余白を得る贅沢
真実は自然と同じ。ある角度から見れば美しく儚いものだが、ときにはとても恐ろしいもの。――――――――――
すべてを文字にせず、すべてを言葉にせず、そこに余白を残す。偉人たちはそうやって遺しつづけてきたそうです。そうしなければ、真実とは恐ろしすぎて受け入れきれなかった。神話が不思議なのもすべてを表現していないからだそうです。
本当に知りたければ、心して自分で歩め。必ず知るための道標が至る所に残してあるから。自分で調べない限り、真実を知ることはできない……。
ふむふむ、なるほどと思う。
訊けば答えてくれる程度のものごとで、今の世の中のすべてが廻っているような勘違いを我々はしているけど、世の中はそんな画一的な価値観と知識だけのはずがないわけで、知られては困ること、知ってはならないことがずっと多いだろう。
無意識の中から湧き上がる知りたいという感情こそ、神の領域の思考と思念なのかな……。お金儲けや成功哲学なる低次元の知識で頭も心もパンパンにしてしまって以来、われわれの中に余白が無くなってしまった。
たまには、心と頭に余白を作ってみませんか。
成功だとか、お金儲けとか、人を動かすだとか、なんだか自分勝手なことばかり考えることをやめて、少しだけ、優しい気持ちになってみませんか。そんな、余白の時間を3月28日(土)作ってみようと思います。
地元北海道での講演会は18ヶ月ぶりです。
ぜひ足を運んでいただければ幸いです。
お申し込みは http://poji-poji.com へ
中村信仁
