芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。



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第27回
「そうだ、紺野さんが心配なり」
「まみり、なんで、紺野さんが心配なのよ」「うちのクラスのみんなは生徒同士で組まされているからいいけど、きっと、紺野さんの部屋には父兄がいるなり、先生もいるかも知れないなり」
「紺野さんを見に行こう」
吉澤が言った。
「あたい達も見に行くよ」
飯田がそう言うと保田も加護も辻も立ち上がっておにぎりを頬張ったまま、紺野さんが寝ることになる部屋を見に行くために立ち上がった。
廊下に出ると、実際よりも一倍半くらい大きく、千住のお化け煙突みたいな田中れいな百十五才、おばあちゃんがお盆を持って立っていたので、石川は急に部屋に残して来た、弟のことが心配になったので、
「れいなおばあちゃん、弟におにぎりをやった」と訊くと田中れいな百十五才は
「やったわよ」と言ってそそくさと階下に降りて行こうとした。
廊下に面している窓からは外の景色が見える。廊下に飛び出した保田がこの二階の窓から外に立っている大きな焼き場の煙突の方を見て、何かを発見して叫んだ。
「ほら、見てよ、焼き場の窯の隣に古農家みたいな一軒家があるよ」
大きな森の木がふたつ、みっ、重なっている手前に焼き場の煙突と窯、そしてその横に古い農家がぽつりと建っている。
すると辻や加護なんかの不良たちはどれどれと言って、その方を首を伸ばして見たので、まみりや石川たちもその方を見た。二階の窓から突き出した顔の目のさきの方にうち捨てられた藁葺きの農家があって、まるで廃材を使って作られた民芸品の模型のようでもある。

まみりや不良たちが一列に並んでそのなんとなく気味の悪い一軒家を見ると、田中れいな百十五才、おばあちゃんもそのあいだに顔を割り込ませてその古い家を見た。
「あれは、わたしたちの住んでいる家だわよ。れいなおばあちゃんも、えりおばあちゃんもさゆみおばあちゃんもあそこに住んでいるんだよ。くくくくくくくくくく」
田中れいなおばあちゃんはさもおもしろいと言うようにこの世でもないような薄気味悪い声を出して笑ったので、石川もまみりも不良たちも気味が悪かったが、とうのれいなおばあちゃんはその笑い声を残して、階下に降りて行った。
 「みなさん、いる」三番目の部屋の障子を開けると高橋愛、井川はるら先生、安倍なつみ先生が顔を出した。藤本もいる。それぞれ自分の荷物を整理していたが、みんなは紺野さんはどうしたのだろうと思って、部屋の奥の方を見ると、自分の座っている座布団の四方に竹を立てて、しめ縄を張り巡らして、自分の頭には四つ墓村の殺人鬼のような鉢巻きをして手には変なおいのりに使う棒みたいな物を持ってさかんにふっている。紺野さんの前には、古木を使って作った変な人形が三体、横たわっている。そして、剣聖紺野さんの愛刀はそこらへんに投げ捨ててあった。その三体の人形はどことなく、あの無気味な三婆に似ていた。
 「紺野さん、何をしているなり」
まみりが紺野さんに話しかけると、紺野さんは、きっとした目をしてにらみ返した。そして前に置いてある、人形をにらみつけた。東北の方ではもっこさまとか言って、呪う相手の魂をそこに封じ込めることが出来るそうだ。
「まみりちゃん、紺野さんに何を話しかけても無駄よ、紺野さんはこの宿についたと思ったら、外へ行って竹藪で竹を切ってきて、和紙を切ってしめ縄まで作って、あの変な呪いの祭壇みたいなものを作って、お祈りを始めたんだから、紺野さんに何を言っても無駄よ」
「そうそう」
井川はるら先生の隣にいた安倍なつみ先生も同意した。そのとき、しゅっ、と音がして鴨居のところに短刀が突き刺さった。藤本が短刀を投げたのだ。
「ふぉ、ほほほほほほほほほほほほほほ」
まるで象が密林で雄叫びをあげるような声がして、障子の入り口のところに亀井えり百十七才が立っている。亀井えりおばあちゃんは海苔の巻いたおむすびをたくさん持った大皿を大きなお盆に入れて、持って来た。お盆の中にはお茶の道具も入っていた。
「みなさん、おなかがすいたでしょう」
そう言ってお盆を入り口のところに置くと、食事を勧めた。部屋の中にいたみんなはつぎつぎと手を伸ばした。片手におにぎり、片手に湯飲みという出で立ちだった。隣の部屋でたらふく食べたはずの不良たちも手を伸ばしている。
「そこでご祈祷をしている、お方もお上がりなさい。ふぉ、ほほほほほほほほほほほほほ」
亀井えりおばあちゃんが紺野さんの方に話しかけると、また、紺野さんはきっとえりおばあちゃんの方をにらみ返した。そこにはふぉほほほほほほほほほという笑いときっとにらみ返す目力の闘いがあるようだった。
「このお茶はおいしいですわね」
探偵高橋愛がそう言ってお茶を啜っていると、えりおばあちゃんは特別なものがあるんだという顔をして寿司屋で使う大きな湯飲みを取り出して、「昆布茶もあるんですよ」と部屋の中の方ににじり寄って来て、紺野さんにさしだすと、始めはおそるおそるだったが、紺野さんはその昆布茶をえりおばあちゃんから受け取ると、それに口をつけ、おいしいとわかるとぐびぐびと飲み干した。部屋の中にいるみんなは飯田も加護も辻も保田もはるら先生も、もちろん、まみりも石川もその様子を見ていたが、紺野さんの目はしだいにとろんとして来て、うつらうつらとすると急にばたりと座ったまま、後方に倒れて、口からはよだれをたらして大の字になって寝込んでしまった。大きな瞳は閉じられ、寝息をたてている。
紺野さんがこんぶ茶に口をつけたときから部屋の中のみんなは興味深いと思い、紺野さんに釘付けになったが、その様子をスローモーションフィルムを見るように部屋の中にいた連中は見ていたが、紺野さんが倒れた瞬間に声にならない声を上げた。
その様子を亀井えりおばあちゃんは氷のような瞳で見ていたが、その背後には道重さゆみ、おばあさんも、田中れいなおばあさんも立って見ていた。
「どういうこと、まみり」
「わからないなり、石川」
まみりが横に座っている石川に話しかけると、
「これで、いいんだ、矢口」
という声が聞こえて、隣に変なめがねをかけたつんくパパが立っている。下の階から、いつのまにか、王警部も村野先生も上がって来た。そこにはダンデスピークもいた。
「つんくパパ、いいんだということはどういうことなり、紺野さんはよだれをたらして、寝てしまったなり」
高橋愛が紺野さんのそばに行って、その眠っている紺野さんの頭部をゆすって見たが紺野さんは目をつぶったまま、少しも動こうとしない。
つんくパパの横に王警部もやって来た。
「みんなで相談して、決めたんだよ、まみりちゃん。こんな紺野さんのような危険な存在は今度のプロジェクトが終わるまで、眠っていて、もらうようにしようということになったんだ。紺野さんが突然、剣を振り回してしまったら、大変なことになってしまうからね。このおばあさんたちが協力してくれたんだよ。紺野さんの飲んだこぶ茶の中には三日間、眠り続けるという、三日眠り坊主という不思議な薬が入っているんだ。ありがとう、無気味三姉妹」
王警部が軽く頭を下げると、無気味三姉妹も気味悪く笑った。そのあいだ、馬鹿組の連中は紺野さんの寝ているところに行き、紺野さんを突っいていたりする。小川は倒れている紺野さんの耳たぶを人差し指と親指でつまんでマッサージしてみたが、少しも動かなかった。
不気味三婆姉妹はにやりとして村野先生の方を見た。
「みんな、みんな、ずっと、列車に乗っていたからつかれただろう。お風呂に入って、汗を流してくれ、そのあとにゴジラ松井捕獲プロジェクトの成功を祈ってお祝いをしよう。下で宴会の準備をするからね」
村野先生が言った。
みんなは何事もないように部屋に戻って行ったが、無気味三姉妹はその場に残った。
 部屋に戻ったまみりは自分のバッグの中を探った。
「まみり、何、さがしているの」
「バブル・ベアー・ソープを探しているなり」
まみりはようするに石鹸を探していた。
「あったなり、あったなり」
まみりはバッグの奥の方から。ガスボンベみたいなものを取り出した。
それはガスボンベのようなかたちをしているが、石鹸であり、ノズルのところから石鹸の泡が出て来て、その泡が自由に象さんにも、バナナにも、お団子にも、かたちを作れるものだった。
「いいわね、まみり、バブル・ベアー・ソープを持っていて」
石川がうらみがましい顔をしてまみりの横顔を見つめた。
吉澤も、まみりの方にやって来た。
「まみりもバブル・ベアー・ソープを持っているの、わたしはさくらんぼ味のバブル・ベアー・ソープを持っているのよ」
ふたりがその話で盛り上がっていると、石川は悲しい瞳をして沈黙した。その部屋の押入の中でこの女たちを観察していた石川の弟はさらに悲しい瞳をして自分の姉を見つめた。
「お風呂の準備が出来たってよ」
小川がそう言いに来て、部屋の中の三人は小川の方を振り向いた。
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白鳥風呂
 石川は大きな櫛で髪をとかしながら、まみりの方を向いた。
「まみり、王警部が白鳥風呂とか、言っていたけど、なんのことかしら」
「知らないなり、それより、なんで葬儀場の中に温泉があるのか、よくわからないなり」
「さっき、ちらりと聞いたんだけど」
洗面器の中にタオルやスポンジを投げ込みながら吉澤がまみりと石川の方を向いた。
「ここは、最初から葬儀場だというわけではなかったらしいよ」
「どういうことなり、吉澤」
「あの不気味三婆姉妹がいたじゃない、あのひとり息子の家だったそうよ。その息子は変な芸術家で、ここに自分の別荘を建てたのよ、つまり、ここね、でも、途中でその息子が原因不明の死を遂げたの、ここの建設も途中でとまった。それを石川県が買い上げて、葬儀場に変えてしまったんですって、それで不思議なことに、その死んだ息子というのの、死体がまだ見つからないんですって」
「まみり、やだー、不気味だよ。不気味なのはあのおばあちゃんたちだけではなかったんだ」
「ふふふふ、石川の心配しすぎだなり。みんなで、お風呂に入るなり、吉澤も用意が出来ているなりか、きっとそのお風呂も立派なのに違いないなり、だって、もともと別荘のお風呂なりだから」
吉澤は洗面器を持ち上げた。
石川もふたりに遅れないように立ち上がった。
「まみりー、待ってー。梨花夫、お風呂に行ってくるからね」
「いいよ、姉ちゃん、僕はここで、ガラスの仮面を読んでいるから」
石川の弟はせんべいを囓りながら、漫画を読んでいる。
「白鳥風呂って、どんなものかしら、きっと、美しい風呂に違いないわ、ねえ、まみりもそう思うでしょう」
「そんなこと、知らないなり」
まみりたち三人が階段を下りて行くと、玄関のホールにあるソファーのところで、つんくパパがホールに備え付けてある戸棚のところで、さかんに、何か、読んでいる。戸棚の上には三婆葬儀場図書とか書いてある。小川もこの葬儀場が出来た由来が書いてある、古文書のようなものがあるが、それが一階に置いてあるとか、言っていたから、それがたぶん、そうなのだろう。
 つんくパパはまみりが一階に降りて来たことにも気づかずに、その本をずっと見ていたが、まみりたちが一階に下りて来たことに気づくと照れ笑いをした。風呂場は一階を左に折れて、裏の細い廊下を通って行くようになっている。
「あの不気味三婆の住んでいる家を横に見ながら、お風呂場に行くなんて、気味が悪いわね。やだわ」
「ほら、あの骨踊り庵が見えるわよ」
吉澤は裏の廊下の窓から見える、あの気味の悪い古家を指さした。
「骨踊り庵ってなんなり」
「石川を怖がらせようと思って、勝手に考えたんだよう」
「やだぁ、吉澤」
白鳥風呂に変な期待を抱いている石川が吉澤の二の腕を叩いた。
「見てみるなり」
まみりは、吉澤が骨踊り庵と勝手に名前をつけた古家を指さした。
その古い農家の戸は薄汚れた障子になっていて、中は蝋燭の明かりだけで照らされているように、ぼんやりと明かりがともっている、そのともっている明かりで映し出された影はきわめて異様なものだった。
巨大な照る照る坊主がぶら下がっている影が映っている。
「気味が悪いなり」
「まみり、何よ、あれ」
「ああ、寒気がする、早く、お湯に浸かろうよ」
吉澤が催促した。
三人が唐竹を巧みに組んで、風呂場らしい感じを出している廊下の突き当たりに行くと、そこには女風呂という看板が出ている。
その女風呂の隣はマッサージ室と書いてある。
「まみり、入りましょう、入りましょう」
白鳥風呂という言葉に変な期待を持っている石川は脱衣場の中に入ると、上着を脱ぎ始めた。すると石川のレース刺繍で縁取りされた下着が現れた。横では吉澤もズボンを脱ぎ初めて、立派な足があらわになっている。まみりも丸首のシャツを首から抜くと、金色の髪がぱらぱらとばらけて、完全に首が抜けると、櫛を入れたように整った。まみりはまだ、パンツを脱いでいなかったが、石川も吉澤も生まれたままの姿になって、タオルで前の方を隠している。まみりは自分では気づかないがそこに女のにおいがするような気がした。
「わたし、一番」
石川が風呂場の戸をいきおいよく、開けて飛び込むと、大きな叫び声をあげた。
中には浴槽がいくつもあるのだが、その一番、大きな浴槽のへりに首をのせて、徳光ぶす夫とくーちゃん、ほーちゃん、そして新垣がこっちを見ていたのである。
「きゃあー、何、男が入っている、それに、あの化け物たちも、まみり、まみり」
洗い場の方に飛び込んだ石川はバスタオルで前の方を隠しながら、脱衣場の方にやって来た。そこにあわてて小川が入って来た。
「ごめん、ごめん、みんな、徳光ぶす夫が、ほーちゃんとくーちゃん、それに神官新垣をつれて最初にお風呂に入ることになるって、言うのを忘れていたよ、ほーちゃんもくーちゃんも新垣もひとりでお風呂に入れないからね。徳光ぶす夫がいなければだめなんだよ」
「早く、そのことを言って欲しいなり」
「でも、洗い場に飛び込まなくてよかったわ」「わたし、最初に入って、損したわ」
石川はかんかんに怒った。もう一度、服を着て、自分たちの部屋に戻ろうとすると、細い廊下を通って、つんくパハや王警部、新庄芋、それに村野先生が向こうから、やって来る。なんか、照れ笑いをしているが、内心、うれしそうだ。
「パパもお風呂に入りに来たなりか」
「そうだよ。矢口」
やはり、男たちはうれしそうだった。
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 下のホールで籐で出来た安楽椅子に腰掛けながら、競馬新聞を読んでいたまみりは男たちがぞろぞろと奥の廊下の方へ歩いて行くの
見た。
隣でスリッパを脱いで、自分で足裏マッサージをしている石川もその様子を見ていた。
「みんな、お風呂に入るのかしら、王警部も矢口のパパもいるわよ。女風呂の奥の方に男風呂があるらしいわよ。まみり、でも、あいつら、なんか、うれしそうじゃない、なぜかしら」
「そんなこと、知らないなり、それより、明日の三レースはコメダワラキントキが固いわよ、馬券を買っておけば良かったなり」
まみりは新聞をぱらぱらとめくりながら、横にいる石川に話しかけた。
「ふん、まみり、また、無駄金を使うのね」
馬券を買う金もない石川が鼻でせせら笑った。
「その言い方はなんなり、石川、お前、お茶を飲んでいてもそわそわしているし、途中で、ちょっととか、言ってトイレに行くなり、電話をかけているなりか、石川、男が出来たなりか」
「なによ、まみり、邪推よ」
石川の心の友はもちろん、ゴジラ松井くんである。
「まあまあ、ふたりとも」
そのあいだに吉澤があいだに入った。
「まみり、まあ、いいじゃないの、石川に男が出来たって、だって、石川はアダルト石川なんだもの」
「なーに、吉澤、なんなのよ、その言い方は」
吉澤は石川の怒った顔を軽くいなすと、あの気味の悪い、三婆姉妹のことに話頭を変えた。「それより、あの気味の悪い三姉妹の方が心配だわ、あんな気味の悪い、三姉妹はいないわよ、さっき、出された味噌肉入りのおにぎり、変な味がしなかった」
そう言えば、まみりもあのおにぎりの中に味噌肉入りのものもあって、それが変な味がしたのを覚えている。
「剣聖紺野さんはどうしたものなりか」
あの部屋には剣聖紺野さんとあの三婆だけが残されている。
「でも、心配ないなり、あの三婆と紺野さんとは同じにおいがしないなりか」
「する、する」
今まで喧嘩をしていたまみりと石川もそのことでは意見が一致した。
「吉澤、それよりも、あの気味の悪い三婆たちの息子は死んだのに、死体が見つからないとか、言っていたじゃない、どういうことなのよ」
「この建物の建設中に息子が殺されたということはまわりの状況から考えて確実なのよ、それなのに、その息子の死体が見つからないのよ、って、この建物の記録に書いてあるのよ、息子の死体はこの建物のどこかにあるから、見つけたら、夏みかんを三個、プレゼントするって、葬儀場の利用パンフレットに載っているのよ」
「ふん、馬鹿みたい」
「ふん、馬鹿みたいなり」
この点においてはまみりも、石川も意見が一致した。
 そこへ小川がやって来た。
「さっきは、ごめん、ごめん、徳光ぶす夫たちが先客で入っていたということを、言うのを忘れていたのよ、あの、神官たちは頭を洗うときも、石鹸が目に入っちゃうと言ってうるさいのよ、だから、徳光ぶす夫が一緒にお風呂に入らなければだめなのよ。徳光ぶす夫たちも、いいお湯だったと言って、出て来たから、みんな、お風呂に入れば」
「待っていたなり」
まみりは競馬新聞をロビーのデスクの上に置くと腰を上げた。さっきの廊下を通り、またもや、あの気味の悪い、一軒家の前を通ると、さっきのてるてる坊主の影がすすけた障子に映ってゆらゆらと揺れている。
「まみり、また、あの巨大てるてる坊主がゆらゆらと揺れているよ」
石川はまみりの二の腕をつまんだ。
「きゃあ」
吉澤が急にびっくりした声を上げる。
それから吉澤は落ち着いて、非難した。
「もう、びっくり、させないでよ、急に出てくるんだもの」
その吉澤の非難の言葉も相手には聞こえなかった。廊下の窓の下から、あの気味の悪い、三婆、亀井えり百十七才、道重さゆみ百十六才、田中れいな百十五才が顔を出したのだ。
三婆は気味悪く、にっと笑った。
「行こう、行こう」
吉澤はそう言った。まみりと石川はまだ窓の向こうで、気味悪く、三人を見つめている三婆を無視して、廊下の突き当たりにある風呂場に急いだ。廊下を突き当たって、右に曲がると女風呂に通じる、左に曲がると男風呂の方に行く、女風呂の横にはマッサージ室と書かれて閉められている部屋がついているのは前説したとおりだ。
まみりが脱衣場の戸を開けると、騒ぎ声が最初に耳に飛び込んで来た。
「不良たちが入っているなり」
不良グループたちのはめをはすせした笑い声が聞こえる。
「いやね、不良グループたちって、わたしたちもあの人たちと同じように思われてしまうわ」
石川は女らしく、後ろ止めのブラジャーのホックに手をやっている。
まみりも上の方はまったく、いじくらず、下の方をすっかりと脱いで、少し大きめの上着の下から、素足が二本、出ていた。石川は上半身はブラジャーだけになった姿で横にいる吉澤の方を振り返ると、、吉澤の方はすつかりと脱いでいて、丸みを帯びた背中が見える。
「吉澤、そこに、ほくろがある」
「どこ、どこ」
吉澤が首だけ向けて、石川の方を振り向いた。まだ、浴室の方に入っていないのに、天井の照明が光のシャワーのように三人の女たちの裸身を照らした。
「入るなり、入るなり」
まみりが浴室のドアを開けると、そこには大理石の彫刻で形作られた神殿のようだった。浴槽が三つもあり、その中にはエメラルドグリーンやミルク色、そしてあるいは透明なお湯をたたえている。それらの浴槽の間にはギリシャの神殿のような円柱や彫刻が置かれている。その彫刻の中には滑り台もある。入り口に入ってすぐ横に巨大な鏡が取り付けてあり、その浴室の広さを二倍にも大きく見せていた。
まみりがそこに入ると、自分の裸身がそこに映っている。
「恥ずかしいなり、恥ずかしいなり」
まみりは首を振ると、金髪がさらさらと揺れた。
脱衣場で聞こえていた、騒がしい声の実体が確かに、その中にいた。下品な笑い声が聞こえる。
不良グループのリーダー飯田が浴室の隅に置かれていた木の桶を両手に持つと、いつだったかの、局部が見えるか見えないかの、裸踊りを、その木桶を使って、使って、やっている。一番大きな、透明なお湯をたたえた浴槽に浸かりながら、保田、加護、辻たちがげらげら笑いながら、見ている。飯田は得意気にそののびやかな手足を延ばして、大の字になると、片足をタイルの上につけて、片足を宙に上げ、おっとっとと、おっとっとととと、中年の親父が余興でもやらないような馬鹿踊りを得意になってやっている。そのあいだ、あの不良たちはげらげらと下品な笑い声をあげている。まみりたちはミルク色のお湯のたたえられている浴槽に身体をそろそろと滑り込ませた。彼女たちの身体の筋肉が微妙な神経の刺激によって、筋肉に緊張をともない、身体の稼働部に微妙なくびれを生じさせた。三人は白濁した湯の中に首だけ浸しながら、横のげらげら声を不興な顔をして見つめた。
「いやねぇ、不良たち、わたしたちはセクシー路線で行こうと思っているのに、評判が落ちちゃうわ」
吉澤と石川梨花が顔を見合わせると、まみりは
「お風呂場で走っちゃ、いけないなり、先生に怒られるなり、滑って、危ないなり」
と言って、不良たちの馬鹿笑いをにらみつけた。
「石川、さっき、バブルベアー・ソープを使いたかったみたいなり、使ってもいいなり」
「本当、まみり、ありがとう」
