電人少女まみり  第37回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第37回
「今日は、歌姫、高橋愛、ユーの労をねぎらおうと思って、招待シマシタ」
エフビーアイ捜査官、新庄芋は六本木の高級ステーキ店に探偵高橋愛を招待した。
探偵、高橋愛は来たくもなかったのだが、自分の依頼をしている相手なので無碍にことわることも出来なかった。
それと、最近、妻ゃ子供をなくしたばかりの男性ホストみたいな男が自分に好意を持っているということが疎ましかった。
高橋愛にはモータウンでデビューして全米進出を計るという大きな夢がある。
このモーニング娘もその踏み台にしか過ぎない、自分に近寄ってくる男もすべて邪魔者でしかない。
なんで、こんなところで足踏みをしていなければならないだろう。
そんな内心の気持が出ているのか、店内のムードを高めるために落とした照明も、少しも気にいらない。
高橋愛の眼中にはひとりの男もいなかった。自分に寄ってくる男はすべて道具に過ぎない。
手持ち無沙汰で探偵高橋愛はテーブルの上にあるダイヤモンドのようにカットされた塩の瓶をいじくった。
「相変わらず、君はきれいだ。高橋愛」
「お上手ね」
その言葉を聞いて高橋愛は温泉に行き、新庄芋と同じ湯船につかったことが思い出されて不快になった。
「誰にでもそう言うんでしょう」
「勘違い、ミーはめったにそんなことは言わない。そんな言葉が出て来たのも、ミーの亡くなったワイフと、ユーだけだヨ」
「それは光栄ですわ」
「ユーは真面目にミーの言葉を聞いてクレナイ。カナシイヨ」
「そう」
探偵高橋愛は少し悪い態度だったかなという気持にもなった。
しかし、その言葉がどこまで本当なのか、探偵高橋愛にも新庄芋の本気度を測ることが出来ない。
「ミーもユーの気持が何か、わかるような気がする。ミーもゴジラ松井憎しの気持で凝り固まってイマシタカラネ、アハハハ」
新庄芋は少しキザっぽくワインを口に運んだ。探偵高橋愛もワインに口をつけた。
「タカハシアイのハロハロ学園のお友達のおかげでスヨ。これでゴジラ松井を完全に逮捕することが出来る。
しかし、こんな身近なところにゴジラ松井退治の特効薬があるとはオモイマセンデシタ。
アハハハハ、これで亡くなった人たちの思いも晴れますデス。エフビーアイの仲間も枕を高くして暮らせます。アハハハハハ」
なんだ、やっぱり、ゴジラ松井退治にわたしを利用しているに過ぎないんだわ、このいけすかない男は。
そう思うと探偵高橋愛は少し物足りない気持も感じた。
「わたし、つき合っている人はいないんですよ、ミスター新庄」
「えっ、本当ですか、ユーはアメリカで暮らす気持はありますか」
やっぱり、この人、わたしに惚れているのね。
探偵高橋愛はまた揺れ動いた気持が少し逆の方に揺れた。
「最近、わたし、悩んでいるんです」
「なにをデスカ、ミス・タカハシアイ、ミス・ビューティー」
「歌のことなんですが」
高橋愛のその話の内容は音楽に関係しているものにとっては常識的なことなのだろうが、
一般の人にとってはあまり理解の出来ない技術的な問題だった。自分がなぜそんな話をしているか、高橋愛にとってはよくわからなかった。自分でもよくわからないことについて悩んでいるのだから、新庄芋もよくわからないに違いない。しかし、新庄芋はその話をよく聞いてくれた。もしかしたらこの人は昔、歌をやっていたのではないかと、探偵高橋愛は思った。もちろん、そんなことはないのだが。そして意外とこの人の自分に対する気持は本当なのではないかという気もするのだった。しかし、自分自身の問題として、その歌に関する問題は高橋愛の頭の中を悩ましていた。
