ス-パ-カ-女刑事  第9回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

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ス-パ-カ-女刑事  第9回
デトマソ スピードスターM530の車内では寄席太鼓の音が甲高く響いた。えなり田かずきはその響きにうっとりとして陶酔していた。
あややの方は車の振動を身体に感じて快感を感じている。
「あやさん、これから林家正蔵の牡丹灯籠が始まるんですよ。わくわくしちゃうな」
これが中学生の会話だろうか。えなり田かずきは松浦田あややの愛車の中に自分のお気に入りの落語のカセットを何本も持って来ていた。松浦田あややが許せないのはこんなにオッパイの大きな女がとなりに座っているというのに平気で落語を聞いているという無神経さである。
あややは今日は黒い絹のスキャンティを履いているのに、それを試すことが出来ないので内心不満だった。
しかし、今日は高速も空いてスムーズに走る。
松浦田あややは手動モードにしてステアリングホイールを握った。
「あの野見広子の話は信じられると思う。えなり田くん」
「さぁ、」
坊主頭を左右に振る。
「でも、何で彼女自身をその刺客というのが殺さないですか。その方がことは簡単だと思うけど」
「きっと殺さないわけがあるのよ」
えなり田かずきの話はもっともだ。しかし、えなり田かずきは松浦田あややの話を真剣に聞いているのだろうか。
しきりに高速道路の上の表示板を目で追っている。えなり田かずきにも黒い下着のボインちゃんの話を聞いていないもっともなわけがあった。彼女が全自動操縦が可能なこの車をわざわざ手動に切り替えて分岐点を間違うかも知れない可能性を残しながら高速の上を走っているからである。周りの景色が後方に流れて行く。
「あそこ、あそこ、そこのインターチェンジを降りて行くんですよ」
「よし、わかったわよ。ほら、わたしの胸に見とれていない」
「あややさん、僕はマイッチングまち子先生のクラスの生徒ですか」
松浦田あややはステアリングコラムから出ている方向指示器を操作するとテールランプが曲がる方向に点滅した。
一般道に出ると山道に入って行き、畑のあいだを抜けて洞窟のたくさんある小高い山がいくつも連なっている場所に出た。
周囲は金網で囲まれている。炭坑の入り口のような場所だった。その入り口に田舎の小学校のような建物が建っている。その建物の背景には山並みしかなかった。
ここがパラワン・プロジェクトの日本における実験場、山梨科学技術大学地球物理分科施設だった。
この炭坑の入り口のようなところが中に入っていくと旧日本軍の地下司令本部のある場所でその奥にパラワン・プロジェクトの成否を握る測定装置の試作品の実験と制作がおこなわれている。
田舎の小学校と馬鹿にしていたがその建物の内部に入ると銀色に塗られたいろいろな管が走り、計測装置やら、調節装置などが置かれている。このそばに大きな水力発電所があってそこから直接、電力線を引いているという話だ。測定装置が盗まれたときのインタビューに答えている、
阿部幹夫、山梨科学技術大学助教授というのが現れた。
「じゃあ、過去三ヶ月間のこのデーターからグラフを作っておいてください」
阿部幹夫はそこに居た研究員に書類を渡した。その研究員を松浦田あややはどこかで見たことがあるような気がする。
横で、えなり田かずきがにたにたしながら黒い下着のボインちゃんの脇腹を突っついた。
「あややさん、ほら、あの人、長岡文子のいる蒸気機関高能率研究所へ行ったとき、いた人ですよ。
名前は西山とか言っていましたよ。長岡文子と話していたじゃありませんか」
それで黒い下着のボインちゃんも思いだした。長岡文子は西山に今度いつ来るのとか、聞いていた。
長岡文子の恋人かも知れない。
「本当にあの装置が盗まれるなんて不可能に近いですよ。どういう方法を採ったのか。
警察は内部のものの犯行ではないかと疑うし。それで事情聴取をどれくらい受けたことか」
所長の阿部幹夫はさかんにぼやいている。
「装置に使われている金は五百キロ、金額にして八億ちかい額だそうですね」
「そうですよ。管理体制がどうだったんだとか、学長にはさんざん締め上げられるし」
「そもそも、どんな装置なんですか」
「地球の外殻まで自力で潜って行ってそのデーターをとる装置なんです。
試作品でいろいろな試験をやっている段階だったんです」
「何で、その装置を盗むのが不可能だと言いきれるのですか」
その装置のある場所がどうなっているのか、松浦田あややはまるっきりわからなかった。「見てもらえれば一目瞭然なんですが、もうすでにプログラムされていて試験装置の置かれている場所には行くことができません。ここに来る途中に大きなトンネルの入り口があったでしょう。
あそこが旧日本軍の地下の司令本部でして、あのトンネルから下へ降りて行くことができるようになっています。
そこへ降りて行くと五メートル四方のコンクリートの部屋になっていて入り口は水ももれないよう完全密閉できるようになっています。入り口のところにはセンサーが付いています。
