電人少女マリ  27 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第27回
「そうだ、紺野さんが心配なり」
「まみり、なんで、紺野さんが心配なのよ」「うちのクラスのみんなは生徒同士で組まされているからいいけど、きっと、紺野さんの部屋には父兄がいるなり、先生もいるかも知れないなり」
「紺野さんを見に行こう」
吉澤が言った。
「あたい達も見に行くよ」
飯田がそう言うと保田も加護も辻も立ち上がっておにぎりを頬張ったまま、紺野さんが寝ることになる部屋を見に行くために立ち上がった。
廊下に出ると、実際よりも一倍半くらい大きく、千住のお化け煙突みたいな田中れいな百十五才、おばあちゃんがお盆を持って立っていたので、石川は急に部屋に残して来た、弟のことが心配になったので、
「れいなおばあちゃん、弟におにぎりをやった」と訊くと田中れいな百十五才は
「やったわよ」と言ってそそくさと階下に降りて行こうとした。
廊下に面している窓からは外の景色が見える。廊下に飛び出した保田がこの二階の窓から外に立っている大きな焼き場の煙突の方を見て、何かを発見して叫んだ。
「ほら、見てよ、焼き場の窯の隣に古農家みたいな一軒家があるよ」
大きな森の木がふたつ、みっ、重なっている手前に焼き場の煙突と窯、そしてその横に古い農家がぽつりと建っている。
すると辻や加護なんかの不良たちはどれどれと言って、その方を首を伸ばして見たので、まみりや石川たちもその方を見た。二階の窓から突き出した顔の目のさきの方にうち捨てられた藁葺きの農家があって、まるで廃材を使って作られた民芸品の模型のようでもある。

まみりや不良たちが一列に並んでそのなんとなく気味の悪い一軒家を見ると、田中れいな百十五才、おばあちゃんもそのあいだに顔を割り込ませてその古い家を見た。
「あれは、わたしたちの住んでいる家だわよ。れいなおばあちゃんも、えりおばあちゃんもさゆみおばあちゃんもあそこに住んでいるんだよ。くくくくくくくくくく」
田中れいなおばあちゃんはさもおもしろいと言うようにこの世でもないような薄気味悪い声を出して笑ったので、石川もまみりも不良たちも気味が悪かったが、とうのれいなおばあちゃんはその笑い声を残して、階下に降りて行った。
 「みなさん、いる」三番目の部屋の障子を開けると高橋愛、井川はるら先生、安倍なつみ先生が顔を出した。藤本もいる。それぞれ自分の荷物を整理していたが、みんなは紺野さんはどうしたのだろうと思って、部屋の奥の方を見ると、自分の座っている座布団の四方に竹を立てて、しめ縄を張り巡らして、自分の頭には四つ墓村の殺人鬼のような鉢巻きをして手には変なおいのりに使う棒みたいな物を持ってさかんにふっている。紺野さんの前には、古木を使って作った変な人形が三体、横たわっている。そして、剣聖紺野さんの愛刀はそこらへんに投げ捨ててあった。その三体の人形はどことなく、あの無気味な三婆に似ていた。
 「紺野さん、何をしているなり」
まみりが紺野さんに話しかけると、紺野さんは、きっとした目をしてにらみ返した。そして前に置いてある、人形をにらみつけた。東北の方ではもっこさまとか言って、呪う相手の魂をそこに封じ込めることが出来るそうだ。
「まみりちゃん、紺野さんに何を話しかけても無駄よ、紺野さんはこの宿についたと思ったら、外へ行って竹藪で竹を切ってきて、和紙を切ってしめ縄まで作って、あの変な呪いの祭壇みたいなものを作って、お祈りを始めたんだから、紺野さんに何を言っても無駄よ」
「そうそう」
井川はるら先生の隣にいた安倍なつみ先生も同意した。そのとき、しゅっ、と音がして鴨居のところに短刀が突き刺さった。藤本が短刀を投げたのだ。
「ふぉ、ほほほほほほほほほほほほほほ」
まるで象が密林で雄叫びをあげるような声がして、障子の入り口のところに亀井えり百十七才が立っている。亀井えりおばあちゃんは海苔の巻いたおむすびをたくさん持った大皿を大きなお盆に入れて、持って来た。お盆の中にはお茶の道具も入っていた。
「みなさん、おなかがすいたでしょう」
そう言ってお盆を入り口のところに置くと、食事を勧めた。部屋の中にいたみんなはつぎつぎと手を伸ばした。片手におにぎり、片手に湯飲みという出で立ちだった。隣の部屋でたらふく食べたはずの不良たちも手を伸ばしている。
「そこでご祈祷をしている、お方もお上がりなさい。ふぉ、ほほほほほほほほほほほほほ」
亀井えりおばあちゃんが紺野さんの方に話しかけると、また、紺野さんはきっとえりおばあちゃんの方をにらみ返した。そこにはふぉほほほほほほほほほという笑いときっとにらみ返す目力の闘いがあるようだった。
「このお茶はおいしいですわね」
探偵高橋愛がそう言ってお茶を啜っていると、えりおばあちゃんは特別なものがあるんだという顔をして寿司屋で使う大きな湯飲みを取り出して、「昆布茶もあるんですよ」と部屋の中の方ににじり寄って来て、紺野さんにさしだすと、始めはおそるおそるだったが、紺野さんはその昆布茶をえりおばあちゃんから受け取ると、それに口をつけ、おいしいとわかるとぐびぐびと飲み干した。部屋の中にいるみんなは飯田も加護も辻も保田もはるら先生も、もちろん、まみりも石川もその様子を見ていたが、紺野さんの目はしだいにとろんとして来て、うつらうつらとすると急にばたりと座ったまま、後方に倒れて、口からはよだれをたらして大の字になって寝込んでしまった。大きな瞳は閉じられ、寝息をたてている。
紺野さんがこんぶ茶に口をつけたときから部屋の中のみんなは興味深いと思い、紺野さんに釘付けになったが、その様子をスローモーションフィルムを見るように部屋の中にいた連中は見ていたが、紺野さんが倒れた瞬間に声にならない声を上げた。
