お久しぶりです、モネソルです✨


スウェーデンは昨日12月13日は聖ルシア。

北欧でしかイベントがない、この謎のルシア、

スウェーデン人はとても大切にしている行事。

それなのに、色んなスウェーデン人にそもそも何なのか聞いても明確な答えを得られず、

彼らの言葉をヒントに15年間考え抜いた結果、

これは、おそらくバイキング時代からあった自然崇拝の大事なイベント『冬至』のお祝い。


バイキング時代にあった自然崇拝をキリスト教が弾圧し、キリスト教でもある秋分(諸聖人の日)、春分(イースター)

に加えて、北欧独自にある、夏至と冬至。

日照時間が極端に変わる、この北欧ではとっても大切な季節の区切りなのですね〜✨


さて、昨日は、そういうわけで冬至=ルシアという名前でお祝いされる、

クリスマス休暇まで1週間を切ったスウェーデン人の心のより所でもある。


早朝から教会で子供たちがコンサートをやり、社内の忘年会で呼ばれたり、

合唱を歌う子供は一日中繰り出され、どこの学校もそれに忙しいので授業はほとんどない。





親は、子供が歌う手伝いをしたり、学校行事の実行役のサポートをするのが仕事。

たとえ、日本で自分が育った環境と似ているような子育てしていて、たとえ自分が通った道だったとしても、

自分が子供時代を二度経験することは、自分の中に足りなかった部分を補うことができる。

つまり自分の親がやってくれたことに満足している人は、もう一度我が子を通して体験しつつ、

子供を通した新しい人間関係で、新しい葛藤や喜びを体験し、

自分の親に満足しなかった場合は、その足りなかったところを、我が子に注げば、ある程度、心の穴が満たされる。


「子育てを楽しもう!」と、赤ちゃんの育児書にはよく書いてあって、

あの頃24時間、子供の誕生によりそれまでの生活をひっくり返されて、

何を楽しんだらいいの?と泣きたくなることもたくさんあったと思います😅


でも、子供が思春期を迎え、青年期へ差し掛かる頃には、鮮明に自分のあり方を覚えていて、

色んな葛藤があった中で、我が子にその自分の失敗を成功へと照らしていくというのは、

子供を自分の分身レールに乗せて過度にやりすぎてしまう親もいるというのは理解ができる。


ただ、別人格で、別の人生を歩むべき人であるということだけは忘れてはいけないので、

どこかで自分から手を離す時期を覚悟し、それを見定めつつ、自分自身も全く違う形、視点とはいえ、

二度も思春期を体験しつつ、子供としての当事者ではなく、それを一度体験し、その子供の心を理解できる、上からの視点で子供に寄り添う。

つまり子供を通して親になることとは、悩んだ我が子を見れば、必然的に蓋をしてきたあの頃に戻り、葛藤をし、

自分の親との関係を見直して我が子に何ができるのか悩むことになる。


それを我が子と一緒に乗り越えることは、私たちの人としての成長にとって、とても貴重でありがたい体験✨

そして、孫になれば、その子育てを親の視点の上に立ってもう一度体験できる。

青年期、もう子供が親離れをしたがるその時に、そっと手放してあげる難しさを母はよく話してくれます。

命をそうして繋いでいくことは、実に尊いことですね✨