 何故そこが完全密閉されるようになっているかと言うとその部屋には五百度の水蒸気を
送り込めるような構造になっています。それも実験のためです。そしてその部屋の真ん中に一トンの重さのマグネシゥム合金の箱が置かれています。そこにもセンサーがついていてその箱をあけるとこのプロジェクトで使われる試作品ではありますが測定装置が入っているんです」
その話を聞いていたえなり田かずきがお地蔵さんのような表情をしてここの責任者に尋ねた。
「僕、映画で見たことがあるんですが、内部の人間を使ってセンサーの電源を切ったり、
センサーを使えなくしたりするということを聞いたことがあります。何とか泥棒という映画なんですけど」
「それは不可能です。そういった過去の手口はすべて研究していますから、ここを全部、
爆破でもしないかぎりセンサーを無力化することはできません」
阿部幹夫は断言した。それより五百キロのその装置をどうやって外に運ぶのだろう、
そのことの方が松浦田あややにとっては疑問だった。もしかしたら阿部幹夫が光速零号のことを知っているかも知れないと思い、そのことを聞いてみたが彼はまったく、それについてはその名前も聞いたことがないと言った。
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 喫茶オレンジに戻って来た黒い下着のボインちゃん松浦田あややとえなり田かずきは聞かれもしないのに今日の調査の結果を賀集くんにとうとうとしゃべった。店はもう閉められていてマスターダンディ坂野田がまかないのチキンライスを作っていたので黒い下着のボインちゃんとお地蔵さんの二人はそれをごちそうしてもらった。
「そう、完全にそこからその五百キロの金で作った装置を運びだすのは不可能なのかい、不思議だね」
賀集くんは二人が食事をしているテーブルの横に座って二人の調査の報告を聞いていた。
ちょび髭をはやしたマスターのダンディ坂野田は部屋の隅にあるジュークボックスのスイッチを入れた。
1960年頃の音楽が流れてくる。
「あんまりむずかしいことは考えるだけむだだよ。あややちゃん。それより新しいレコードが入ったんだ。
このジュークボックスにもセットしてあるからね。聞くかい」
そこへデトマソ スピードスターM530の無線操縦装置も兼ねている黒い下着のボインちゃんの銀色の携帯電話が鳴った。
最初、ボインの黒い下着女はそれに気付かなかったのだがお地蔵さんがそれが鳴っていることに気付いた。
「あややさん、携帯が鳴っていますよ」
電話に出るとそれは松浦田あややの上司、お姉系の藤井田隆だった。
「何してるのよ。早く電話に出なさいよ」
「あれ、急に電話でなんですか」
「朝永良子が襲われたのよ」
朝永良子と言われても松浦田あややは誰のことか一瞬分からなかった。
「朝永正夫の妹よ。朝永正夫があんな殺されかたをしたから朝永良子が襲われるなんて夢にも思わなかったけど」
「それで状況はどうなんですか」
「朝永良子が自分の家に帰って来るとドアを開けた途端に族が玄関から出て来てぶっかったそうよ。
それで部屋の中を物色されていたそうよ」
「今から朝永良子の家へ行きます」
携帯を切ると目の前に座っているえなり田かずきはすっかり寝ていた。チキンライスを食べているときからえなり田かずきは半分目を閉じていたから今の電話の会話もほとんど聞いていないかも知れない。
明日は中学の学校生活があるのだろう。今日は部活でもあって大部疲れているのかも知れない。松浦田あややはまだ子供なんだ、可愛いわねと思ったが、実はこの中学生はあややの肉体を狙っているのである。えなり田かずきは夢の中であややとふたりで温泉に入っていた。
「じゃあ、賀集くん、かずきくんをたのみます」
「僕がかずきくんを家につれて行くよ」
「じゃあね、ダーリン」
ボインちゃんは軍隊の敬礼みたいなことをすると格好をつけて喫茶オレンジのドアを開けた。
店の前には赤いデトマソ スピードスターM530が待っていた。月の光を受けて赤いボディのボンネットの上が光っている。ボインちゃんは自分の愛車が自分が運転席から離れている間、月と会話をしていたのかも知れないと思った。
そう思うと月に軽い焼き餅を焼いてしまう。しかしそのあいだ、自分は賀集くんと話していたのだ。
座席に座ると内蔵されているコンピューターに告げた。朝永良子の家へと。
朝永良子の家の前に着くと覆面パトカーがすでに停まっている。隣りの家は薬局になっている。
薬局というものも店を閉じる時間はかなり遅いものだが、そこもすっかりと店が閉められていた。
玄関の内側に制服の警官がはりついている。近所ではこの騒ぎはまったく知られていないらしい。
「軽井沢以来だな」
玄関に入ると角田田信朗が立っている。
「賊がこの家の中を物色しているときにこの家の住人、朝永良子が戻って来た。
そこであわてた賊は朝永良子を押し倒して逃げて行ったのだな」
角田田信朗はしたり顔で松浦田あややにそう言った。彼は軽井沢で李宗行の事件を調べていたはずである。
何故、東京のこの朝永良子の家を調べているのだろうか。奥の方で朝永良子本人が刑事たちから何か事情聴取をされている。
