電人少女マリ  20 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第二十回
机の表面に浮かび出た新垣の顔は文字どおり悪魔にとりつかれた顔だった。目は赤く血走り、顔中が毛だらけだった。しかし、その顔はレリーフのようになっていて机の表面から飛び出すことはない。それから新垣は口を開くと赤い舌をペロペロと出した。そして新垣の顔が消えて今度はまたわけのわからない文字が机の表に現れた。
「これは、これは」
井川はるら先生はその机の表面に書かれた文字を見つめた。
「超古代マヤ文字だわ」
「なんて書いてあるんですか。先生」
石川りかが不安を顔中に浮かべて曲げた人差し指を唇のあたりに持って来た。
「わからないわ」
机の表面には次から次へといろいろな超古代マヤ文字が浮かんでは消えて行く。そして文字が消えたかと思うと今度は毛だらけな顔がふたつ浮かび出た。
「今度は新垣がふたり」
チャーミー石川が甲高い悲鳴を上げる。
「よく、見るなり。新垣によく似ているど違うなり。これは新垣ではないなり」
机の表面では新垣によく似たげじげじの蜘蛛のような顔がやはりにたにたと笑っている。矢口まみりは大きな登山ナイフをとりだすとその顔をナイフで刺そうとした。
「やめなさい。まみりちゃん。そんなことをしても効果はないわ。新垣は黒魔術も白魔術の両方のらち外の生き物よ」
「そうだ。俺は生徒の机にそんなことをすることは許さない」
村野武則先生も全く意味不明なことを言った。
「そんなことを言っていたら、悪魔が新垣のコピーが増殖するなり」
まみりが絶叫すると今度はそのふたつの顔も消えて、誰も揺らしていないのに新垣の机だけがぐらぐらと揺れ、また悪魔のような叫び声が誰もいない教室のあちこちから聞こえる。そのとき鶏の朝を告げる鳴き声が聞こえた。すると机はまた静まった。誰かが校舎の中の電源を入れたのか教室の中がぱっと明るくなった。
教室の入り口のところであの不気味な用務員がテープレコーダーを持ちながら立っている。
「また、あの化け物が出たんでごぜぇますかな」
用務員は無表情だった。
「この鶏の鳴き声を聞かせると収まるんでごぜぇますよ。けけけけけけ」
用務員は自分の指でテープレコーダーを指し示した。
村野先生は憤って用務員のそばに行くと喰ってかかった。
「君、こんなことが夜な夜な起こっているんだったら、なんで学校に報告しないんだ」
「おかど違いでごぜぇますな。理事長が報告しないでいいと仰ったんで。けけけけけけけ」
用務員は薄気味悪く笑う。
「やめて。やめて」
教室の隅で女がしゃがみ込んで耳をふさいでいる。思わず、まみりはその女のそばに行った。女はやはり半狂乱である。
「安心するなり。新垣はここにはいないなり」
「やだ。やだ。まみり。わたしはこんなところ、やめてやる。ここは学園なんかじゃないわ」
石川りかは絶叫した。
「ここはハロハロ学園なんかじゃない。ここは、ここは、妖怪、妖怪学園じゃないの」
石川りかはあまりのショックのために耳を押さえると泣きじゃくりながら、しゃがみ込んだ。
 しかし、このような珍奇な現象はこれだけで収まらなかったのである。
 警視庁捜査一課、王沙汰春警部は警視庁内部の休憩室で大きなソファーに腰掛けながら新聞を読んでいた。そこ捜査二課の同期の警部が入って来た。
「世の中、だいぶ、変なことになっていますな。今朝の新聞を読みましたか。おお、読んでいましたか。隠密怪獣王の事件も解決しないというのにね」
ここで王沙汰春警部がぴくりと眉を動かしたので、同期の警部は王警部が隠密怪獣王の事件を担当していたということを思い出した。王警部はその警部の方を振り返る。