その様子を亀井えりおばあちゃんは氷のような瞳で見ていたが、その背後には道重さゆみ、おばあさんも、田中れいなおばあさんも立って見ていた。
「どういうこと、まみり」
「わからないなり、石川」
まみりが横に座っている石川に話しかけると、
「これで、いいんだ、矢口」
という声が聞こえて、隣に変なめがねをかけたつんくパパが立っている。下の階から、いつのまにか、王警部も村野先生も上がって来た。そこにはダンデスピークもいた。
「つんくパパ、いいんだということはどういうことなり、紺野さんはよだれをたらして、寝てしまったなり」
高橋愛が紺野さんのそばに行って、その眠っている紺野さんの頭部をゆすって見たが紺野さんは目をつぶったまま、少しも動こうとしない。
つんくパパの横に王警部もやって来た。
「みんなで相談して、決めたんだよ、まみりちゃん。こんな紺野さんのような危険な存在は今度のプロジェクトが終わるまで、眠っていて、もらうようにしようということになったんだ。紺野さんが突然、剣を振り回してしまったら、大変なことになってしまうからね。このおばあさんたちが協力してくれたんだよ。紺野さんの飲んだこぶ茶の中には三日間、眠り続けるという、三日眠り坊主という不思議な薬が入っているんだ。ありがとう、無気味三姉妹」
王警部が軽く頭を下げると、無気味三姉妹も気味悪く笑った。そのあいだ、馬鹿組の連中は紺野さんの寝ているところに行き、紺野さんを突っいていたりする。小川は倒れている紺野さんの耳たぶを人差し指と親指でつまんでマッサージしてみたが、少しも動かなかった。
不気味三婆姉妹はにやりとして村野先生の方を見た。
「みんな、みんな、ずっと、列車に乗っていたからつかれただろう。お風呂に入って、汗を流してくれ、そのあとにゴジラ松井捕獲プロジェクトの成功を祈ってお祝いをしよう。下で宴会の準備をするからね」
村野先生が言った。
みんなは何事もないように部屋に戻って行ったが、無気味三姉妹はその場に残った。
 部屋に戻ったまみりは自分のバッグの中を探った。
「まみり、何、さがしているの」
「バブル・ベアー・ソープを探しているなり」
まみりはようするに石鹸を探していた。
「あったなり、あったなり」
まみりはバッグの奥の方から。ガスボンベみたいなものを取り出した。
それはガスボンベのようなかたちをしているが、石鹸であり、ノズルのところから石鹸の泡が出て来て、その泡が自由に象さんにも、バナナにも、お団子にも、かたちを作れるものだった。
「いいわね、まみり、バブル・ベアー・ソープを持っていて」
石川がうらみがましい顔をしてまみりの横顔を見つめた。
吉澤も、まみりの方にやって来た。
「まみりもバブル・ベアー・ソープを持っているの、わたしはさくらんぼ味のバブル・ベアー・ソープを持っているのよ」
ふたりがその話で盛り上がっていると、石川は悲しい瞳をして沈黙した。その部屋の押入の中でこの女たちを観察していた石川の弟はさらに悲しい瞳をして自分の姉を見つめた。
「お風呂の準備が出来たってよ」
小川がそう言いに来て、部屋の中の三人は小川の方を振り向いた。
********************************************
白鳥風呂
 石川は大きな櫛で髪をとかしながら、まみりの方を向いた。
「まみり、王警部が白鳥風呂とか、言っていたけど、なんのことかしら」
「知らないなり、それより、なんで葬儀場の中に温泉があるのか、よくわからないなり」
「さっき、ちらりと聞いたんだけど」
洗面器の中にタオルやスポンジを投げ込みながら吉澤がまみりと石川の方を向いた。
「ここは、最初から葬儀場だというわけではなかったらしいよ」
「どういうことなり、吉澤」
「あの不気味三婆姉妹がいたじゃない、あのひとり息子の家だったそうよ。その息子は変な芸術家で、ここに自分の別荘を建てたのよ、つまり、ここね、でも、途中でその息子が原因不明の死を遂げたの、ここの建設も途中でとまった。それを石川県が買い上げて、葬儀場に変えてしまったんですって、それで不思議なことに、その死んだ息子というのの、死体がまだ見つからないんですって」
「まみり、やだー、不気味だよ。不気味なのはあのおばあちゃんたちだけではなかったんだ」
「ふふふふ、石川の心配しすぎだなり。みんなで、お風呂に入るなり、吉澤も用意が出来ているなりか、きっとそのお風呂も立派なのに違いないなり、だって、もともと別荘のお風呂なりだから」
吉澤は洗面器を持ち上げた。
石川もふたりに遅れないように立ち上がった。
「まみりー、待ってー。梨花夫、お風呂に行ってくるからね」
「いいよ、姉ちゃん、僕はここで、ガラスの仮面を読んでいるから」
石川の弟はせんべいを囓りながら、漫画を読んでいる。
「白鳥風呂って、どんなものかしら、きっと、美しい風呂に違いないわ、ねえ、まみりもそう思うでしょう」
「そんなこと、知らないなり」
まみりたち三人が階段を下りて行くと、玄関のホールにあるソファーのところで、つんくパパがホールに備え付けてある戸棚のところで、さかんに、何か、読んでいる。戸棚の上には三婆葬儀場図書とか書いてある。小川もこの葬儀場が出来た由来が書いてある、古文書のようなものがあるが、それが一階に置いてあるとか、言っていたから、それがたぶん、そうなのだろう。
 つんくパパはまみりが一階に降りて来たことにも気づかずに、その本をずっと見ていたが、まみりたちが一階に下りて来たことに気づくと照れ笑いをした。風呂場は一階を左に折れて、裏の細い廊下を通って行くようになっている。
「あの不気味三婆の住んでいる家を横に見ながら、お風呂場に行くなんて、気味が悪いわね。やだわ」
「ほら、あの骨踊り庵が見えるわよ」
吉澤は裏の廊下の窓から見える、あの気味の悪い古家を指さした。
「骨踊り庵ってなんなり」
「石川を怖がらせようと思って、勝手に考えたんだよう」
「やだぁ、吉澤」
