お母さん
今の中学校は給食が多いようですが、私の頃は弁当でした。弁当箱も今のような密閉性の優れたものはなく、汁ものがおかずに入っていたりすると、中身が染み出し教室中に匂いが充満したものです。
当時は各家庭の生活レベルの差が弁当のおかずにくっきりあらわれていました。色とりどりの弁当もあれば、卵焼きだけの一品弁当から、ウインナーだけごそっと入っているものなど様々です。
でも、今思うと、中学の3年間、高校の3年間、計6年間も毎朝弁当を作ってくれた母親の大変さに、まったく感謝のひとつも感じることなく暮らしていたように思います。
今年に入って、入退院を繰り返している母親。先月からまた入院しています。
自分も人の親になって、初めて親の大変さ、偉大さに気付くという愚息の道を例外なく歩き、元気でいつまでもいるものだと勝手に思い込んでいた親が、確実に老いていることに改めて気づく愚かさに愕然としています。
親孝行、したいときに親はなし…。
情けないものですね…。
中村信仁