「隠密怪獣王の方はなかなか良い情報があるんで解決も近いかも知れませんよ」
王はそう答えたものの、何の有力な情報も得られはしなかった。しかし、あの事件のとき、隠密怪獣王と戦ったのは何者であったのだろうかという疑問は常に残っていた。あの巨大ロボットのことである。あの発明家、つんくパパもそのことを言わない。隠密怪獣王と巨大ロボが戦ったとき、海中の中で何かが起こったことを期待していた。あの事件のとき、あの時間ではもしかしたら、海中に作業船がいたり、潜水夫が何か作業をしていたのではないかと期待していた。もし、そうならもっと情報が得られるのである。
「人類の誕生する前に古代文明が存在していたというじゃないですか」
「何がですか」
「王さんが読んでいる新聞ですよ」
「ああ、これですか」
王沙汰春もこの新聞の記事を信用することは出来なかった。新聞の発信地は南米のアンデス山中の中である。
「信じられませんね」
「同感です」
新聞によると、一般紙であったが、南米のアンデス山中でインカ文明の研究者が偶然にも地中の発掘作業をやっていると吸血鬼の棺のようなふたつの材質のわからない棺を発見した。それを大学の研究室に運び調査を続けていた。そして蓋をあけたところ、手も足も毛だらけの人間らしい生物が入っていた。蓋を開けた時点で生きているようだったが、蓋を開けてから二分五十秒後にこのふたつの生物は目を覚まし、かってに棺から出て来て言語らしいものを話し始めた。その言葉というものも全くわからない言葉だったが、その国に超古代マヤ文明の研究者というのがいて、当時、それは全く信じられなかったが、名乗り出て研究室にやって来た。そしてこのふたつの生物の話す言葉を翻訳し始めたのである。そして信じられないことだが、その生物のいうことには、自分たちは数十億年前に栄えた超古代マヤ文明人である。そして日本という国のハロハロ学園というところに自分の娘がいるから会いに行きたいという話だった。
「超古代マヤ人ってどんな顔をしているんですか」
この話をまだ信じられない王沙汰春警部は当然の疑問を口に出した。
「顔中、手足も毛だらけらしいですよ。そして顔はインカ人、いや、日本人に似ているという噂です。ほら、そろそろワイドショウが始まるので、それが出て来ますよ」
警部は休憩室のテレビのスイッチをつけた。ワイドショーのタイトルが出てくる。
「超古代マヤ人、アンデス山中から出現、日本のハロハロ学園に娘がいるから会いに行かせろと要求」
ブラウン管いっぱいに大きな文字が浮かび出た。そしてそのつぎに顔中、手足中、毛だらけの生き物が映し出され、きょろきょろとカメラのある部屋の中を見回している。そしてカメラがとらえたその顔はハロハロ学園の不良グループの一員、新垣にそっくりなのだった。
「これが超古代マヤ人なのか」
「そのようですね」
この時点で王沙汰春警部は自分にこの超古代マヤ人は関係のない存在だと思っていたのだ。そのとき休憩室のドアが叩かれ、部下の刑事が顔を出した。
「王警部、警視総監が呼んでいます」
王沙汰春警部は警視総監の部屋をノックした。この部屋に入るのは大昔、警部に昇格するとき、辞令を貰いに行った大昔に一度だけだった。
ドアを開けると警視総監がいきなり言った。
「君が隠密怪獣王の事件を担当している王沙汰春くんか」
警視総監の横には大阪の南にあるホストクラブのホストみたいな男が立っている。
「王警部、ここにいるのがエフビーアイから派遣された日系二世の新庄芋くんだ。独自に隠密怪獣王の事件を捜査するためにやってきた」
王沙汰春警部はあからさまな敵意をこのホストみたいな男に抱いた。