白鳥風呂に変な期待を抱いている石川が吉澤の二の腕を叩いた。
「見てみるなり」
まみりは、吉澤が骨踊り庵と勝手に名前をつけた古家を指さした。
その古い農家の戸は薄汚れた障子になっていて、中は蝋燭の明かりだけで照らされているように、ぼんやりと明かりがともっている、そのともっている明かりで映し出された影はきわめて異様なものだった。
巨大な照る照る坊主がぶら下がっている影が映っている。
「気味が悪いなり」
「まみり、何よ、あれ」
「ああ、寒気がする、早く、お湯に浸かろうよ」
吉澤が催促した。
三人が唐竹を巧みに組んで、風呂場らしい感じを出している廊下の突き当たりに行くと、そこには女風呂という看板が出ている。
その女風呂の隣はマッサージ室と書いてある。
「まみり、入りましょう、入りましょう」
白鳥風呂という言葉に変な期待を持っている石川は脱衣場の中に入ると、上着を脱ぎ始めた。すると石川のレース刺繍で縁取りされた下着が現れた。横では吉澤もズボンを脱ぎ初めて、立派な足があらわになっている。まみりも丸首のシャツを首から抜くと、金色の髪がぱらぱらとばらけて、完全に首が抜けると、櫛を入れたように整った。まみりはまだ、パンツを脱いでいなかったが、石川も吉澤も生まれたままの姿になって、タオルで前の方を隠している。まみりは自分では気づかないがそこに女のにおいがするような気がした。
「わたし、一番」
石川が風呂場の戸をいきおいよく、開けて飛び込むと、大きな叫び声をあげた。
中には浴槽がいくつもあるのだが、その一番、大きな浴槽のへりに首をのせて、徳光ぶす夫とくーちゃん、ほーちゃん、そして新垣がこっちを見ていたのである。
「きゃあー、何、男が入っている、それに、あの化け物たちも、まみり、まみり」
洗い場の方に飛び込んだ石川はバスタオルで前の方を隠しながら、脱衣場の方にやって来た。そこにあわてて小川が入って来た。
「ごめん、ごめん、みんな、徳光ぶす夫が、ほーちゃんとくーちゃん、それに神官新垣をつれて最初にお風呂に入ることになるって、言うのを忘れていたよ、ほーちゃんもくーちゃんも新垣もひとりでお風呂に入れないからね。徳光ぶす夫がいなければだめなんだよ」
「早く、そのことを言って欲しいなり」
「でも、洗い場に飛び込まなくてよかったわ」「わたし、最初に入って、損したわ」
石川はかんかんに怒った。もう一度、服を着て、自分たちの部屋に戻ろうとすると、細い廊下を通って、つんくパハや王警部、新庄芋、それに村野先生が向こうから、やって来る。なんか、照れ笑いをしているが、内心、うれしそうだ。
「パパもお風呂に入りに来たなりか」
「そうだよ。矢口」
やはり、男たちはうれしそうだった。
************************************************
 下のホールで籐で出来た安楽椅子に腰掛けながら、競馬新聞を読んでいたまみりは男たちがぞろぞろと奥の廊下の方へ歩いて行くの
見た。
隣でスリッパを脱いで、自分で足裏マッサージをしている石川もその様子を見ていた。
「みんな、お風呂に入るのかしら、王警部も矢口のパパもいるわよ。女風呂の奥の方に男風呂があるらしいわよ。まみり、でも、あいつら、なんか、うれしそうじゃない、なぜかしら」
「そんなこと、知らないなり、それより、明日の三レースはコメダワラキントキが固いわよ、馬券を買っておけば良かったなり」
まみりは新聞をぱらぱらとめくりながら、横にいる石川に話しかけた。
「ふん、まみり、また、無駄金を使うのね」
馬券を買う金もない石川が鼻でせせら笑った。
「その言い方はなんなり、石川、お前、お茶を飲んでいてもそわそわしているし、途中で、ちょっととか、言ってトイレに行くなり、電話をかけているなりか、石川、男が出来たなりか」
「なによ、まみり、邪推よ」
石川の心の友はもちろん、ゴジラ松井くんである。
「まあまあ、ふたりとも」
そのあいだに吉澤があいだに入った。
「まみり、まあ、いいじゃないの、石川に男が出来たって、だって、石川はアダルト石川なんだもの」
「なーに、吉澤、なんなのよ、その言い方は」
吉澤は石川の怒った顔を軽くいなすと、あの気味の悪い、三婆姉妹のことに話頭を変えた。「それより、あの気味の悪い三姉妹の方が心配だわ、あんな気味の悪い、三姉妹はいないわよ、さっき、出された味噌肉入りのおにぎり、変な味がしなかった」
そう言えば、まみりもあのおにぎりの中に味噌肉入りのものもあって、それが変な味がしたのを覚えている。
「剣聖紺野さんはどうしたものなりか」
あの部屋には剣聖紺野さんとあの三婆だけが残されている。
「でも、心配ないなり、あの三婆と紺野さんとは同じにおいがしないなりか」
「する、する」
今まで喧嘩をしていたまみりと石川もそのことでは意見が一致した。
「吉澤、それよりも、あの気味の悪い三婆たちの息子は死んだのに、死体が見つからないとか、言っていたじゃない、どういうことなのよ」
「この建物の建設中に息子が殺されたということはまわりの状況から考えて確実なのよ、それなのに、その息子の死体が見つからないのよ、って、この建物の記録に書いてあるのよ、息子の死体はこの建物のどこかにあるから、見つけたら、夏みかんを三個、プレゼントするって、葬儀場の利用パンフレットに載っているのよ」
「ふん、馬鹿みたい」
「ふん、馬鹿みたいなり」
この点においてはまみりも、石川も意見が一致した。
 そこへ小川がやって来た。
「さっきは、ごめん、ごめん、徳光ぶす夫たちが先客で入っていたということを、言うのを忘れていたのよ、あの、神官たちは頭を洗うときも、石鹸が目に入っちゃうと言ってうるさいのよ、だから、徳光ぶす夫が一緒にお風呂に入らなければだめなのよ。徳光ぶす夫たちも、いいお湯だったと言って、出て来たから、みんな、お風呂に入れば」
