2年前に亡くなった叔父の家へ
父の兄弟 叔母の弟
おやつにとチョイスしたのは
甘夏とアールグレイのタルト
珍しいタルトにご満悦
そして叔母の多彩な話に大盛り上がり
叔父の家に伺ったのは
昔の小田原の家にあったものを拝見
家を取り壊すときに持ってきたとか
1つは前に紹介したことがあるかしら?
小田原提灯
桐の箱 そろりそろりと取り出してみる
黒い棒は持ち手
たぶんこんな風に使っていたもの
街灯のなかった江戸時代の町は
夜に無灯火で出歩くことは
禁じられていたそうで・・・
中にはろうそくが入っていた跡
広げてみたいけれど
あまりにもボロボロ過ぎて
壊れてしまいそうなので断念
それでもこんな風に残っているなんて
家紋と名前も何となく確認できました
小田原提灯を
まだ扱っている方がいるだろうから
小田原の文芸員の方に聞いてみよう
広げることができたら
改めて報告しますね
もう一つは 叔母の絵にもある
昔の小田原の家にあった
お稲荷さんの中に入っていたもの
MAYママも覚えています
このお稲荷さん
何だかわからないけれど
たまに手を合わせていたっけ

お札やお狐さん
よくわからない筒
書簡などなど
お稲荷さんを片付けたときに
返すべきだったのけれど
今更なので・・・
これを授けてくれたお稲荷さんに
返すのが良いだろうと皆で確認
可愛いお狐さんいろいろと
何に乗っているのだろう
牛なのか 何だろう?
神様みたいな像
何やら書かれている竹の筒
中にも何か入っているけれど
奥の方で取り出せず
これがご神体なのか
お札も何枚か・・・
書簡には姫宮稲荷
そして 天保10年?
ということは1839年
天保の改革の少し前
歴史の教科書で知った時代を
身近なもので知るのは不思議な感覚
牧野信一曾祖父 作兵衛英清の時代
英清は小田原でも知られた棒術の師範
この大爺様が
お稲荷さんを建てたのでしょう
親族一同 何だかウキウキ
姫宮稲荷というのが伊勢にあるけれど
ここなのか?
問合せしてみようかと思います
調べてみると
稲荷の屋敷神は江戸から明治にかけて
祀られた所が多いらしい
一家の繁栄を代々守護してもらうとため
元宮から分霊してもらうのだと
それにしても200年以上のもの
和紙と墨の書簡 竹筒
ボロボロのものもあったけれど
こんなに綺麗に残っているなんて
すごいなぁ~
昔の親族に少しだけ触れられた
そんな気がした一日でした
今日はムシムシ
暑い夏がまたやってきましたね
今日は籠らず
めいは本棚の上で伸びてます
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