「いつまでも、お湯の中に浸かっていても身体がふやけちゃうなり、身体を洗うなり」
まみりがざぶっと湯の表面を波立てて、お湯の外に出ると、さきに石川は浴槽から出て、バブルベアー・ソープのボンベを抱きしめている。
「石川、いくらでも、使ってもいいなり、全部、使ってもいいなり」
「本当、まみり」
石川の顔が薔薇色に輝いた。
「うるわしい友情だわ」
浴槽のへりに頭を載せながら、吉澤が眠そうにつぶやいた。
バブルベアー・ソープの缶は中に石鹸が入っていて頭のところに熊の頭の人形が入っている。その頭のところのボタンを押すと口のところから、石鹸の泡が出てくるのだが、水の上にその石鹸の泡を浮かべてもそのかたちは変わらない。その泡のかたちを整えて、簡単なかたちを作ることが出来る。早速、石川は桶の中にお湯を張って、その中に石鹸の泡を入れてみた。
「まみり、ほらほら、見て、見て、雪だるまが出来たよ」
「石川、身体を洗ってあげるなり、この泡で、雪だるまの泡で」
「まみり」
腹黒石川は座ったまま、首だけを向けて、まみりの方を向いた。
何も知らない、まみりは雪だるまのかたちや、ひとでのかたちにして、泡を石川の身体に塗りつけた。
「まみり」
また、石川はまみりの方に声をかけた。それしか、言葉が出て来なかった。
あのスーパーロボに細工をしたことが石川の心をちくりと刺した。
「まみり、全部、使ってもいいの、泡を」
「全部、使ってもいいなり」
いつのまにか、石川の身体は泡だらけになった。
「石川、お湯をかけるなり。これで石川の身体はすべすべなり」
まみりはお湯を石川の身体にかけた。
「まみり」
「なんなり」
「これで、心もすべすべになるかしら」
「何を言っているなり、石川」
「まみりは・・・・・」
腹黒石川は思わず、自分がゴジラ松井くんとまみりの恋いの邪魔を計画していることを言いそうになった。
「石川、さっきから、白鳥風呂、白鳥風呂って言っていたじゃないか」
浴槽の方から吉澤が声をかけると、石川ははっとして吉澤の方を振り向いた。
「そうだわ、白鳥風呂のことを忘れていたわ。わたし、白鳥風呂に入りたいのよ」
「石川、お肌がすべすべになったから、石川は白鳥風呂に入れるなり、でも、どこに白鳥風呂ってあるのかなり」
「あそこよ、あそこ」
浴槽の中から吉澤が不良たちが集団で浸かっている、大浴槽の向こう側にある、白鳥の巨大な壺のようなものを指し示した。
「あれが白鳥風呂ね。まみり、行ってくるわ」
石川は立ち上がると、白鳥風呂の方に向かった。大浴槽の中では不良たちが首をのせている。
石川が雁首を並べている不良たちの前を通ると、保田が声をかけた。
「石川、どこに行くんだよ」
「白鳥風呂に入るのよ」
不良たちは声を上げて、笑った。
「白鳥風呂に入るだってよ、白鳥風呂に入るだってよ」
加護と辻はお湯を叩いている。
「白鳥風呂だって、ギャハハハハハハハハ」
飯田も声を出して笑った。そして、大浴槽の中でがばっと立ち上がると、白い白鳥風呂を指さした。
「あの白鳥風呂は確かに、白い、でも、それはお湯が白いからなんだよ、あははははは、そして、浴槽は実際はガラスで出来ている、そして浴槽の上には金で出来たふたがついている。見えるか」
「見えるわよ」
石川はじっと、白鳥風呂を見つめた。
「その横にある彫刻がなんだかわかるか」
そこには大きな四角い大理石のレリーフのようなものが立っている。そのレリーフのちょっと変わっているのは、表に彫った部分が浮き出ているのではなく、逆に凹んでいることである。不良たちも、まっ裸のまま、浴槽から出てくると、そのレリーフのところに行った。石川はそのレリーフのところに行くと、横に何か、書いてある。不良たちもぞろぞろと裸のままで、彫刻の横に立った。不良たちも石川もまるで自分たちが、一糸まとわない姿だったということを知らないようだった。
「ここに、書いてあるだろう、理想のプロポーションを持つものだけが、この白鳥風呂に入ることが出来る、われもと思う女性は、この中に入って見よ、ぴったりとサイズが合えば、白鳥風呂のふたがひらくだろうってな」
ここでまた下卑た笑い声がわき起こった。
「お前が理想のプロポーションを持っているだって。ガハハハハハハハハハハ」
「オヤピンもためしてみたけど、ぜんぜん、サイズが合わなかったんですよね」
「余計なことをいうな」
飯田が、辻の頭を叩いた。
「まあ、このゴジラ松井捕獲プロジェクの中でこの条件を満たしそうなのは、井川はるら先生と藤本ぐらいしか、いないだろうな。ガハハハハハハハハハハハ」
飯田がまた、豪快に笑った。
石川はまた、下を向くと、握り拳を強く握った。
 この石川、貧乏な出なれど、スタイルだけは自信がある、たとえ、母親がキャバレーで働き、父親が家を出て、住所不定なれど、遡れば、源氏の血が流れておる、飯田、目にもの見せてやるぞ。
石川の握られた拳はぶるぶるとふるえた。
裸身の石川はそのレリーフのところに行くと、背中を彫刻の方に近づけた。そして凹んだところに身体を押しつけると、凹んだところに身体がぴったりと収まるではないか、どこからかファンファーレの音が鳴り響き、七色の虹があたりを包み、白鳥風呂のふたがおごそかに開いた。
おめでとう、あなたはスタイルナンバーワンに選ばれました。
パチパチパチ、保田も加護も辻も我を忘れて拍手をした。
ありがとう、ミス石川女王はしずしずとレリーフの中から出てくると、不良たちに感謝の言葉をくだしおかれた。裸の石川は白鳥風呂のへりによじのぼると、どぼんとその中に飛び込み、ミルク色のお湯が飛び出した。
保田も加護も辻もまだパチパチと拍手している。
「なんだよ、お前たち、馬鹿か、出るよ」
飯田は怒って子分たちをつれて脱衣場に向かった。
ミス石川梨花女王は勝ち誇ったように風呂の中で自分の伸びやかな手足を伸ばした、その様子は紅茶ポットの中に入った人魚のようだった。
「わたし、お魚になった気分」
遠くの方でまみりと吉澤はその様子を見ていた。
「石川と不良たちが、なんか、やっているなり」
「不良たちがプリプリして出て行くわ」
「石川が紅茶ポットの中で泳いでいるなり」
ふたりは何がなんだか、よくわからなかった。
「もう、全く、いまいましいね。貧乏人のくせに」
飯田がバスタオルで顔を拭きながら、まだ、ぷりぷりしている。
「あのスタイル測定定規に合格出来るのは、はるら先生と藤本だけだと思っていたのにな」
「オヤピン、オヤピン」
脱衣場で身体を拭いていた飯田の耳に加護が大発見をしたという調子で声を上げた。不良たちは脱衣場の隅でかがんでいる加護のそばに行った。
「なんだよ」
不良たちは湯上がりに不良特有のジャージを着ている。
「オヤピン、オヤピン、大発見だっぴ、見てみ見て、ここ、ここ、ここだっぴ」
「よく、やったよ。加護」
飯田にも、その大発見の意味は分かった。
脱衣場の隅に変なスイッチがたくさんついていて、大浴槽排水スイッチとか、書いてある。
「オヤピン、白鳥風呂、排水スイッチといのもあるだっぴ」
「このスイッチを入れると、白鳥風呂のお湯がなくなっちゃうんだな、でかした。でかした、加護」
「オヤピン、これはなんだ。マジックミラー、電源と書いてあるだっぴ」
「なんか、よくわからないけど、両方、入れてみるか」
飯田は両方のスイッチを入れた。
ふたつのスイッチを入れたのだから、ふたつの現象が起こるのは当然である。
 まず、ミス石川梨花女王の方から起こった現象について、説明しよう。
石川梨花の入っている紅茶ポットのような浴槽の中からミルク色をしたお湯がだんだんひいていった。
「どうしたの、お湯がだんだんなくなって行く」
お湯はだんだんなくなって行き。白いお湯は石川の乳首の上の方までになった。
「どうしたの、お湯がなくなって行く」
石川はあせった。みるみる、お湯はなくなって行き、今度はへそのあたりまで来てしまった。ガラスポットの中に美神石川の裸体がある。浴槽が透明なガラスで出来ているので当然だった。そして、とうとう、お湯が一滴もなくなり、ガラスの底が見えたとき、美神石川は絶叫して気を失った。その底には気味悪く目を開いた、男性の死体が底から目を開いて美神石川を見つめていたからである。石川は裸体のまま、ガラスのカップの中に横たわった。
 そして、もうひとつの現象の方を言うと、浴槽の中につかりながら、まみりと吉澤は浴槽の壁に貼られている、大きな鏡をずっと見ていた。自分たちの顔が映っている。それが不思議な現象が起こっているではないか。ガラスの鏡がだんだん、その銀色の機能を失って、透明になっていく、そして、その鏡の向こうから勢揃いに並んだ、王警部、村野先生、新庄芋、そして、つんくパパ、それにどういうわけか、ダンデスピーク矢口と石川の弟が鼻の下を伸ばしてこちらを向いている。
「なんだなりーーーーー」
まみりは地球の裏にも聞こえるくらいの大声をあげた。
まみりの怒声と石川の悲鳴で、はるら先生、阿部なつみ先生、藤本が女風呂にやってきた。
男たちはこってりとしぼられた。
「ごめん、矢口、ちょっとした出来心だったんだよ。たまたま、あんな仕掛けがあるって、下の図書の中に資料があったから、こんな仕掛けを作った、あの三婆の息子が悪いんだよ。あいつ、変態だよ。自分の死体を白鳥風呂の下に樹脂付づけにしろなんて」
「つんくパパは犯罪者なり、自分の娘の裸を見て、何がおもしろいなりか」
男たちの面目は丸つぶれだった。
その様子を徳光ぶす夫はほーちゃん、やくーちゃん、神官新垣の手をつなぎながら、じっと見ていた。ほーちゃんもくーちゃんも神官新垣も何が起こったのか、全く、理解出来ないようだった。
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 下のホールでゴジラ松井捕獲プロジェクトの連中は明日の競馬の予想をやったり、今日乗った列車が途中で停まった駅で買ったあんず餅という名産品がどこで作られているかを話したり、高橋愛が今度、モータウンから出すシーデージャケットの表紙の話題になって、今度、撮影で高橋愛がグアムに行くんじゃないかという話題やあれやこれや、いろいろな話題で盛り上がっていたが、徳光ぶす夫とほーちゃん、くーちゃん、そして新垣の四人は二階の自分たちの部屋で今日、列車の中で見た信州の風景を残そうと思い、ちぎり絵の制作にはげんでいた。徳光ぶす夫はあまりにも熱心になりすぎて、額から汗が出て、ランニング一枚になって、ちぎり絵の色の要素となる色紙を細かく、ちぎって、やまとのりを紙の裏に塗って台紙となる画用紙の上に張っている。その様子をほーちゃんとくーちゃんはじっと見ている。ほーちゃんもくーちゃんもちぎり絵を見るのは初めてのようだった。こんなふうにして絵が出来るのだとは信じられないのかも知れなかった。むしろその絵をじっと見てこの作業に集中している徳光ぶす夫の視線のさきに何か素晴らしいものがあるのかも知れないと誘導されて、ほーちゃんもくーちゃんもそのちぎり絵の出来ていく様子をじっと見ているのかも知れなかった。
しかし、新垣だけは何もしないのに自分の歯が自然と自分でもわかるように生えていくのが、その中でも特に犬歯が生えていくのが、気になるのか、床柱をがりがりと首を斜めにして、かじっていた。
 そのちぎり絵の制作の途中で徳光ぶす夫は目をまん丸に開けて、手をぱんと叩くと、あたりを見回した。
「ほーちゃん、うす茶色が足りないよ、そうだ、台所にある、玉葱の皮を持って来ておくれよ」
そう言われて、ほーちゃんはまかない場に降りて行った。そこに行くと、亀井、道重、田中の気味の悪いおばあさんたちが湯気の他っている大釜の前で赤ちゃんの頭ぐらいの大きさのあるしゃもじで、鍋の中をかき回していたり、六十センチもある野菜包丁で骨付きのいのししの肉をきざんでいたり、草餅みたいなうどん粉の大きなかたまりを両手で持ち上げて、下にたたきつける動作を繰り返していた。
「玉葱の皮が欲しいだって、玉葱の皮なんて、いくらでもあるから、持っていきなよ。グフフフフフフ、なあ、田中れいなおばあちゃん」
「いい色だろうて、なあ、道重おばあちゃん、グフフフフフフ」
「よく、乾燥しているから、いい塩味が出るだて、亀井おばあちゃん、グフフフフフフフフ」
人間ではない、ほーちゃんだったが、あんまりにも気味が悪かったから、その乾燥した玉葱の皮を片手の手の平にいっぱいに握るとそのまま二階に駆け上がって行った。
 そして徳光ぶす夫の待っている部屋に戻るとき、剣聖紺野さんが騙されて眠り薬で眠らされている部屋の前を通ると閉められた障子の前から地鳴りのような低い音が微かに聞こえていた。そして紫色に微かな光が内部から発生している。
 徳光ぶす夫のいる部屋に戻ったほーちゃんは、そのことを徳光ぶす夫に報告した。
「なんだって、ほーちゃん、剣聖紺野さんの寝ている部屋で変な現象が起きているって」
徳光ぶす夫はほーちゃんとくーちゃんをつれて、見に行くことにした。何も言わないのに、神官新垣もついて来た。
 その部屋の前に行くと確かに障子はきっちりと閉められているが、低い地の底から聞こえるような祈り、いや呪詛のような声が聞こえる。それから、障子に紫色や赤色、青色、いろいろな光が投影される、それはまるで幻覚病者の頭の中のようだった。
徳光ぶす夫はぞっとした。
「徳光さん、宴会の準備が出来ました」
高橋愛が下から呼びに来たので、その気味の悪い現象の解明は遠慮して下に降りて行くことにした。
 下の宴会場のふすまを開けると、ゴジラ松井捕獲プロジェクトの連中は勢揃いしていて囲炉裏の前であぐらを組んでいた。障子を開けて徳光ぶす夫たちが、その宴会場をのぞくと、その場にいたみんなが徳光ぶす夫たちの方を見た。
 ちょうど王警部の隣の席が四人分、開いていたので徳光ぶす夫はその席に座ることにした。囲炉裏の中にはあの不気味三婆が用意したらしく、炭が赤々と燃えている。それぞれの席の前には田舎の料理屋らしく、なんの塗装もされていない木目のままのまな板が置かれて、その上に小皿に盛られた料理やお燗をしたとっくりがのせられている。囲炉裏の中の炭の前には串でさした海老や魚、そして肉が刺してあって、焼かれて、おいしそうな汁が灰の上にたれた。
 みんなが風呂に入っているあいだに不気味三婆が用意したのだろう。まみりの横には石川と石川の弟がいた。その横には吉澤が座っている。不良たちは箸で皿の中の料理をつっいていたりする。藤本の隣には井川はるら先生が座っている。やはり高橋愛の隣には新庄芋が座っている。新庄芋の隣にはつんくパパが、そしてその隣にはダンデスピーク矢口が座っている。ダンデスピーク矢口の隣には安部なつみ先生がいた。その横には村野先生が座っている。みんなが大きな囲炉裏を囲んでいる。そこにはもちろん、あの剣士はいなかった。剣聖紺野さんは自分の部屋で仰向けになったまま、寝たままだ。その紺野さんの部屋の異常に気づいているのは徳光ぶす夫だけだった。
 不気味三婆はその様子をうすら笑みを浮かべて眺めている。三婆は三人とも丸いお盆を持って、お盆の中にはとっくりが何本も立っている。
 まみりは灰の中に刺された蛸の足が炭火の熱で縮んでいくのを見ていた。
一同が揃ったのを見計らって、王警部は立ち上がると酒の入った杯を胸の前に上げた。
「みなさん、とうとう長い捜査のかいがあって、ゴジラ松井を逮捕する日が近づいています。エフビーアイ捜査官、新庄芋氏はゴジラ松井が日本に上陸する前からゴジラ松井の蛮行を裁く日を待っていました。その新庄芋氏の正義と平和を望む信念も報われようとしています。新庄芋氏は家族の尊い命も失われてしまいました。その尊い犠牲によって、ゴジラ松井も逮捕されようとしています。日本にゴジラ松井が上陸してから、われわれ警察は苦々しい日々を過ごしてきました。しかし、ここにいるまみりちゃんのパパの作ったスーパーロボによってゴジラ松井はわれわれに逮捕されることは確実になりました。それも、この超古代マヤ人を三匹も確保することが出来たという僥倖のおかげです。ゴジラ松井の魂胆はわれわれ人類を戦慄せしめるものです。この地球のすべてを水没させようという。しかし、われわれは枕を高くして眠ることが出来ます。まもなく、この人類の脅威は取り除かれようとしています。今宵はこの幸運と叡智に感謝して、杯をあげましょう」
王警部が杯を頭上に上げると、その場にいるみんなも杯を上げた。そして杯を飲み干した。「みなさん、みなさん、無礼講です。無礼講です、さあ、酒を飲んでください」
つんくパパが声を上げて、酒をついで回っている。つんくパパはどういうわけか、不良グループの方までに足を延ばしている。飯田と保田が小皿の中のひじきの胡麻和えをつっいている中に割り込んで入って行った。両人の顔を見上げながら、
「きみたち、お金、儲ける気、ない、きみたちなら儲けられると思うんだけど」
そう言いながら、飯田と保田が開けた杯の中に酒をついでいる。
「まみり、見て、見て、まみりのパパが飯田と保田にお酌しているよ」
それを見てまみりはむかむかした。
「パパは何をやっているなり、よりによって、飯田と保田なんかにお酌して、何をやっているんだなり」
「まみり、行って文句、行ってくれば」
「いいんだなり、そんなことまでしなくてもなり」
そのあいだじゅう、ふだん、食っていない石川の弟は飯台の上の料理をがつがつと食っている。つんくパパはやたら、活動的になっていた。飯田と保田のあいだに入っていたと思ったら、今度は加護と辻のあいだに割り込んで行って、そうでげしょ、そうでげしょ、などと言って、さかんに相づちを打っている。徳光ぶす夫はほーちゃんとくーちゃんに酒を飲ませたらしい。囲炉裏のあいだを駆け回っている。危ないことはなはだしい。となりのアダルト石川に話しかけようと思って、まみりは石川の方を見ると、そこには石川はいなかった。石川の弟が松の葉に刺した焼き銀杏を囓っているのが見える。
石川はどこだと思っていると、王警部の横に座っていた。
それも座っているだけではなく、足をくずして、王警部に酌をしている。
「王警部、王警部って、近くで見ると、いい男ね、わたしのお酌で一杯、どうですか。うーん」
アダルト石川はため息までもらした。
アダルト石川は唇を突き出すと王警部の方ににじり寄って行った。思わず王警部もあとずさりをしている。
徳光ぶす夫は新垣にも酒を飲ませたに違いない。新垣もよっぱらつて床の間の柱に何度もきつつきのように頭突きをかましている。新垣の心の中では自分は相撲取りになったつもりかも知れない。
 アダルト石川はどこからか、トランプを撮りだしてきた。
「王警部、指を出してくださらない」
王警部が手を出すと、アダルト石川は王警部の指のさきをふれた。意外と柔らかい。
「王警部、わたし、エスパー石川は相手の指に触れると、その人の運命を占うことが出来るんです」
そして指のさきを握ると目を閉じた。
「見えます、見えます。あなたの恋愛運が」
アダルト石川の占いは恋愛占い専門だった。そしてその運命の相手というのも自分自身、石川梨花だと結論づけるのだった。
さっきから小川の姿が見えない、どうしたのだろう、と、まみりは思った。
すると、ふすまが開いて、小川が姿を現す。それも、鈴の音がいくつも聞こえる気がした。小川は日本髪を結って、振り袖まで着ている。「日本舞踊をやります」
「やめちまえ」
「引っ込め」
不良たちから一斉に声が挙がる。
「やってー、やってー、小川ちゃん」
「見たい、見たい、小川ちゃん」
男たちが拍手をした。そして、小川が日本舞踊を踊り出した。髪にさしたかんざしがきらきらと輝いている。村野先生とダンデスピーク矢口はその様子をうっとりとした目で見つめている。
この田舎屋のかもいに槍が飾ってあるのをよっぱらった藤本が見つめた。すっかり酔っぱらった藤本ははるら先生の隣に座っていたが、超人的な能力を見せて猿飛佐助のように十メートルの距離の空を飛んで、かもいの長槍をつかむと見事に着地して黒田節を踊り始めた。槍の穂先がきらりと何度もきらめいてまみりの顔先をかすった。新垣も刺激を受けたのか、大きな囲炉裏の上、七十センチのところを部屋の隅から炭までロープウエーのように行ったり来たりしている。
 石川の弟に至ってはどこから持って来たのか、登山家が使う、ガスストーブをどこからか、持って来て牡蠣鍋を作っている。
安部なつみ先生はタッパーをかばんの中から取りだして、しらすおじやという離乳食みたいなものを中につめこんでいる。
「安部なつみ先生、なんで、そんなもの詰め込んでいるなり」
「矢口、わたしの赤ちゃんに食べさせようと思って」
「そんなこと、聞いていないなり」
安部なつみ先生は完全に想像妊娠をしている。
「わたしたちのお料理、満足したかや」
まみりはぞっとしてうしろを振り返ると三婆、亀井えり百十七才、道重さゆみ百十六才、田中れいな百十五才がエジプトの古代王がミイラから生き返ったみたいになって、じっとまみりの方を見ているので気味が悪かった。
それにもまして、この宴会の馬鹿騒ぎがいまいましかった。
それ以上につんくパパが不良たちのあいだだけではなく、安部なつみ先生のところに行き、なつみ先生を誘ってチークダンスを踊っているのは顔が赤くなるほど恥ずかしかった。
「パパ、やめてよ、よその女の人とチークダンスを踊るのは、やめてなり。まみりはママの子なり」
この宴会の馬鹿騒ぎから逃れ、夜風を浴びて、頭をすっきりさせようと思って、ベランダの方に出ると、そこには井川はるら先生が立っていた。
「はるら先生」
「まみりちゃん」
「また、石川が男を騙そうとしているなり。神様、アダルト石川に罰をお与えくださいなり」
「まみりちゃん、だめなのよ、石川はアダルトだから」
「だめなりですか、石川は」
「生まれつきの性癖ね」
「環境的なものはないなりですか」
「石川は横須賀の女よ」
「そうなりか」
「それより、あの馬鹿騒ぎに一番、重要な人がいないわね」
「誰なり」