「待っていたなり」
まみりは競馬新聞をロビーのデスクの上に置くと腰を上げた。さっきの廊下を通り、またもや、あの気味の悪い、一軒家の前を通ると、さっきのてるてる坊主の影がすすけた障子に映ってゆらゆらと揺れている。
「まみり、また、あの巨大てるてる坊主がゆらゆらと揺れているよ」
石川はまみりの二の腕をつまんだ。
「きゃあ」
吉澤が急にびっくりした声を上げる。
それから吉澤は落ち着いて、非難した。
「もう、びっくり、させないでよ、急に出てくるんだもの」
その吉澤の非難の言葉も相手には聞こえなかった。廊下の窓の下から、あの気味の悪い、三婆、亀井えり百十七才、道重さゆみ百十六才、田中れいな百十五才が顔を出したのだ。
三婆は気味悪く、にっと笑った。
「行こう、行こう」
吉澤はそう言った。まみりと石川はまだ窓の向こうで、気味悪く、三人を見つめている三婆を無視して、廊下の突き当たりにある風呂場に急いだ。廊下を突き当たって、右に曲がると女風呂に通じる、左に曲がると男風呂の方に行く、女風呂の横にはマッサージ室と書かれて閉められている部屋がついているのは前説したとおりだ。
まみりが脱衣場の戸を開けると、騒ぎ声が最初に耳に飛び込んで来た。
「不良たちが入っているなり」
不良グループたちのはめをはすせした笑い声が聞こえる。
「いやね、不良グループたちって、わたしたちもあの人たちと同じように思われてしまうわ」
石川は女らしく、後ろ止めのブラジャーのホックに手をやっている。
まみりも上の方はまったく、いじくらず、下の方をすっかりと脱いで、少し大きめの上着の下から、素足が二本、出ていた。石川は上半身はブラジャーだけになった姿で横にいる吉澤の方を振り返ると、、吉澤の方はすつかりと脱いでいて、丸みを帯びた背中が見える。
「吉澤、そこに、ほくろがある」
「どこ、どこ」
吉澤が首だけ向けて、石川の方を振り向いた。まだ、浴室の方に入っていないのに、天井の照明が光のシャワーのように三人の女たちの裸身を照らした。
「入るなり、入るなり」
まみりが浴室のドアを開けると、そこには大理石の彫刻で形作られた神殿のようだった。浴槽が三つもあり、その中にはエメラルドグリーンやミルク色、そしてあるいは透明なお湯をたたえている。それらの浴槽の間にはギリシャの神殿のような円柱や彫刻が置かれている。その彫刻の中には滑り台もある。入り口に入ってすぐ横に巨大な鏡が取り付けてあり、その浴室の広さを二倍にも大きく見せていた。
まみりがそこに入ると、自分の裸身がそこに映っている。
「恥ずかしいなり、恥ずかしいなり」
まみりは首を振ると、金髪がさらさらと揺れた。
脱衣場で聞こえていた、騒がしい声の実体が確かに、その中にいた。下品な笑い声が聞こえる。
不良グループのリーダー飯田が浴室の隅に置かれていた木の桶を両手に持つと、いつだったかの、局部が見えるか見えないかの、裸踊りを、その木桶を使って、使って、やっている。一番大きな、透明なお湯をたたえた浴槽に浸かりながら、保田、加護、辻たちがげらげら笑いながら、見ている。飯田は得意気にそののびやかな手足を延ばして、大の字になると、片足をタイルの上につけて、片足を宙に上げ、おっとっとと、おっとっとととと、中年の親父が余興でもやらないような馬鹿踊りを得意になってやっている。そのあいだ、あの不良たちはげらげらと下品な笑い声をあげている。まみりたちはミルク色のお湯のたたえられている浴槽に身体をそろそろと滑り込ませた。彼女たちの身体の筋肉が微妙な神経の刺激によって、筋肉に緊張をともない、身体の稼働部に微妙なくびれを生じさせた。三人は白濁した湯の中に首だけ浸しながら、横のげらげら声を不興な顔をして見つめた。
「いやねぇ、不良たち、わたしたちはセクシー路線で行こうと思っているのに、評判が落ちちゃうわ」
吉澤と石川梨花が顔を見合わせると、まみりは
「お風呂場で走っちゃ、いけないなり、先生に怒られるなり、滑って、危ないなり」
と言って、不良たちの馬鹿笑いをにらみつけた。
「石川、さっき、バブルベアー・ソープを使いたかったみたいなり、使ってもいいなり」
「本当、まみり、ありがとう」
「いつまでも、お湯の中に浸かっていても身体がふやけちゃうなり、身体を洗うなり」
まみりがざぶっと湯の表面を波立てて、お湯の外に出ると、さきに石川は浴槽から出て、バブルベアー・ソープのボンベを抱きしめている。
「石川、いくらでも、使ってもいいなり、全部、使ってもいいなり」
「本当、まみり」
石川の顔が薔薇色に輝いた。
「うるわしい友情だわ」
浴槽のへりに頭を載せながら、吉澤が眠そうにつぶやいた。
バブルベアー・ソープの缶は中に石鹸が入っていて頭のところに熊の頭の人形が入っている。その頭のところのボタンを押すと口のところから、石鹸の泡が出てくるのだが、水の上にその石鹸の泡を浮かべてもそのかたちは変わらない。その泡のかたちを整えて、簡単なかたちを作ることが出来る。早速、石川は桶の中にお湯を張って、その中に石鹸の泡を入れてみた。
「まみり、ほらほら、見て、見て、雪だるまが出来たよ」
「石川、身体を洗ってあげるなり、この泡で、雪だるまの泡で」
「まみり」
腹黒石川は座ったまま、首だけを向けて、まみりの方を向いた。
何も知らない、まみりは雪だるまのかたちや、ひとでのかたちにして、泡を石川の身体に塗りつけた。
「まみり」
また、石川はまみりの方に声をかけた。それしか、言葉が出て来なかった。
あのスーパーロボに細工をしたことが石川の心をちくりと刺した。
「まみり、全部、使ってもいいの、泡を」
「全部、使ってもいいなり」
いつのまにか、石川の身体は泡だらけになった。
「石川、お湯をかけるなり。これで石川の身体はすべすべなり」
まみりはお湯を石川の身体にかけた。
「まみり」
「なんなり」
「これで、心もすべすべになるかしら」
