エレベーターのある家 第二回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

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エレベーターのある家 第二回
おいしいご飯
そこではしごはおいしい御飯の炊き方の腕も突出していた。自分の家のいまわしい想い出を忘れようとして、御飯の炊き方を研究したからかも知れない。その家の想い出を払拭するためにいつも御飯の炊き方を研究していたんだ。しかし、彼の父親に対する憎悪の念は消えなかったのだ。だから部屋一杯を占拠しているそれらの本を取り出して見ようと云う気持ちも起こらなかった。しかし、家の中で一日中、父親がなにをやっていたのか、興味はあった。もしかしたら父親の弱点を見付けてそれで父親を許してやる気持ちを持ちたかったのかも知れない。父親の寝室のけやきを磨きぬいて、こげた飴色になったようなベッドの頭の方に錠前のついた小さな箪笥があって、たまたまその中に箱根細工のような隠し引きだしを見付けたんだ。はしごはその引きだしをおそるおそる開けてみた。そこには自分の血の秘密が入っているのではないかと云う思いが一瞬ちらついた。つまり、自分が本当の父親の息子ではないのではないか。だから、あれほど穴子が自分に対して冷淡だったのではないかと云う思いだ。しかし、引きだしを開けてみて、その思いはすぐに打ち消された。そこにははしごのことなどおくびにも出ていなかったのだ。引きだしの中から出て来たのは吉見あなごの日記だった。
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日記にはどんなことが書かれていたんだい。
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いくつも出て来る言葉は自分の住んでいる六角の家に対する恨みの言葉だった。はしご同様にあなごはこの家に住んでいること、この家自身を憎んでいた。日記の中では何度もその家のことをのろいの家と云う言葉を使っていたのさ。すべての不幸の原因はこの家にあり、この家を出れば幸せになれるだろう云うようなことが書かれていたのさ。それからじいさんから言い伝えられた事が書かれていたのさ。それがどんなことかと云うと、そのじいさんと云うのはこの家を建てた人物のことなんだけど、じいさんの言うところによると、とても自分の身上ではこんな家を建てることは出来なかっただろう、それが出来たのもこの家に置いてある、たくさんの本のおかげだ。この本を調べることによってわしは身上を得ることが出来てこの家を建てることが出来た。それはどういことかと云うとこの家の中にある壁際に置かれている本を取り出して、本に書かれているなぞなぞをやる。そのなぞなぞと云うものも、やさしいもので「立つと見えずに、座ると見えるもの」と云うようなやさしいものなんだ。それらのなぞなぞをすべてやると、ある秘密が明らかになり、身上が得られるとじいさんが話したのを聞いたと書かれてあった。そう穴子の日記には秘密めいたことが書かれていたのさ、日記にはその続きがあり、じいさん自身は身上を得る秘密を得ていたが、その秘密を穴子に教えると、穴子の仕事がなくなるので教えないと言われたとも書かれている。さらにそのあとに穴子がじいさんを非難している言葉がながながと書かれていたんだ。穴子自身のことが書かれていて、やはりその間にははしごの爺さんに対する非難がながながと書かれている。それからあきらめ気味に、仕方がないから、最初からその秘密を探るために自分は本に書かれているなぞなぞをやり続ける。そしてやり続けて来たと書かれていたんだよ。そしていつまで経ってもその秘密は解けないし、なぞなぞも終わらないから、おもしろくない、その答えはもちろん、自分の息子にはそんな事実があると云うことも教えないでおこうと書かれていた。つまりは父親がたんに意地悪をして、息子の幸福になる機会をつんでしまったと云うだけの話しだったのさ。それでその日記を読み終わったはしごはその日記を畳の上にたたき付けた。そして自分の父親に対する憎しみがまたふつふつとわき起こってきたんだ。
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じいさんが父親に意地悪をして、その父親が自分の息子に意地悪をしていると云う図式なんだね。
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そういう事だよ。
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でも、そういう秘密がわかったなら、僕だったら、いちおう父親と同じように、本箱から本を取りだしてそのなぞなぞを解いてみようとするよ。はしごはそうしたのかい。
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そのとおり。吉見はしごは父親と同じように本箱から本を取りだしたんだ。そして緑色の背表紙の本を取り出すと六角形の部屋の中でその本をひろげてみた。するとまたなぞなぞが書かれてあったんだ。
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今度はどんななぞなぞが書かれていたんだい。
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今度も簡単なものさ。