井川はるら先生は夜の海の向こう、見えない敵を見ているようだった。深海の中でゴジラ松井はどんな力をたくわえているのだろう。
不気味だった。
「誰なり」
まみりはふたたびはるら先生に尋ねた。
「剣聖紺野さんよ」
そのとき、神のみぞ知る運命の調べを奏でる楽器が鳴り響いた気がまみりはした。
そうだ、剣聖紺野さんは不気味三婆の調合した眠り薬で眠らせられている。
そうだ、有機生物の中でゴジラ松井くんに対抗できる、地上生物は剣聖紺野さんしか存在しなかったのだと、まみりはあらためて思った。その紺野さんをこの一大事に眠らせていて、一体どうするというのだ。
「みんな、油断しすぎているかも知れない。絶対にスーパーロボがゴジラ松井くんを逮捕できるなんて、どうして結論づけられるというの、まみりちゃん」
「みんな、馬鹿騒ぎをして、何を考えているのかなり。同意なり」
「剣聖紺野さんをこのプロジェクトからはずしているということが吉と出るのか、凶と出るのか。この広大な海の向こう、数万マイルの海底の中でゴジラ松井くんはこの石川県のゴジラ松井記念館の横に急遽立てられた火星ロケット打ち上げ台に進入する機会をうかがっているのね」
黒い日本海が人間の能力では把握出来ない世界のようにうねっている。
「あれは、なに、まみりちゃん」
「どれどれ、はるか先生」
遙かかなたの日本海の向こうの方が青いオーロラのように輝いている。そして海の表面から点と見えるものが飛び出すと一直線にこちらに向かってくるではないか。
「なんなの、あれは、まみりちゃん」
「わかんないなり、なんなり、なんなり」
それはものすごいスピードでこちらに向かってくる。オートバイくらいの大きさのもののようだった。遠くにあったときはそれがなんであるか、全くわからなかったが、それは巨大なソフトクリームのようなものだった。それがものすごいスピードで飛んで来て、はるら先生とまみりの頭上を過ぎて、宴会会場につっこんで行き、どどーんとものすごい音がして部屋の中を見ると、すごい灰神楽がたち、みんなは何が起こったのかわからず、腰を抜かしている。
「平気なりか、平気なりか」
「みんな、平気」
まみりと井川はるら先生は部屋の中に飛び込んだ。
部屋の中の壁に垂直に巨大なソフトクリームみたいなもの、そう、それは槍のかたちをしたアンモナイト貝だったのだが、突き刺さってその中身の方が顔を出している。気味の悪い古代貝の目があたりを見回した。ゴジラ松井プロジェクトの連中はじっとそのアンモナイトを見た。するとアンモナイト貝は話し始めた。
「わたしは海底帝国ラー皇帝、ラー松井八世の使者である。明日の朝、ラー松井八世は石川県に上陸するだろう。いかなる抵抗も無意味である。ラー松井八世を妨げることの出来るものはいない。そして神官たちを奪回するだろう。そして地上のすべては水没して、地球はラー帝国となるのだ」
アンモナイト貝はそう言うと、自分の使命は終わったと小声でつぶやくと、ラー松井八世、バンザイ、ラー帝国永遠なれとつぶやくと、ぐったりして、そのまま死んでしまった。
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第26回

「まみりちゃん、これで隠密怪獣王はスーパーロボに完全につかまってしまうね。これで、ゴジラ松井くんは完全に監獄に収監される。もう、暴れ放題に暴れるなんてことは出来なくなる。まみりちゃん、きみはゴジラ松井くんとどんな結婚式を挙げたいと思うんだい」
王警部がからかうとまみりは照れくさそうに頬を赤らめた。
「いやだなり、恥ずかしいなり、王警部、照れるなり、まみりは、まみりは、ゴジラ松井くんをつかまえたら、もう絶対に離さないなり。まみりのちっちゃな両腕でゴジラ松井くんを抱きしめるなり」
まみりが恥ずかしがって嬌声をあげて、身をよじると、通路を隔てて向こうの方に座っている神官たちと徳光ぶす夫は顔を乗り出して王警部たちの方をびっくりした顔をして眺めた。徳光ぶす夫の斜めに折った身体の影からそっくりな顔をした新垣たちがきちんと扇子の骨のように折り重なって顔を出した。
 そして、別に自分たちが呼ばれたのではないことに気づくと、最初に徳光ぶす夫が愛想笑いをして、つぎつぎと神官たちも重なるようにして愛想笑いをした。このときはあの凶暴な新垣までもが同じ動作をして、それから窓際に置いてあるガラス瓶入りのヨーグルトを木のスプーンですくうと、満足したように口に運んだ。彼らの顔は前に張ってある鉄道線路図にぼんやりと映った。
 「ある意味ではゴジラ松井くんを収監する、もっとも強力な監獄というのはまみりちゃんかも知れないな」
「王警部、何を言うんだなり。まみりは怒るなり」
まみりは口を尖らして、ちょっぴり、怒った。そこへ吉澤が通路を通って、やって来た。
「矢口、矢口、見たことのない男がいるよ」
「どこなり」
吉澤が車両のうしろの方を指差すと、列車の振動に少しだけ、ゆらゆらしながら、男がすぐ後ろの方の席からやって来た。
「王ケイブ、また、アイマシタネ。話は聞いてイマシタデス。まみりちゃんが監獄なんて、いい表現デスネ。愛の監獄というワケデスカ」
「矢口、この人よ。この人」
吉澤はまたこの男を指し示した。
「吉澤、この男は、エフビーアイの捜査官なり、まみりのことをゴジラ松井くんの監獄なんて、失礼なり」
「ミーも、そんな監獄に入ってミタイデス」
そこへ探偵高橋愛がやって来た。
「オー、わたしの女神さまがキタデス」
「わたし、あなたの女神さまでもなんでもないですわ」
探偵高橋愛の返答は素っ気ないものだった。
「高橋、噂は聞いているわよ。こいつと温泉に一緒に入ったんだって」
「入っていない」
すると吉澤は今度は、新庄芋の方に問いかけてみた。
「ノーコメント、デース。でも、マイ、ビューティ、高橋愛、あなたがわたしの愛の監獄になる可能性は充分アリマスデス」
と言ってにやりとした。
「ねぇ、矢口、高橋愛はやられちゃったの、やられちゃったの」
「そんなこと知らないなり」
この列車はほんの少しだけ斜面になった鉄路を走っているのかも知れない。桑畑の前に立てられているホーローびきの電気炊飯器の看板がうしろに流れていく。
 飯田かおりの前には辻と加護が座っていた。窓の景色を見ている飯田の目の前に信州の澄んだ景色が広がった。峻厳な稜線を見せる蒼い山が緑色の畑の向こうに見える。
「お城がある、お城がある」
「どこ、どこ」
畑の向こう、山並みの手前の街並みがほんやりと見えて、その中に美しいお城が見えた。
飯田かおりもそのお城を確かに見つけた。
「手前に見えるのは、松本市にある平城、松本城でございます。五層六階の大天守閣を持っています。慶長年間のはじめ、石川氏によって現在のお城が造られました。深志城とも呼ばれています。長野と言えば、武田信玄公は人は石だし・・・と言いましたが、信玄公の父親の信虎公は暴政を引き、甲斐の国から追放されました」
飯田かおりがバスガイドのように、城を見ながら解説を加えると、辻と加護は怒った。
「石だしじゃ、尿結石だわ」
「慣用句って途中まで覚えていても、後ろの方をよく、忘れちゃうのよね。辻も加護も宿題よ、調べておいて」
「やだべ」
辻と加護のふたりはアカンベーをした。
 この車両の前後にはトイレがあってまみりは前の方のトイレに行ったが、安倍なつみはうしろの方のトイレに行くことにした。矢口つんくパパはダンデスピーク矢口と一緒に座っていたはずだと思ったが、そこにつんくパパの姿は見えなかった。ひとりでダンデスピーク矢口が一号瓶の菊正宗を抱きかかえるように持って、手しゃくをしている。つんくパパがいないと思ったのは席から立ち上がったところだった。安倍なつみはさっきから尿意をもよおしていたので、そんなことよりもトイレに入りたいと思った。トイレのドアのところに行くと、使用中の看板が出ている。本当に中に入っているのだろうか。ハロハロ学園の馬鹿組の連中のことだから、いたずらをして看板だけ出しているのかも知れないと思った。保健の先生の安倍は前にも同じような経験をハロハロ学園の中でしたことがあったのだ。
 きっと誰かがいたずらをしているのだと思って、ノックをしてみると、中から、入っているわよ。と小川の声が聞こえた。
「誰」
「小川です、その声は安倍なつみ先生ですか。前の方にも、先生、トイレがあるんですが」
安倍なつみは小川のその声を聞いて、仕方がないと思って、前の方のトイレに行くことにした。そして通路をよろよろと歩いて行くと自分の座っている隣の席には井川はるら先生が座っている。その前には矢口つんくパパが座っている。ダンデスピーク矢口をひとり残して、この席に移って来たようだった。矢口つんくパハは片手に柿の種の入った袋を持って井川はるら先生に何か、話している。不思議だったのは、トイレに入っていた小川がそこに座っていたことである。しかし、尿意を催していた安倍なつみは前の方のトイレに駆け込むと、用をたしてから、また元の席に戻って来た。そこでは矢口つんくパパがさかんに井川はるら先生に話しかけていた。そのあいだに割り込んで、安倍なつみ先生ははるら先生の横に腰掛けた。目の前には小川が座っている。安倍なつみ先生はおかしいと思った。小川、あなたは後ろのトイレに入っていたんじゃないの。
「先生、ずっと座っていました」
「本当」
「本当です」
「安倍、どうしたんだ。ほら、柿の種、喰えば」
つんくパパが柿の種を出したので、安倍なつみ先生はそれを口の中に入れるとぼりぼりとかみ砕いた。
「本当に、娘が先生にお世話になっています。はるら先生、柿の種もう少し、そうだ、缶チューハイもあったんだ。飲みます」
つんくパハはもうかなり飲んでいるのか、少し、顔が赤くなっている。
 そこに酒乱石川がやって来て、つんくパパに文句を言った。
「矢口のパパ、ずるい、はるら先生ばかりにお酒を勧めて」
「石川、お前はまだ、未成年だろ」
口をすぼめて缶チューハイを飲みたそうにしている石川の手の甲をぴしりと叩いた。
「いたーい、矢口のパパ、矢口みたいに性格、悪い」
その声を聞いて、座席の上の方に刀のつかだけ出している、剣聖紺野さんの、その宝刀のつかがぐぎりと動いた。剣聖紺野さんの向かいには藤本が座っている。ふたりは国家転覆の方法について語り合っていた。
 そこには、矢口まみりを一生の敵と思い、ゴジラ松井くんへの思慕の炎に身を焼いて、恋の情熱にもだえ苦しむ、貧乏石川の姿はなかった。横に座っている弟に酌をさせて、少し、酔っぱらっているらしかった。
 「先生、はるら先生、なんで、ハロハロ学園に入ったんですか」
「はるら先生、わたしもその話は聞いていませんでしたわ」
横に座っている安倍なつみ先生も横を向いて是非聞きたい、という表情をしている。つんくパパも別に聞きたいとは思わなかったが、井川はるら先生が話しをするのは賛成だった。はるら先生の手元には古色蒼然とした箱型のカメラが置いてある。
「別に、わたしがどうして、ハロハロ学園に入ったかなんて、聞いてみたって仕方ないじゃない」
「はるら先生、知りたい」
つんくパハの横に座っている小川まことも首を突っ込んだ。
窓から見える松本のまちは通り過ぎて行った。
「わたしの家は西洋骨董屋をやっていたのよ。家の中にはギロチンの模型とか、西洋の呪いの道具とか、一見、普通の懐中時計だけど手に持っていると必ず、嵐の夜にその持ち主に雷が落ちる、時計なんかがあったのよ。その中で一番、興味があったのが、子供のサイズに合わせた真鍮の鎧があったのよ。一番、わたしはその鎧に興味を持っていたのよ。ある日、その兜の中の目が光ったような気がした。わたしはその頃、まだ、子供の時分だったけど、黒魔術を習い始めた頃だったから、幽霊の存在は知っていたわ。きっと、その鎧の中に幽霊が住み着いていると思っていた。するとその兜の仮面をその鎧の主が自分で開けたのよ。すると、その幽霊はどんな姿をしていたと思う」
はるら先生は小川の顔を見た。
「死人の、そう髑髏だったんですか」
前に座っているつんくパパが聞いてきた。
「それが、わたしにそっくりな女の子だったのよ」
「じゃあ、はるら先生には双子の妹がいたんですか」
「そうだったのよ。その子の話によると、わたしの実の妹だったのよ。わたしはその頃、黒魔術を習いはじめていたけど、わたしの黒魔術の力は父親がわたしの妹を悪魔に売ったので得た力だったのよ」
「ひどーーーぃ。妹が可愛そう」
座席の椅子のところに顎を載せながら、やじうま石川が叫び声を上げた。しかし、まだ柿の種をぽりぽりと食べていた。
「いつも、その真鍮の鎧を着た、妹と遊ぶのが、わたしの楽しみだった。でも、魔法学校から帰って来たとき、わたしの妹はいなくなっていた。父親がその鎧を売るのと同時に売り払ってしまったの。わたしは泣いて、父親に抗議した。その日からわたしは世の中を呪って黒魔術の世界に耽溺しはじめたの。魔法学校でわたしが泣いていると、黒魔術の力で、妹を捜し出すことが出来ると悪魔博士は言ったわ」
悪魔博士という名前が出て来たので、小川は無気味だと思って、ぶるっと、肩をふるわせた。
「そう、わたしは実の妹を捜すために、黒魔術の勉強をしたのよ。そして、どういうわけか、真鍮の剣だけは残っていたの。わたしは大人になって、黒魔術のある術を身につけた。そして、その真鍮の剣に呪文をかけると、その剣がわたしを実の妹のところに、導いてくれたの。それはハロハロ学園の校門のすぐそばにある古道具屋よ。そこのショーウィンドーに妹の鎧は飾ってあったのよ」
「先生、あの店ですか」
石川もその店を知っていた。
「あの気味の悪い、店主のいるところ」
「そうよ、小川さん。店の店主にわたしは訊いたのよ。その店主がわたしの家から妹を鎧と一緒に買っていった男だったのよ。でも、妹はいなかった」
「あの店主が殺したのよ、きっと」
安倍先生も口を揃えた。
「それは、わたしには判断出来なかったの、鎧を買っていったときには、妹は入っていなかったと、あの店主は言ったのよ。そして、その鎧と同時にわたしの家から買っていったものが、これよ」
そう言ってはるら先生は自分の膝の上に置いてある古色蒼然としたカメラをさししめした。
「その男はカメラもわたしの家から買って行ったと言ったわ、でも、売り払ったと」
「どこに売り払ったんですか」
そう言ってつんくパパは柿の種をぼりぼりと囓った。
「それを買ったのが、ハロハロ学園の理事長クストー博士のおいで、生物担当のコ・クストー博士だったの。それまではわたしはハロハロ学園なんていう学園があるなんて知らなかったわ。わたしは例の生物準備室にコ・クストー博士を訪ねた。そこに、このカメラを抱いたコ・クストー博士が座っていたの」
「ハロハロ学園には、そんな先生もいたんですか」
保健室の安倍にとっても意外な話だった。
「そう、コ・クストー博士は言ったわ、あなたは黒魔術をすべて身につけましたかって。だから、妹を捜すために黒魔術を勉強したと答えたのよ。すると、その、コ・クストー博士は言ったわ。ずっと、長いこと、あなたを待っていたわって。そして、今日からあなたはハロハロ学園の生物を担当してもらうって。そして、そのカメラでわたしの姿を映したの、すると、わたしと同じ、もうひとりのわたしがその場に現れたのよ。その双子の成人したわたしはわたしに向かって微笑んだ。そして言ったのよ。あなたが妹だと思っていたのは、この不思議カメラで映した幻だよってね、そして、コ・クストー博士は姿を霧のようにして消えた。そして、出席簿にも名札にもコ・クストー博士に代わって、井川はるらの名前に変わっていたのよ」
「不思議だ」
「不思議だわね」
「でも、ハロハロ学園らしい」
そこへ、王警部がまみりをつれてやって来た。「みんな、何を話しているんですか」
「井川はるら先生の身の上話を聞いたんですよ」
つんくパパは目を丸くして王警部の顔を見上げた。
「パパ、はるら先生にお酒を飲ませちゃだめなり」
「まみり、パパは公明正大だ、はるら先生にお酒なんて、飲ませていないぞ」
「まみり、でも、わたしに飲ませたわよ」
自分で勝手に酒を飲んだ、石川が抗議した。
「そんなことより、王警部、石川県に着いたら、どこに泊まるんですか」
はるら先生のハロハロ学園就任の裏話で盛り上がっているところにやって来た飯田が訊くと、王警部は顔を上げた。
「石川県の日本海側に押水というところがあるんだけど、そこにほとんど使っていない葬儀場があるんだ。飯も温泉もある。そこが宿だよ」
「ええええ」
「ええええ」
「えええ。葬儀場に泊まるんですか」
一斉にブーイングが起こった。
「飯も温泉もついているって言っているだろう。蟹雑炊もついているぞ。蟹も食い放題。温泉は白鳥風呂だ」
「そもそも、白鳥風呂って、なんだよ」
列車の中の馬鹿組のほぼ全員、そして父兄からもブーイングの嵐が起こった。実質的には死刑を待っているに等しい、新垣や、くーちゃん、ほーちゃんも文句を言った。ただ、満足そうに微笑んでいるのは、剣聖紺野さん、ただひとりだった。紺野さんは何がうれしいのか、ひとり、宝刀を抱きながら、にやにやしている。
「これもクストー理事長の決定だ」
王警部は叫んだ。
 列車は昼の一時頃、金沢に着いた。夜まではだいぶ時間があったので、馬鹿組の連中は兼六園を見学した。
 兼六園、日本三名園の一つである。裏京都とも言われる城下町金沢の雅な回遊式庭園である。前田公が開園して、池、灯籠、桜、松などを巧みに配している。
 日系二世、新庄芋はさかんにビューティフル、ブラボーを連呼しているが、それは横にいる探偵高橋愛を意識して言っているのかも知れない。新庄芋は本当に高橋愛と結婚するつもりかも知れない。お金を払うとお茶を飲ませる、抹茶だが、ところがあって、徳光ぶす夫はそれにひどく興味を持っていて、くーちゃん、ほーちゃんをつれてお手前を楽しんでいたが、ほーちゃん、くーちゃんも満足しているようだった。飯田や辻、加護、保田、小川たちは池の前でうんこ座りをして、池の鯉を見ながら小石を池に投げ込んで、管理人に注意されていた。庭園の一郭に秘宝館があって、銘刀が飾られているらしい。紺野さんと藤本はその銘刀を見に行った。まみりはここを何度もゴジラ松井くんは尋ねたのかも知れないと思うと感慨もひとしおだつた。
 それから自由時間になり、みんな金沢の町にてんでんばらばらに放たれたが、王警部は、井川はるら先生と安倍なつみ先生を誘った。「はるら先生、列車の中で旅行案内を見たんですよ。金沢で有名なラーメン屋があるそうなんです。安倍先生も行きませんか。矢口のつんくパパも」
「パパも行くなら、まみりも行くなり」
「まみりが行くなら、わたしも行く」
生涯の敵、石川もついて来た。そして、
石川の弟もついて来たのである。
石川の特殊な才能によって、石川と石川の弟のラーメン代は王警部が出すことになった。王警部の連れて行ったラーメン屋は金沢の街の大通りにあって、前は日本料理屋をやっていたそうである。少し高級な感じがした。個室があって、まみりたちはその中に通された。はるら先生たちがラーメンを啜っていると、吉澤があわてふためいて入って来た。
「はるら先生、大変です。大変なことになっています」
まみりはあわててチャーシューを飲み込みそうになった。
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「なによ、突然に、ラーメンを飲み込みそうになっちゃうじゃないの。吉澤さん」
実際、井川はるら先生はむせかえりそうになり、あわてて、コップの中の水を飲み込むと少し、咳き込んで、吉澤の方を見上げた。テーブルを囲んでいる、まみりや石川もあわてふためいている吉澤の顔をじっと見つめていたが、石川の弟だけは貧乏人が久しぶりに食物にありついたように黙々とラーメンを喰っていた。
「村野先生も向かっています」
「どこに向かっているのよ。吉澤さん」
安倍なつみ先生も額から汗を吹き出し、息を切らしている吉澤がなにを言っているのか、よくわからなかった。
「だから、飯田たち不良グループが地元の不良高校の連中に、何校もやって来ているみたいなんですが、囲まれているんですよ」
「そりゃ、大変だ」
王警部はそう言ったが、もちろん別の意味がある。
「金沢市民公会堂の前の大きな道ですよ」
「よし」
「行くなり」
井川はるら先生たちは椅子を勢いよく引くと立ち上がった。石川の弟だけはまだラーメンをずるずると喰っている。
「あなたも来るのよ。いつまでもラーメンを啜っているのよ」
石川はそれから、また、わけのわからない事を言った。
「一宿一飯の恩義という言葉があるでしょう」
石川は弟の手を引っ張ったが弟は小池さんのようにまだラーメンの丼を抱えていた。
みんなが外に出ると、村野武則先生が金沢の街の商店街の中を走っている。
「こっちですよ。こっちですよ」
つんくパパの走っている姿は金髪の頭髪で上着は銀ラメという一般人から見たら、正体不明な人物らしく、異様だった。まみりもある心配を持っていた。
囲まれている中に剣聖紺野さんが入っていないかということである。その中に剣聖紺野さんが入っていたら大変なことになる。
「まだ、だいぶ、あるのか、吉澤」
「もう、すぐですよ。村野先生」
村野武則先生は大部、息を切らしている。
「そもそも、原因はなんなんだ」
「バス乗り場で地元の高校生たちが礼儀正しく並んで乗り込もうとしていたら、飯田たちが無理に割り込もうとしたんですよ」
吉澤も息を切らしていた。
「小川が二、三人を投げ飛ばして、加護がヨーヨーでぽかりとやったんです」
「じゃあ、まるっきり、うちの方が悪いじゃないか」
「そしたら、殴られた高校生たちがそれぞれの高校の番長グループを呼びに行ったんですよ。だから複数の高校の不良たちが集結して、飯田たちを取り囲んでいるみたいですよ」
「ちぇっ」
村野先生は舌打ちをした。飯田たち不良グループを連れて来るなら、当然、こんなことは考慮しておかなければならなかったのに。