「何を言っているなり、石川」
「まみりは・・・・・」
腹黒石川は思わず、自分がゴジラ松井くんとまみりの恋いの邪魔を計画していることを言いそうになった。
「石川、さっきから、白鳥風呂、白鳥風呂って言っていたじゃないか」
浴槽の方から吉澤が声をかけると、石川ははっとして吉澤の方を振り向いた。
「そうだわ、白鳥風呂のことを忘れていたわ。わたし、白鳥風呂に入りたいのよ」
「石川、お肌がすべすべになったから、石川は白鳥風呂に入れるなり、でも、どこに白鳥風呂ってあるのかなり」
「あそこよ、あそこ」
浴槽の中から吉澤が不良たちが集団で浸かっている、大浴槽の向こう側にある、白鳥の巨大な壺のようなものを指し示した。
「あれが白鳥風呂ね。まみり、行ってくるわ」
石川は立ち上がると、白鳥風呂の方に向かった。大浴槽の中では不良たちが首をのせている。
石川が雁首を並べている不良たちの前を通ると、保田が声をかけた。
「石川、どこに行くんだよ」
「白鳥風呂に入るのよ」
不良たちは声を上げて、笑った。
「白鳥風呂に入るだってよ、白鳥風呂に入るだってよ」
加護と辻はお湯を叩いている。
「白鳥風呂だって、ギャハハハハハハハハ」
飯田も声を出して笑った。そして、大浴槽の中でがばっと立ち上がると、白い白鳥風呂を指さした。
「あの白鳥風呂は確かに、白い、でも、それはお湯が白いからなんだよ、あははははは、そして、浴槽は実際はガラスで出来ている、そして浴槽の上には金で出来たふたがついている。見えるか」
「見えるわよ」
石川はじっと、白鳥風呂を見つめた。
「その横にある彫刻がなんだかわかるか」
そこには大きな四角い大理石のレリーフのようなものが立っている。そのレリーフのちょっと変わっているのは、表に彫った部分が浮き出ているのではなく、逆に凹んでいることである。不良たちも、まっ裸のまま、浴槽から出てくると、そのレリーフのところに行った。石川はそのレリーフのところに行くと、横に何か、書いてある。不良たちもぞろぞろと裸のままで、彫刻の横に立った。不良たちも石川もまるで自分たちが、一糸まとわない姿だったということを知らないようだった。
「ここに、書いてあるだろう、理想のプロポーションを持つものだけが、この白鳥風呂に入ることが出来る、われもと思う女性は、この中に入って見よ、ぴったりとサイズが合えば、白鳥風呂のふたがひらくだろうってな」
ここでまた下卑た笑い声がわき起こった。
「お前が理想のプロポーションを持っているだって。ガハハハハハハハハハハ」
「オヤピンもためしてみたけど、ぜんぜん、サイズが合わなかったんですよね」
「余計なことをいうな」
飯田が、辻の頭を叩いた。
「まあ、このゴジラ松井捕獲プロジェクの中でこの条件を満たしそうなのは、井川はるら先生と藤本ぐらいしか、いないだろうな。ガハハハハハハハハハハハ」
飯田がまた、豪快に笑った。
石川はまた、下を向くと、握り拳を強く握った。
 この石川、貧乏な出なれど、スタイルだけは自信がある、たとえ、母親がキャバレーで働き、父親が家を出て、住所不定なれど、遡れば、源氏の血が流れておる、飯田、目にもの見せてやるぞ。
石川の握られた拳はぶるぶるとふるえた。
裸身の石川はそのレリーフのところに行くと、背中を彫刻の方に近づけた。そして凹んだところに身体を押しつけると、凹んだところに身体がぴったりと収まるではないか、どこからかファンファーレの音が鳴り響き、七色の虹があたりを包み、白鳥風呂のふたがおごそかに開いた。
おめでとう、あなたはスタイルナンバーワンに選ばれました。
パチパチパチ、保田も加護も辻も我を忘れて拍手をした。
ありがとう、ミス石川女王はしずしずとレリーフの中から出てくると、不良たちに感謝の言葉をくだしおかれた。裸の石川は白鳥風呂のへりによじのぼると、どぼんとその中に飛び込み、ミルク色のお湯が飛び出した。
保田も加護も辻もまだパチパチと拍手している。
「なんだよ、お前たち、馬鹿か、出るよ」
飯田は怒って子分たちをつれて脱衣場に向かった。
ミス石川梨花女王は勝ち誇ったように風呂の中で自分の伸びやかな手足を伸ばした、その様子は紅茶ポットの中に入った人魚のようだった。
「わたし、お魚になった気分」
遠くの方でまみりと吉澤はその様子を見ていた。
「石川と不良たちが、なんか、やっているなり」
「不良たちがプリプリして出て行くわ」
「石川が紅茶ポットの中で泳いでいるなり」
ふたりは何がなんだか、よくわからなかった。
「もう、全く、いまいましいね。貧乏人のくせに」
飯田がバスタオルで顔を拭きながら、まだ、ぷりぷりしている。
「あのスタイル測定定規に合格出来るのは、はるら先生と藤本だけだと思っていたのにな」
「オヤピン、オヤピン」
脱衣場で身体を拭いていた飯田の耳に加護が大発見をしたという調子で声を上げた。不良たちは脱衣場の隅でかがんでいる加護のそばに行った。
「なんだよ」
不良たちは湯上がりに不良特有のジャージを着ている。
「オヤピン、オヤピン、大発見だっぴ、見てみ見て、ここ、ここ、ここだっぴ」
「よく、やったよ。加護」
飯田にも、その大発見の意味は分かった。
脱衣場の隅に変なスイッチがたくさんついていて、大浴槽排水スイッチとか、書いてある。
「オヤピン、白鳥風呂、排水スイッチといのもあるだっぴ」
「このスイッチを入れると、白鳥風呂のお湯がなくなっちゃうんだな、でかした。でかした、加護」
「オヤピン、これはなんだ。マジックミラー、電源と書いてあるだっぴ」
「なんか、よくわからないけど、両方、入れてみるか」
飯田は両方のスイッチを入れた。
ふたつのスイッチを入れたのだから、ふたつの現象が起こるのは当然である。
 まず、ミス石川梨花女王の方から起こった現象について、説明しよう。
石川梨花の入っている紅茶ポットのような浴槽の中からミルク色をしたお湯がだんだんひいていった。