「角田田警部、軽井沢にいたのではないんですか。それも李宗行の捜査をして。ここの住人と李宗行の間に何らかの接点を発見したの」
あややはわざと甘えるように可愛く聞いてみた。
角田田信朗警部補は下唇をつきだして鼻のあたりを中心にして頭を右回り、左回りにしている。
「ノーコメント」
朝永良子の兄、朝永正夫が晴海埠頭で青い鋼鉄製の怪物に襲われて命を落としたということは松浦田あややの周辺の人間しか知らないはずだ。と言うことは独自のルートで李宗行の殺人事件とこの兄弟の何らかの関連をつかんでいるのかも知れない。しかし松浦田あややの知っているこの事件の関係者というのは李宗行の婚約者か恋人か、
わからないがとにかくそれに近い関係の野見広子がいる。そして野見広子の近い場所で働いていると自分で言っていた
朝永正夫、朝永正夫は野見広子と李宗行の間にトラブルがあったことまで松浦田あややに話そうとした。
ということぐらいしか松浦田あややは知らない。しかし角田田信朗はもっと重要なことをつかんだのかも知れない。
それが何なのか、黒い下着のボインちゃんにはまったくわからなかった。奥の方で椅子に腰掛けて刑事たちの事情聴取を受けていた朝永良子のところに刑事たちがいなくなったので黒い下着のボインちゃんは近づいて行った。
朝永良子はかなり疲れているようだったが、黒い下着のボインちゃんが自分の兄の葬式にやって来た人間で彼女が自分の兄の最後を最後に見とった人間だということはわかっているようだった。だるそうに彼女は松浦田あややの顔を見上げた。
「この前、お会いしたときは不愉快な印象を与えてしまったかも知れません。別にあなたのせいで兄が死んだということではありませんものね」
それを言われるのはスーパーカー、デトマソ スピードスターM530のドライバーとしてはつらい。
「あなたのお兄さんを助けられなくて申し訳ありませんでした。自分がもう少しあの車の使い方になれていれば」
「身長が五メートルの鋼鉄で出来たゴリラに兄は襲われたんでってね」
「それについて何か心当たりはありませんか」
黒い下着のボインちゃんとしては彼が野見広子のことを喫茶オレンジに話しに来たから彼が殺されたのだと思っている。
しかし、まだ野見広子の名前を出すわけにはいかない。
「兄と私は親がいないんです。二人きりで生きてきました。兄の望んでいたことは私の幸せな結婚でした。
それが最近、知り合いに聞いたのですが、大変、兄が憤っていて、私の幸せな結婚を邪魔するものがいるんだ。妹が玉の輿に乗ろうとしているのに、横からモーションをかけてくる女がいるんだ。その女に直談判してやると
言っていきり立っているといつも言っていたそうです」
「その玉の輿の恋人にモーシヨンをかけている女性の名前を聞いたことがありますか」
「ええ。野見広子という人だそうです。そして野見広子という女の人が女性の私立探偵に調査されているのを見たから、その探偵に洗いざらい、あの女のことを話してやると言っていました」
黒い下着のボインちゃんには大きな驚きだった。黒い下着のボインちゃんは次の事実を知りたかった。
「あなたの恋人というのは」
「李宗行という人です」
そう言った朝永良子の顔には少し恥じらいが浮かんだ。そしてあややは驚いた。そうだったのか。李宗行の恋人というのは朝永良子だったんだ。野見広子ではなかったんだ。そして松浦田あややは朝永良子は自分と同じように恋をしているんだわ、
この女の子は、そう思うと親しみがわいてきた。そして野見広子という名前が出ていたときからその名前が出て来ることは少しは予想していた。二人の肩を寄せ合って生きている兄弟、そこで妹が幸せな結婚をしようとしている。
そこに妹の結婚を妨害する女が現れる。そして兄はその女を探偵する。そんなとき、その女の身元調査をしている女探偵がいるのを知る、きっとあの女は後ろ暗いことをしているに違いない。兄はその女を告発するために喫茶オレンジに来たのかも知れない。
その女探偵というのはもちろん自分のことである。
イタリヤ料理屋で黒い下着のボインちゃんが野見広子を調べているのを見ていて松浦田あややが警察の捜査官か、何かだと判断したのかも知れなかった。そして哀れなことにまだ朝永良子は李宗行が死んだことを知らないようだった。
ここで黒い下着のボインちゃんはもしかしたら「光速零号」のことを朝永良子は知っているかも知れないと思った。
「光速零号というのを知っていますか」
「知っています」
朝永良子はあっさりと言った。
「今、ここにも持っていますわ」
彼女はハンドバッグの中から小冊子を取りだした。
「これです」
小冊子の表紙には絵が描いてある。それは宇宙から来た少年ロボットの絵で四十年ぐらい前に流行った空想冒険漫画、
「宇宙銀星王子、光速零号、の巻き」と書かれている。しかしそれは表紙だけで中身はアルバムになっている。
その中には李宗行と朝永良子がいろいろなところに行ったときのラブラブな写真がはってある。
ただ黒い下着のボインちゃんの注意をひいたのはその片隅に光速零号、六十パーセント完成と書き込まれていたことだった。
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