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簡単って、どんなもの。
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立つと背が伸びて、座ると背が低くなるいつもそばにいる友達ってなーに、と云うものさ。ーーーーーーーーーーー
そんななぞなぞ、簡単じゃないか。小学生だって答えられるよ。それは影だろ。
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そのとおり。すぐに解けたじゃないか。
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そんなことを褒められてもうれしくないよ。ーーーーーーーーーーーー
おじさんは二つの数字を持っていました。でも、片方の数字はいつも片方の数字に負けていました。そのおじさんはなにものなんでしょう。
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おじさんが誰か答えるのかい。
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そうだよ。
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その数字ってなんなのさ。
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それを教えたらなぞなぞにならないよ。
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わかった。わかった。その二つの数字って、お金を貸したときの利息と借りたときの利息だね。おじさんって銀行のことだ。
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ピンポーン、そのとおり。
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でも、随分と易しいなぞなぞじゃないか。
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でも、そんななぞなぞが一ページに五個ぐらいのっているのさ。それが千ページぐらいの本で、部屋の中にそんな本が何百冊とあるんだよ。そんな六角形の部屋がその家の中にいくつもあるんだ。はしごは一冊の半分も終わらないうちに眠くなって寝てしまった。
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ふん、根性のない奴だ。
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仕方ないさ。次の日は仕事があるんだから、それで**炊飯にまた御飯を炊くための仕事に行った。御飯を炊くための大きなステンレス製の釜の中に御飯を入れたんだ。それから自分の御飯の炊き方ノートを開いたんだ。はしごの勤めている給食センターでは火加減をマイコンにプログラムして入れるようになっている。それでおいしい御飯が炊ける火加減を細かにデーターを取って研究しているのさ。はしごの持っている火加減ノートと云うのもそのデーターを記録しているんだ。
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御飯の炊き方にしては随分とむずかしいじゃないか。はじめ、ちょろちょろ、なか、ぱっぱっと云うだいたいのあいまいなものじゃないのかい。ミリグラムとか、何秒と云うような正確なものではないだろう。
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御飯の澱粉質が炊き方によって旨味成分に変化をするんだよ。でもはしごの頭の中は何かぼんやりとしていた。昨日やったなぞなぞが頭の中に残っていて、意識の外にぼんやりと薄皮を張ったみたいだった。それで御飯を炊く道具の前に立っていても、自分が自分でないみたいなんだ。窓の外に見える景色もそれ自体が意識を持って何かを話しかけてくるように感じられるんだよ。つまりはしごの意識がそれだけ脆弱になっていると云う証拠だよ。それから、仕事が終わって夕方の帰る時間になったら、給食センターの所長に呼び出された。所長に呼び出されることなんかめったにないことだからね。センターの中庭が見える所長の部屋に入ると、所長はこほんと咳きをした。吉見くん、君の炊く御飯はいつもとびきりにおいしいとお客さまからの評判もよくて、満足しているよ。でも、今日はどうしたんだい。お客さんから連絡があってね。名前を云うと全国植木協会理事局事務所からなんだけど、今日届けられた御飯があまりおいしくなかったと電話がかかって来たんだ。君はどこか、体調が悪いと云うことはないかい。体調が悪いといつものとおりの御飯が炊けないからね。それにたいしてはしごは昨日のことで何故疲れたかは話さなかった。だいたい自分がどんな家に住んでいるかと云うことも話したことがなかったんだ。昨日、家の外で電気工事があってよく眠れなかったとか、なんとか言ってごまかしたんだ。
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所長はそれ以上のことは聞かなかったんだ。
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なぞなぞ            