「隠密怪獣王事件は日本の事件ですよ。こんな安ホストクラブのホストみたいなのが日本くんだりまでわざわざやって来て、何をするというんですか」
「王さん、あなたの認識は甘いデス。隠密怪獣王は人類の敵デス。エフビーアイには独自の捜査力がアリマアス。ワタシ、隠密怪獣王、トラエマアス」
王沙汰春はこのホストみたいな男に敵意を感じた。敵意と言えば、ハロハロ学園も敵意があふれていた。新垣の机のまわりに不良グループがたむろしている。新垣を取り囲むようにしている。
「まみり、飯田たちが新垣を取り囲んでいるわよ」
石川りかは何事もないように旅行ガイドを身ながら、横目で不良グループの方を見ていた。「新垣だって、不良グループじゃないなりか」
「まみり、知らないの。新垣って人間じゃないんだって。超古代マヤ人なんだって。ニュースを見なかったの」
「そんなこと知っているなり」
「それでわかったわ。新垣のまわりに変なことがたくさん起きるのも。新垣の机を生体反応を調べたらあの机は生物だとい結論が出たそうよ。ほらほら、飯田のいじめが始まるわよ」
石川りかが本のあいだから盗み見た。
「おらおら」
不良グループのリーダー飯田かおりは箒の竹の杖を使って机にへばりついている新垣の頭をこづいていた。
新垣は富士壺や磯巾着が岩にへばりつくように机にへばりついている。
飯田は机にへばりついている新垣をはがそうと竹の箒でごりごりとやった。新垣は超古代マヤ語で何かぽつりと言うと悲しそうな目をして不良たちを見つめた。
「飯田のいじめは陰湿ね」
隣の席に座っているまみりに話し掛ける。
「ああやって市井さやかをいびり出したのよ。あの悲しそうな目を見るのは二度目だわ」
「お前、人間じゃないんだってな。超古代マヤ人なんだってな」
加護愛がよたって新垣に侮蔑の言葉を浴びせた。
「まみり、このままじゃ、新垣がいびり殺されてしまうわ。あのまみりの親戚の女の子を呼んであげましょうよ」
矢口まみりは無言だった。矢口まみりは新垣に対して複雑な気持ちを持っている。松井くんとただ一人、同じ筆箱を持っている女。ゴジラ松井くんが新垣に対して特別に優しく接している場面を何度も見ている。
「ゴジラ松井くん、なんで新垣に優しくしているなり」
矢口まみりは何度も煩悶した。ゴジラ松井くんと新垣のあいだに何か秘密があったら。
「そのときは、そのときは、まみりは・・・・・・・・」
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 まみりが新垣とゴジラ松井くんとの関係において煩悶しているあいだも飯田の執拗ないじめはやまなかった。身長九十センチの新垣はあの不気味な机の両はじに指をかけ、飯田が箒の柄で頭をごりごりと押しても首の筋肉でその攻撃をよけたり、箒の柄をやり過ごしたりした。
 新垣の目からは下等生物のくせに涙がにじんでいる。そのときバンと机を叩く音が聞こえて
「やめろよ。きみたち」
と清冽な声がして、身長一メートル九十の野球のユニフォームを着た好青年が立ち上がった。つかつかとゴジラ松井くんはそのいじめの現場の中心に分け入って行き、新垣のそばにその長身を折り曲げると耳をそばに近づけた。すると新垣は超古代マヤ語をボソボソと言った。ゴジラ松井くんは新垣の身体を両足の膝の裏を持って向こう向きに抱きかかえると三階の教室の窓際につれて行った。新垣のパンツは丸見えだった。ゴジラ松井くんが新垣を抱きかかえているその格好は便所が見つからない親が小さな子供がおしっこがしたいと言ったとき、道のはじっこのところでそうした格好でおしっこをさせるのと同じだった。ゴジラ松井くんは校庭に面した窓際で新垣のパンツを脱がせると新垣は校庭に向けて放尿を始める、そのおしっこは放物線を描いて、校庭の土の中に吸い込まれていく、おしっこの途切れた新垣はゴジラ松井くんと顔を見合わせるとにやりとした。ゴジラ松井くんもにやりとした。その一部始終を矢口まみりは見ていた。