「ミス・ビューティ、今日、あなたを食事に招待したのは、これまでのあなたの働きに対する感謝デス。
あなたにいいプレゼントがあります」
そう言って新庄芋が手を振ると、少し離れた席に座っている大柄な黒人がこっちを見てにやりと笑った。
そして席を離れると探偵高橋愛の方にやって来た。思わず、探偵高橋愛は大きな声を出して新庄芋をその場もわきまえずに抱きついた。
「サンキュー、サンキュー、ミスター新庄」
そこにやって来たのはモータウンで実質的に新人の発掘と契約を行っている高名な音楽プロデューサーだったのだ。
新庄芋に抱きついて飛び跳ねている探偵高橋愛の抱きつき攻撃に絶えられなくなった新庄芋はあわてて
横に立っている音楽プロデューサーを見ながら言った。
「あわてないでください。ミス高橋、彼がまだ、あなたをモータウンからデビューさせるというわけではないのですから。
有望なアーティストを彼は探しに来たノデス。でも、心配しないでください。
あなたのデモテープを聞かせたら、彼はひどくびっくりして、そして満足していました。
あなたがモータウンからシーデーを出す可能性は非常に高いデス」
「ありがとう、ミスター新庄」
探偵高橋愛は新庄芋の手をとるとまた飛び跳ねた。新庄芋とこの音楽プロデューサーと探偵高橋愛の三人は楽しく会談を続け、
そのうちに超古代マヤ人の話が出て来た。
「この話は誰にも言わないでクダサイ」
と新庄芋は釘をさして、そもそも、このハロハロ学園のお馬鹿たちを巻き込んだ騒動の根本原因の神官たちの話題を
その音楽プロデューサーにすると、その超古代マヤ人たちを是非にも見たいと言いだした。
最初は渋っていた新庄芋だったがその音楽プロデューサーを警視庁につれて行くことにした。
探偵高橋愛も久しぶりに、かつてはハロハロ学園の同級生だった新垣を見たいと思った。いったい、あの新垣はどうしているのかしら。
三人が警視庁の玄関に行くとそこから王警部が建物の中に入るところだった。
「また、会いましたネ。ミスターオウ」
「君たちは」
「超古代マヤ人の神官たちを見にキマシタ」
「王警部は今日はどうして」
探偵高橋愛が言うと
「君たちと同じだよ」
と言ってそそくさと歩いた。
そしてエレベーターの前で下へ行くボタンを押すと振り返って
「今日のことは、絶対に他言無用だよ」
と言って厳しい表情をして探偵高橋愛たち三人を見つめた。
警視庁の内部には極秘情報がある。それは地下秘密五階にある秘密のフロアーである。
そこはいつもエレベーターは通過して誰も降りることが出来ない、エレベータの操作盤のある暗号によってだけ開けることが出来る。
それは指紋照合システムで可能だった。
王警部は他の三人が籠の中に乗り込むと早速その指紋照合システムを使うために操作盤のふたを開けた。
新庄芋もその秘密五階のことは知っていたが入ったことはなかった。
さては超古代マヤ人の神官たちは秘密五階にいるノデスネ。新庄芋は納得した。
その秘密五階というのは仲間が奪回に来そうな犯人を収容しておくための階だった。
その奪回の方法というのも軍隊を想定した大掛かりなものである。
そしてその階全部がその目的で作られていたが実際に犯人を収容するのは秘密五階のフロアーのちょうど中央の位置に
六畳間くらいの部屋がつくられ、四方を厚さ三十センチの何層にも張り合わされた強化ガラスで覆われている。
三百六十度どこからでも死角はなかった。
その秘密五階に降りると自小銃を構えた兵隊が十メートルごとに立っていて、その廊下を通って、その収監室に入った。
探偵高橋愛は自分が動物園のパンダを飼育している恒温室に入ったのではないかと疑った。
そしてそのガラス張りの部屋の中には光が満ちていた。「新垣」
探偵高橋愛は絶句した。その部屋の中に奇獣新垣とその仲間の二匹が入っていたのである。