飯田たちはいつも外につれて行くとこんな不祥事を繰り返す。
前にもこんなことがあった。だからあいつらを繁華街につれて行くのは嫌なんだよ。つい最近も横浜に連れて行ったとき、同じようなことがあった。それをたまたま地元のテレビ局が取り上げて、本人たちは英雄気取りになっているんだからな、あのテレビ局の名前は何だっけ、そうだ、横浜太陽テレビって言ったけ、村野先生はますます苦々しい気持になった。ただ、祈るのは、剣聖紺野さんがその中にいないことだけである。
「あそこじゃ、ないですか」
王警部が人混みでごたごたしている場所を指さした。遠くから見ても、そこは人混みでごちゃごちゃと、まるで歩行者天国の中で、日本で一番人気のあるバンドが演奏しているようだった。
 その場所では交通標識の信号機だけがその集まりの上に姿を現している。人だかりがしている前にあるのが金沢市民公会堂らしい。その人だかりの輪の中にハロハロ学園の不良グループがいるらしい。そのやじうまの輪の一番、外側のところで無責任に中の様子を見ようと立っている四人がいる。その中の一番大人らしいのが振り向くと、徳光ぶす夫ではないか。徳光ぶす夫は夕方の散歩に自分の子供を連れている団地住まいのパパのようにくーちゃんやほーちゃん、そして新垣の手をつないでいた。
「徳光さん」
井川はるら先生が声をかけると、つぎつぎと芋の子のようにこっちを向いた。
「剣聖紺野さんは中にいますか」
「えっ、ハロハロ学園の生徒が中にいるんですか」
徳光ぶす夫はそんなことも知らないようだった。どうやら、地元の不良高校の複数の生徒たち、数百人に囲まれているらしい。その外側をさらにやじうまが取り囲んでいる。
「ああ、こんなときに、ゴジラ松井くんがいてくれたら、双方が丸く収まるなり」
まみりがそう思うと横にいる邪恋女、石川も祈りを捧げている。まみりの心にめらめらと怒りがこみ上げて来た。
「この見境のない女、石川、誰がいればいいと思っているのだなり」
「誰だって、いいでしょう」
石川の頭の中にあるのはゴジラ松井くんに決まっているなり、
「ふん」
「ふん」
王警部と村野先生は人垣を押し分けて、中に入ろうとした。
「おい、入れろ、関係者だ」
「うるさい」
「黙れ」
罵声と怒声でこの場は騒然としていた。
「入るなり」
まみりは四つん這いになると、人の足のあいだを抜けて、その中に入って行った。
飯田、保田、加護、辻、不良グループたちが円陣を組んで、地元の不良たちと向かい合っている。そしてなぜだか、わからないが藤本までいる。それに加えてダンデスピーク矢口までいるではないか。そしてダンデスピーク矢口はひどく好戦的になっていて、何かわめいている。気がつくと横にただ食い女石川がいた。
「まみりの家の猿まで参加しているじゃない。はちまきまでしているじゃないの。猿のくせに何をわめいているのかしら、でも、言葉の話せる猿って、はじめて見たわ。それにしても、あの声、どっかで聞いたことがある」
でも、石川はどこでその声を聞いたのか、どうしても思い出せなかった。
そして、いた、いた。その円陣と地元の不良たちのあいだのところに剣聖紺野さんが背中に負った剣のつかに手をかけながら、あたりを睥睨している。まみりはやばいと思った。剣聖紺野さんに剣を抜かせたら大変なことになる。死人が出る。それも半端な人数ではない。全員が紺野さんに斬り殺されてしまうかも知れない。
「紺野さん、だめなり。剣を抜いたら」
まみりは叫んだ。
そのとき、パトカーのサイレンが鳴り響き、消防自動車まで、やって来た。
「君たち、交通の妨害となっています。ただちに解散したまえ」
パトカーの中にいる警官が十数人、降りて来てその集団を分け始めた。実は徳光ぶす夫が手をつないでいた、くーちゃんが街路灯のところにあった緊急非常ボタンを押したのだった。
 そのあと、村野先生も安倍なつみ先生も井川はるら先生も警察署に呼ばれると厳重注意を受けた。もちろん、飯田たち、不良グループたちもである。そのあいだじゅう、剣聖紺野さんは警察署のビルの中で窓のさんのところに横座りして草笛を吹いていた。その姿を金沢の夕日が照らした。
さんざんしぼられて警察署を出た一行だった。出るとき、もう騒ぎを起こしませんという誓約書を書かされた。
 「ここだわ、ここだわ」
みんなの先頭の方を歩いていた石川が小さな畑みたいなところを抜けて行った向こうに、焼き場の煙突がひときわ高く、すっくりと立っているのを発見して言った。エベレストの登坂隊員みたいな集団がたどり着いた宿は焼き場というよりも、ふるさと創生資金の使い道も考え付かなかったので、とりあえず、地方美術館でも作ってみようかと言って作ったような建物だった。
「おう、よし、よし」
その建物の入り口のあたりに、巨大な幌を被された荷物がある。それが確かにあることを確認して王警部は満足そうに呟いた。もちろん、その幌で包まれた中にはスーパーロボが横たわっている。
「まみり、いたわね、いたわね」
恋敵石川は自分の目論見も覚られずに、その大きな荷物を見ながら、まみりの方を見た。しかし、飯田や保田なんかの不良グループはそんなスーパーロボなんかに興味はない、列の後ろの方をやって来て、さかんに腹、減ったなんて、繰り返している。
「ここも、クストー理事長が手配したのですか」
つんくパパが横を歩いている井川はるら先生に尋ねたが、代わりに王警部が答えた。
「そうですよ。ここもクストー博士が手配したのです」
「おーい、飯田、お前達、早く、来い。どこまで、俺達に迷惑をかけるんだーーー」
村野先生がそう言うと、後ろの方を歩いている不良グループたちはぶつぶつと文句を言った。
「うるせぇ、先公」
剣聖紺野さんは剣の道を究めるために上洛した武士のように、あたりを見回している。
まみりがダンデスピーク矢口の手を引っ張って歩いているように、徳光ぶす夫はほーちゃんや、くーちゃん、そして神官新垣と横一列に手をつないで歩いていた。不良たちがまだ、入り口につかないあいだに、村野先生たちはこの葬儀場の入り口に達していた。
旅館みたいに大きな玄関に立つと、村野先生は大きな声で来意を告げた。
「ハロハロ学園、三年馬鹿組です。今、到着しました。誰か、いませんか」
すると磨き上げた檜の床の奥の方から、和服を着た三人の女たちが出て来た。三人は横に一列に並ぶと、ふるさと怪奇館の自然に髪の伸びる人形のように挨拶をする。
「今度、ハロハロ学園のみなさんのお世話をすることになりました。亀井えり、百十七さい、道重さゆみ、百十六才、田中れいな、百十五才」
聞かれもしないのに自分たちの年齢まで宣言すると蛇女のように気味悪くまみりたちの方を見つめたのでまみりのみならず石川まで気味悪く感じた。
「あーあ、大変だった。大変だった。まったく、変な生徒たちをつれていると大変ですよ。夕飯の用意は出来ていますでしょうか、思わない騒動があって、疲れてしまいましたよ。うちの学園は女子高なんで、生徒たちはみんな同じ部屋でいいと思うんですが」村野先生が亀井えりたちと話していると、不良グループたちも玄関に到着した。
「じゃあ、こちらの田中れいな百十五才が案内します。いいわね、田中れいな百十五才」
「じゃあ、こっちに来てくださる、みなさんのお部屋のお世話をする、田中れいな百十五才、おばあちゃんです」
「お世話になりまーす」
一斉に声が上がって、馬鹿組の生徒たちは下駄箱に靴を入れると、玄関のスリッパに履き替えた。このときばかりは玄関に美しい花が咲き誇ったような華やかさがあった。
「まみり、不思議ね、見た目はわたしたちよりも若いように見えるのに百十五才だなんて、どうしたわけがあるのかしら」
ぞろぞろと田中れいな百十五才のあとをついて階段を上がって行くと、急に視界が広がって、階段を登りきったところで、広い階段が広がっていて、片側は大きな窓ガラスのついた外に面しており、また、片側は白い障子の部屋が三つ、並んでいる。田中れいな百十五才は廊下の途中で振り返ると、偉そうに宣言した。
「あなたとあなたは、ここ、あなたはここ」
それぞれの部屋を割り振った。
まみりはプロのボッケー選手のように持っていた荷物を畳みの上に投げ出した。石川も荷物を畳みの上に投げ出した。そしてもうひとりの同室者は吉澤だった。吉澤は畳の上に足を伸ばすと、屈伸運動をしている。
「あああ、疲れた」
吉澤が手を伸ばしてあくびをしたので、まみりもあくびをした。そして、部屋の奥の方を見ると、誰かの影が見える。
「男が入っているなり、男が入っているなり」
まみりは喚いた。すると、情けない顔をして、石川にそっくりな顔をした小学生がこっちを向いた。
「田中れいな百十五才がこの部屋で寝ろって言ったんだよ」
とずぶ濡れになった子犬のような目をしてまみりの方を向いた。
すると、石川梨佳は弟のところに行くと弟を抱きしめた。
「田中れいな百十五才がこの部屋で寝るように言ったのよ、まみり、弟を追い出すなら、わたしもこの部屋を出て行く」
「小学生でも、男がいるのはいやなり、吉澤もそう思うなりか」
「そうよ、そうよ」
「お姉ちゃん、じゃあ、僕、押入で寝るよ。いつものように炊事洗濯が出来る道具を僕は持って来ているからね」
「まみり、それでいいでしょう」
「どうするなり、吉澤」
「まあ、小学生だから、いいか」
「矢口さん、僕、ずっと矢口さんに憧れていたんだよ。矢口さんは僕の憧れの人ですよ」
石川の弟は矢口にごまをすった。
「隣のへやには誰がいるなりか」
「飯田、加護、辻、保田がいるみたいだよ」「なに、しているか、見たいなり」
「まみり、覗いてみる」
「わたしも覗いてみたい」
石川県の地図を広げて社会科の勉強を続けている石川の弟を残して、三人がとなりの部屋の不良グループの部屋を覗いて、障子を開けると、飯田ががんたれた。
「矢口、そこ、閉めろよ、先公に見られるだろう」
不良たちはそこで車座になるとトランプをしていた。四人は四人ともあぐらをかいている。
そしてカードのつきがまわってくると立て膝をつく。まみりは隣の部屋の冷蔵庫はどうなっているかと思い、冷蔵庫のドアを開けてみようとしたが、思ったとおり、その小型の冷蔵庫のドアには鍵がかかっていた。
「ああ、腹、減ったな」
保田が向こうずねをぽりぽりかきながら言った。
「下の調理室があっただろう、ハムか、なんか、入ってねえのか、辻と加護、ちょろまかして来いよ」
飯田が不良の親分らしく言うと、辻と加護は階段を下りて下へ行く、まみりが少し不安気な表情をしていると、
「お前達の分も持って来るから心配すんなって」と言って、トランプの札を畳の上に投げた。
しばらくすると、なによ、なによ、と甲高い声が何十回も繰り返し階下の方から海の底からわき起こる海底温泉のように、聞こえてきて、それから障子が急に開いて、そこに田中れいな百十五才が立っている。両手で辻と加護の耳を引っ張っている。
「おなかがすいただって、おなかがすいただって、情けないねぇ、あんたたちは。おばあちゃんは梅干しとご飯があれば、いくらだって、生きていけるんだから」
辻と加護は部屋の中に入った。田中れいな百十五才の後ろには道重さゆみ百十六才が立っている。道重さゆみは大皿に海苔の巻いたおにぎりを山盛りにして持って来た。そのおにぎりを見ると部屋の中のみんなはそれにかぶりついた。
まみりもそのおにぎりにかぶりついていたが、その隣の部屋がどうなっているかというのも疑問として残った。部屋に残って、みんながおにぎりを食べているのを見ている、道重さゆみ百十六才と田中れいな百十五才に、隣の部屋はどうなっているのかと訊くと、
「もう、おにぎりを差し入れているから心配はないわよ」
と言った。
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第25回
ハロハロ学園の裏山の笹の茂みの影で不良たちがつるんでいると、見たことのある影が裏山の木の杭で出来た階段を上がって行く姿が見えた。
「オヤピン、あれは矢口の使い走りの石川じゃないあるか」 
「そうだ、石川だ。何、あんなところを上がったり下がったりしているのじゃろう、オヤピン。さっきから、ずっと、あそこを上がったり、下がったりしているだべ」
「あの階段を上がったところには神社があるべ」
「あの神社かい。何でも、お百度参りをすれば願いがかなうなんて言っているけどな、あんなのは作り話に決まっているさ、あんなぼろ神社」
飯田かおりが笹の葉を引っ張った。
「でも、もう貧乏石川は一週間もお百度参りを繰り返しているって言いますぜ、オヤピン」
「あの、バカのやりそうなことだよ。きっと、金を拾えますようになんて願をかけているんだろう。あのバカのやりそうなことだぜ」
「オヤピン、それにしてもゴジラ松井くんはどこに行っちゃったんでしょうね。あたいなんか、ゴジラ松井くん目当てでハロハロ学園に来ていたんですからね」
「まあ、いいさ、ゴジラ松井くんがいなくなって、矢口まみりとつき合う芽がなくなったってことだからな。ゴジラ松井くんはみんなのものだからよ」
飯田かおりは不良らしく笹の葉を唇で挟んだ。
「オヤピン、石川もゴジラ松井くんが好きだったみたいですよ」
「どうして、そんなことがわかるんだよ。石川は矢口の使い走りでゴジラ松井くんにまみりのラブレターなんかを渡していたりしていたじゃないかよ」
「それがですね。オヤピン、本当はゴジラ松井くんと話したくて、まみりをだしに使っていたんですぜ、オヤピン。それが証拠に石川の筆箱の裏にはゴジラ松井くんと石川の相合い傘を自分で彫っていたらしいですせ」
「きっと、自分を矢口と同一視してゴジラ松井くんとつき合っていた気になっていたんだね。俺達もそんな石川を笑うことは出来ないけどな、あははははは」
飯田かおりが乾いた笑い声を立てた。
悲恋石川は自分のお百度参りを不良たちが見ているということは全く知らなかった。
 椎の木に覆われた手作りの参道を登って行くと半ば壊れた神社がある。そこには神主も住んでいなくて鬱蒼とした森の木に覆われている。最近、浮浪者がここで寝泊まりしていたのか、ペンキで落書きが書かれたトタン板が木に立てかけられていて、その下に落ち葉を集めて燃やした後がある。こんなところに来る人間は誰もいなかった。神社の背後はどうしたものか、火山岩の大きな塊になっていてそこを掘ったようになっていて、そこに神殿が立てられていた。神殿の奥の方は伺い知ることは出来ないが荒れ果てているようだった。そこからカラス天狗が出て来てもおかしくないような妖気が感じられる。
 「きっと神様は私の願いを聞き届けてくださるに違いない」
悲恋石川は固く、そう信じていた。
生物の授業が終わったとき、早めに教室から出て来た石川梨佳は黒魔術師井川はるら先生を待っていた。教室の前の扉が開き、出席簿を胸に抱いた井川はるら先生が出て来た。
「石川さん、いつも、まみりちゃんと一緒のはずなのに、今日はひとりなの」
「先生、先生に相談したいことがあるんです」
「なんですか。まさか、世界征服の方法を教えてくれというわけではないでしょう」
井川はるら先生がそう言って笑うと、はるら先生の肩の上から見たこともない生物が顔を出してけたけたと笑って、すぐ引っ込んだ。「先生、そんなものじゃありません」
石川梨佳の瞳は真剣味を帯びている。
「わかったわ。生物準備室で話を聞きましょう」
はるら先生は白い実験着のすそをひらめかして廊下をさきに歩いた。
前に来たときと同様に生物準備室の天井からは山羊の首や髑髏がぶら下がっている。ふたつ並んでいる大きな机の中に入っている田舎の診療所にあるような椅子の一つを引くとそのくすんだ青いモールの布張りの上に腰をおろすように勧め、はるら先生自身も座った。
「先生は黒魔術を使って何でも出来るんでしょう」
はるら先生はじっと石川の方を見つめた。
「好きな人がいるんです」
石川はぽつりと言った。
「その人を誰にも渡したくない」
石川の瞳はうるうると潤んだ。
「その人が誰だか、私は聞かない、でも、あなたがどのくらいの思いでいるかということよ。わかる、梨佳ちゃん」
「その人のためなら、わたし、死ねます」
石川梨佳ははるら先生の顔を見上げた。
「あなたの願いは叶うわ。ハロハロ学園の裏山に朽ち果てた神社があるじゃない。あそこに七日間お百度参りをするのよ。きっとあなたの願いは叶うわ」
石川梨佳は黒魔術の大家、はるら先生の言葉を信じて、七日間お百度参りを続けている。今日がその七日目である。もちろん、その様子をハロハロ学園の不良グループたちが見ていることは知らない。
 神殿の前に立つと石川は目をつぶり、手を合わせた。
「神様、お願いです。スーパーロボの弱点を教えて下さい。スーパーロボが出動することになればゴジラ松井くんは王警部に逮捕されることになるでしょう。そして、ゴジラ松井くんは矢口と結婚してしまいます。わたしが初めて好きになった人・・・・・・・」
石川梨佳の頭の中にはあの人間離れしたゴジラ松井くんの姿が思い浮かんだ。
貧乏石川は男を好きになったことがなかった。自分にはそんな資格がないと思っていた。毎晩、飲んだくれて男をつれて帰ってくる母親、その男というのも、石川の母親がキャバレーからくわえ込んでくる男だった。
石川と石川の弟が別の部屋で寒さにかじかんでいると、障子を隔てた向こうで男と女のあえぎ声が聞こえ、建て付けの悪い家具がぐらぐらと揺れた。そして夜が明ける前に男は出て行く、男は母親に金を渡しているようだった。
 だからハロハロ学園に初めて来たとき、ひときわ一頭地飛び抜けて背の高い、ゴジラ松井くんの颯爽とした姿を見たときは演歌のハイセイコー藤正樹を初めて見たときのような衝撃を覚えた。
 スポーツ万能、百人力の怪力、二百人分のカレーライスをペロリと平らげる姿、すべて石川の憧れだった。
 そのときから梨佳はゴジラ松井くんをお慕い申し上げていたのです。たんなる、あなたはわたしの憧れに過ぎませんでした。でも、あのことがあってから。
 石川の心の中にはあのときの感動が再び戻ってきた。
 全ての授業が終わってから、三年馬鹿組に担任の村野孝則先生がひょっこりと顔を表した。教室の入り口のところで、石川を呼んだ。
「石川、こっちに来い、ちょつと用があるから」
馬鹿組の連中は帰る支度を初めていたときだった。教室のみんながひそひそと囁いた。
「きっと、家庭の事情というやつだろう」
石川は恥ずかしくて耳が赤くなった。もちろん、すべての教室の連中が知っていたわけではない。家庭の事情なんていうことを知るには子供のようなクラスメートもいる。案の条、職員室に行くと、事務の先生も待っていて、
その話の内容は今度の遠足費を分割で払うかどうかという問題だった。石川は職員室を出るとき、誰かが笑っているような気がしたが、遠足に行ったときにはそのことは忘れて、すっかりと楽しんでいた。しかし、お昼の時間になって、自分は弁当を忘れていたことに気づいた。馬鹿組の連中は豪勢な弁当を広げていたが、石川は下を向いてうつむいたままだった。そのとき、うしろから、急に肩を叩かれるとそこにゴジラ松井くんが立っていた。ゴジラ松井くんは透明なパックの中におにぎりがたくさん入っているのを抱えている。それは先生やバスの運転手やバスガイドさんたちの昼食用で、それを持って来たらしい。
「きみと食べようと思って」
ゴジラ松井くんは微笑んだ。ゴジラ松井くんは石川をつれて馬鹿組から離れた河原にある大きな木の根方でふたり並んで白い塩味だけのおにぎりを頬張ったのである。横にはたくあんが三切れしかついていない、大きな塩むすびをである。ゴジラ松井くん、梨佳はあなたの優しさに凍り付いた心を溶かされたのです。そのときから梨佳はあなたが単なる憧れの人だけではなくなりました・・・・。
ゴジラ松井くん。
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「神様、神様、ゴジラ松井くんを誰にも渡したくありません。ゴジラ松井くんの赤ちゃんはわたしが生みます。このまま行けば、ゴジラ松井くんはスーパーロボットに逮捕されて、そして矢口と結婚してしまいます。神さま、ゴジラ松井くんはわたしの運命の人です。スーパーロボの弱点をスーパーロボの弱点を、そうしたら、この場で雷に打たれて、命を絶たれても文句はありません」
石川は手を合わせて神様にお願いをした。するとどこからか笛の音が聞こえ、おごそかな雰囲気があたりに漂い、まるで時代が古代に戻ったようになり、霊的な霧があたりを包んで、笛の音につれて雅楽の調べが流れ始めた。
「どうしたの」
霧に包まれてはっきりとは見えなくなっているあたりを見回した。
すると朽ちた神殿の奥の方から出涸らしのお茶みたいな衣装に全体を覆われた小柄な得体の知れない人物が現れた。そのねずみ男のような衣装に包まれて、その顔は見えなかった。「あなたは神様ですか」
神殿の中から現れたその人物に向かって恋に燃える女、石川は尋ねた。
「神ではないが、そのようなものだ」
声はしわがれている。
「黒魔術のはるら先生に教えられて、やって来ました」
石川はまだ手を合わせていた。
「お前の言いたいことはわかる。スーパーロボの弱点を教えろということじゃろう」
「そうでございます。神様」
「しかし、石川、スーパーロボが稼動しなければ、ゴジラ松井を逮捕することは出来ない。したがって、矢口まみりとゴジラ松井の結婚はなくなる。矢口まみりは、石川、お前の友達ではなかったのかな」
すると石川梨佳は苦しげな表情をしたが、はっきりと、また、顔を上げた。
「貧乏人だって、一生に一度は運命の恋に身を焼いても、天はお許しになるでしょう。わたしは自分を偽っていました。いつも、まみりの使い走りをして、自分の本当の気持ち、ゴジラ松井くんに対する気持を隠して生きていたのです」
神さまは衣装で顔が見えなかったが、無言だった。