「きみたち、いいかげんにしろよ」
三階の窓ガラスのふちに新垣を座らせながらゴジラ松井くんが言ったときだった。新垣はバランスをくずして十メートル下の校庭に落下していった。
「あっ」
ゴジラ松井くんは叫んだ。振り向いたゴジラ松井くんのその腕にはエメラルド色の鱗が光り、するすると伸びて行くと新垣をつかんでまた教室の中におろした。しかし、教室の中にいた生徒たちには死角になっていたので何が起こったのかわからない。落ちて行く新垣をゴジラ松井くんが救ったということしかわからなかった。
「きみたち、何をしているんだ」
ゴジラ松井くんに怒られた飯田はすっかりと悪びれた様子で言い訳をする。
「井川はるら先生から、頼まれたんだよ。新垣の机を悪魔コレクションに加えたいんだってよ」飯田の目には明らかに恨みの感情がこもっている。それはゴジラ松井くんへの愛を拒否された恨みである。しかし、その現象においてはもっと深刻な女の子もこの教室の中にいるのだが。ゴジラ松井くんはまた新垣のそばに顔を近づけると同意を得たようだ。
「新垣くんはその机を持って行ってもいいと言っているよ」
ゴジラ松井くんは言った。
 「ねえ、ねえ、まみり。見た、見た。ゴジラ松井くんもあんまりじゃない。まみりも飯田もゴジラ松井くんのことが好きだって知っているのかしら。あの新垣に対する態度はなんなのよ」
ランチのいちご牛乳を飲みながらプアー石川が感情を押し殺している矢口まみりに話し掛けた。するとバチンという音がして牛乳が吹き上がった。まみりがガラスの牛乳瓶を握りつぶした音である。
「石川、今夜、決行するなり」
「まみり、決行するって何をするつもりよ」
「石川、協力してくれるなりなりね」
「まみりがそう言うなら、そうするけど。でも、お金のかかることはだめよ」
「お金なんてかからないなり。低予算で出来るなり」
矢口まみりがあの発明一家の家に戻ると実験室でつんくパパは金色の大小いくつもの金属製の筒に囲まれて実験に励んでいた。金属製の筒にはいくつもメーターがついていて筒の側面には手を差し込める穴が開いていて、中にはまみりにはわからない機械がたくさん詰まっている。ときどき、筒の横に開いている管から蒸気らしいものが出てくる。つんくパパの横では老猿のダンデスピーク矢口がバインダーに挟んだ紙に実験記録を書いている。
「つんくパパ、出かけてくるなり」
「まみり、今、何時だと思っているんだ。夜中の一時だよ」
「夜中だからいいなり。パパ、理科の宿題があるんだなり、やっておいて欲しいなり」
「まみり、宿題は自分でやりなさい」
「時間がないなり」
まみりはいつもパパは発明家のくせになぜまみりの理科の宿題が出来ないんだろうと思う。しかし、夜が明けると宿題をやって置いてくれてはいるのだが。
「つんくパパ、水戸納豆は冷蔵庫の中にあったかなり」
「藁で包んであるやつやろう。まみり。あったがな」
「つんくパパ、それで安心したなり」
「まみり、今日の昼間、王警部が来たんや。あの警部には気をつけるんやで」
「なんでなり」
「警部はスーパーロボ矢口まみり二号に関心を持っているみたいや。あのロボを使って隠密怪獣王を捕まえるつもりや。でも、まみり、あのロボはまみりのボディガード用にパパが作ったんだから、まみりとは関係ないと思わせるんやで」
玄関のチャイムが鳴って玄関の防犯カメラにミザリー石川の顔が映った。
「まみり、来たわよ」