「どうしたの、お湯がだんだんなくなって行く」
お湯はだんだんなくなって行き。白いお湯は石川の乳首の上の方までになった。
「どうしたの、お湯がなくなって行く」
石川はあせった。みるみる、お湯はなくなって行き、今度はへそのあたりまで来てしまった。ガラスポットの中に美神石川の裸体がある。浴槽が透明なガラスで出来ているので当然だった。そして、とうとう、お湯が一滴もなくなり、ガラスの底が見えたとき、美神石川は絶叫して気を失った。その底には気味悪く目を開いた、男性の死体が底から目を開いて美神石川を見つめていたからである。石川は裸体のまま、ガラスのカップの中に横たわった。
 そして、もうひとつの現象の方を言うと、浴槽の中につかりながら、まみりと吉澤は浴槽の壁に貼られている、大きな鏡をずっと見ていた。自分たちの顔が映っている。それが不思議な現象が起こっているではないか。ガラスの鏡がだんだん、その銀色の機能を失って、透明になっていく、そして、その鏡の向こうから勢揃いに並んだ、王警部、村野先生、新庄芋、そして、つんくパパ、それにどういうわけか、ダンデスピーク矢口と石川の弟が鼻の下を伸ばしてこちらを向いている。
「なんだなりーーーーー」
まみりは地球の裏にも聞こえるくらいの大声をあげた。
まみりの怒声と石川の悲鳴で、はるら先生、阿部なつみ先生、藤本が女風呂にやってきた。
男たちはこってりとしぼられた。
「ごめん、矢口、ちょっとした出来心だったんだよ。たまたま、あんな仕掛けがあるって、下の図書の中に資料があったから、こんな仕掛けを作った、あの三婆の息子が悪いんだよ。あいつ、変態だよ。自分の死体を白鳥風呂の下に樹脂付づけにしろなんて」
「つんくパパは犯罪者なり、自分の娘の裸を見て、何がおもしろいなりか」
男たちの面目は丸つぶれだった。
その様子を徳光ぶす夫はほーちゃん、やくーちゃん、神官新垣の手をつなぎながら、じっと見ていた。ほーちゃんもくーちゃんも神官新垣も何が起こったのか、全く、理解出来ないようだった。
************************************************
 下のホールでゴジラ松井捕獲プロジェクトの連中は明日の競馬の予想をやったり、今日乗った列車が途中で停まった駅で買ったあんず餅という名産品がどこで作られているかを話したり、高橋愛が今度、モータウンから出すシーデージャケットの表紙の話題になって、今度、撮影で高橋愛がグアムに行くんじゃないかという話題やあれやこれや、いろいろな話題で盛り上がっていたが、徳光ぶす夫とほーちゃん、くーちゃん、そして新垣の四人は二階の自分たちの部屋で今日、列車の中で見た信州の風景を残そうと思い、ちぎり絵の制作にはげんでいた。徳光ぶす夫はあまりにも熱心になりすぎて、額から汗が出て、ランニング一枚になって、ちぎり絵の色の要素となる色紙を細かく、ちぎって、やまとのりを紙の裏に塗って台紙となる画用紙の上に張っている。その様子をほーちゃんとくーちゃんはじっと見ている。ほーちゃんもくーちゃんもちぎり絵を見るのは初めてのようだった。こんなふうにして絵が出来るのだとは信じられないのかも知れなかった。むしろその絵をじっと見てこの作業に集中している徳光ぶす夫の視線のさきに何か素晴らしいものがあるのかも知れないと誘導されて、ほーちゃんもくーちゃんもそのちぎり絵の出来ていく様子をじっと見ているのかも知れなかった。
しかし、新垣だけは何もしないのに自分の歯が自然と自分でもわかるように生えていくのが、その中でも特に犬歯が生えていくのが、気になるのか、床柱をがりがりと首を斜めにして、かじっていた。
 そのちぎり絵の制作の途中で徳光ぶす夫は目をまん丸に開けて、手をぱんと叩くと、あたりを見回した。
「ほーちゃん、うす茶色が足りないよ、そうだ、台所にある、玉葱の皮を持って来ておくれよ」
そう言われて、ほーちゃんはまかない場に降りて行った。そこに行くと、亀井、道重、田中の気味の悪いおばあさんたちが湯気の他っている大釜の前で赤ちゃんの頭ぐらいの大きさのあるしゃもじで、鍋の中をかき回していたり、六十センチもある野菜包丁で骨付きのいのししの肉をきざんでいたり、草餅みたいなうどん粉の大きなかたまりを両手で持ち上げて、下にたたきつける動作を繰り返していた。
「玉葱の皮が欲しいだって、玉葱の皮なんて、いくらでもあるから、持っていきなよ。グフフフフフフ、なあ、田中れいなおばあちゃん」
「いい色だろうて、なあ、道重おばあちゃん、グフフフフフフ」
「よく、乾燥しているから、いい塩味が出るだて、亀井おばあちゃん、グフフフフフフフフ」
人間ではない、ほーちゃんだったが、あんまりにも気味が悪かったから、その乾燥した玉葱の皮を片手の手の平にいっぱいに握るとそのまま二階に駆け上がって行った。
 そして徳光ぶす夫の待っている部屋に戻るとき、剣聖紺野さんが騙されて眠り薬で眠らされている部屋の前を通ると閉められた障子の前から地鳴りのような低い音が微かに聞こえていた。そして紫色に微かな光が内部から発生している。
 徳光ぶす夫のいる部屋に戻ったほーちゃんは、そのことを徳光ぶす夫に報告した。
「なんだって、ほーちゃん、剣聖紺野さんの寝ている部屋で変な現象が起きているって」
徳光ぶす夫はほーちゃんとくーちゃんをつれて、見に行くことにした。何も言わないのに、神官新垣もついて来た。
 その部屋の前に行くと確かに障子はきっちりと閉められているが、低い地の底から聞こえるような祈り、いや呪詛のような声が聞こえる。それから、障子に紫色や赤色、青色、いろいろな光が投影される、それはまるで幻覚病者の頭の中のようだった。
徳光ぶす夫はぞっとした。
「徳光さん、宴会の準備が出来ました」
高橋愛が下から呼びに来たので、その気味の悪い現象の解明は遠慮して下に降りて行くことにした。
