ある日のレッスン。


ドアを開けて入ってきて
いつもそこにないCDラジカセを見つける。

「これな〜に〜?」

「ん?CD聴くやつだよ。
先生勉強してたの。」

「ききた〜い。」

「じゃあ、先生戻ってくるまでね。」

少し早めにきてくれたので
来客にお茶を出しそびれ
その間、流してあげることにした。


私が聴いていたのは
赤松林太郎先生の
インベンションのCDだった。
次に弾きたい曲が
このCDの中にあったので
試聴していたものだった。


用をしてすぐレッスン室に戻ると
その光景に感動してしまった。

まだ小さく
知らない曲だし
聴いていないと予想していたら
その機器の前で床に腹這いになって
張り付いて
うっとりしながら聴いていたのだ。


「どうだった?
綺麗でしょう?」

「すごい〜
めっちゃきれい〜」

「この中に先生の好きな曲があるんだっ。
ちょっと暗いけど。」

「聴きたい!」

出だしの部分だけかけて納得させる。


机に戻り
出席カードにシールを貼る。

「楽しい曲はないの?」

「あるよ!」

インベンションの長調のものの
出だしを流す。

「すごーい!」


ピアノの前に移り
いつものメニューに入る。

リズムとソルフェージュを開くと
椅子から降りてピアノの下に潜り
打楽器を取りに行った(笑)

手でいいんだけど…(苦笑)

選んで来たのはウッドブロックだった。

この打楽器にも毎回
本人なりの工夫があって。

マラカスの左右で
音符と休符を分けたり

トライアングルでは
休符は響きを手で押さえて止めたり…。
(この時どうしてそうするかの説明には敬服した。)

ウッドブロックは
音の高低で拘って叩いていた。


そこで疑問が湧く…

「なんでおんなじ穴なのに
音がちがうの?」

そんな、なぜ、なんて
考えたこともなかった私。

そばにあったペンを持ち

「ほら、こっちはこれだけ入るでしょ?
こっちはこれだけ!
穴の深さが違うからだよ!
ピアノも高い音と低い音で
弦の長さちがうでしょ。
それとおんなじ。」

「え〜おねがいおねがいおねがい

ペンをとりあげ
自分でも深さを確認して納得。


リズムとソルフェージュの課題を
こなす。

ウッドブロックで
学校の音楽の時間のことが
浮かんだようだ。

「時計の歌知ってる?」

「時計の音に似てるもんね。
これかな?」

コチコチカッチンお時計さんピンク音符
を弾いてみる。

「それじゃない〜」

「うーん、あ、分かった。
これ?」

おお〜きなのっぽの古時計〜ピンク音符

「それじゃない〜」

「え?ホント?
あ、じゃ、これ?」


ルロイアンダーソンの
シンコペーテッド・クロックを
うる覚えで弾いてみると
あたりだった。

また、ピアノの下にもぐり
今度はトライアングルを出してきた。


「ピアノとこれとこれと
3つ音がしたんやて!
3つでやってみたいんやて!」

2人でどうやって3つ鳴らすか
思案(笑)


トライアングルをS字フックにかけて
トライアングルの棒を持ちながら
ウッドブロックを鳴らす方法を
編み出した(笑)

笑えた。


私のピアノに合わせて合奏した。

3つの楽器がちゃんと鳴らせて
それはもう満足で
嬉しさが溢れていた。

鑑賞で聴いただけなのに
ちゃんとトライアングルを鳴らす
タイミングを覚えて演奏していたので
それもまた感心させられた。


堪能して
ピアノに向かう。


「そういえば
本当に10回ずつ練習したの?
すごいね。」

「4個あるでしょう。
ハノン2つとバイエルと
アレグレット。
だから14回も弾いたんやて。」

「ん?
それは4曲を10回だから
14じゃなくて40って言うんだよ。
今日だけで40回も弾いたの?
すごいね〜!」

「うん!」

びっくり。

嫌いだといいはっていたハノンも
アーティキュレーションに入り
楽しそうにやっている。

「子ども用じゃなくて
大人のがやりたいんやて。」

「これがもっと長いやつだよ!」
と全音のハノンを見せる。

「ちょっとやってみたい。」
1番を弾いた。

「できたでしょ!」
と誇らしげ。

「今のが終わったらこれやるからね!」



今テキストの中の
アレグレットをやっていた。
ソナチネからと
表題に書いてあった。

それはあまり知られない曲だった。

前回、
「これは子ども用なの?
本当のなの?
それが知りたい!
子ども用の簡単にしたやつなのか
どうか知りたい!」

と訴えていた。

予め私も手持ちのソナチネを
全部確認してあったが
そこにはなかったのだ。



「本当の楽譜がどうか
探してきたよ!
全然なくて
一冊だけ載ってるのあったの。」

「どれ?」

目はキラキラだ。

「あのね。
ソナチネって
1番目の曲。2番目の曲。
3番目の曲。とかあって
それ全部合わせて一つの曲なんだよ。

それで、これは4番目の曲。
簡単にしてあるのじゃなくて
本当の4番目の曲だったよ!」

「じゃあ、
こっちの本当の楽譜を見て
弾いてみてもいい?」

「いいよ!」


前回よりも更に素敵に
弾けるようになっていた。




「あのね。
これ見て。
このスラーとかスタッカート
ついてるの違うでしょ?

ハイドンさんが
本当に書いた楽譜には
それが書いてなかったかもしれなくて
ハイドンさんが
どうやって弾いたかは
もういないから分からないんだよ。」

「それは知ってる。」
(現存する人ではないこと。)

「だから、この人はこうかな?
この人はこうかな?
って、ハイドンさんが
どうやって弾いたか考えて
つけたものだよ。」

「じゃあ、これは本当の楽譜じゃないの?」

「うーん、この曲は
本当にハイドンさんが作った曲だけど
ハイドンさんが自分の手で書いた
楽譜ではないんだなあ。

ほら、こっちのここは
こうやってスタッカートで弾くって
書いてあるね。」


スタッカートで自分で弾き

「このスタッカートは
こんな風に弾いたら
それは違う!

こういう風に弾いた方が
これはいい。

こっちの方が◯◯の気持ちは
いいんやて。」

と胸を押さえる。

もう、完敗です。

まだ時代のことも
作曲家のことも
スタッカートの弾き方の種類も
教えていない。

この子の感性。

テヌート気味で表現してみせてきた。



中略。



「ねーねー
時計のもう一回やりたあい。」

「ん、じゃあ
最後にもう一回やろっか!」


合奏をしてレッスンを閉じた。



子どもの気持ち
感じている感性を
そのまま大事にあたためたくて

ピアノを弾く以外に
こんなことになってる日も。。。

本人も私も
音楽を楽しんでいるけれど

どんなレッスンが
本当にいいのか
正解はみつかりません。