そんな 肩凝りの歴史から から…
色々な経験がありましたね

幸い
私の両親は 私がウザがる(思春期の頃は

ほどの 子煩悩で
末っ子と言う立場で
甘っ子で育っちゃった為


自由奔放な面もあり 天真爛漫な面もあり
わがままーほーだい




そんな子煩悩な両親が
今でも凄いなって思うし
自分はそうなれないって卑屈に比べちゃうほど
尽くされて育って来ました

その分
自分でやるべき事も 親がやってくれちゃった為
小さな頃から順調に
プクプク丸く大きく育った私(笑)
小学生の頃は
その分
イジメられたし




そんな中で
着々と私が創られていく中…
私の人生で ド級な出来事は
やっぱり
性的虐待 かなぁ~

小学生3、4年生の頃だったかなぁ
とてもじゃないけれど
直接親に打ち明けられず
何気にSOSを出しても
母も仕事をしていたので
三匹の食べ盛りの子供を育てるのに
必死だったでしょう
なかなか気づいてもらえず…
父には到底 言えない…
と言うか
優しく情に厚く 子煩悩でしたが
気が荒い部分も知っていたので
知られたら相手を殺すかも知れない
と 子供ながらに思い
父には墓場まで知られてはいけないと
思っていました。
どんなきっかけだったかは忘れましたが
母に気がついてもらえて
その難は去りましたが
相手が身内だったこともあり
現職で数年 同じ仕事をしていたこともあり
小学3、4年から 20代後半までは
ずっっと 顔を突き合わせて生きてました。
私の人生で
こんな大人には
絶対にならない



そう 強く思わせてもらえた相手であり
呪い殺したい こわっつ

くらいの強い怨みをもった相手でした(苦笑)
そうですね~


子供の頃から成長止まってましたから

純粋な分
その想いは
凄まじかった



…と 思います




無意識に歯を食い縛りながらも
こんな奴に負けない



そんな時代でした


現職から
相手が身体を壊したり 積み重なる問題に
等々見放され 職を辞してから
数年後ーーー
亡くなったと知らされた時…
『お前の葬式には絶対行かない

と
長年思ってたはずの自分が
あのまま育っていたら
私もそうなっていたのかも知れない…
その人がそばにいて
見せてもらってた
から
私はそうならなくて済んだ…
そのメッセージを受けた時
涙と感謝
に変わりました



逆に
今生では チャレンジ旺盛な魂だったのかも

生きてる間に 伝えられなかったけど
葬式には出れたし
『ありがとう』
ちゃんと伝えられました



今回の 憲先生のSCHをやっていて
歯を食い縛って 我慢に我慢を重ねてた
その 感情が
まだ私の中に残っている事を知れました

まだ それに対してのSCHはやってませんが
しっかりやりきる為に
時間をゆっくりとって
ちかぢか やろうと思ってます

そしたら
腰の不調や周りの滞りも解消されるでしょう

やっと
自分の天職や使命を思い出し
歩き始めた私への






憲先生のSCH と rico先生の私の目指す天職
今までの自分を
『お疲れ様ぁ




そう 愛し 癒し
『次のステージも頑張ってね



次のステージに上がるための
準備と必要なお勉強が重なった
私にとって 理に適ったSCH

一見
不幸にも思えちゃうし
死にたい時期も ありましたよ

だけども
いま こうして
ここまで生きてこられて
色々な人に救われて 導かれて 愛されて
たくさんの命をいただいて
こんなに幸せな時を迎えられてる


私と言う
たったひとりの人間を創ってもらえた
貴重な体験です



どんな事があっても
人間らしく 喜怒哀楽 しながら
生きていけば
必ず道は拓かれる



私のこの経験話が
誰かの 癒しや励みに繋がることを祈りつつ

楽しんで生こうゼ



















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