 下の宴会場のふすまを開けると、ゴジラ松井捕獲プロジェクトの連中は勢揃いしていて囲炉裏の前であぐらを組んでいた。障子を開けて徳光ぶす夫たちが、その宴会場をのぞくと、その場にいたみんなが徳光ぶす夫たちの方を見た。
 ちょうど王警部の隣の席が四人分、開いていたので徳光ぶす夫はその席に座ることにした。囲炉裏の中にはあの不気味三婆が用意したらしく、炭が赤々と燃えている。それぞれの席の前には田舎の料理屋らしく、なんの塗装もされていない木目のままのまな板が置かれて、その上に小皿に盛られた料理やお燗をしたとっくりがのせられている。囲炉裏の中の炭の前には串でさした海老や魚、そして肉が刺してあって、焼かれて、おいしそうな汁が灰の上にたれた。
 みんなが風呂に入っているあいだに不気味三婆が用意したのだろう。まみりの横には石川と石川の弟がいた。その横には吉澤が座っている。不良たちは箸で皿の中の料理をつっいていたりする。藤本の隣には井川はるら先生が座っている。やはり高橋愛の隣には新庄芋が座っている。新庄芋の隣にはつんくパパが、そしてその隣にはダンデスピーク矢口が座っている。ダンデスピーク矢口の隣には安部なつみ先生がいた。その横には村野先生が座っている。みんなが大きな囲炉裏を囲んでいる。そこにはもちろん、あの剣士はいなかった。剣聖紺野さんは自分の部屋で仰向けになったまま、寝たままだ。その紺野さんの部屋の異常に気づいているのは徳光ぶす夫だけだった。
 不気味三婆はその様子をうすら笑みを浮かべて眺めている。三婆は三人とも丸いお盆を持って、お盆の中にはとっくりが何本も立っている。
 まみりは灰の中に刺された蛸の足が炭火の熱で縮んでいくのを見ていた。
一同が揃ったのを見計らって、王警部は立ち上がると酒の入った杯を胸の前に上げた。
「みなさん、とうとう長い捜査のかいがあって、ゴジラ松井を逮捕する日が近づいています。エフビーアイ捜査官、新庄芋氏はゴジラ松井が日本に上陸する前からゴジラ松井の蛮行を裁く日を待っていました。その新庄芋氏の正義と平和を望む信念も報われようとしています。新庄芋氏は家族の尊い命も失われてしまいました。その尊い犠牲によって、ゴジラ松井も逮捕されようとしています。日本にゴジラ松井が上陸してから、われわれ警察は苦々しい日々を過ごしてきました。しかし、ここにいるまみりちゃんのパパの作ったスーパーロボによってゴジラ松井はわれわれに逮捕されることは確実になりました。それも、この超古代マヤ人を三匹も確保することが出来たという僥倖のおかげです。ゴジラ松井の魂胆はわれわれ人類を戦慄せしめるものです。この地球のすべてを水没させようという。しかし、われわれは枕を高くして眠ることが出来ます。まもなく、この人類の脅威は取り除かれようとしています。今宵はこの幸運と叡智に感謝して、杯をあげましょう」
王警部が杯を頭上に上げると、その場にいるみんなも杯を上げた。そして杯を飲み干した。「みなさん、みなさん、無礼講です。無礼講です、さあ、酒を飲んでください」
つんくパパが声を上げて、酒をついで回っている。つんくパパはどういうわけか、不良グループの方までに足を延ばしている。飯田と保田が小皿の中のひじきの胡麻和えをつっいている中に割り込んで入って行った。両人の顔を見上げながら、
「きみたち、お金、儲ける気、ない、きみたちなら儲けられると思うんだけど」
そう言いながら、飯田と保田が開けた杯の中に酒をついでいる。
「まみり、見て、見て、まみりのパパが飯田と保田にお酌しているよ」
それを見てまみりはむかむかした。
「パパは何をやっているなり、よりによって、飯田と保田なんかにお酌して、何をやっているんだなり」
「まみり、行って文句、行ってくれば」
「いいんだなり、そんなことまでしなくてもなり」
そのあいだじゅう、ふだん、食っていない石川の弟は飯台の上の料理をがつがつと食っている。つんくパパはやたら、活動的になっていた。飯田と保田のあいだに入っていたと思ったら、今度は加護と辻のあいだに割り込んで行って、そうでげしょ、そうでげしょ、などと言って、さかんに相づちを打っている。徳光ぶす夫はほーちゃんとくーちゃんに酒を飲ませたらしい。囲炉裏のあいだを駆け回っている。危ないことはなはだしい。となりのアダルト石川に話しかけようと思って、まみりは石川の方を見ると、そこには石川はいなかった。石川の弟が松の葉に刺した焼き銀杏を囓っているのが見える。
石川はどこだと思っていると、王警部の横に座っていた。
それも座っているだけではなく、足をくずして、王警部に酌をしている。
「王警部、王警部って、近くで見ると、いい男ね、わたしのお酌で一杯、どうですか。うーん」
アダルト石川はため息までもらした。
アダルト石川は唇を突き出すと王警部の方ににじり寄って行った。思わず王警部もあとずさりをしている。
徳光ぶす夫は新垣にも酒を飲ませたに違いない。新垣もよっぱらつて床の間の柱に何度もきつつきのように頭突きをかましている。新垣の心の中では自分は相撲取りになったつもりかも知れない。
 アダルト石川はどこからか、トランプを撮りだしてきた。
「王警部、指を出してくださらない」
王警部が手を出すと、アダルト石川は王警部の指のさきをふれた。意外と柔らかい。
「王警部、わたし、エスパー石川は相手の指に触れると、その人の運命を占うことが出来るんです」
そして指のさきを握ると目を閉じた。
「見えます、見えます。あなたの恋愛運が」
アダルト石川の占いは恋愛占い専門だった。そしてその運命の相手というのも自分自身、石川梨花だと結論づけるのだった。
さっきから小川の姿が見えない、どうしたのだろう、と、まみりは思った。
すると、ふすまが開いて、小川が姿を現す。それも、鈴の音がいくつも聞こえる気がした。小川は日本髪を結って、振り袖まで着ている。「日本舞踊をやります」