まみりは冷蔵庫の中から水戸納豆を二個取り出すと玄関で待っているトワイライト石川のところに行った。
「まみり、こんな夜中にどこに行くの」
「丑密山へ行くなり」
「ええ、あんなところに行くの」
フアーガソン石川は驚愕の声を上げた。
「あそこには行ってはいけないという話じゃないの」
「石川が行かないなら、まみり、ひとりで行くなり」
矢口まみりはひとりすたすたと歩き出した。
「まみりが行くなら、わたしも行く」
丑密山の鬱蒼とした石段をあがりながら、がちゃがちゃと音を立てているまみりの持ち物に石川は気が気でない。丑密山の中腹のあたりに来たとき、ハロハロ学園の校庭が眼下に見えた。
「まみり、提灯がゆらゆら揺れているわ。ハロハロ学園の中に誰かが尋ねて行っているんじゃない」
矢口まみりも足を停めた。
「まみり、あいつよ。探偵高橋よ」
「たしかに、探偵高橋なり」
小さく見えるが提灯の明かりに照らされた顔は確かに探偵高橋である。こんな夜中に探偵高橋はなぜハロハロ学園に行くのであろうか。
「そんなことは関係ないなり」
またまみりは丑密山の中を歩いて行った。そして誰もここには来ないという丑密山の頂上にある神社まで来た。
「ここには用はないなり」
青白い顔をしたまみりの顔はまるでおしろいを塗ったようである。
テラー石川がさかんにまみりに話し掛けるがまみりは答えず神社の裏の方にずんずん歩いて行く。神社の裏には杉木立が控えている。その中の不気味なかたちをした二本の杉にまみりは目をつけた。
「ここでいいなり」
まみりは不気味ににやりと笑って背負っていた風呂敷包みを地面の下におろした。ばらけた包みの中には木槌に五寸釘、それに水戸納豆がそれぞれふたつづつ入っている。
「まみり、まさか、ここで呪いの儀式を」
「そうなり」
「でも、なんでふたつも」
「石川、お前も協力するなり。ふたりでやれば呪いの力も二倍になるなり」
「誰を呪うのよ」
「新垣なり」
「まみり、協力するわ」
貧乏石川も新垣を憎んでいた。貧乏石川もゴジラ松井くんのことが好きだったのである。それをあの教室でゴジラ松井くんと新垣のぶっとい、何本ものしっかりとつながれた絆を見てしまったのである。ゴジラ松井くんへの思慕の念が新垣への憎悪や怨念に変わるのも当然だった。まみりは藁で包まれた二個の水戸納豆を取り出した。それに藁きびで手と足と頭をつけた。そして半紙で新垣りさと書いた紙を付けた。
「石川、はじめるなり」
まみりはぎろりとした目で石川のほうを見た。テラー石川もまた片手に木槌、片手に水戸納豆を握っていた。水戸納豆を杉の木に押しつけながら右手に持った五寸釘を新垣の水戸納豆に突き刺した。
「死ぬなり。新垣」
「死ね。新垣」
カーン、カーン、五寸釘を打ちつける音が森閑とした漆黒の闇の中に響く。まみりが木槌を打つと藁の中の水戸納豆が一粒落ちた。たらりと糸を引いて。
「新垣の内蔵が出て来たわよ。まみり~~~~」
クレージー石川が手を叩いて喜ぶ。がんばり屋のまみりは鼻孔を広げて、鼻の穴から息を出した。
「こんなものでは気がすまないなり」
まみりはその呪いの水戸納豆の前の方へ行き、助走距離を取ると突然走り出した。
「ドロップキ~~~~~ク」
まみりの揃えた両足は空中を浮遊して新垣の藁人形に命中した。すると中の納豆が糸を引きながら空中に飛散した。
「まみり、やったわよ。新垣の内蔵が全部、出ちゃった」
石川はまたパチパチと手を打った。
がんばり屋のまみりはまた肩で息をしている。そのとき、杉の木の陰からにゅっと顔を出した男がいる。
「殺したいほど、憎んでいる人間がいるみたいじゃないか。なんなら、警察が協力してあげてもいいんだよ」
「人に見られていたら、呪いが効かないなり」
「法律に基づいて行動を起こせばいい」