王警部が入って来たことを知るとガラスの窓にじっと顔をつけていた徳光ぶす夫がこつちを向いた。
「王警部」
その顔は無気力だった。
「決して粘土は入れていないな」
「もちろんです。王警部。砂しか、入っていません」
「粘土を入れてみろ、このビル中が水浸しになってしまう」
そのガラスの飼育室みたいな部屋の天井からは大きなマジックハンドが二本垂れ下がっていて、外から操作するらしい。
そして部屋の中にはビニール製の芝生みたいなものがはられていて、部屋の中央は砂場のようになっていて、赤青黄色、
原色の砂場遊びセットが放り投げてある。新垣はプラスチック製のやつでで砂を掘っていた。
「徳光さん、何か、変わったことはありませんか」
「ほーちゃんもくーちゃんもいい子ですよ。みんな、あの新垣が悪いんだ」
徳光ぶす夫は憎しみのこもった目で奇獣新垣をにらみつけながら防弾ガラスに顔をつけた。
あの音楽プロデューサーは超古代マヤ人たちを見つけると喜びの表情を浮かべて飼育室のところに走って行き、
やはり顔をガラス窓にくっっけた。
「みんな、新垣が悪いんですよ。くーちゃんとほーちゃんに悪いことを教えるから」
徳光ぶす夫はまたぶつぶつと言った。
「王警部、ほーちゃん、くーちゃんの処分が決まったんですか」
「今日は重大な日です。決定的な権限を持つある人が来ます」
探偵高橋愛は誰がくるのかと思った。そして部屋の中に緊急事態を知らせるサインが低くうなった。
「どうやら到着したようだな」
「ここか」
「ここだな」
「思った以上に広いな」
探偵高橋愛はどこかで聞いたことのある声を聞いた。
探偵高橋愛は自分の目を疑った。向こうから内閣総理大臣、小泉純一郎が横に小泉光太郎を従えて、そして二三歩、
遅れて石原慎太郎東京都知事がやって来るではないか。
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「これが、人類を絶滅させるかも知れない、奇獣たちか」
石原慎太郎都知事は強化ガラスの中の化け物たちを見ると嘆息したようにつぶやいた。
三匹の奇獣たちは砂漠に住むという有袋類の小動物のように立ち上がって宇宙からの通信を感受しているようだった。
そして頭を狂人のようにさかんにふっている。
その動作を数秒してからまたしゃがみ込んだ。くーちゃんとほーちゃんはこちらを向いたまましゃがんで砂を掘って
みみずでも探しているようだったが、新垣一匹は向こうを向いたまま見物人から一番、
遠いところで両手をついて砂の表面を哲学者のようにじっと見つめていた。そして、ときどき鼻くそをほじくりはじめた。
「これが珍種の生物なのか、貴重なものを見せてくれて、ありがとう。安倍官房長官の話によると粘土細工が彼らは得意だと聞いたが」
「とんでもありません。総理、こいつらに粘土を与えたら、東京中は水の底に沈んでしまいます」
王警部はあわてて否定した。
「王警部、見たところ、少し、人間のような外見をしているが」
飼育室の中にいる三匹にその声が聞こえたのかも知れない。三匹の顔中のいたるところから毛がもしゃくしゃと生え始め、
毛だらけの毛虫のようになって救いを求める病人のように哀れっぽい顔をして小泉総理の方に悩ましい瞳を向けた。
「彼らは救いを求めているのではないかね。粘土の二百グラムでも与えて見たら」
「とんでもない、小泉総理、私は東京都民一千万の生命を守る義務があるんですよ。そんな不法なことが出来ますか」
石原都知事がそう言うとその声が聞こえているのか、三匹はふてくされたように畳の上で仰向けに大の字になった。
「お父さん、やっぱり、退屈しているのですよ。神官たちは」
「そうだ、考太郎、彼らに読書をさせよう。米百俵をもっているか」