「しかし、その恋、すべてを犠牲にしても投げ出す価値があるのかな」
「石川はその気持でここに来たのです」
そしてその顔のわからない神様はいやらしく、石川の身体をなめまわすように見つめた。
「わしは神の国で連れ合いが亡くなって、どのくらいの月日が経ったかわからない、ただではスーパーロボの秘密を教えることは出来ない、一体、お前はわしに何をくれるのかな」その言葉の意味は恋に燃える女、石川にもわかった。
「そのくらいの覚悟は出来ています」
石川はそう言って目をつぶった。
神殿の朽ちた階段をみしみしいわせて、神様が自分の方に降りてくることを石川は感じていたが、目をつぶっていたので何も見えなかった。そして神さまは自分の前に立っている。神様の腕が伸びてくるのを感じた。神様の手は石川の上着に触れた。神様は石川の着ているカーディガンを脱がせようとしているらしい。石川は身体を支えている力を抜き、だらりと下に腕を下げると、神様はカーディガンを下におろした。腕に絡んでいる袖が手首まで下りた。
ああ、わたしはゴジラ松井くんのために神様にこの身を捧げてしまうんだわ。
 と思うと、何かが飛ぶ気配がして神殿の中に着地する音がする。そして、からからと笑い声が起こった。
「ふはははははは、結構、結構、石川梨佳、お前の決心はよくわかった」
やられそうになった女、石川梨佳は目を開けると、神殿の上手の方に神様が立って大声を上げて笑っている。
「石川梨佳、スーパーロボの弱点を教えてやろう。ほかの部分は壊れてもすぐ修理をすることが出来るが、首のところに小さな穴がある、そこにスーパーロボのエネルギーを潤滑させる装置がある、そこを壊すとスーパーロボは二ヶ月は修理不能だろう。しかし、スーパーロボの外壁は地上のあらゆる工作機械を持ってしても穴を開けることは不可能だ。あとは自分で解決しろ。あははははは」
神様は高らかに笑いながら光の渦となって天上に昇って行き、見えなくなった。
 ハロハロ学園の向かいにあるファミリーレストランで三年馬鹿組の不良たちがたむろしていると、少し離れた席で見たことのある目のぎょろりとした男が静かにコーヒーを飲んでいる。保田がまっさきにそれを見つけた。
「見て、見て、桜田門が来ているよ」
その声が聞こえたのか、その男は不良たちの方を見るとぎろりと睨んだ。
「ばか、保田、聞こえるだろう」
リーダーの飯田が叱責した。
「それより、あのウェーター、ちょっぴり、可愛くない」
とろんとした目をして小川が最近、入ったウェーターを見つめた。不良たちはいつも男を狙っていた。ウェーターは蝶ネクタイを直しながら、不良たちの視線に気づいたようでちらりと彼女たちを見た。
「あっ、あいつ、気づいているよ。からかってやろうか」
不良たちの中でこそこそ笑いが起きた。
「でも、ちょっと見たことあるような顔だな」
「勘違いだよ、オヤピン」
剣聖紺野さんだけは不良たちの後ろの席で宝刀、紀伊白浜丸を抱きながら、居酒屋で買った一升どっくりをテーブルの上に置きながら、手しゃくで、ひとりちびちびとやっていた。それを見た、このファミリーレストランの店長が
「飲食の持ち込みは困るんですけど」というと一閃、刀を払って、店長のもみあげ三本と胸につけていたネームバッジに一筋あびせると、店長は何も感じなかったのに、スローモーションフィルムを見るように、それらの物がゆっくりと床の上に落ちて行った。店長は恐怖に歯がガタガタと揺れて何も言えなかった。
ファミレスの入り口の方から入り口のドアについている呼び鈴が鳴って、大きなショルダーバッグを肩にかけて矢口まみりが入ってきた。そのことに気づいた不良たちは一斉にまみりの方を見たがまみりはあっかんべーをして返した。
 奥の方に座っていた王警部が手を挙げると、まみりを呼んだ。
「まみりちゃん、こっち、こっち」
「はーーーい」
その様子を見て、飯田が、なんか、すっごく、むかっくと言うと、剣聖紺野さんの剣がふたたび一閃、光って、空中を飛んでいる蠅をまつぷたっにして落ちて来た。
「王警部、待ったかなり」
まみりは座席の上に大きなボストンバッグを投げ出した。
そこへ例のウエーターがやって来てまみりの前にコーヒーを置いた。
「まみりちゃん、今日はいい知らせだ」
「何だなり、王警部」
「隠密怪獣王を逮捕出来る」
「ええっ」
「あいつは、きっと来る」
「どういうことなり、まみりはよくわからないなり」
「隠密怪獣王の餌を手に入れたんだよ」
「餌」
「そう、餌。つまり、超古代マヤの神官たちさ、きみのかっての同級生の新垣も含まれる。隠密怪獣王はきっとあいつらを取り戻しにくる。実はあの三匹を宇宙に追放することが決まった」
「ええっ」
まみりはあまりの突然のことに、声も出なかった。
「あの三匹は日本の重要機密として、警視庁の秘密地下フロアーに収監されていたが、小泉総理と石原都知事があの三匹を御覧になった。そして、あの三匹の凶暴性と危険性を認識されたようだ。あの三匹は地球を滅ぼす。直接、断を下された。あの三匹は、現在、石川県にあるゴジラ松井記念館の横に建設中の火星探査無人ロケットの燃料タンクをひとつはずして、そこに乗せて宇宙に追放することが決まった。発射日時も決まっている、ゴジラ松井記念館は、まみりちゃんも知っているとおり、海のそばにある、あの海底生物が上陸するのはもっともなことだ。あの三匹をロケットに乗せたとき、スーパーロボで隠密怪獣王をつかまえればいい、そうして、隠密怪獣王は罪に服すのだ。そしてまみりちゃんと結婚する」
まみりはテーブルの上にずり上がってくると王警部のあの何百万回とバットを降った手を握った。
「ありがとうなり、ありがとうなり、王警部、これでゴジラ松井くんは晴れてまみりと結婚出来るなり」
「実はロケットを打ち上げる日も決まっているんだ。十月十五日だよ」
王警部と矢口まみりがその話をしているあいだ、ずっとあのウェーターは王警部の後ろの開いている席に座ってナプキンを折っていた。話が終わるとウエーターは立ち上がり、厨房の中を通って、休憩するといい、レストランの裏手の駐車場に出た。あたりは薄暗がりで、人の顔もそばに行かなければよく見えない。そこにひとりの女が立っていた。
「姉ちゃん、聞いてきたよ。聞いてきたよ。十月十五日、その日にゴジラ松井捕獲のための大捕物が行われるんだって」
「梨佳夫、ありがとう。わたしもスーパーロボの破壊法がわかったのよ」
「姉ちゃん、姉ちゃんには苦労をかけたからね。姉ちゃんには幸福になってもらいたいんだ。この恋、成就してね」
「梨佳夫、ありがとう」
石川梨佳の瞳はもう濡れることはなかった、力強く夕闇の空を見上げたのである。
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 ハロハロ学園の北の方に鉄道の車両基地があり、その背後には灰色のなだらかな山が控えている。その鉄道基地がある関係からだろうか、その地域には大きな発電所があり、巨大な送電線が一本、その発電所の中心になるところに立っていて雷雨があると、その送電線のてっぺんに雷が落ちて、七色の虹のような火花が鉄塔のてっぺんから渦巻き状に発射される。
 その発電所の隣にスレート屋根の巨大な工場があって、屋根の真ん中から発電所の太い送電線が引き込まれている。そして工場のまわりは三メートルもある大きな壁で囲まれていて、出入り口は壁の真ん中ぐらいの高さの位置にあって、中世の城が城門が開いて中に出入りできるように、その出入り口が前に面している道路に橋が渡されて出入できるようになっていた。
 ここが鋳物で巨大な客船を作るという計画に使用されていたことはかって週刊誌で暴露されたことがある。しかし、その計画も頓挫して、知らない機関で管理されていたが、そこに何も変化はないようだった。しかし、最近、この廃棄されたような工場で変化があった。自動小銃を持った兵士のような人間が工場の中をうろうろしていることである。しかし、外部の人間はこの中に入ることが出来ないので、誰もこのことを知らなかった。
 最近、井川はるら先生が石川梨佳に語ったように、ここに巨大なスーパーロボが仰向けに保管されているのである。
 夜の十時、あたりには誰も人影がいない大きな産業道路を横に入った小道でこの工場の高い壁に面して、ふたりの兄弟がその巨大な壁を見上げている。
「姉ちゃん、ここだね」
「ここだよ。梨佳夫」
ふたりの兄弟はまるで鱗のない蜥蜴のような、黒いエナメルのスーツを着ている。
「どうやって入る、姉ちゃん」
「あの送電線を使って中に入るのよ」
「十万ボルトの高圧の流れる、電線の中をか、姉ちゃん」
「そうよ、梨佳夫、わたしたちは電気に姿を変えるのよ。それより、あのかまどうまのような虫を持ってきた」
「持って来たよ、ねえちゃん」
石川梨佳夫は森永のチョコボールの金の缶の蓋を開けてみせた。
「いいわ、梨佳夫、じゃあ、わたしたちは電気に姿を変えるのよ。わたしが身に付けた百八十八の超能力のひとつ、電気変換を使うわ」
すると超能力者、石川梨佳は胸の前で指を変なかたちにして呪文を唱えた。
 するとこのふたりは青紫色の浮遊する電荷の塊のようになるとうさぎが飛び跳ねて人参をつかむように高圧電線の中に吸い込まれて行った。そしてその瞬間には彼らは工場の内側に入っていた。そして青い炎のようなふたりはやがてその姿をスーパーロボの頭部を固定している作業のための骨組みの上に立っていた。
「姉ちゃん、ここに穴を開ければいいんじゃないの」
弟の梨佳夫はスーパーロボの巨大な頸部を見ながら指さした。梨佳夫はロボットの頸部のところに砂糖水を塗った。そしてあの宇宙人が捨てたペットのかまどうまみたいな虫を放すとその塗った部分に行き、五ミリくらいの大きさの穴をがつがつと開け始める。足場の下の方で靴がこつこつと音を立てた。
「姉ちゃん、誰か来たよ」
エスパー梨佳が下の方を見ると自動小銃を構えた兵士が下を歩いている。ここでふたりがスーパーロボの破壊工作をしていることには気づいていないらしい。
石川梨佳は魔女のような表情をすると右手の人差し指を一本立てた。するとどうだろう、魔女石川の指からは不思議なオーロラのようなものが発生した。それも、その形は南米の蝶のようだった。その青く発光する蝶は空中をゆらゆらと揺れながら、下の方に降りて行き、その兵士の首のあたりをちくりと刺すと兵士は眠り薬をもられたように、その場で眠ってしまった。
「梨佳夫、もう平気よ」
「姉ちゃん、この虫も、頭の中を食い荒らしたみたいだよ」
小さな穴の中から、また出て来た小さな虫を缶からの中に入れると、魔女石川梨佳は満足して、また、電気の塊のようになると、送電線の中に入って行った。
 ホームルームの担任の村野孝則先生が教壇の前に行ってもまだ、教室の中は騒がしい。不良グループたちは椅子に横座りに座って、カップラーメンでどこの銘柄のものがうまいか、なんてことをだべっている。
 その不良グループの中には当然のことながら、新垣は含まれていなかった。
「静かにしろ、静かに」
村野先生は教卓の上を出席簿でばんばんと叩いた。
「おい、加護、こっちを向け」
村野先生は髪を大きな櫛でとかしている加護の方に向かって叫んだ。
「今日は理事長からのお話だ」
めったに理事長からの話なんて、ハロハロ学園にはなかったので、みんなは聞き耳を立てた。
「今度、うちのクラスの新垣が火星探査ロケットで打ち上げられるという話しを聞いているな」
それは秘密事項のはずだったのに、ハロハロ学園の全員が知るところとなっていた。
「新垣の見送りをこのクラス全員でやることになった。うちのクラス全員がゴジラ松井記念館の横にあるロケット発射センターに行くことになった。クストー理事長はそのための特別専用車両も用意しているそうだ」
クラスの中ではざわめきが起こった。
「石川県まで行くのか」
「そうだ」
「なんで新垣は火星探査ロケットで火星まで送られてしまうのよ」
瓦版屋の吉澤が尋ねると、担任の村野先生はもっともらしいことを言った。
「宇宙人が新垣にプロポーズしたそうだ。なんてな、はっきりしたことはわからない」
うそだなり、新垣は危険物質として宇宙に追放されるなり。大人は嘘つきなり。
矢口まみりは心の中でそうつぶやいたが、発言しなかった。
「クストー理事長の特別なおはからいで父兄の方も新垣見送り列車に乗り込んでいいそうだ」
まみりはこの事実をパパのつんく博士に伝えることにした。
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「変な格好なり」
まみりが叫ぶと小川がこっちを見て振り向いた。
「似合うでしょう。この帽子」
小川はスペインの貴婦人が被るような変な帽子を被っている。東京駅の十七番ホームに長大な貨物列車が止まっていて、客車の入り口のところで村野武則先生と井川はるら先生が何か話している。飯田かおりが弁当売り場の前で立ち止まって牡蠣弁当というものをじっと見ていた。加護と辻は駅の売店で買ったスポーツ新聞の格闘技欄を読んでいる。もう列車の中に乗り込んだのか、保田が窓から首を出してホームの方を見ていた。どういう手づるか知らないが、藤本までもが子分をつれて列車の中に乗り込んだ。
 「動物までつれて来ていいの」
吉澤にそう言われて、まみりが振り返るとつんくパパの横にはダンデスピーク矢口が立っていた。
「つんくパパ、なんでダンデスピークまでつれて来るなり」
「矢口、こいつが行くと言ってきかなかったんだよ」
つんくパハは言い訳めいた寝言を言った。だいぶ眠たいらしい。
「まみり、おはよう」
横を見るとやられちゃった女、石川が横に貧乏な弟を立たせてこっちを向いた。
「石川、弟をつれて行くなりか」
「まみり、弁当も出るんでしょう。弟のごはんを作ってやらなくてもいいじゃない」
その言葉のあとで石川がゴジラ松井くんを取り戻してやると言った声は聞こえなかった。
「おーーーい、みんな、もうそろそろ列車の中に乗り込まないとだめだぞ、みんな来ているか」
村野武則先生が列車の中、外を見ながら、そう言うと、小川が紺野が来ていないと叫んだ。
「なに、紺野が来ていない」
村野先生がつぶやくと、横で低くくぐもった声が聞こえた。
「来ているべし」
そこに剣聖紺野さんはいた。今日は背中に宝刀、紀伊白浜丸をたすきに背負って、その背後からはいつものように殺気と怨念のかげろうがゆらゆらとゆれている。
「来ているべし」
剣聖紺野さんはふたたびそう言った。これ以上、何かを言ったら、斬り殺されるかも知れないと思った村野先生は紺野さんから顔をそらしてホームに残している生徒たちや、父兄に対して叫んだ。
「あと五分で列車は発車します。みんな、乗り込んで、乗り込んで」
村野先生は生徒たちのおしりを押した。
「乗るべし」
紺野さんは再び無気味につぶやいた。
まみりは列車の入り口から中に入るとき、ディゼルの動力車が前方に三台も積まれているのが不思議だった。列車に乗り込んだ生徒たちは自分たちの荷物を網棚の上に置いた。
「先生、お弁当は出るんですか」
まみりの隣に座っている石川が突然、立ち上がると素津頓狂な声を出して尋ねた。そのうしろの席で、石川の弟が不安気な表情をして石川の座っている背もたれに手をかけながら前を見ている。
「出るよ」
「父兄にもでるんですか」
「出るよ」
「ゆで玉子も出ますか」
「出るよ」
「オレンジジュースも出ますか」
「出るよ」
それを聞いて安心したように石川は腰掛けた。
やがてごろりと列車の鉄輪がまわって列車は石川県に向けて出発した。
 まみりはヘッドフォンをかけて音楽を聴いていると、辻が揺れる電車の中を揺れながらやって来て、さきいかの袋をもって来た。
「喰う」
辻はそう言いながらさきいかをひとつまみ取り出すと口の中に入れた。
「そんなもの、うまくないよ」
辻のあとを追いかけるようにして、今度は加護がやって来て、加護はえいひれの乾燥したのをひとつまみすると口の中に入れた。
前の方では村野先生に保田が向かい合わせに座って、熟考している。それをとり囲むように安倍が見ている。村野先生はビニール袋を持っていて、その中には白と黒の碁石がたくさん入っている。村野先生と保田の前には携帯の碁盤が置かれている。ペロペロキャンディを舐めながら、その様子を見ていた吉澤はそのあまりの白熱した様子にひやかす気にもならなかった。
まみりは後ろの方を見ると藤本がさっき子分に買いに行かせたサンドイッチをつまんでいる。座席のうしろの方で刀のつかだけが飛び出していて、そこからは妖しい妖気が漂っている。そこは剣聖紺野さんの座っている席だった。まみりはさっき飲んだジュースのせいでトイレに行きたくなった。
 そして前の方の席によろよろと歩いて行った。新聞をめくる音が連続して聞こえる。一番前の席の右側を見ると、あの三匹の奇獣たちがいたのである。三匹は三匹とも経済新聞を広げて読んでいた。その横ではあの徳光ぶす夫がタオルケットを持って、ときどき、くーちゃんとほーちゃんがよだれをたらすとそれをふいていた。新垣は一番窓際の席に座っていて、窓のところには瓶入りのヨーグルトが置いてあった。
「まみりちゃん」
突然、声をかけられてまみりは驚いた。一番前の席で王警部が石川県の旅行ガイドを見ながら、こっちを向いたからである。列車の横には田んぼが途切れて今度は畑が続いていた。鉄路は緩やかな傾斜に入っている。今までよりもその進行して行く音は大きくなった。まるで前方に三台、つながれている機動車が唸っているようだった。
「ディーゼル機関車が唸っているなり」
「まみりちゃん、ホームにいるとき、気づかなかったのかい、後ろの方にホロの被さっている車両があっただろう。あそこにスーパーロボが眠っているのさ」
「スーパーロボもこの列車で運ばれているのかなり」
「そうだよ。まみりちゃん」
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第24回

家に帰って乏しい生活費の中から支出したものを家計簿につけていると、天井からぶら下げられた裸電球がゆらゆらと揺れ、天井裏でねずみがごそごそと動いた。肥後の守で削った鉛筆で弟に買ってやったインスタントラーメンの値段を記帳する。ここ、二三日、インスタントラーメンしか買っていなかった。
そんなインスタントラーメンでも石川の弟は貧乏人らしくうまそうに食べた。父親が女をつくって家出してから、母親は夜の勤めに出て、客に媚びを売り、酒をついで生活費を得ていた。母親は清純派貧乏石川と同じようにスレンダーな体型を保っていたから、それなりに客はついた。母親は酒のにおいをぷんぷんさせながら、化粧も落とさずによっぱらったまま、家に帰ってきた。そして家でも寝酒だと言ってコップ一杯の安酒をあおってからふとんの中に入る。
 ときとして見も知らない男の肩を借りて建て付けの悪い戸をがらがらとさせて家の中に入ってくる。そんなとき、薄倖少女石川は母親に殺意を抱くこともあるのだった。
 この家を出たい。貧乏石川はそう思うと開いている家計簿の上に一粒涙が落ちた。そして石川はほつれた髪をかき上げると、ところどころ、ひびの入った鏡で自分の顔を映してみた。十九才になったわたし、なんで、なんでなの。石川は自問した。
 まみりにごじら松井くんというラー帝国の王子様の恋人が出来て、運命の恋に身を焼いて、それなのに、わたしは、わたしは・・・・・。・。
あああ・・・・・・・
   男が欲しい、おとこが・・・・
さむいわ。・・・・・・・
石川は横を見るとぼろぶどんの中で弟がすやすやと寝息をたてている。薄倖石川はふとんの中に静かに入って行った。そして弟の体温が感じられるくらいそばに近づくと、いとおしそうに弟の顔をじっと見つめた。
ああ、これがゴジラ松井くんだったら、どんなにいいことか。
チャーミー石川は本当は道化のようにまみりとゴジラ松井くんの橋渡しをしていたが、あの海底王国、ラーの王子に対して激しい恋の炎を燃やしていたのである。
 誰かが自分のふとんの中に入ってきたことを石川の弟は感じた。そして目を開くと月明かりの中に自慢の美人の姉の顔がある。しかし、その姉の頬は濡れている。
「姉ちゃん」
しかし、姉は無言だった。
石川の弟は小学生だったが、姉の本当の気持ちを知っていた。
「姉ちゃん、僕は姉ちゃんが自慢なんだよ。みんな、僕のことを貧乏石川って馬鹿にしているけど、みんな僕にはきれいな姉ちゃんがいるって有名なんだよ、僕を馬鹿にしている奴らも僕の横に姉ちゃんが立っていると恥ずかしくて声もかけられないで通り過ぎて行くんだよ」
「梨佳夫・・・・・」
ふたつの枕に頭を横たえた兄弟が話している。
「僕、姉ちゃんの日記を読んじゃったんだ」「梨佳夫・・・・」
石川梨佳はふとんの中のなま暖かい弟の手を強く、握りしめた。
「ハロハロ学園のゴジラ松井くんのことばかり書いてあったのを、僕、見ちゃった。姉ちゃんはゴジラ松井くんのことが好きなんだね。それに」
「・・・・・・・」
「姉ちゃんは本当は矢口まみりのことが大嫌いなんだね」
笑われ者石川は頭を強く、ぶたれたような気がした。
「今度、スーパーロボを使って、ゴジラ松井こと、海底帝国ラー王子を逮捕するという計画が立っているんだってね、そしてラー王子は刑務所に入れられて罪の償いをする、そうしたら出所して矢口まみりと結婚するんだって、そしてそれはかなり確実なんだって」
その言葉を聞くとゴジラ松井くん一筋石川はまた悔し涙がこぼれてきた。
「そんなの、ずるいよ。なんで、そうなるの、矢口まみりなんかより、お姉ちゃんのほうが何百倍も素敵だよ。お姉ちゃん、そうでしょう。僕は、僕は、お姉ちゃんに幸せになって、もらいたいんだょーーーーん」
男のいない石川は弟の身体を思い切り、強く抱きしめた。
「苦しい、お姉ちゃん、やめて。それより、これを見て」