「なんで、いつもついて来るなり」
「君はあの隠密怪獣王と戦ったロボットの正体を知っているんだろう。警察に協力して欲しい。あの隠密怪獣王を倒せるのはあのロボットしかいない」
「矢口くんはなんの関係もないなり。あのロボットを誰が作ったかなんて知らないなり」
杉の大木の影から身を出したのは王沙汰春警部だった。
 しかし、まみりたちが呪いの儀式をやっているあいだハロハロ学園を尋ねたのはやはり探偵高橋愛だったのだろうか。しかし事実はそのとおりである。探偵高橋愛は井川はるら先生の黒魔術の部屋を尋ねたのである。あの気味悪い魔術の部屋をである。探偵高橋愛は入り口のドアの髑髏の呼び鈴を叩いた。
「お入りなさい」
ドアが静かに開くと水晶球を睨みながら井川はるら先生がこちらを向いた。
「あなたがここに来ることはわかっていたわ」
井川はるら先生が薄気味悪くにやりと笑った。
「先生、なんで、まみりばかり可愛がるんですか。先生、前から、わたしは先生のことが」
探偵高橋愛が井川はるら先生のところに行くとはるら先生は探偵高橋愛の顎のあたりを指で触れた。
「可愛い顎をしているわね」
「先生はこんなふうにしてまみりのことも」
はるら先生の手が飛んで、探偵高橋愛は床に倒れた。
「ふほほほほほほほ。見え透いた手はわたしには通じないわ。あなたが何を考えているかは、わたしにはわかっているのよ。ほほほほほほほほ」
倒れたままの探偵高橋愛は井川はるら先生の顔をじっと見つめた。
「でも、あなたの相談に乗らないこともないわ。あなたが悪魔とこのわたしにすべてを捧げてくれるつもりならね」
探偵高橋愛はこくりと頭を下げる。
「あなたがわたしのことをどのくらい好きになってくれるか、少しづつあなたの願いを叶えてあげるわよ。おほほほほほほ」
そして井川はるら先生は立ち上がるとさっきから変な臭いのしている大釜の方へ歩いて行った。
「こっちにいらっしゃい。これがいもりと墓場の死体から生えてくる人面草をすりつぶした粉末よ。これを大釜の中に入れると」
はるら先生がその粉を大釜の中に入れると変な煙が立ち上がった。その煙のかたちは本当に奇妙だった。
「ふふふふ、わかったわ。すべての鍵は新垣にあるわ。新垣を殺すような危険な目に会わすとき、隠密怪獣王は現れるはずよ。そのとき、隠密怪獣王を殺すのよ。ただし、隠密怪獣王はいくつかの姿をしているということを忘れないでね。あるときは高校三年生の姿を、そして、あるときは野球選手の姿を、そしてあるときはエメラルド色をしたイグアナの姿をしているのよ」
この不思議に目を見開いている探偵高橋愛の額に井川先生はそっとキッスをした。
「今日は額にキスをしただけで許してあげるわ」
数時間後、探偵高橋愛の姿は高級ホテルのスウィートルームの中にあった。それもダブルベッドの中にである。この探偵高橋愛という女、ハロハロ学園の不良グループの中に入っていない、真面目グループの中の一員だと見られているが、この女こそ不良の中の不良だったのだ。それも仕方がないというべきか、複雑な家庭環境を持った女の子だったからだ。ふたりの両親は実の親ではなかった。そのことについて詳しく書いているわけにはいかないのだが。
 ダブルベットの中で隣の男がコニャックの入っているグラスを口に運んだ。
「隠密怪獣王は三つの形態を持っているというのデスカア。高校三年生と野球選手の姿とエメラルド色をしたイグアナの姿と」
「あの魔法使いの女はそう言っていたわ。あなたが見たのはどんな形態」
「イグアナの形をしているときデスタ」
「そう」
探偵高橋愛は隣の男の胸毛に指をからんだ。
「それから」