小泉総理が横にいる小泉光太郎に催促すると彼はたまたま米百俵を持っていた。
「読書ぐらいなら、いいでしょう」
王警部は三冊の米百俵を受け取るとガラスの飼育室の小さな窓から、その三冊を差し入れた。そしてマジックハンドを操作して、
くーちゃん、ほーちゃん、そして神官新垣のところに運んだ。その間中、
徳光ぶす夫は彼らが神官たちの処分の決定権を持つということを知っていたのでさかんに揉み手をして媚びを売り、
神官たちの寛大な処分をするようにと努力していた。くーちゃんとほーちゃんたちは米百俵をとり上げると、その持ち方は上下逆だったが、非常に興味を持っているようだった。
 しかし、新垣は違った。その本を取り上げると憎しみのこもった目をして秘密地下室に降りて来た三人に投げつけたのである。
そして凶暴な表情をしてうなり、歯をむき出して威嚇した。そのあまりの勢いに三人は驚いた。
「この神官たちは驚くべき、凶暴性を秘めている」
それはこの三匹の処分の方向を決定づけたようだった。
そのとき、すすり泣きが聞こえて、誰かが床にひれ伏し、おいおいと泣き声を上げた。
「みんな、みんな、新垣が悪いんだ。ほーちゃんとくーちゃんに悪い影響を与えているんだよ。
みなさん、みなさん、ほーちゃんとくーちゃんを新垣と一緒にしないでください」
そう叫ぶとおいおいと泣き出し、小泉考太郎の腕をつかむと哀れ乞いをした。
徳光ぶす夫の顔は涙まみれになり、くちゃくちやになった。腕をつかまれた小泉光太郎はとまどいの表情をかくせなかった。
「くーちゃもほーちゃんもいいところがいっぱいあるんです。どうか、くーちゃんとほーちゃんを助けてください。
この徳光ぶす夫が病気で寝ていたときはベッドの横にじゃがいものスープを作って持って来てくれたんです。
ほーちゃんもくーちゃんも本当はいい子なんです」
言葉の語尾は涙声で聞き取れなかった。
中にいるほーちゃんとくーちゃんはその様子をじっと見ていたが新垣一匹は一番離れたところで鼻の穴を広げたいだけ広げて
あくびをしていた。
「二匹はあなたの実の子供ではないじゃありませんか、二匹は地球外生物かもしれないのですよ。人類共通の敵かも知れません」
小泉総理は泣き崩れている徳光ぶす夫の手をとった。
「二匹とも、本当に本当にいい子なんです。動物園の人気者になるかも知れません。
あの二匹を生かして置けば良い子たちのお友達になるに違いないんです。だから、総理も都知事もあの二匹を殺さないでください。
そうだ、あの二匹は芸が出来るんです」
そのことに気づいた徳光ぶす夫は飼育室の厚いガラス窓のところに行くとガラス窓をこつんこつんと叩いた。
「ほーちゃん、くーちゃん、こっちにお出で」
芸という言葉を聞いてモータウンのプロデューサーも金沢で二歳のときから母親につれられて三味線を習い、
門付けをして給食費を稼いでいた高橋愛も近寄って来た。
二匹はかつての自分たちの飼い主の変な表情に興味を抱いて近寄って来た。
「誰か、バナナを持っていますか」
徳光ぶす夫は後ろに控えている観客に要求すると、たまたま探偵高橋愛はポケットの中に乾燥バナナを持っていたので、
そのしなびた果実を徳光ぶす夫に渡した。
「ほらほら、ほーちゃんもくーちゃんも、ここにバナナがあるよ。バナナ食べたくないかい。
きみたちが狂言をやってくれたら、バナナをあげるからね」
徳光ぶす夫が手を叩くとほーちゃんとくーちゃんは所定の位置に立った。そしてへんな節回しで狂言ぶすを演じ始めた。
人数がたりないので一匹が二役を演じる場面もあった。その場にいた者たちはみんなその舞台に釘付けになった。
わずか数週間しか、修行しなかったのに、この二匹は芸道の深奥をつかんでいたからである。