寝ていた弟は手を伸ばすと森川のチョコボールの金の缶を手元に引き寄せた。弟が自慢の姉ちゃんの次に大事にしている宝物である。「姉ちゃん、これ」
そう言って石川の弟は金の缶のふたをあけると、その中にかまどうまみたいなものがうごめいている。
「きゃー、田中れいなみたいに気持悪い」
ソフトクリーム石川は思わず、声を上げた。「姉ちゃん、よく見て、これ。首に何か、書いてあるでしょう。ほら虫眼鏡。学校の帰り道で拾ったんだ」
「なになに」
なになに坊主石川は弟から虫眼鏡を借りるとその気味の悪い昆虫を拡大して見た。首に確かに何か輪ゴムで但し書きが書かれている。石川はその文句を見てみた。
「この生き物は宇宙で一番、歯の丈夫な生物です。なんでも囓りきります。ただし、餌は砂糖水です。わたしには飼いきれないので捨てます。拾った人は大事に育ててください。エルゴート星、ペット大好き、宇宙人より」
「姉ちゃん、これ、本当なんだよ。理科の準備室に人造ダイヤがあるんだけど、それに砂糖水をつけたら全部、食べちゃったんだから」
「梨佳夫、あなたは何を考えているの」
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 海底一万マイル、奇態な深海魚が我が者顔で泳いでいる海の底に水晶で出来たような海中宮殿都市があった。深海の底は夜中のように闇の中にたたずんでいるはずなのに、金属の化学反応で使う炎色判定のように青い光で輝いている。それだけではない、宮殿の中はいろいろな光が交叉していた。そこはまるで巨大なステンドガラスの見本市のようでもあった。その巨大な宮殿の中で古代帝政ローマ時代のカエサルのような服を着たゴジラ松井くんことラー王子は誰もいない光の宮殿の中を進むと透明な大理石で出来た机の前に腰掛けて、そのだぶだぶの服の中から手紙を一通取り出した。それはハロハロ学園を最後に離れるというとき、奇獣新垣の手をへて、ゴジラ松井くんのもとに届けられた矢口まみりの手紙だった。ゴジラ松井くんはその巨体を大理石の椅子の上におろし、くつろいだ表情でその手紙を見つめた。
「松井くん、これで松井くんには当分会えないかも知れません。やっとの思いで奇獣新垣がこの手紙をあなたに届けてくれることを承知してくれました。わたしは奇獣にも人の心があることを知りました。
 わたしがハロハロ学園に入学したとき、人よりも半分も高いあなたの上半身がすっくりとハロハロ学園の生徒たちが集っている中にあることを見つけて、思わず、あの巨人は誰と、隣にいる石川に聞くとあれが噂のゴジラ松井くんよと答えてくれました。そのときは、あなたはまだわたしの憧れの人でしか、なかったのです。
しかし、あなたのことを知ってからは高い塔にとらわれの身になっている姫君のようにあなたの姿を追い求める身になったのです。この思いをあなたに伝える空を自由に飛ぶ羽根があればと、あなたの姿を恋焦がれました。わたしは駅の雑踏の中にあなたの姿を探すようになりました。わたしは不安に日々、悩まされるようになりました。
 しかし、ある吹雪の吹いた晩のことです。夜が明けると吹雪はやんでいました。雨戸を開けると一面は銀世界に変わっていました。朝日が白い雪にきらきらと反射していました。わたしはその日を境にそんな不安から解放されていたのです。それまでわたしはあなたのことで心の中はいっぱいだったのです。そんなわたしの願いを神様は聞き届けてくれたに違いありません。夢の中にあなたは現れました。そして永遠の愛をあなたは誓ってくれたのです。
幸福とはなんでしょうか。わたしはもう不思議と不安ではありません。どんな孤独に置かれていてもわたしはあなたのことを思うと春のひだまりの中にいるように、遠い場所にいるあなたがすぐそばにいるように感じられます。あなたはわたしの隣に立って、やさしく声をかけてくれるのです。わたしは何も入りません。あなただけがそばにいてくれたら、それで幸せです。まみりはゴジラ松井くんに一生ついて行きます」
その手紙にはまみりの宝物だという幼稚園のときに見つけたせみのぬけがらが一緒に入っていた。
ゴジラ松井くんはその手紙を握ると海底に面している大きなガラス窓のそばに行った。すると奇妙な深海魚が泳ぎ回っている中で深海のさらに奥底から地獄の怨霊のようなうめき声が低く仏教の声明のように響いた。それは本当に地獄からのうめきのように聞こえた。「まみりくん、もし、僕がラー帝国の王子として生まれなければ、そしてきみが人間の女の子として生まれなければ」
ゴジラ松井くんは暗い海底を見つめながら低くつぶやいた。
 その水晶の宮殿の中の大廊下の向こうから七色の深海魚の鱗や色とりどりの珊瑚を使った豪華な衣装を着たみずぶくれをした女が歩いてくる。その姿を見るとラー王子、ゴジラ松井くんは片膝をついて敬意を表した。
「深田皇后」
「殿下、皇后という呼び方はやめてよ、ここでは恭子ちゃんと呼んで」
水ぶくれをした女はラー王子を見ると微笑んだが、その手元に握られている紙片を見ると表情が変わった。
「秀喜、まだ、あなたはあの女に未練があるの。あなたは人類すべてを憎まなければならないのよ。聞こえる、あのわが同胞のラー原人たちのうらみと苦悶の声が、ラー原人たちは人間によってほろぼされたのよ。ラー帝国はすでにあなたとわたししかいない。地球を完全な水の惑星にしてラー帝国を再建しなければならない、それがあなたのお仕事よ」
「恭子ちゃん、わかっています」
ゴジラ松井はまた巨大な身体をねじると、あの漆黒の海底の怨霊たちのうごめきを苦悶の表情をして見つめた。
「わたしが、このラー帝国に来て何年がたつかしら、そしてわたしはあなたを生み、あなたは成長した」
海底帝国ラーの生き残りのひとり、府下だ恭子はラー帝国の皇后でもある。そして府下だ恭子はむかし、つんく博士の恋人でもあった。「人類、すべてを滅ぼすのよ、まず、最初に血祭りに上げるのは、つんく博士、あなたよよ」
府下だ恭子はつんく博士を最後に見たときのことをはっきりと覚えていた。
それはニューヨークにミュージカルを見て、帰る船のちょうど太平洋の真ん中のできごとだった。夜中に火事が発生し、船の中の客たちは逃げ回った。府下だ恭子はつんく博士を捜して甲板に出た。そのとき急に船は内部の爆発で傾き、あやうく、氷の海上に投げ出されようとしたとき、偶然にも甲板の手すりをつかんだ。そのときである。あの恋人のつんく博士を見つけたのである。
府下だ恭子は恋しい恋人を見つけて安心した。つんく博士。しかし、つんく博士はカメレオンのような青い顔をして冷徹に府下だ恭子を見ていた。それはまるで地獄から来た悪魔のようだった。
 そして次に出てきたつんく博士の言葉は信じられないものだった。
「お前なんか、死んじゃえ」
府下だ恭子は自分の耳を疑った。さらに信じられないことにはつんく博士は手すりにぶら下がっている府下だ恭子のそばに行くと、落ちないように握っているその手の指を力ずくで一本一本ずつはがしていったのである。
「なぜ、なぜ、つんく博士」
府下だ恭子は悪魔のように笑う、つんく博士の道化顔を見ながら、氷の海に落ちて行ったのである。
 そして気づくと半魚人が自分の顔をのぞき込んでいた。それが海底帝国ラーの第八代皇帝、ラー松井八世だった。氷の海に落ちた府下だ恭子は命を失ったが、海底帝国、ラーの高度な科学力により、海底原人として生き返ったのだった。そして海底原人恭子はラー松井八世と結婚して、王子、ゴジラ松井くんを生んだ。しかし、海底帝国ラーには悲劇が待ち受けていた。ある国が生物兵器を開発して海中に不法投棄したのだ。深海まで到達した、細菌は増殖して海底原人たちを襲った。海底帝国には奇病が発生した。人間の遺伝子を一部残していた府下だ恭子皇后とゴジラ松井王子だけが生き残り、ラー帝国に住むラー原人たちはみな死に絶えた。
 府下だ恭子皇后は人類に復讐を誓った。人類を滅ぼし、陸地をすべて水没させ、地球をラー帝国化することを心に誓った。そのためには超古代マヤ帝国の神官、奇獣新垣とそのパパとママ、くーちゃとほーちゃんがどうしても必要だったのである。
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 一日の仕事、つまり太平洋の五百メートル海面下を航行中の原子力潜水艦を破壊したコジラ松井ラー王子は疲労を感じながら、水底宮殿にある自分の寝室に戻って来た。疲れた身体をベッドの上に投げかけようとすると、幔幕の影に人影を感じた。
「誰だ」
ゴジラ松井くんは叱責した。
幔幕の影から人が現れた。
「お会いしたかったです」
そこには薄絹を来たスタイルのいい女が立っていたのである。薄絹の下には裸身を感じさせる身体の線がある。ラー王子ゴジラ松井は緊張と同時に驚きがあった。ここは海底下五万マイルである。誰もここにはやって来られないはずである。
「ゴジラ松井くん」
身体の半分を幔幕に隠しながら、その影が王子に声をかけた。
「きみは、なんで、ここにいるんだ」
そこには身体の線があらわれる薄い布の服を着て石川梨佳の生身の身体があったのである。石川は髪を洗い晒したようにほどいていた。
「会いに来たんです」
情熱的な瞳でじっとゴジラ松井くんを見つめた。
「きみは・・・・・」
群よるハロハロ学園の女の子たちの中でゴジラ松井くんは、その名前を探していた。矢口まみりしかゴジラ松井くんの眼中にはなかったから、他の女の子の名前を覚えている余裕はラー王子にはなかった。こんな女の子がハロハロ学園にいただろうか、ラー王子の大きな頭の中では記憶の鍵を探すこびとが走り回った。そして、シノブスのある突起をさぐりあてた。そう言えば、まみりちゃんの横で使い走りのように走り回っていた女の子がいた。背中に貧乏を背負ったように目立たない感じの女の子だったが、今は身体の中に何かを住まわしているように光り輝いている、どうしてなんだ、こんないい女がいただろうか。でも、どうして、ここにいるんだ。人間がここに来られるわけがない。
「ラー王子、あなたに会いに来たんです。そう、あなたの好きなまみりの横にいつもいた、石川梨佳です。わたしはあなたが海底王国ラーの高貴な血筋をひく王だということを知っていました。そのときから、わたしはあなたをお慕いしていました」
ゴジラ松井くんは面食らった。しかし、半魚人としての食指が動いた。
「ここは海底五万マイルだよ、どうやってここに来られたんだよ」
「あなたに会いに来たんです」
石川梨佳の表情にはある決心があるようだった。
「ラー王子、あなたは知らないかも知れませんが、わたしは不幸な星の下に生まれました。いつもボロ家のすぐ裏では電車の騒音に悩まされ、近所ではおしめをぬらした赤ん坊が泣き騒ぎ、一升瓶をかかえたヒロポン中毒の親父が道路の真ん中で誰かれかまわずけんかをふっかけていました。そして、父親は女を作って家出し、母親はキャバレーでうば桜と罵倒されながら酒浸りの日々を送っている、そんなところでわたしは生まれ育ったのです。そこで、あなたがハロハロ学園に来たとき、わたしは心の中に灯火がともったのです。あなたを見ることは梨佳の幸せでした。わたしの心の中のほっかいろみたいなものだったんです。でも、あなたは高貴な生まれ、海底王国ラーの王子さま、そのうえ、あなたには矢口まみりという意中の人が、あなたのことなんか、忘れてしまいたいと何度思ったか、でも、忘れられなかった。それはあなたが何か不幸を抱えていたから、住む場所も身分も違っていても、梨佳と同じだからと思ったからなんです。わたしはただのハロハロ学園のお馬鹿たちたとは違います。わたしはこの不幸な境遇から抜け出したいという強い気持がわたしを超能力者に変えてしまったのです。わたしは百八十八の超能力を使うことが出来ます。そのひとつ、テレポーテーション、それを使って、あのお馬鹿たちばかりのハロハロ学園からこの海底王国に瞬間移動したのです」
「でも、なぜ」
すると、アダルト石川は恥ずかしそうに目を伏せた。
「あなたに、わたしが大事とっていたものを最初にあげたかったの」
その言葉を聞いてゴジラ松井くんの半分の魚の血がふつふつと沸きかえった。ラー王子は座っていた大理石の椅子から飛び上がると、大きなベッドの横に立っていたアダルト石川のほとんど裸体の身体をベッドの上に押し倒した。アダルト石川は巨大なゴジラ松井くんの重量を感じて喜びの中で半分、目を閉じた。次にくることを期待していたアダルト石川だったが、また、身体の上が軽くなっているのを感じた。アダルト石川はベッドの中で身を起こすと、ゴジラ松井くんが頭をかかえてしゃがみ込んでいる。
「だめだ、だめだ」
ラー王子は頭をかきむしっていた。
ゴジラ松井くん用の巨大なベッドから降り立ったアダルト石川はゴジラ松井くんのそばに行くと声をかけた。
「何がだめなの、わたしの愛しい人」
するとゴジラ松井くんは四十センチもある巨大な顔で菩薩様のようなアダルト石川の顔を見上げた。
「ラー帝国には、伝説がある。それは海底おきあみ大量発生伝説というものなんだ」
「それは何、わたしの愛しい人、ゴジラ松井くん」
「こっちに来たまえ」
ゴジラ松井くんはアダルト石川の手を引くと神殿のような場所につれて行った。その神殿には生け贄を捧げるような巨大な大理石の台が置かれていて、その前には巨大なルビーのダイヤルのようなものが置かれている。
「ラーの伝説なんだ。ラーの王と永久の契りを結ぶものはふたりでこのルビーのダイヤルを回さなければならない、ふたりがもし、運命のふたりだったら、そのダイヤルは回転して、それを載せている台からはずれる、すると海底に大量のおきあみが発生して、魚貝類がますます繁栄するだろうということなんだ」
「私の愛しい人、それなら心配はいらないわ。わたしと、この不肖、アダルト石川は運命の人ですもの。さあ、手をとって」
アダルト石川は情熱的な目でラー王子を見つめるとその手を取ってそのルビーのダイヤルを回そうとした。しかし、どうしたことだろう、ルビーのダイヤルは全く動こうとしない。アダルト石川とゴジラ松井くんはあせった。しかし、巨大船舶を片手で持ち上げることの出来るゴジラ松井くんにしてこんなものがはがせないというのはどうしたことだろう。
「ちょっとおかしいわね」
アダルト石川はばつが悪そうに苦笑いをした。
「でも、心配しないで、こんなこともあるわよ。さっき言ったでしょう。わたしの愛しい人。わたしの百八十八の超能力ひとつ、顔面なんでも変換を使うわ」
そう言って超能力者、石川梨佳は猫が顔を洗うように顔をごしごしした。するとどうしたことだろう。顔が矢口まみりに変わってしまったのだ。
「これでよしと」
石川梨佳はひとり納得していた。まるでゴジラ松井くんとの結婚による生涯設計プランを組み上げたようだった。
「さあ」
アダルト石川はゴジラ松井くんの手をとるとそのルビーのつまみに軽く触れてみた。するとどういうことだろうか。少しも力を入れないのにつまみは自然とはずれてしまったのである。そして生け贄を晒す台のようなものが五十センチほどせり上がった。そしてどこから来たのか知らないが神殿の隅の方から数え切れないほどのさざえが現れい出て、歓喜の鳴き声を合唱し始めた。
「これでいいわ」
身体はアダルト石川、頭部は矢口まみりとなったアダルト石川はその台の方に近づくと肌の上に直接つけていた薄絹を脱ぐと輝かしい裸身が現れた。しかし、石川の身体に矢口の頭部をつけているので多少アンバランスの感は拭えない。アダルト石川はその台の上に横たわると、静かに目を閉じた。
「さあ、ゴジラ松井くん、来て」
この地球上のいたるところでおきあみが大に発生した。
一時間後にやっちゃった女、石川の姿は石川のボロ家の台所にあった。鼻をたらした弟の石川梨佳夫はいつものようにやっちゃった女石川が台所のごま油をなめているのかと思い、声をかけたが暗闇の中で石川は嗚咽
している。
「ねえちゃん、どうしたの」
振り返った石川の瞳は涙で濡れている。
「梨佳夫、わたしは悔しい。矢口、殺してやる」
弟に抱きついた、やっちゃった女、石川の嗚咽は止まらなかった。
「貧乏人だって、貧乏人だって、運命の人と大恋愛をしたいわ」
貧乏石川は叫んだ。そして台所の隅で泣き崩れた。
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 「今日は、歌姫、高橋愛、ユーの労をねぎらおうと思って、招待シマシタ」
エフビーアイ捜査官、新庄芋は六本木の高級ステーキ店に探偵高橋愛を招待した。探偵、高橋愛は来たくもなかったのだが、自分の依頼をしている相手なので無碍にことわることも出来なかった。それと、最近、妻ゃ子供をなくしたばかりの男性ホストみたいな男が自分に好意を持っているということが疎ましかった。高橋愛にはモータウンでデビューして全米進出を計るという大きな夢がある。このモーニング娘もその踏み台にしか過ぎない、自分に近寄ってくる男もすべて邪魔者でしかない。なんで、こんなところで足踏みをしていなければならないだろう。そんな内心の気持が出ているのか、店内のムードを高めるために落とした照明も、少しも気にいらない。高橋愛の眼中にはひとりの男もいなかった。自分に寄ってくる男はすべて道具に過ぎない。手持ち無沙汰で探偵高橋愛はテーブルの上にあるダイヤモンドのようにカットされた塩の瓶をいじくった。
「相変わらず、君はきれいだ。高橋愛」
「お上手ね」
その言葉を聞いて高橋愛は温泉に行き、新庄芋と同じ湯船につかったことが思い出されて不快になった。
「誰にでもそう言うんでしょう」
「勘違い、ミーはめったにそんなことは言わない。そんな言葉が出て来たのも、ミーの亡くなったワイフと、ユーだけだヨ」
「それは光栄ですわ」
「ユーは真面目にミーの言葉を聞いてクレナイ。カナシイヨ」
「そう」
探偵高橋愛は少し悪い態度だったかなという気持にもなった。しかし、その言葉がどこまで本当なのか、探偵高橋愛にも新庄芋の本気度を測ることが出来ない。
「ミーもユーの気持が何か、わかるような気がする。ミーもゴジラ松井憎しの気持で凝り固まってイマシタカラネ、アハハハ」
新庄芋は少しキザっぽくワインを口に運んだ。探偵高橋愛もワインに口をつけた。
「タカハシアイのハロハロ学園のお友達のおかげでスヨ。これでゴジラ松井を完全に逮捕することが出来る。しかし、こんな身近なところにゴジラ松井退治の特効薬があるとはオモイマセンデシタ。アハハハハ、これで亡くなった人たちの思いも晴れますデス。エフビーアイの仲間も枕を高くして暮らせます。アハハハハハ」
なんだ、やっぱり、ゴジラ松井退治にわたしを利用しているに過ぎないんだわ、このいけすかない男は。そう思うと探偵高橋愛は少し物足りない気持も感じた。
「わたし、つき合っている人はいないんですよ、ミスター新庄」
「えっ、本当ですか、ユーはアメリカで暮らす気持はありますか」
やっぱり、この人、わたしに惚れているのね。
探偵高橋愛はまた揺れ動いた気持が少し逆の方に揺れた。
「最近、わたし、悩んでいるんです」
「なにをデスカ、ミス・タカハシアイ、ミス・ビューティー」
「歌のことなんですが」
高橋愛のその話の内容は音楽に関係しているものにとっては常識的なことなのだろうが、一般の人にとってはあまり理解の出来ない技術的な問題だった。自分がなぜそんな話をしているか、高橋愛にとってはよくわからなかった。自分でもよくわからないことについて悩んでいるのだから、新庄芋もよくわからないに違いない。しかし、新庄芋はその話をよく聞いてくれた。もしかしたらこの人は昔、歌をやっていたのではないかと、探偵高橋愛は思った。もちろん、そんなことはないのだが。そして意外とこの人の自分に対する気持は本当なのではないかという気もするのだった。しかし、自分自身の問題として、その歌に関する問題は高橋愛の頭の中を悩ましていた。
「ミス・ビューティ、今日、あなたを食事に招待したのは、これまでのあなたの働きに対する感謝デス。あなたにいいプレゼントがあります」
そう言って新庄芋が手を振ると、少し離れた席に座っている大柄な黒人がこっちを見てにやりと笑った。そして席を離れると探偵高橋愛の方にやって来た。思わず、探偵高橋愛は大きな声を出して新庄芋をその場もわきまえずに抱きついた。
「サンキュー、サンキュー、ミスター新庄」
そこにやって来たのはモータウンで実質的に新人の発掘と契約を行っている高名な音楽プロデューサーだったのだ。
新庄芋に抱きついて飛び跳ねている探偵高橋愛の抱きつき攻撃に絶えられなくなった新庄芋はあわてて横に立っている音楽プロデューサーを見ながら言った。
「あわてないでください。ミス高橋、彼がまだ、あなたをモータウンからデビューさせるというわけではないのですから。有望なアーティストを彼は探しに来たノデス。でも、心配しないでください。あなたのデモテープを聞かせたら、彼はひどくびっくりして、そして満足していました。あなたがモータウンからシーデーを出す可能性は非常に高いデス」
「ありがとう、ミスター新庄」
探偵高橋愛は新庄芋の手をとるとまた飛び跳ねた。新庄芋とこの音楽プロデューサーと探偵高橋愛の三人は楽しく会談を続け、そのうちに超古代マヤ人の話が出て来た。
「この話は誰にも言わないでクダサイ」
と新庄芋は釘をさして、そもそも、このハロハロ学園のお馬鹿たちを巻き込んだ騒動の根本原因の神官たちの話題をその音楽プロデューサーにすると、その超古代マヤ人たちを是非にも見たいと言いだした。
最初は渋っていた新庄芋だったがその音楽プロデューサーを警視庁につれて行くことにした。探偵高橋愛も久しぶりに、かつてはハロハロ学園の同級生だった新垣を見たいと思った。いったい、あの新垣はどうしているのかしら。
三人が警視庁の玄関に行くとそこから王警部が建物の中に入るところだった。
「また、会いましたネ。ミスターオウ」
「君たちは」
「超古代マヤ人の神官たちを見にキマシタ」