そうだよ。もちろん、はしごは家に帰ってから、あのなぞなぞの続きをやろうと思った。はしごはこの家を抜け出したいと思っていたんだ。死んだ爺さんはそのなぞなぞをやることによって一財産作ってあの家を建てたんだからね。センターでの仕事が終わってから、外に出るといろいろな料理屋の裏口が並んでいる通りに出た。裏口にはビールの箱なんかが何段にも重なって積み重なっている。出前の自転車なんかも置いてある。あの荷台の大きいがっしりした自転車だ。そこはある大きな映画館の裏口にもなっている、裏通りと云っても、大きな通りなんだ。夕方になっていたから勤め帰りの人間もその通りを歩いている。途中にはある旅行会社の代理店があって店の前にはいろいろなチラシが歩道の半分を占めるぐらいに出してある。その隣りはカメラ店とディスカウントショップをたしたような店があった。その店も少し変わっていて、店の中の小物は日本の中では見たこともないようなものが置かれている。その店がわざわざ海外まで出て行って買い付けて来た品物だった。同時に二方向別々なところを見ることの出来る双眼鏡とか、部屋のどこにあっても手を叩くと音が出て、ある場所のわかるライターなんかがあった。もちろん日本の国内で作られたものではない。そのさきに十五階建てのホテルがあって、ホテルの横は神社になっている。そのホテルは外国からの観光客がとまることが多いホテルなんだ。ホテルの後ろには緑の木が見えるんだ。ホテルの横が地下鉄の入り口になっていて、吉見はしごはその地下鉄の駅を出て、給食センターに通っている。帰りも行きも同じ経路で通勤していたのでその入り口から下に降りて行った。階段の途中で吉見はしごは何かが落ちているのを見付けた。階段の左の隅のところにそれがあったんだ。見るとそれは女が持つようなハンドバッグだった。吉見はしごがそのそばに行って腰をかがめると、ハンドバッグの蓋はしめられている。中身が入っているらしく、ハンドバッグはふくれている。中を開けると、中身が入っている。吉見はしごは階段を降りたところに、この駅の事務室があることを思い出した。そのハンドバッグを持つとその事務室のドアを開けた。中では駅員が机に座ってなにかやっていた。もちろん帽子は被っていなかったんだ。事務をやるときは駅員も帽子を被らないからね。はしごがその階段のところに落ちていたとその駅員に告げると駅員は事務的な手続きをとり始めた。それから別の机に置かれている、パソコンのところに行くと、キーボードに向かって何か打ち始めた。吉見はしごはその様子を見ていた。すると二百五十六色の画面が出て来て、小さな掃除機が画面の中でもぞもぞと動いている。吉見はしごはこの駅員が何をやっているかと疑問を持ったので、駅員に聞いたんだ。何をやっているのかと。すると駅員の言うには、落とし物の届けがあったとき、このパソコンを通じて、この地下鉄の各駅にその届けがなかったのかを聞くのはもちろんであるが、伝言メッセージのホームページがあって、そこの落とし物コーナーの画面で捜すとその落とし主が見つかったりすると云う話しだった。そこではしごにはひらめくものがあった。吉見はしごはいいことを聞いたと思った。昨日のなぞなぞ本との格闘でこの作業がどのくらいかかるか見当もつかなかったからだ。そこで死んだじいさんの謎を解けば、こんな作業をやらなくても、最短距離で目標に到達するのではないかと思ったのだ。そうすれば膨大ななぞなぞの本を解く必要もなく、死んだじいさんがどうやって財産を得ることが出来たのか、その秘密を解くことが出来る。そうすれば自分の家にある、何冊あるかもわからないなぞなぞ本を解く必要もないと思ったのだ。自分と同じような明治時代に建てられた変な家に住んでいる人間を伝言メッセージのホームページで捜そうと思ったんだ。
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それはいい考えだね。そんなくだらないなぞなぞを解くために時間をつぶす必要なんかないよ。
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さっそく吉見はしごは秋葉原にパソコンを買いに行った。それで北欧の神秘主義の教会のような自分の家に戻ると自分の家の中にその機械を運びこんだ。たくさんある六角形の部屋の中でも南側に面していて、冬でも昼間なら暖房を入れなくてもいい、六畳ばかりの大きさの部屋の中の例の本棚の一角をはずしてそこに木製の座り机を置いた。そしてその上にパソコンを置いた。窓が大きく取ってあるので部屋の中は明るかった。見方によっては網走あたりの刑務所の独居房のように感じられないこともない。なにしろ部屋の中には机のほかには何もないんだからね。
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そこで吉見はしごは自分のじいさんが建てたと同じような家に住んでいる人間を捜すことにしたんだね。その駅員がやったと同じようなやりかたをして。
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そうなんだ。
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でもどんな文句でさがしたんだい。吉見はしごは自分の家がクレオメディス建築商会が建てた家だと云うことがわかっていたのかい。
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もちろん、彼はそのことを知らなかったよ。でも自分の家が明治三十年前後に建てられた変な家だと云うことは知っていた。それでそのホームページにアクセスすると、閲覧者が伝言を自由に書き込める欄があったから、吉見はしごはそのことを書き込んでいった。自分が明治三十年前後に建てられた変な家に住んでいることを。