そのことは三味線を習っていた高橋愛にもわかった。高橋愛は同じ芸道を進む者として背筋が凍り付くような衝撃があった。
神官新垣は相変わらず、向こうを向いたまま、肘枕をしながら鼻くそをほじっている。
この一代の名舞台、ぶす、に何よりも感銘を受けていたのは、モータウンのプロデューサーだった。
あまりの感動のために彼の四肢は硬直し、開いていたチャックを閉めることも出来ないほどだったからだ。
「オー、ビューティフル、ブラボー」
プロデューサーはその言葉を連呼した。
「オー、わたしは決めました。モータウンに連れて行くべき素材を」
彼のつぶやきは探偵高橋愛を凍らせた。モータウンに行くのはわたしじゃなかったの、わたしは三歳のときから三味線を習っているのよ。
そのわたしが、二週間しか、ぶすを習っていない、超古代マヤ人に負けるはずがない。そんなことは絶対にありえない。
絶対に。モータウンに連れて行くのは一組しかいないと彼は言っていた。
するとこの珍獣カップルをつれて行くことは、わたしの芽がなくなる、どうしたらいいの。
どうしたら、あっ、そうだ、こいつらが犯罪者だということにすればいのよ。
いくらなんでも犯罪者をモータウンの人気者に仕立て上げるなんてことが出来るわけがないわ」
探偵高橋愛はポケットの中を探すと新聞の切り端が出て来た。
「ここにいる皆さん、騙されてはいけません。そんな子供騙しの芸で、ここにいる三匹は極めて凶暴で危険な存在です。
ここにハロハロ学園内で起こった殺人事件の記事があります。その犯人は誰あろう、この三人なのです」
探偵高橋愛は副業に探偵をしている利点を生かしてもつともらしい理屈をつけて三匹たちを殺人犯人に仕立て上げる理屈を述べた。
「なんて、こと、言うんだよう」
徳光ぶす夫が泣きながら抗議して探偵高橋愛につかみかかろうとすると新庄芋がそれを止めた。
「嘘だ、嘘だ。ほーちゃんもくーちゃんもそんなことをやるわけがないんだ。もし、そうなら新垣がそそのかしたんだ。
死刑にするなら新垣だけにしてくれよー」
徳光ぶす夫はまたしても泣き崩れ、その態度が探偵高橋愛の創作を半ば認めているのも同様だった。
そして、小泉総理は電話をとった。「もしもし、安倍官房長官を頼む。直接、見た。
この三匹は人類と相容れない存在だということがわかった」
その決定を知ってか知らずか、くーちゃんとほーちゃんは乾燥バナナをうまそうに食べているし、
神官新垣は肘枕をしながら、うたた寝をして、ときどき鼻毛を抜いて、うつらうつらとしながら、
南海の楽園でのバカンスでも夢見ているのか、ときどきにやにやしている。
秘密地下室を出て行くとき、新庄芋は探偵高橋愛に、これでモータウンデビューは決まりマシタネと言ってにやりとした。
奇獣が三匹死ぬくらい、あなたの幸せに較べたらタイシタコトデモアリマセンとも言った。
神官たちの運命は死刑というにもその根拠もはっきりとしないので、
石川県にあるゴジラ松井記念館の横に宇宙ロケットの発射台を作って、そこから宇宙に追放しようということになった。
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 ハロハロ学園の裏山の笹の茂みの影で不良たちがつるんでいると、
見たことのある影が裏山の木の杭で出来た階段を上がって行く姿が見えた。
「オヤピン、あれは矢口の使い走りの石川じゃないあるか」 
「そうだ、石川だ。何、あんなところを上がったり下がったりしているのじゃろう、オヤピン。
さっきから、ずっと、あそこを上がったり、下がったりしているだべ」
「あの階段を上がったところには神社があるべ」
「あの神社かい。何でも、お百度参りをすれば願いがかなうなんて言っているけどな、あんなのは作り話に決まっているさ、
あんなぼろ神社」
