そのことを聞いたのは、私が10歳の時だった。

 

父 「ある日、家に帰ったら母親がいなくなっていた。父親に聞いたら「出ていった」と言われた。母親にはそれきり会っていない。どこに行ったかもわからない」

 

父は6人兄弟だった。

 

父の母(私の祖母)は、家を出る時に子ども全員(6人も!)を連れて行くことはできなかったと思う。

 

誰かを選べば、選ばれなかった子は一生悲しむ。

 

なぜ自分は選ばれなかったのか…と。

 

それなら、全員残していった方がいいと考えて、一人で家を出たのだろう…と。

 

私は私なりに、祖母の心情を想像した。

 

 

 

アダルトチルドレンの本にあった「棚おろし」をした時、親の人生もわかる限り書いていった。

 

その時思った。

 

父の両親は離婚が成立していたのではないか…と。

 

そのことを幼かった父が知らなかったのではないか…と。

 

父の父(私の祖父)の戸籍を見ればわかるのではないか…と。

 

でも、たぶん見る機会はないだろうと思っていた。

 

「祖父母のことを知りたい」

 

そんな理由で戸籍をとることができるのか?

 

 

 

今日、祖父の戸籍を見た。

 

目的は、祖父母のことを知るためではなく、実家の相続登記のため。

父の出生から死亡までの戸籍が必要だった。

 

戸籍には「協議離婚」と書いてあった。

 

父は、このことを知らずに亡くなった。

 

父は「母親に捨てられた」とずっと思っていた。

 

何度か母親を探そうとしていた。

 

そのたびに「生きていないのではないか」「新しい家庭があるのではないか(←この状況は、離婚してるってことだよね?)」「今さら自分が現れたら迷惑じゃないか」。

いろんな思いが父の中にあったみたいだった。

 

アルツハイマーになって施設に入った父は、

施設の人に

「お母さんに会いたい」

と言っていた。

 

日本の家庭は、家庭の中の一番年下を基準に役割の名前で呼ぶ。

 

私の育った家庭は妹を基準にして、

私は、「お姉ちゃん」

父は、「お父さん」

母は、「お母さん」

 

父は、自分の母親でない妻にあたる人を「お母さん」と呼んでいた。

 

施設の人も妹も「お母さん」とは「父の妻」だと思っていた。

 

私は、もしかしたら父を産んだ「お母さん」のことかもしれないと思っていた。

 

父の両親が離婚だったことを、誰も父に伝えなかったのが悔やまれる。

 

祖父もなぜ「離婚」と言わず(子どもにはわからないと思ったのか?)、ただ単に「出ていった」と言ったのか…。

 

確かに「出ていった」んだけど…。

それは間違ってはいないんだけど…。

 

その言葉で、父は大きな誤解をしてしまった。

 

その誤解は解けることなく、父は人生を終えた。

 

***

 

父の一番下の弟が、離婚後の母親のことを知っていたと思われる記述があった。

 

某家と養子縁組をして、縁組を解消する時に、母親の名前が出てきている。

 

父が21歳の時のこと。

 

父は兄弟とつき合いがなかったから、そのことを知らなかったと思われる。