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自分の家が六角形の木製で小学校のプールが二つぐらい入れるくらいの大きさで、家の中に、いくつもの六角形の部屋があって、その壁際にはなぞなぞ本がぎゅうぎゅうに詰め込まれた本箱で囲まれていると云うこと、それにその家が明治三十年ぐらいに建てられたと云うことをね。
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そうなんだ。そしてその家が何故だか、土地附きでも売れないと云うことも書き加えておいたんだ。
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それで返事が来たのかい。
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給食センターに出勤する前、家に帰って来てからと吉見はしごはそのホームページを見ることが日課になっていた。その返事が来ることを楽しみにしていたんだ。そうすればじいさんが一財産得た秘密を解くことが出来ると思っていたんだな。
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それで返事は来たのかな。
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そのホームページに返事が来たのは二週間後だったよ。返事と云っても吉見はしごの家に返事が来たと云うわけではないよ。そのホームページに彼の人捜しに呼応して返事が書いてあったんだ。
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それはどんな文面だったんだ。
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返事を出したのはMOEKOと云う名前の女の子だった。その返事には自分も変な家に住んでいると云うことから始まっていたんだ。
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変な家ってどんな家なんだい。
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自分の家は外見がお墓のようで、四階建てになっている。明治時代に建てられた家なのに中にはエレベーターが附いている。そのエレベーターは明治時代に建てられたものだが一度も故障したことはない。それで家族は二階から上の階を生活に使っているんだ。父親はその家のことをひどく嫌っていて、売ろうと思っているのだが、売ることも出来ない、不思議な家なんだと云う内容なんだ。
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それってもしかしたら、あの鉄板焼き屋のコックの家じゃないの。
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そのとおり。雑魚田俊光の家だよ。そのホームページに返事を出したのは娘の萌子だよ。ーーーーーーーーーーーーーーー
娘の萌子がそのホームページを見ていたんだ。
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そうなんだ。
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もちろん、吉見はしごはそれに返事を書いたんだろう。
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もちろんだよ。それを見た、その晩に返事を書いたよ。自分はある給食センターで御飯を炊くことを仕事にしている。両親はいない。自分のじいさんが今住んでいる家を建てた。自分はこの家が好きでない。そしてどんな人間がこの家の設計から普請まで行ったのかは知らない。このメールを書いた人は返事を下さい。君のうちのことをもう少し教えて欲しい。するとまた返事が来たんだ。
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私の家はA墓地の裏手の方にあるんですが、そんな都心の一等地に家が建っているのに何故か土地も家も売れないんです。私自身は港区にある女子校に通っていましたが、今年の春に卒業してデザイン会社に就職しています。デザイン会社に就職したのは絵とか、描くのが好きだからです。タレントの誰に似ているかと聞かれたら、****に似ていると答えています。
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****って、知らないなあ。
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確かに、雑魚田萌子は****に似ているよ。吉見はしごはそのタレントが好きだったんだ。彼は萌子にすぐに興味を持った。好きな映画だとか、音楽だとか、お互いに情報をメールでやりとりしたんだ。
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吉見はしごは萌子に会おうと思ったんじゃないのかい。