「王警部は今日はどうして」
探偵高橋愛が言うと
「君たちと同じだよ」
と言ってそそくさと歩いた。
そしてエレベーターの前で下へ行くボタンを押すと振り返って
「今日のことは、絶対に他言無用だよ」
と言って厳しい表情をして探偵高橋愛たち三人を見つめた。
警視庁の内部には極秘情報がある。それは地下秘密五階にある秘密のフロアーである。そこはいつもエレベーターは通過して誰も降りることが出来ない、エレベータの操作盤のある暗号によってだけ開けることが出来る。それは指紋照合システムで可能だった。王警部は他の三人が籠の中に乗り込むと早速その指紋照合システムを使うために操作盤のふたを開けた。新庄芋もその秘密五階のことは知っていたが入ったことはなかった。
さては超古代マヤ人の神官たちは秘密五階にいるノデスネ。新庄芋は納得した。
その秘密五階というのは仲間が奪回に来そうな犯人を収容しておくための階だった。その奪回の方法というのも軍隊を想定した大掛かりなものである。そしてその階全部がその目的で作られていたが実際に犯人を収容するのは秘密五階のフロアーのちょうど中央の位置に六畳間くらいの部屋がつくられ、四方を厚さ三十センチの何層にも張り合わされた強化ガラスで覆われている。三百六十度どこからでも死角はなかった。
その秘密五階に降りると自小銃を構えた兵隊が十メートルごとに立っていて、その廊下を通って、その収監室に入った。探偵高橋愛は自分が動物園のパンダを飼育している恒温室に入ったのではないかと疑った。そしてそのガラス張りの部屋の中には光が満ちていた。「新垣」
探偵高橋愛は絶句した。その部屋の中に奇獣新垣とその仲間の二匹が入っていたのである。王警部が入って来たことを知るとガラスの窓にじっと顔をつけていた徳光ぶす夫がこつちを向いた。
「王警部」
その顔は無気力だった。
「決して粘土は入れていないな」
「もちろんです。王警部。砂しか、入っていません」
「粘土を入れてみろ、このビル中が水浸しになってしまう」
そのガラスの飼育室みたいな部屋の天井からは大きなマジックハンドが二本垂れ下がっていて、外から操作するらしい。そして部屋の中にはビニール製の芝生みたいなものがはられていて、部屋の中央は砂場のようになっていて、赤青黄色、原色の砂場遊びセットが放り投げてある。新垣はプラスチック製のやつでで砂を掘っていた。
「徳光さん、何か、変わったことはありませんか」
「ほーちゃんもくーちゃんもいい子ですよ。みんな、あの新垣が悪いんだ」
徳光ぶす夫は憎しみのこもった目で奇獣新垣をにらみつけながら防弾ガラスに顔をつけた。あの音楽プロデューサーは超古代マヤ人たちを見つけると喜びの表情を浮かべて飼育室のところに走って行き、やはり顔をガラス窓にくっっけた。
「みんな、新垣が悪いんですよ。くーちゃんとほーちゃんに悪いことを教えるから」
徳光ぶす夫はまたぶつぶつと言った。
「王警部、ほーちゃん、くーちゃんの処分が決まったんですか」
「今日は重大な日です。決定的な権限を持つある人が来ます」
探偵高橋愛は誰がくるのかと思った。そして部屋の中に緊急事態を知らせるサインが低くうなった。
「どうやら到着したようだな」
「ここか」
「ここだな」
「思った以上に広いな」
探偵高橋愛はどこかで聞いたことのある声を聞いた。
探偵高橋愛は自分の目を疑った。向こうから内閣総理大臣、小泉純一郎が横に小泉光太郎を従えて、そして二三歩、遅れて石原慎太郎東京都知事がやって来るではないか。
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「これが、人類を絶滅させるかも知れない、奇獣たちか」
石原慎太郎都知事は強化ガラスの中の化け物たちを見ると嘆息したようにつぶやいた。
三匹の奇獣たちは砂漠に住むという有袋類の小動物のように立ち上がって宇宙からの通信を感受しているようだった。そして頭を狂人のようにさかんにふっている。その動作を数秒してからまたしゃがみ込んだ。くーちゃんとほーちゃんはこちらを向いたまましゃがんで砂を掘ってみみずでも探しているようだったが、新垣一匹は向こうを向いたまま見物人から一番、遠いところで両手をついて砂の表面を哲学者のようにじっと見つめていた。そして、ときどき鼻くそをほじくりはじめた。
「これが珍種の生物なのか、貴重なものを見せてくれて、ありがとう。安倍官房長官の話によると粘土細工が彼らは得意だと聞いたが」
「とんでもありません。総理、こいつらに粘土を与えたら、東京中は水の底に沈んでしまいます」
王警部はあわてて否定した。
「王警部、見たところ、少し、人間のような外見をしているが」
飼育室の中にいる三匹にその声が聞こえたのかも知れない。三匹の顔中のいたるところから毛がもしゃくしゃと生え始め、毛だらけの毛虫のようになって救いを求める病人のように哀れっぽい顔をして小泉総理の方に悩ましい瞳を向けた。
「彼らは救いを求めているのではないかね。粘土の二百グラムでも与えて見たら」
「とんでもない、小泉総理、私は東京都民一千万の生命を守る義務があるんですよ。そんな不法なことが出来ますか」
石原都知事がそう言うとその声が聞こえているのか、三匹はふてくされたように畳の上で仰向けに大の字になった。
「お父さん、やっぱり、退屈しているのですよ。神官たちは」
「そうだ、考太郎、彼らに読書をさせよう。米百俵をもっているか」
小泉総理が横にいる小泉光太郎に催促すると彼はたまたま米百俵を持っていた。
「読書ぐらいなら、いいでしょう」
王警部は三冊の米百俵を受け取るとガラスの飼育室の小さな窓から、その三冊を差し入れた。そしてマジックハンドを操作して、くーちゃん、ほーちゃん、そして神官新垣のところに運んだ。その間中、徳光ぶす夫は彼らが神官たちの処分の決定権を持つということを知っていたのでさかんに揉み手をして媚びを売り、神官たちの寛大な処分をするようにと努力していた。くーちゃんとほーちゃんたちは米百俵をとり上げると、その持ち方は上下逆だったが、非常に興味を持っているようだった。
 しかし、新垣は違った。その本を取り上げると憎しみのこもった目をして秘密地下室に降りて来た三人に投げつけたのである。そして凶暴な表情をしてうなり、歯をむき出して威嚇した。そのあまりの勢いに三人は驚いた。「この神官たちは驚くべき、凶暴性を秘めている」
それはこの三匹の処分の方向を決定づけたようだった。そのとき、すすり泣きが聞こえて、誰かが床にひれ伏し、おいおいと泣き声を上げた。
「みんな、みんな、新垣が悪いんだ。ほーちゃんとくーちゃんに悪い影響を与えているんだよ。みなさん、みなさん、ほーちゃんとくーちゃんを新垣と一緒にしないでください」
そう叫ぶとおいおいと泣き出し、小泉考太郎の腕をつかむと哀れ乞いをした。徳光ぶす夫の顔は涙まみれになり、くちゃくちやになった。腕をつかまれた小泉光太郎はとまどいの表情をかくせなかった。
「くーちゃもほーちゃんもいいところがいっぱいあるんです。どうか、くーちゃんとほーちゃんを助けてください。この徳光ぶす夫が病気で寝ていたときはベッドの横にじゃがいものスープを作って持って来てくれたんです。ほーちゃんもくーちゃんも本当はいい子なんです」
言葉の語尾は涙声で聞き取れなかった。
中にいるほーちゃんとくーちゃんはその様子をじっと見ていたが新垣一匹は一番離れたところで鼻の穴を広げたいだけ広げてあくびをしていた。
「二匹はあなたの実の子供ではないじゃありませんか、二匹は地球外生物かもしれないのですよ。人類共通の敵かも知れません」
小泉総理は泣き崩れている徳光ぶす夫の手をとった。
「二匹とも、本当に本当にいい子なんです。動物園の人気者になるかも知れません。あの二匹を生かして置けば良い子たちのお友達になるに違いないんです。だから、総理も都知事もあの二匹を殺さないでください。そうだ、あの二匹は芸が出来るんです」
そのことに気づいた徳光ぶす夫は飼育室の厚いガラス窓のところに行くとガラス窓をこつんこつんと叩いた。
「ほーちゃん、くーちゃん、こっちにお出で」
芸という言葉を聞いてモータウンのプロデューサーも金沢で二歳のときから母親につれられて三味線を習い、門付けをして給食費を稼いでいた高橋愛も近寄って来た。
二匹はかつての自分たちの飼い主の変な表情に興味を抱いて近寄って来た。
「誰か、バナナを持っていますか」
徳光ぶす夫は後ろに控えている観客に要求すると、たまたま探偵高橋愛はポケットの中に乾燥バナナを持っていたので、そのしなびた果実を徳光ぶす夫に渡した。
「ほらほら、ほーちゃんもくーちゃんも、ここにバナナがあるよ。バナナ食べたくないかい。きみたちが狂言をやってくれたら、バナナをあげるからね」
徳光ぶす夫が手を叩くとほーちゃんとくーちゃんは所定の位置に立った。そしてへんな節回しで狂言ぶすを演じ始めた。人数がたりないので一匹が二役を演じる場面もあった。その場にいた者たちはみんなその舞台に釘付けになった。わずか数週間しか、修行しなかったのに、この二匹は芸道の深奥をつかんでいたからである。そのことは三味線を習っていた高橋愛にもわかった。高橋愛は同じ芸道を進む者として背筋が凍り付くような衝撃があった。神官新垣は相変わらず、向こうを向いたまま、肘枕をしながら鼻くそをほじっている。この一代の名舞台、ぶす、に何よりも感銘を受けていたのは、モータウンのプロデューサーだった。あまりの感動のために彼の四肢は硬直し、開いていたチャックを閉めることも出来ないほどだったからだ。
「オー、ビューティフル、ブラボー」
プロデューサーはその言葉を連呼した。
「オー、わたしは決めました。モータウンに連れて行くべき素材を」
彼のつぶやきは探偵高橋愛を凍らせた。モータウンに行くのはわたしじゃなかったの、わたしは三歳のときから三味線を習っているのよ。そのわたしが、二週間しか、ぶすを習っていない、超古代マヤ人に負けるはずがない。そんなことは絶対にありえない。絶対に。モータウンに連れて行くのは一組しかいないと彼は言っていた。するとこの珍獣カップルをつれて行くことは、わたしの芽がなくなる、どうしたらいいの。どうしたら、あっ、そうだ、こいつらが犯罪者だということにすればいのよ。いくらなんでも犯罪者をモータウンの人気者に仕立て上げるなんてことが出来るわけがないわ」
探偵高橋愛はポケットの中を探すと新聞の切り端が出て来た。
「ここにいる皆さん、騙されてはいけません。そんな子供騙しの芸で、ここにいる三匹は極めて凶暴で危険な存在です。ここにハロハロ学園内で起こった殺人事件の記事があります。その犯人は誰あろう、この三人なのです」
探偵高橋愛は副業に探偵をしている利点を生かしてもつともらしい理屈をつけて三匹たちを殺人犯人に仕立て上げる理屈を述べた。
「なんて、こと、言うんだよう」
徳光ぶす夫が泣きながら抗議して探偵高橋愛につかみかかろうとすると新庄芋がそれを止めた。
「嘘だ、嘘だ。ほーちゃんもくーちゃんもそんなことをやるわけがないんだ。もし、そうなら新垣がそそのかしたんだ。死刑にするなら新垣だけにしてくれよー」
徳光ぶす夫はまたしても泣き崩れ、その態度が探偵高橋愛の創作を半ば認めているのも同様だった。そして、小泉総理は電話をとった。「もしもし、安倍官房長官を頼む。直接、見た。この三匹は人類と相容れない存在だということがわかった」
その決定を知ってか知らずか、くーちゃんとほーちゃんは乾燥バナナをうまそうに食べているし、神官新垣は肘枕をしながら、うたた寝をして、ときどき鼻毛を抜いて、うつらうつらとしながら、南海の楽園でのバカンスでも夢見ているのか、ときどきにやにやしている。
秘密地下室を出て行くとき、新庄芋は探偵高橋愛に、これでモータウンデビューは決まりマシタネと言ってにやりとした。奇獣が三匹死ぬくらい、あなたの幸せに較べたらタイシタコトデモアリマセンとも言った。
神官たちの運命は死刑というにもその根拠もはっきりとしないので、石川県にあるゴジラ松井記念館の横に宇宙ロケットの発射台を作って、そこから宇宙に追放しようということになった。
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第23回

 王警部はひざまずいた新庄芋の頭頂部を見ながら突然のこの嫌みなエフビーアイ捜査官に何が起こっているのかわからず、とまどいを隠せなかった。
「ミーは決して人に頭を下げたことはナイデス。しかし、ミーは頭をサゲマス。つい四五時間前にも海底原人ラー王子ことゴジラ松井は台湾沖、二十キロの海上を航行中の巡洋艦を一台、襲いマシタ。爆雷を大量に投下スルモ、その効果はなく、その上空をパトロール中の大型監視ヘリコプターがその場所に行くと、すでにその場所は油の海となり、救命ボートのみが、波間に漂ってイタノデス。乗組員は全員、死亡したに違いアリマセン。ゴジラ松井は今は地上にいたときとは違います。海に戻ったゴジラ松井はそのパワーを数十倍にも増しているにチガイアリマセン」
いつもへらへらと人を人とも思わないような新庄芋の表情には血を流し、肉を裂いた人のような真剣な調子があった。そしてその中には運命にひしがれた人間の苦悶があった。
「ミーはエフビーアイの秘密捜査官をしながら、ハッピーなファミリー、マイワイフの名前はスーザンと言います。そしてドーターがイマシタ。ドーターの名前はシンシア、トイイマス。大きなリボンの似合うドーターでした。ハッピーファミリーを持ってイマシタ。家はアルバカーキーの田園地帯にあったノデス。しかし、ゴジラ松井、海底原人ラー王子のためにミーの家族は悲劇のどん底に落とされたノデス」
そう言いながら新庄芋の瞳には復讐に燃えている炎があった。
「ミルバカーキーを横切る大河がアリマシタ。その大河の上流はダムでせき止められて発電所がアリマシタ。そしてダムの中には水がまんまんとたたえられ、その中にはにじますが大量に自然発生的に生息シテイタノデス。海底原人ラー王子ことゴジラ松井はそれを狙っていたのです。マツイは河の中を人知れず潜水しながら泳ぎ、上流へ上流へと向かいマシタ。そして自分の食欲を満たすため、信じられないコトヲシタノデス」
新庄芋はまだ王警部の前でひざまずいたままだった。その話をまみりは複雑な思いで聞いていた。そしてまた王警部も無言だった。
「やがて河の水がせき止められている堤の前に来ると海底原人は直径五メートルのこぶしを振り上げて厚さ十メートルの堤防の壁にその拳と同じ大きさの穴を開けたノデス。堤防にたたえられた水の全圧力がその穴の部分に集中しました。その穴からものすごい勢いで水が噴出して、それと同時ににじますが吹き出してきました。ただラー原人は口を開けて穴から飛び出してくる、にじますを待っていればいいのです。しかし、あの巨大な建造物が精緻な計算の上に成り立っているということをあの悪魔はシリマセンデシタ。その小さな穴から決壊を始めたダムはクライシスが待ってイマシタ。ダムの壁面にはひびが縦横無尽にはしりはじめ、巨大なゴジラ松井のさらに何百倍もの水がダムの決壊と同時に下流に流れました。ゴジラ松井の無量大数といってもいいような巨体も水に流されました」
そこで新庄芋は感極まったのか、言葉がとぎれた。
「そこにはミーのマイファミリーがありました。ちょうど、マイワイフのスーザンがドーターのためにホットケーキを焼いているトコロデシタ。ゴジラ松井と大量の水がマイファミリーを汚泥の中に流してしまったのです。そのあとには何も残りまセンデシタ。ちょうど洪水は海までゴジラ松井を流してしまい、州兵一個大隊が海に面した崖の上に集結したトキニハ、マツイは頭にキャデラックを一台乗せながら悠々と暮れかかる夕日に包まれながら、大海に向かって平泳ぎで遠のいてイキマシタ。ミーはミーはゴジラマツイを決して許せない。アメリカの名誉のためニモ」
土下座したまま王警部を見上げる新庄芋の瞳は潤んでいた。
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やはりまみりはその言葉を複雑な思いで聞いていた。まみりが飯田たちにいじめられていたときもゴジラ松井くんはまみりを助けてくれたではないか、きっときっと何かの間違いに違いないなり、あのゴジラ松井くんとこのゴジラ松井くんは違うなり、ゴジラ松井くんがそんな悪行の限りをつくすはずがないなり。
 「ミーはこのハロハロ学園に来てから、海底原人ラー王子ことゴジラ松井が正義の盾となる人たちと戦うのを見てキマシタ。なかでもミーが感心したのはハロハロ学園の紺野サンデス。ほとんど互角にあの悪魔の申し子と闘いマシタ。しかし、さらにミーが感銘を受けたのはミスター王、あなたもあのときいたのではないですか、あの勝ち鬨橋での闘いデス。あのときはほとんどあの悪魔は負けてイマシタデス。そう、あのどこから現れたのかわからない、あの巨大ロボットです。あれこそが、人類を滅ぼそうとしているあの悪魔からわれわれ人類を守る神の使いに違いアリマセン」
王警部はあのできごとをやはり思い出していた。自分もそう考えている。あらゆる近代兵器を使用しても阻止できなかった、あの海底原人の蛮行を止められるのはあの正体不明の巨大ロボットしかないと。しかし、自分はある予想を立てている、あの巨神はまみりちゃんに危険がせまっているときに現れるのだ。きっとまみりちゃんと何か、関係があるに違いない、それというのも自分は確かな証拠となるものをつかんでいるのだ。
王警部は土下座して、協力を仰いでいるこのエフビーアイ捜査官の手を取った。
「新庄さん、その頭を上げてください、悪を憎み、平和や人の幸福を願うのは太平洋をあいだにはさんでいても同じことです」
新庄芋は立ち上がると何物もすべて了解しているようにほほえんで、王警部の瞳を見つめた。
「わたしもあの海底から来たデーモンを退治出来るのはあのスーパーロボットしかいないと睨んでいました。わたしはいい情報をつかんでいます。ここを映写室に変えてよろしいかな」
王警部はそう言って椅子や机を後ろの方に並べるように部下を呼んで指図した。机が片づけられ、取調室にいたすべての人間、新垣やそのファミリーも含めてである、のための椅子が運ばれて部屋の片方の方に並べられてその反対の壁には試写のためのスクリーンがたらされた。
「まみり、映画会がはじまるわよ。どこに座る。うきうきするわね」
もう全く、石川の馬鹿、人の気も知らないで。うきうきしているハッピィ石川に心配事のある矢口まみりはいらいらした。
スーパーロボの正体がわかるのはよくないなり、王警部も新庄芋もゴジラ松井王子様を殺すためにスーパーロボを使おうとしているのは明らかだなり、わたしの大事なゴジラ松井王子にそんなことをさせたくないなり。まみりは王子と結婚の計画を立てているなり。ぶつぶつぶつ。手を合わせて身をよじってこれから始まる映画会を楽しみにしている、ただならなんでも行列に並ぶことにしている石川梨佳の横でぶつぶつとまみりの表情は雲っていた。そんなまみりの思惑も知らずに王警部の部下たちは椅子を並べて、映写機まで運び込んでいる。
「まみり、ここ、ここ。ここに座ろう」
パープリン石川は映写機の横の椅子に腰掛けてまみりを呼んでいる。探偵高橋も井川先生も腰掛けた。一番前の席には椎の実のような頭が無言で三っ並んでいる。新垣とその同類たちだ。その横には徳光ぶす夫が座っている。
「始まるわよ、始まるわよ」
隣に座っている芯から貧乏な石川がまみりにわくわくしてはなしかけた。
「ぶつぶつぶつ」
まみりはまたぶづぶつとつぶやいた。映写機にフィルムをセットしていた警察の人間が出て行くとその横に立っていた王警部がぎょろりとした目で当たりを見回して言った。
「みなさん、座ってくれましたか、では、始めましょう。申し訳ないが、そこに電気のスイッチがあるから消してくれますか。井川先生」
部屋の照明スイッチのそばにいた井川はるら先生がスイッチを切ると取調室の中は真っ暗になり、それと同時に王警部が映写機の電源を入れたのでレンズの筒から光りが発せられて前に座っていた新垣たちの頭の上の方の尖った部分を照らした。
「これはあの隠密怪獣王、つまり海底原人、ゴジラ松井がなごみ銀行を襲ったときの映像です。自衛隊の係りのものがその様子を映していました」
映像を記録していたとき、隠密怪獣王の破戒活動のためだったか、土ぼこりが立っているのか、画像のはじの方にもやもやしたものが映っている。
 そこには自然の神秘、象やくじらよりも巨大な有機生命体、ゴジラ松井が映って破戒活動をやっている。鉄塔を壊し、大型貨物をひっくり返している。
「見て、見て、映っている。映っている。わたしよ、わたしよ」
石川が横でまみりの横腹を肘でつついた。自分の姿が映っているのを見て喜んでいる、石川のことは納得がいく、しかし、なんだと思ったのは、あの三匹の奇獣たちである。そもそもの原因はあのラーの神官たちにある。少しは責任を感じるべきだろう。それなのにあの三匹たちは画面を食い入るように見ている。完全に楽しんでいる。興奮するとあの椎の実のような頭のさきをゆらゆらと揺らす。ときとして、この記録映画の音声に合わせて音頭をとりながら足でステップを踏んだりする。ときとしてよくわかりにくい場面になると、横に座っている徳光ぶす夫が上半身を折って、三匹の奇獣に説明していたりする。するとその内容がわかっているのか、わかっていないのか、ふむふむと頭をうなずいている。工場の生産設備の見学に来た外国の高官でもあんなふうにはしないだろうとまみりは思った。みんなお前たちのせいでゴジラ松井くんが変な方向に進んでいくんだなり、まみりは三匹の奇獣のところに行き、頭をひっぱたいてやりたくなった。
いらいらしているまみりにまた、トッティ石川が話しかけてきた。
