている新垣の手といい足といい、頭の側面から蜘蛛のような毛がわさわさと生えてきて、むっくりと起きあがった新垣はしなびた顔でケケケケケケケと笑いながら廊下のすみをものすごい速さでごきぶりが逃げるように走り逃げてしまった。チャーミー石川はちがった意味で背筋が凍った。
「一体、どうしたんだ。誰にでもやさしい、矢口、お前が、新垣を殺すところだったぞ」
「だって、だって新垣が変な筆箱を持っているなり」
「筆箱ぐらいどうだって、いいだろう」
前後の事情を知らない村野に石川が説明した。
「まみりは焼き餅を焼いているんです。先生。あの新垣がゴシラ松井くんと同じ筆箱を持っていて、その上、新垣さん、好きなんて書いてあったからなんです」
「好きなんて書いてないなり」
まみりは口を膨らまして抗議した。
「でも、先生、あの新垣って何者なんですか。わたし、この学園に来てから一度も新垣が人間語を話しているのを聞いたことがありません。そもそもあの女、いや、生物はなんなのですか」
チャーミー石川は興味津々である。
「先生、それにこの学園の理事長がクストー博士だって、知っていましたか」
「なんだって、そのこともずっと僕の疑問の一つだったんだ。ふたりにお好み焼きをおごってやろう。ついて来るかい。そのことは僕にとっても初耳だったよ。君たちの方がこの学園について詳しいことを知っているかも知れない」
ハロハロ学園の体育教師村野武則は大白神社の参道口にあるお好み焼き屋にふたりの生徒を誘った。村野自身、この学園について知らないことが多すぎるからだ。
村野は鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら焼けているお好み焼きを切り分けながらふたりの生徒たちの顔を見た。
「そもそも、なんで、新垣の首を絞めて殺しかけたのだ」
「だから、先生、新垣がゴジラ松井くんと同じ筆箱を持っていたからと言っているじゃありませんか」
「同じ筆箱を持っていれば首を絞めるのか」
「まみりはゴジラ松井くんが大好きなんです」
「恥ずかしいなり、石川」
「恥ずかしいことはない」
村野先生は湯気を立てているお好み焼きを切り分けている。
「先生、そもそも、新垣って何者なんですか」
「知らん。俺がハロハロ学園に入ったときにはすでにいた。だからもう五年になるが、いまだにハロハロ学園にいるんだ。進級もせずに」
「ゴジラ松井くんはどうしてハロハロ学園なんかに入学したんですか」
「先生は理事長が生徒集めの目玉として無理矢理、入ってもらったと聞いているぞ」
まみりは皿の上のお好み焼きにソースを塗りながら、その上にマヨネーズをかけていた。「先生、理事長がクストー博士だって知っていましたか」
「知らん。この学園に入ってから一度も理事長の姿を見たことがないんだ」
「理事長は白魔術を使うなり。魔法使いなり。そうじゃなきゃ、もう死んでいる人間が理事長をやっているなんてことがあるわけがないなり」
「このお好み焼き、おいひい」
プアー石川の口のまわりには青のりがついている。
「井川はるら先生は黒魔術を使うんですよ」「井川先生がか」
そこへ形の良い生足が入ってきた。
「三人ともわたしの噂をしているようね。まみりちゃんも来ていたの」
はるら先生もそこに腰をおろした。
「井川先生、このふたりがハロハロ学園の理事長はクストー博士だと言っているんですが、本当ですか」
「そのとおりよ。わたしも最近、その事実を知ったんです。ある男性のおかげでね」
「誰です」
村野先生は身を乗り出して井川はるら先生に聞いた。だいぶ興味があるようである。もちろん、その男性というのが降霊のためによりわらとされて生物準備室にミイラのように放置されている教頭の蛭子であることは言うまでもない。
「そうだ、まみり、あの内庭に何があつたの。わたしまだ聞いていないわ。交通量調査のアルバイトに行ったからね。まみりは行ったんでしょう。黒魔術の力を借りて」
「内庭ってなんのことだ」
「村野先生は校庭の中に内庭があることを知らないんですか」
「そう言えば、そんなものがあったなぁ。入ったこともなければ、そこに興味を持ったこともなかったけど」
「それもみんな、理事長の白魔術の力のためよ。博士が白魔術をかけているから、結界を生じてそこに入ることも出来ないの。それにハロハロ学園の中の人間にも博士の白魔術の力でそれに関心が生じないように心の中に働きかけているの」
「それにしても僕は幽霊から給料を貰っているというわけなのか」
「幽霊ではないわ。白魔術の希代の使い手よ」
「それで、内庭の中には何があるんだい」
井川はるら先生はまみりの方を見てほほえんだ。まるで自分の弟子を見るような表情である。
「まみりちゃんも見たわよね」
「見たなり」
まみりはそこで自分がゴジラ松井くんだと信じているエメラルド色の肌をした肉食獣も見たのである。まみりの心の中にその怪物もそう話しかけたではないか。しかし、まみりはそのことを言うべきかどうか迷っていた。かってに井川はるら先生はお好み焼きをほおばりながら話した。
「あの中には水深五千メートルと同じ状態のプールが白魔術の力で作られているの。世界中のありとあらゆる気味の悪い深海魚がうじゃうじゃとうごめいているのよ。まみりちゃんも見たでしょう」
まみりはゴジラ松井くんのことが出て来ないかと思ってひやひやしたがはるら先生も壁を乗り越えてゴジラ松井くんがその深海魚を食べに来たことは知らないらしかった。
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