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もちろんだよ。数回のメールでやりとりの後で吉見はしごは雑魚田萌子と千鳥が淵で会う約束をした。しかし、萌子の方は自分の素性を知られることを用心していたから、彼女自身の家の電話番号は教えなかったんだ。しかし、吉見の電話番号は萌子の方は教えられていた。千鳥が淵のボート乗り場で彼女は吉見を待っていた。それらしい人物が来ると彼女は吉見の携帯に直接、電話をかけたんだ。すると向こうの方にいて、小さくなっていた若者の姿が萌子のかけた電話に反応してポケットから電話を取り出した。萌子は吉見はしごにわかるように手を振った。すると吉見は振り返って、萌子の方に小走りで走って来たんだ。
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それがふたりのはじめての直接の遭遇かい。
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そうだよ。
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吉見はしごは萌子をはじめて見て、すっかりと気に入ってしまったんだ。萌子が自分自身をタレントの****に似ていると言ったのはあながち誇張ばかりだとも言えなかったんだ。タレントの****に似ているばかりでなく、彼女自身のあどけなさのようなものの魅力もあったんだ。吉見はしごの方も一寸見には人気のある水泳選手に見えないこともなかった。ちょうどボート乗り場でふたりが出逢うと云うことは吉見はしごが彼女を誘って一緒にボートに乗ろうと云う魂胆もあったからだよ。吉見はしごは彼女を誘ってボートに乗り込んだ。ボートは乗り場からふたりを載せてするすると千鳥が淵のなかほどに出て行った。公園なんかのボートに乗った人間は誰でも経験することだけど、陸の方から見ていて、あそこに行ってみたいと思ってもいけない場所にボートに乗っていると行くことが出来るよね。一番わかり易い場所は池の中央なんかに作られている、中之島なんだけど、池の周辺だって陸の方からは行けない場所だってボートに乗って池の方から行くと、行くことが出来るだろう。ふたりは千鳥が淵のそんな場所をボートに乗って散策したんだ。それから池の中央にボートを持って行って、オールを漕ぐ手をとめて池の中央に留まったんだ。ふたりはすっかりとうち解けたんだ。
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よく、ボートなんかに乗って不安定感を与えたり、理性を失わせるような冒険と云う要素がくわわると、そんな精神状態になることもあるよね。
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まあ、そういうことだ。ふたりは自分達の住んでいる家について話し始めたんだよ。
私の住んでいる家も変な家だけど、あなたの住んでいる家も随分と変な家なのね。六角形をしているの。わたしの家はコンクリート製で四階建てよ。でも玄関は木で出来ていて、葡萄の立派なレリーフが附いているの。そう、僕の家には英語のBと書かれたレリーフがついているよ。それに君の家にもないものが僕の家にはあるよ。誰が僕らの家を建てたんだろう。わたしにはわからないわ。死んだおじいさんがその家を建てたと云う話しを聞いたことがある。君の家もそうかい。僕の家も死んだじいさんが建てたんだ。建築費を出したと云うことなんだけど。そのじいさんのことだけどね。じいさんは大量のなぞなぞの本を僕の家に残したんだ。君の家にはなぞなぞの本とかは残っていないなかい。なぞなぞの本なんかは残っていないわ。でも死んだおじいさんの連れ合いである、おばあさんはまだ生きていて、わたしの家の四階に住んでいるの。でも彼女、若い頃のことは何も言わないの。言うことと言えば母親の作ってくれる御飯がまずいと云う文句ばかりよ。その上、わたしの家族、同じ家に住んでいるんだけど、普段からほとんど交流がないのよ。わたしは二階に、両親は三階に、そしておばあちゃんは四階に住んでいる。でも、ほかの人達の部屋へ行ってもなぞなぞの本なんか残っていないわ。どう、僕の家に寄ってみない。吉見はしごは萌子を自分の家に誘ったんだ。
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危ないじゃないか。そんな変な家にひとりで行くなんて。
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僕もそう思うよ。でもふたりとも恋人がいなかったんだ。だから道徳的にはどうと云うこともないと思うよ。ノープロブレームだ。ふたりが吉見はしごの家の前に立つと、萌子はびっくりした。その家が自分の家に劣らず変な家だったからだ。平屋建ての木造で、そのくせ六角形をしていて、小学校のプールがまるごとふたつぐらい入る大きさをしている。まるで西部の騎馬隊の陣地のようだった。家のまわりは全く世話をされていないので草は伸び放題のぼさぼさになっている。ここが僕の家なんだよ。そう言って吉見はしごは玄関を開けると萌子を家の中に招待したんだ。
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萌子もびっくりしただろう。だって部屋はみんな六角形なんだろう。
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