「それからね。まだ、知っていることはたくさん、あるけど教えてあげない、なんて、言うのよ。あの女は意地悪をして」
「まあ、いいデス。隠密怪獣王は始末しマスデス。エフビーアイの名において」
「それから、隠密怪獣王はうちのクラスに新垣という名前の女がいるんだけど。その女の命の危険がせまったとき、現れると言っていたわ」
「ニイガキ。あの超古代マヤ人デスカ。そう言えば、南米の奥地で超古代マヤ人が生き返ったといニュースを聞きマシタ」
「でも、ふたつ問題があるじゃないの。ミスター新庄芋。新垣が命の危険に当たっているという状況を作ってそれがハロハロ学園中に伝わるという手はずをどうやって、整えるの」
「ミーの目を見てください」
エフビーアイ捜査官、日系二世、新庄芋は探偵高橋愛の目をじっと見つめようとした。
「きゃー。やめてよ。あはははは。あなたの催眠術にはかからないわよ」
探偵高橋愛はシーツをはねのけてベッドから出ようとした。高橋愛の胸の突起がちらりと見えた。
「アハハハハ。あなたには催眠術をカケマセン」
「集団催眠術を使うのね」
「ソウデス。でも、隠密怪獣王をどうやって倒すノデス。隠密怪獣王は大変に強い奴デス」
「ミスター新庄芋。ハロハロ学園にも神竜真剣というティラノザウルスをも倒すことの出来る剣の使い手がいるわ。それに秘宝剣、南紀白浜丸を持っている。たとえ、隠密怪獣王だと言ってもあの女の剣の前では敵ではない」
「ダレデス」
「人斬り紺野さんよ」
「これで隠密怪獣王の脅威から人類は救われマス」
「ミスター新庄芋、わたしの願いも聞いてくださるわね」
「アレデスカ」
「全米デビューよ。わたしはもう、高橋愛ではないのよ。ブリトニー高橋愛と呼んでちょうだい」
「でも、何で全米デビユーにこだわるのデスカ。タカハシアイは」
「あなたなんかに、わたしの惨めな子供時代なんか、わからないわよ。わたしの両親は実の両親ではないのよ。モーニング娘なんて単なる踏み台よ。合宿でわたしがどんなにいじめられたか、あなたにはわからないのよ」
次の日、探偵高橋愛は不良グループたちとコンタクトを取っていた。
「それで、いくらくれるんだい。新垣の処刑をもっとも派手にやったら」
「三十五円よ」
その金額を聞いて辻は涙を流して喜んだ。
「そして怪獣が現れるはずよ。その怪獣を殺したら、さらに十五円、上乗せよ」
「本当に五十円、くれるんだろうな」
教室の隅で紺野さんがしゃがんで薫製になったニューギニアのミイラをしゃぶっている。気味が悪かった。新垣は自分が殺されることも知らずに机の上でチョロ急を走らせている。
「まみり、探偵高橋愛が不良グループと話しているわよ。探偵高橋愛は不良グループの仲間になったのかしら」
「石川、そんなことは関係ないなり。ほら、加護がこっちの方を睨んだなり、目を会わせないようにした方がいいなり」
矢口まみりも石川りかもこの札付きたちが新垣、殺害計画を立てていようとは想像もつかなかった。
 「まみり、学校へ行こう」
貧乏石川がまみりの家に呼びに来た。
「まみり、お友達が呼びに来たよ」
「お弁当を詰めているなり。待ってもらうなり」
「まみり、早くしなさい。お友達を待たせてどうするんや」
「つんくパパ、ししゃもがうまく弁当箱の中に入らないなり」
「そんなの簡単やろう。ふたつに折り曲げればいのやろう」
「待たせたなり。石川」
いつものようにまみりとチャーミー石川がハロハロ学園の校門の前に行くと校内には異常な雰囲気が漂っている。