飯田かおりが笹の葉を引っ張った。
「でも、もう貧乏石川は一週間もお百度参りを繰り返しているって言いますぜ、オヤピン」
「あの、バカのやりそうなことだよ。きっと、金を拾えますようになんて願をかけているんだろう。
あのバカのやりそうなことだぜ」
「オヤピン、それにしてもゴジラ松井くんはどこに行っちゃったんでしょうね。
あたいなんか、ゴジラ松井くん目当てでハロハロ学園に来ていたんですからね」
「まあ、いいさ、ゴジラ松井くんがいなくなって、矢口まみりとつき合う芽がなくなったってことだからな。
ゴジラ松井くんはみんなのものだからよ」
飯田かおりは不良らしく笹の葉を唇で挟んだ。
「オヤピン、石川もゴジラ松井くんが好きだったみたいですよ」
「どうして、そんなことがわかるんだよ。石川は矢口の使い走りでゴジラ松井くんにまみりのラブレターなんかを
渡していたりしていたじゃないかよ」
「それがですね。オヤピン、本当はゴジラ松井くんと話したくて、まみりをだしに使っていたんですぜ、オヤピン。
それが証拠に石川の筆箱の裏にはゴジラ松井くんと石川の相合い傘を自分で彫っていたらしいですせ」
「きっと、自分を矢口と同一視してゴジラ松井くんとつき合っていた気になっていたんだね。
俺達もそんな石川を笑うことは出来ないけどな、あははははは」
飯田かおりが乾いた笑い声を立てた。
悲恋石川は自分のお百度参りを不良たちが見ているということは全く知らなかった。
 椎の木に覆われた手作りの参道を登って行くと半ば壊れた神社がある。
そこには神主も住んでいなくて鬱蒼とした森の木に覆われている。
最近、浮浪者がここで寝泊まりしていたのか、ペンキで落書きが書かれたトタン板が木に立てかけられていて、
その下に落ち葉を集めて燃やした後がある。こんなところに来る人間は誰もいなかった。
神社の背後はどうしたものか、火山岩の大きな塊になっていてそこを掘ったようになっていて、そこに神殿が立てられていた。
神殿の奥の方は伺い知ることは出来ないが荒れ果てているようだった。
そこからカラス天狗が出て来てもおかしくないような妖気が感じられる。
 「きっと神様は私の願いを聞き届けてくださるに違いない」
悲恋石川は固く、そう信じていた。
生物の授業が終わったとき、早めに教室から出て来た石川梨佳は黒魔術師井川はるら先生を待っていた。
教室の前の扉が開き、出席簿を胸に抱いた井川はるら先生が出て来た。
「石川さん、いつも、まみりちゃんと一緒のはずなのに、今日はひとりなの」
「先生、先生に相談したいことがあるんです」
「なんですか。まさか、世界征服の方法を教えてくれというわけではないでしょう」
井川はるら先生がそう言って笑うと、はるら先生の肩の上から見たこともない生物が顔を出してけたけたと笑って、すぐ引っ込んだ。
「先生、そんなものじゃありません」
石川梨佳の瞳は真剣味を帯びている。
「わかったわ。生物準備室で話を聞きましょう」
はるら先生は白い実験着のすそをひらめかして廊下をさきに歩いた。
前に来たときと同様に生物準備室の天井からは山羊の首や髑髏がぶら下がっている。
ふたつ並んでいる大きな机の中に入っている田舎の診療所にあるような椅子の一つを引くと
そのくすんだ青いモールの布張りの上に腰をおろすように勧め、はるら先生自身も座った。
「先生は黒魔術を使って何でも出来るんでしょう」
はるら先生はじっと石川の方を見つめた。
「好きな人がいるんです」
石川はぽつりと言った。
「その人を誰にも渡したくない」
石川の瞳はうるうると潤んだ。
「その人が誰だか、私は聞かない、でも、あなたがどのくらいの思いでいるかということよ。わかる、梨佳ちゃん」
「その人のためなら、わたし、死ねます」
石川梨佳ははるら先生の顔を見上げた。