「見て、見て、まみり、わたしがあの隠密怪獣王にパチンコ玉をぶつけるところよ。まみり、聞いているの、わたしの勇姿よ」
「うるさいなり、ロナルド石川、お前のせいで、まみりまで馬鹿に見えちゃうじゃないなり」
「ひどい、まみり。まみりと梨佳は友達でしよう」
「考えておくなり」
「静かに」
王警部の叱責する声が聞こえた。
「ここまでは地上での隠密怪獣王と巨大ロボットの闘いです。ここから彼らは石油の備蓄施設に向かいます。ここに映っている巨大ロボットが持っている宇宙船のような乗り物の中に僕らはいるのです」
石油タンクをつぎつぎと爆発させながら隠密怪獣王と巨大ロボットはもみ合っていた。そしてふたりとももみ合いながら海中に侵入した。そしてあきらかに違うカメラで撮られていることがわかるように画像が変わった。王警部の顔が映写機の中のハロゲンランプから漏れてくる光に照らされて妖しく光った。
「隠密怪獣対策班は海中にも撮影班を用意しておいたのです」
無数の泡の中で揺れる海草のようなふたつの海獣の影はお互いに優位な体勢をとろうと、相撲でいうところの差し手争いのようなことをやっていたが、明らかに巨大ロボットの方が数倍強いように思える、それはそうだろう、いくら巨大で途方もない筋力を持っていたとしても、金属で出来た機械とタンパク質で出来た体表面を持った生物が渡り合えるはずがない。
「あっ」
その場にいたこの記録映画の観客たちはみな、一斉に声をあげ、矢口まみりの方を指さしたのである。最前列にいた三匹の奇獣たちも振り返るとまみりを指さした。まみりの額からは冷や汗が流れた。
 巨大ロボと戦っていた隠密海獣王は苦し紛れに巨大ロボットがはめていた仮面をはがしたのである。巨大ロボツトの素顔が大写しになった。その顔は矢口まみりそのままであったのである。取調室にいた全員はその顔を見た。そこで映像を止めると王警部は部屋の照明をつけた。部屋の中が明るくなっても、まだまみりの顔をじっと見ていた。その中でももっとも真剣に見ていたのは、最前列に座っていた新垣たちでその表情をなんと説明してよいのか、たまたま洗い熊が思いもかけなかった餌を道で拾って、あとでゆっくり食べようと思って自分の巣に持って来て、巣から出て水を飲みに川にいき、戻って来たら、野ネズミがその餌を盗んだあとで、犯人もわからないまま、そこには何もなかったというような表情に似ていた。
「このことをまみりちゃんに説明してもらいたいのです。なぜ、この巨大ロボツトの顔がまみりちゃんにそっくりなのか、つまり、まみりちゃんはこのロボットが何者か知っているのか、そのことが知りたいのです。これは人類存亡の危機なのですぞ」
王警部の表情はいつになく、真剣だった。
まみりは言いよどんだ。
「それは、それは」
ここでスーパーロボの正体を明かすことはゴジラ松井王子に死を与えるに等しい。王警部にスーパーロボの正体をあかし、海底原人ラーの攻撃の先鋒をまかせることになったら、ゴジラ松井王子はその機械に殺されてしまうことになる。いやだ、いやだなり、ゴジラ松井くんはまみりの未来のお婿さんなり、ふたりで幸せな家庭を築くなり。
「それは、それは」
まみりはまだ言いよどんでいた。いつも一緒にいるペレ石川の顔がぼんやりと煙って見え、はるか遠くにいるような気がする。
「このままでは、海底帝国ラーの王子はますます殺戮と破戒を繰り返す。まみりちゃん、きみたけが人類を破滅から救えることが出来るのだ」
王警部はぎろりとした目でまみりを見つめた。しかし、その目の集団は王警部を中心にしているというだけで、取調室にいる全員の目を含んでいた。
あの奇獣たちも人類の範疇に入らないくせに非難めいた表情をして、まみりを睨んだ。
とんとんとそのとき、取調室の入り口を叩く音がした。ドアが開くとそこにはまみりのつんくパパが立っている。
「矢口、心配することないで、すべて正直に話してしまえ」
パパのくせにつんくはまみりを名字で呼んだ。まみりはパパの方を見た。まみりは何も考えることが出来なかった。
「パパの方から話そう。実は王警部、あの巨大ロボット、スーパーロボ、ヤグチマミリ二号を作ったのは僕なんです、ハロハロ学園の中で矢口がいじめられているというのを聞いて、僕が作ったんです。矢口、矢口の言いたいことはわかる。スーパーロボがゴジラ松井王子を殺すための道具に使われるのではないかということだろう。王警部、スーパーロボを海底原人ラーの逮捕のために協力させましょう、しかし、そのためにラー、ことゴジラ松井くんを殺すことがないと保証してくれますか」
その問いには王警部が答えずに井川はるら先生が答えた。
「もし、剣聖紺野さんがゴジラ松井くんと戦えば相打ちになるか、ゴジラ松井くんが斬り殺されるのか、どちらかです。しかし、スーパーロボだったら、ゴジラ松井くんは生きたまま逮捕されるでしょう。そのことはわたしの黒魔術の研究からも結論づけられます」
「そのことを聞いて安心だ、なあ、矢口」
つんく博士はまみりの方を見た。
「わたしもそのことを保証しましょう。まず、多くのの罪を犯した、隠密海獣王は自分のおかした罪のつぐないをしなければなりません。そして罪をつぐなったあとに、社会復帰をするでしょう。そのあと、まみりちゃん、きみはラー王子と結婚して幸せな家庭を築けばよい。待てますか、まみりちゃん」
今までの不安に押しつぶされそうになっていたまみりは王警部の一言で救われた。心が自由になり、大空に解き放たれたようだった。
「待てるなり、待てるなり、まみりは待てるなり。ゴジラ松井くんと結婚できるなら、まみりは何年でもゴジラ松井くんが刑務所から帰ってくるの待つなり、そして幸福な家庭を作って赤ちゃんをぽこぽこ産むなり」
隣でその言葉を聞いていたマミーポコ石川はもらい泣きをしている。
「まみり、幸せになってね」
これでスーパーロボがゴジラ松井対策に使われることが決定したのである。
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 夜の国道を覆面パトカーが快適にとばしている。運転しているのはあの王警部である。そしてその横の助手席にはまみりが座っている。王警部はまわりの景色がうしろに流れて行くのを見ながら、まみりに話しかけた。
「きみのパパには感謝しているよ。スーパーロボを使えば、今度のあの悪魔対策もばっちりだよ」
王警部は少し言い過ぎたかと思った。
「ごめん、ごめん、悪魔だなんて言って、まみりちゃんの未来のだんな様だったな」
「仕方ないなり、そう言われても、海底原人ラー王子はまみりにとっては王子様だけど、ほかの人にとっては悪魔なり、でも、ハロハロ学園にいたときはまみりのだんな様はヒーローだったなり、まみりが飯田たちからいじめられていると助けてくれたなり、それにあのハロハロ馬鹿学園のフットサル大会で優勝に導いたなり。まみりは応援に行ったなり」
「ゴジラ松井くんと会えなくなってどのくらいが経つ」
「三週間ぐらいなり、まみりはあの暴れん坊の怪獣とハロハロ学園のゴジラ松井くんが同じ人間だとは信じられないなり」
王警部の心の中にも感慨深いものがあるようだった。
「まみりちゃん、まみりちゃんはゴジラ松井くんにラブレターを渡したんじゃないのかい」
するとまみりはびっくりしたような顔をしてハンドルを握っている王警部の横顔を見つめた。
「いいんだよ。まみりちゃん、何も言わなくて。スーパーロボの正体を知りたくて、まみりちゃんには悪いけど、いつもまみりちゃんのことを僕は尾行していたんだよ」
矢口まみりはあのゴジラ松井くんに校門でラブレターを渡したときのみじめな気持を思い出していた。確かにまみりはゴジラ松井くんのことが死ぬほど好きである。ゴジラ松井くんが王警部に逮捕されて、裁判を受け、刑務所に収監されても、罪のつぐないが終わるまで、まみりは何年でもゴジラ松井くんが出所してくるのを待っているつもりである。何年でも何十年でも、なぜならゴジラ松井くんはまみりにとって運命の人だからである。でも、でも、まみりは不安になる。まみりは確かにゴジラ松井くんのことを死ぬほど愛している。でも松井くんは。
 そう思うとまみりは悲しくなった。王警部はほほえんでいる。しかし、それは人を馬鹿にする微笑みではない、冷笑ではない、王警部もある意味ではまみりを愛しているのかも知れない。でもそれは男女の愛ではない、親が子供を、親鳥が雛を、そうなんの見返りもつかない無償の愛だった。
「まみりちゃんが松井くんにラブレターを渡しているのを僕は見ていたよ、そう、突き返されたね、それから松井くんのかばんの中からは無数のラブレターが出てきた。僕はそのあと松井くんと一緒に川の端を歩いたんだよ」
まみりは何で王警部がこんなことを言うのかわからなかった。自分を笑い者にしているのかと思った。
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王警部は夜の街をハンドルを握りながら疾走して、自分の若い頃を思い出していた。鏡子夫人にみかんのへたをとってもらったこともあった。そしてそのときのグラビアがみかんのへたを夫人にとって貰って口に入れている王選手というタイトルでグラビア紙の見開きに載ったこともあったことを思い出していた。若いっていいな、と王警部は思った。そして若いから不安にもなる、そう、お互いに愛し合っているのに。
「まみりちゃん、僕の話している人物はラー帝国の悪魔王子のことではないよ。ハロハロ学園のまみりちゃんの同級生のゴジラ松井くんのことだよ。まみりちゃんはラブレターを渡したのに、ゴジラ松井くんのかばんの中からは飯田さんや、安田さん、それにイワン・コロフやハンス・シュミット、それにルー・テーズのラブレターが出て来たことや、きみは本当は強いんだろうと言われたことに不安になっているんだろう」
まみりは無言で正面を向いたまま、王警部のほうを見ないでうなずいた。
「そう言ったときの、ゴジラ松井くんの気持の中がわかるかい、そう、いつもハロハロ学園のヒーロー、ゴジラ松井くんの中にはあの隠密怪獣王としての行動が心に影を落としていたんだよ。自分は人間ではないんだ、海底原人ラーの生き残りなんだというね、それに、ゴジラ松井くんはあの勝ち鬨橋で戦った巨大ロボットがまみりちゃん、そのものだと思っていたのかも知れない、だから、きみは本当は強いんだろうと言ったのかも知れない、でも、まみりちゃんからラブレターを貰っても素っ気なく、それを返したゴジラ松井くんの本当の気持ちがどんなものなのか、まみりちゃんにわかるかい」
「ゴジラ松井くんは迷惑そうだったなり」
王警部はまた慈愛に満ちた目で矢口まみりをちらりと見ると微笑んだ。
「そのあと、僕はゴジラ松井くんと川の端を歩いたんだよ、そのときのゴジラ松井くんの様子は苦しげだった。きっと何か、心の中に葛藤があるようだった」
まみりはちらりと王警部の顔を見上げた。
「それから、僕と松井くんは土手に座って少し、語ったんだよ。僕は、まみりちゃん、きみのことを誉めておいたんだよ。松井くんのお嫁さんには君が一番ふさわしいってね。きみが本当はまみりちゃんのことが好きなら、まみりちゃんを受け入れて欲しいってね、そうしたらに、ゴジラ松井くんは今までで一番苦しそうな表情をしたんだ。・・・・・・
そして僕は確信したよ、松井くんは、ゴジラ松井くんは、世界中の誰よりもまみりちゃんのことを愛しているってね」
「・・・・・・・・・・・」
しばらく、長い沈黙が続いた。横にいてもまみりの表情に輝きの戻って来たことを王警部は感じていた。フロントガラスにぼんやりと映った矢口まみりの瞳はきらきらと輝いている。王警部は期待していた。まみりは第二の父親として自分に甘えてきて、たよりにするだろう。そして自分と鏡子夫人の新婚の頃を、きっと自分の参考にするためにまみりは、その日々のことを聞いてくるに違いないと、どうすれば、もっと仲良く出来るかというような秘訣を聞いてくるに違いないと思っていた。しかし、まみりは違うことを聞いてきた。
「王警部」
まみりの声ははずんでいた。
「なんだい、まみりちゃん」
「王警部は算盤が一級なりか」
「そうだけど、まみりちゃん」
「まみりにも算盤を教えて欲しいなり、ゴジラ松井くんと結婚したら、まみりは家計簿をつけるつもりなり」
そのとき、運転している王警部の目の前で大きく手を振っている男がいて、びっくりした王警部は急ブレーキを踏んだ。止まった覆面パトカーの運転席の横に手を振っていた男が走り寄って来て、顔には困惑と懇願の色が表れている。
「助けてください、助けてください、石が倒れて、石が倒れて、友達が挟まれて動けないんです」
車が止まった横は大きな大木がたくさん植えられている公園になっている。王警部もまみりもそのただごとでない様子に驚いて車から降りた。
「友達が岩の下敷きになって動けないんです、血も出ているんです」
森のような公園の中にその男のあとについて、王警部とまみりはその中に入って行った。男は森の中をずんずん入って行く。そのうちに男の姿は見えなくなった。王警部とまみりは名前もわからない男を呼んでみた。
「騙されたか」
王警部は舌打ちをした。
「戻るか」
王警部は公園の入り口の戻った。
「ちくしょう」
王警部は叫んだ。覆面パトカーは走り出して向こうの方へ行った。
「王警部、そこに」
まみりはすぐそばに千シーシーの排気量のオートバイが止まっているのを発見した。うまい具合にキーも差したままになっている。
「王警部、後ろに乗るなり」
まみりがオートバイにまたがって叫んだ。あわてて王警部が後ろに乗るとオートバイはものすごい勢いで発進した。王警部は思わずまみりの背中に抱きついた。まみりのドライビングテクニックはすごかった。あらゆるロードレーサーやモトクロスレーサーも凌駕するものがあった。あっという間にふたりを乗せたオートバイは逃走車両の背後、五メートルくらいまで近づき、最後はカーブになっている崖の側面をほとんど水平になって走って行き、覆面パトカーの前方に回り込んだ。まみりに抱きつきながら、王警部は後ろの逃走車両に威嚇射撃をすると、その車は止まった。王警部はこのトランジスターグラマーが世界チャンピオンも顔負けのドライビングテクニックを持っていることを発見した。驚愕の発見だった。
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(小見出し)悲しい石川
 右側を見ると鉄条網の中の空き地に雑草がたくさん生えているところを過ぎて崩れかけた
お稲荷さんの門を抜けると石畳みが不定に浮いたり、沈んだりしている道を井川はるら先生と
チャイニーズ石川が歩いていた。この幽霊屋敷の中の細道みたいな石畳の横は赤い錆止め塗料を
縫ったトタン板の倉庫が続いている。その小道の行き着くさきには神社とも稲荷ともはっきり
言うことのできない、ちょっと無気味な感じのほこらが建っている。そのほこらの中には
ほこりや汚れでなんだか判然としない霊的ないわれを持つものが奉られている。
「とうとう、ゴジラ松井くんも警察に逮捕されちゃうのね。ゴジラ松井くんというよりも
海底原人ラー王子と呼んだほうがいいかしら、わたし、ラー王子がまみりちゃんに
近づいているときから、なんか、あの巨人については不信感を持っていたのよね。
やっぱり人類の敵だったのね」
「はるら先生はゴジラ松井くんが嫌いなんですか」
「嫌いというわけではないけど、まみりちゃに近づいているときから、
何かいやな感じがしたのよ。わたしの黒魔術の占いでも、そう卦が出ていたわよ。
でも、スーパーロボを使うというのはいいアイデアだわ。はやくスーパーロボに
こてんこてんにやっっけられちゃえばいいんだわ」
「はるら先生、お言葉ですが、ゴジラ松井くんをやっっけるためにスーパーロボを
使うのではないですわ。海底原人ラー王子として逮捕するんですよ」
「でも、コリアン石川、わたしもあなたもあの巨大ロボットを見たことがあるけど、
あんなん大きいものをどこに隠しているのかしら、あなた、知っている」
「はるら先生、これは内緒ですよ。まみりのパパのつんく博士から、警視庁は借り受けて、
あの鋳物工場の空き地を知っていますか、鋳物で客船を作るという変な計画を
立てていたことがあったじゃないですか、あの工場の施設がそのままになっているので、
スーパーロボはあそこで寝ているんですって、王警部に教えてもらったんですけど、
あの工場の屋根がなかったら、もし、上空から飛行機か、ヘリコプターで見たら、
あのスーパーロボットがそこで寝ているのが見えるはずですよ」
井川はるら先生もその工場のことは知っていた。その工場へ大型の高圧線が何本も
引き入れられている。そういえば、あの巨大ロボットが仰向けに寝て、ちょうど良い、
大きさだ。
「刑務所で刑期を終えて、ゴジラ松井くんは出所したら、まみりと結婚するんでしょうか。
はるら先生」
「そんなことはありえないわ。まみりちゃんはわたしのものですもの。アレクサンダー石川、
でも、なんで、そんなことを聞くの。そうだ、まみりちゃんが結婚してあなたと遊んでくれず、
幸福な家庭を築くことをあなたは怖れているのね」
「そんなことじゃないです。はるら先生」
「じゃあ、どんなこと、グレムリン石川」
「最近、まみりが輝いているように思えるんです。何か、宝を手に入れているみたいに。
まみりは大切なものを手に入れたということでしょうか」
貧乏石川はあえて永遠の宝という表現はとらなかった。
「ふん、そのうち、まみりちゃんも目を覚ますでしょうよ」
井川はるら先生にも微妙なムーニーズ石川の内心は推し量ることは出来なかった。
ふたりは話しているうちに、あの四次元世界の想像物のようなほこらの横を通り過ぎると
古い木がたくさん並んでいる参道のようなところに出た。昔の家がたくさん並んでいる。
茶店や仏壇屋なんかがあった。その人が三人も並べば手狭になるような細道の
並びに駄菓子屋があった。その駄菓子屋の老婆が小学生の耳をつまんで激しく叱責していた。
「この、どろぼうが、まったく、どんな教育を親がやっているというんだい。この貧乏人が」
 ***特別出演・・・・石川の弟***
青ばなをたらした小学生が駄菓子屋の老婆の餌食になっていた。
小学生は耳をひっぱられながら暗い顔をしてうつむいている。
「梨佳男」
その小学生を見て、ミザブル石川は思わずその小学生のそばに駆け寄った。
はるら先生はどういうことかわからずにその場に立ち尽くした。
「この子が何をしたんですか。おばあさん」
「何をしたかだって、このガキがここにあるくじつきの黄粉飴を突然、
わしづかみにすると口の中にほうりこんで、逃げだそうとしたんだよ」
「本当、梨佳男」
梨佳男と呼ばれた正統貧乏石川の弟は黒い顔をしてうつむいたままだった。
「この子を許してください」
「お姉ちゃん、あんた、誰だい」
「この子の姉です。実はこの子も私も親がいないんです。
人さらいにさらわれてただで働かされているんです」
「ふん、そんな言い訳は通用しないよ。どろぼうはどろぼうだからね。この貧乏人」
その言葉を聞くと、れっきとした貧乏人の貧乏石川の瞳には涙があふれてきた。
なんで、弟をせめることが出来るだろう。自分も盗みを働いたことがある。
それは小学生のときだった。クラスで自由時間のとき、みんなが自分の家から
好きなおもちゃを持ってきていいと担任の教師が言った。
小学生たちは好きなおもちゃを家から持って来た。おもちゃのミサイル、
ままごとセット、大型自動車、子供たちはそれぞれ好みのおもちゃを持ってきた。
しかし、貧乏な石川はおもちゃ、ひとつも持っていなかった。小学生石川は
三っ離れた席に座っている金持ちの女の持っているミルク飲み人形を触りたくて仕方なかった。
その女が便所に行ったので思わず、その人形のそばに行って、そのミルク飲み人形をいじっていると、
その金持ちの女が戻ってきて、
「どろぼう」
と大声で叫んだ。何度も何度もどろぼうと叫んだ。
「違う、違う、ちょっと触っただけだわ」
貧乏石川の抗議は聞き入れられなかった。担任の教師はわたしはいじきたないどろぼう娘です、
というサンドイッチマンの看板のようなものを作るとプアー石川の首に通して、
校庭を一時間歩かされた。そのあいだ校舎の窓から、
それを見ていた全校生徒たちは腹をかかえてげらげらと笑っていた。
 そのときの思い出を石川は思いだしていたのである。
「ひどい、貧乏人だなんて」
仕置き人石川はポケットの中にある小銭を取り出すと駄菓子屋の
老婆に投げつけてやろうと思ったがポケットの中には何もなかった。
「・・・・・」
「わたしが出すわ」
井川はるら先生が三十円を老婆に渡すと、老婆はまだぶつぶつと言っていたが、
石川の弟を解放した。
「あんた、どろぼうなんてして、どうするの。おなかが減っているなら、
わたしが家でインスタントラーメンを作ってやると言っているでしょう」
石川の弟は無言だった。
「いいの」
井川はるら先生はそう言ったが何がいいのか、よくわからない。
他人にはわからないことがあるのかも知れない。
そこで駅のそばに来たので井川先生はその場を離れた。
 ふたりの兄弟はとぼとぼと家路に向かった。
「姉ちゃん、僕みたいな弟を持って恥ずかしいかい」
「ううん、そんなこと、姉ちゃんが玉子の入ったインスタントラーメンを
作ってあげると言っているのに」
「姉ちゃんに心配をかけたくなかったんだ。最近の姉ちゃんは少し、おかしいんだもの」
「どう」
「夜中に寝言でまみり、殺してやる、なんて言ったり。
台所で泣いていたりするじゃないか。それにこの前なんか、寝言で松井くん、
行かないでなんて、言っていたよ」
清純派貧乏石川はどきりとした。
ああ、弟は、いくら、偽っていても本当の自分を見ているんだわ。
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