「やめちまえ」
「引っ込め」
不良たちから一斉に声が挙がる。
「やってー、やってー、小川ちゃん」
「見たい、見たい、小川ちゃん」
男たちが拍手をした。そして、小川が日本舞踊を踊り出した。髪にさしたかんざしがきらきらと輝いている。村野先生とダンデスピーク矢口はその様子をうっとりとした目で見つめている。
この田舎屋のかもいに槍が飾ってあるのをよっぱらった藤本が見つめた。すっかり酔っぱらった藤本ははるら先生の隣に座っていたが、超人的な能力を見せて猿飛佐助のように十メートルの距離の空を飛んで、かもいの長槍をつかむと見事に着地して黒田節を踊り始めた。槍の穂先がきらりと何度もきらめいてまみりの顔先をかすった。新垣も刺激を受けたのか、大きな囲炉裏の上、七十センチのところを部屋の隅から炭までロープウエーのように行ったり来たりしている。
 石川の弟に至ってはどこから持って来たのか、登山家が使う、ガスストーブをどこからか、持って来て牡蠣鍋を作っている。
安部なつみ先生はタッパーをかばんの中から取りだして、しらすおじやという離乳食みたいなものを中につめこんでいる。
「安部なつみ先生、なんで、そんなもの詰め込んでいるなり」
「矢口、わたしの赤ちゃんに食べさせようと思って」
「そんなこと、聞いていないなり」
安部なつみ先生は完全に想像妊娠をしている。
「わたしたちのお料理、満足したかや」
まみりはぞっとしてうしろを振り返ると三婆、亀井えり百十七才、道重さゆみ百十六才、田中れいな百十五才がエジプトの古代王がミイラから生き返ったみたいになって、じっとまみりの方を見ているので気味が悪かった。
それにもまして、この宴会の馬鹿騒ぎがいまいましかった。
それ以上につんくパパが不良たちのあいだだけではなく、安部なつみ先生のところに行き、なつみ先生を誘ってチークダンスを踊っているのは顔が赤くなるほど恥ずかしかった。
「パパ、やめてよ、よその女の人とチークダンスを踊るのは、やめてなり。まみりはママの子なり」
この宴会の馬鹿騒ぎから逃れ、夜風を浴びて、頭をすっきりさせようと思って、ベランダの方に出ると、そこには井川はるら先生が立っていた。
「はるら先生」
「まみりちゃん」
「また、石川が男を騙そうとしているなり。神様、アダルト石川に罰をお与えくださいなり」
「まみりちゃん、だめなのよ、石川はアダルトだから」
「だめなりですか、石川は」
「生まれつきの性癖ね」
「環境的なものはないなりですか」
「石川は横須賀の女よ」
「そうなりか」
「それより、あの馬鹿騒ぎに一番、重要な人がいないわね」
「誰なり」
井川はるら先生は夜の海の向こう、見えない敵を見ているようだった。深海の中でゴジラ松井はどんな力をたくわえているのだろう。
不気味だった。
「誰なり」
まみりはふたたびはるら先生に尋ねた。
「剣聖紺野さんよ」
そのとき、神のみぞ知る運命の調べを奏でる楽器が鳴り響いた気がまみりはした。
そうだ、剣聖紺野さんは不気味三婆の調合した眠り薬で眠らせられている。
そうだ、有機生物の中でゴジラ松井くんに対抗できる、地上生物は剣聖紺野さんしか存在しなかったのだと、まみりはあらためて思った。その紺野さんをこの一大事に眠らせていて、一体どうするというのだ。
「みんな、油断しすぎているかも知れない。絶対にスーパーロボがゴジラ松井くんを逮捕できるなんて、どうして結論づけられるというの、まみりちゃん」
「みんな、馬鹿騒ぎをして、何を考えているのかなり。同意なり」
「剣聖紺野さんをこのプロジェクトからはずしているということが吉と出るのか、凶と出るのか。この広大な海の向こう、数万マイルの海底の中でゴジラ松井くんはこの石川県のゴジラ松井記念館の横に急遽立てられた火星ロケット打ち上げ台に進入する機会をうかがっているのね」
黒い日本海が人間の能力では把握出来ない世界のようにうねっている。
「あれは、なに、まみりちゃん」
「どれどれ、はるか先生」
遙かかなたの日本海の向こうの方が青いオーロラのように輝いている。そして海の表面から点と見えるものが飛び出すと一直線にこちらに向かってくるではないか。
「なんなの、あれは、まみりちゃん」
「わかんないなり、なんなり、なんなり」
それはものすごいスピードでこちらに向かってくる。オートバイくらいの大きさのもののようだった。遠くにあったときはそれがなんであるか、全くわからなかったが、それは巨大なソフトクリームのようなものだった。それがものすごいスピードで飛んで来て、はるら先生とまみりの頭上を過ぎて、宴会会場につっこんで行き、どどーんとものすごい音がして部屋の中を見ると、すごい灰神楽がたち、みんなは何が起こったのかわからず、腰を抜かしている。
「平気なりか、平気なりか」
「みんな、平気」
まみりと井川はるら先生は部屋の中に飛び込んだ。
部屋の中の壁に垂直に巨大なソフトクリームみたいなもの、そう、それは槍のかたちをしたアンモナイト貝だったのだが、突き刺さってその中身の方が顔を出している。気味の悪い古代貝の目があたりを見回した。ゴジラ松井プロジェクトの連中はじっとそのアンモナイトを見た。するとアンモナイト貝は話し始めた。
「わたしは海底帝国ラー皇帝、ラー松井八世の使者である。明日の朝、ラー松井八世は石川県に上陸するだろう。いかなる抵抗も無意味である。ラー松井八世を妨げることの出来るものはいない。そして神官たちを奪回するだろう。そして地上のすべては水没して、地球はラー帝国となるのだ」
アンモナイト貝はそう言うと、自分の使命は終わったと小声でつぶやくと、ラー松井八世、バンザイ、ラー帝国永遠なれとつぶやくと、ぐったりして、そのまま死んでしまった。
***************************************************