「あなたの願いは叶うわ。ハロハロ学園の裏山に朽ち果てた神社があるじゃない。
あそこに七日間お百度参りをするのよ。きっとあなたの願いは叶うわ」
石川梨佳は黒魔術の大家、はるら先生の言葉を信じて、七日間お百度参りを続けている。今日がその七日目である。
もちろん、その様子をハロハロ学園の不良グループたちが見ていることは知らない。
 神殿の前に立つと石川は目をつぶり、手を合わせた。
「神様、お願いです。スーパーロボの弱点を教えて下さい。
スーパーロボが出動することになればゴジラ松井くんは王警部に逮捕されることになるでしょう。
そして、ゴジラ松井くんは矢口と結婚してしまいます。わたしが初めて好きになった人・・・・・・・」
石川梨佳の頭の中にはあの人間離れしたゴジラ松井くんの姿が思い浮かんだ。
貧乏石川は男を好きになったことがなかった。自分にはそんな資格がないと思っていた。
毎晩、飲んだくれて男をつれて帰ってくる母親、その男というのも、石川の母親がキャバレーからくわえ込んでくる男だった。
石川と石川の弟が別の部屋で寒さにかじかんでいると、障子を隔てた向こうで男と女のあえぎ声が聞こえ、
建て付けの悪い家具がぐらぐらと揺れた。そして夜が明ける前に男は出て行く、男は母親に金を渡しているようだった。
 だからハロハロ学園に初めて来たとき、ひときわ一頭地飛び抜けて背の高い、
ゴジラ松井くんの颯爽とした姿を見たときは演歌のハイセイコー藤正樹を初めて見たときのような衝撃を覚えた。
 スポーツ万能、百人力の怪力、二百人分のカレーライスをペロリと平らげる姿、すべて石川の憧れだった。
 そのときから梨佳はゴジラ松井くんをお慕い申し上げていたのです。たんなる、あなたはわたしの憧れに過ぎませんでした。
でも、あのことがあってから。
 石川の心の中にはあのときの感動が再び戻ってきた。
 全ての授業が終わってから、三年馬鹿組に担任の村野孝則先生がひょっこりと顔を表した。教室の入り口のところで、石川を呼んだ。
「石川、こっちに来い、ちょつと用があるから」
馬鹿組の連中は帰る支度を初めていたときだった。教室のみんながひそひそと囁いた。
「きっと、家庭の事情というやつだろう」
石川は恥ずかしくて耳が赤くなった。もちろん、すべての教室の連中が知っていたわけではない。
家庭の事情なんていうことを知るには子供のようなクラスメートもいる。案の条、職員室に行くと、事務の先生も待っていて、
その話の内容は今度の遠足費を分割で払うかどうかという問題だった。
石川は職員室を出るとき、誰かが笑っているような気がしたが、遠足に行ったときにはそのことは忘れて、すっかりと楽しんでいた。
しかし、お昼の時間になって、自分は弁当を忘れていたことに気づいた。
馬鹿組の連中は豪勢な弁当を広げていたが、石川は下を向いてうつむいたままだった。
そのとき、うしろから、急に肩を叩かれるとそこにゴジラ松井くんが立っていた。
ゴジラ松井くんは透明なパックの中におにぎりがたくさん入っているのを抱えている。
それは先生やバスの運転手やバスガイドさんたちの昼食用で、それを持って来たらしい。
「きみと食べようと思って」
ゴジラ松井くんは微笑んだ。ゴジラ松井くんは石川をつれて馬鹿組から離れた河原にある大きな木の根方でふたり並んで
白い塩味だけのおにぎりを頬張ったのである。横にはたくあんが三切れしかついていない、大きな塩むすびをである。
ゴジラ松井くん、梨佳はあなたの優しさに凍り付いた心を溶かされたのです。そのときから梨佳は
あなたが単なる憧れの人だけではなくなりました・・・・。
ゴジラ松井くん。
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