 実は遅刻して来た矢口まみりとチャーミー石川には影響がなかったのだが、エフビーアイ捜査官、日系二世、新庄芋が校内の放送施設を使って集団催眠を全校生徒と職員のすべてにかけていた。いや、正しく言えばそれは違う。不良グループたち、そして探偵高橋愛、黒魔術師、井川はるら先生を除いてである。校門のところで石川が悲鳴を上げた。校庭の真ん中に巨大なやぐらが組まれて新垣がぐるぐる巻きにされて頭上高くつり下げられていたのである。新垣の真下には乾燥したくぬぎの木がたくさん積まれている。日系二世、新庄芋が校内の人間に対してどんな催眠をかけていたかというと自分たちは古代人で祭りをしているという仮定である。そして祭りのクライマックスとして黒豚の薫製を作るという行事が待っている。さらに新庄芋の催眠術の巧妙なところは新垣と神に供える生け贄の黒豚がイコールで結べるように暗示をかけているところだった。つり下げられた新垣は無力な山羊のように空中でゆらゆらと揺られながら助けてくれる者もないと観念して悲痛な表情をしている。
「ひど~~~~い。みんなで新垣を蒸し焼きにして食べちゃうつもりよ。ほら、全校生徒たちがたき火のまわりで狂気の踊りを踊っている。ほら、あの不良グループたちだけが冷静になっている。こんなことを計画したのはあの飯田かおりたちに違いないわ」
探偵高橋愛は三階の教室からこの様子を眺めていた。
「ふふふ、これでわたしの全米デビューは決まるわ。モーニング娘の連中、随分、わたしのことをいじめてくれたわよね。もう、高橋愛なんて言わせないわ。ブリトニー高橋愛とわたしのことを呼ぶのよ。ふははははははは」
探偵高橋愛はこの世界を支配したように高らかに豪傑笑いをした。
 神流真剣の使い手、紺野さんだけは悲しみをたたえていた。秘宝剣、南紀白浜丸を抱きながらしゃがんでいる。
 保田がその様子を見た。
「紺野さんはこんなきちがい騒動が嫌いなのね」
「そうじゃないよ」
飯田かおりが否定した。
「泣いているのは、紺野さんだけではない。秘宝剣、南紀白浜丸も泣いているんだよ」
ニューギニア人、直伝の乾燥ミイラの頭を紺野さんはしゃぶっている。
「紺野さんは神流真剣と秘宝剣、南紀白浜丸を使う機会がないのを悲しんでいるのさ。ほら北風がぴゅうぴゅう吹いている。紺野さんのまわりには。ああ、神の域に達した紺野さんの剣のわざは空しく錆びていくんだろうね」
「姉貴、紺野さんの好敵手は現れないでしょうかね」
「もう、出ないだろうね。紺野さんがしゃぶっているミイラの頭、信じられないだろうが、一つは柳生但馬の守のものさ。そしてもうひとつは宮本武蔵のものだよ。おっと、あたいも余計なことばかりしゃべっちゃったかな。そろそろ始めるか。辻、薪に火を点けるんだよ」
「へい、オヤピン」
辻が薪に火を点けた。そのことがわかるのかつり下げられている新垣は苦しそうにくるくるとまわった。
「まみり、大変、新垣が蒸し焼きにされちゃう。でも、ちょっと食べて見たい気がする」
紺野さんは秘宝剣、南紀白浜丸を抱いたまま無表情だった。
「まみり、ほら、見て、新垣が苦しんでいるわ」
そのときである。血をゆするような笑い声がハロハロ学園にこだました。
「石川、あそこを見るなり」
まみりの指さす校舎の屋上には身長三メートルの隠密怪獣王が仁王立ちでこの様子を見つめていたのである。静かで荘厳な雰囲気がハロハロ学園を包んだ。
そして例のパフォーマンスをしたのである。つまり空中に五十五の指文字を三回やると十五メートルの屋上からひとっ飛びに地上に降り立つとつり下げられている新垣のロープを引きちぎり、地上に降ろした。
「石川、行くなり。新垣を助けるなり」
矢口まみりは夢遊病者のような生徒たちのあいだをかきわけると新垣のところに走った。
「まみり、まみりが行くならわたしも行く~~~~~~~」
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