台風が通り過ぎ、外へ出てみると、町は凄いことになっていました。
道も何も泥だらけ
泥や木や流されてきた物で、辺り一面茶色
裏のアパート以外にも、屋根が飛んで二階部分がむき出しになっている建物
窓ガラスが割れて、家の中まで水浸しの家
浸水してる家
崩壊した神社
至る所で土砂崩れ
停電してる所
断水してる所
電車も止まっている
とりあえず近所の人達もみんな外へ出て来ていました。
町内の役員の方達が、皆の無事を確認しながらまわっていました。
夕方で、台風一過の空には不気味な程真っ赤な夕日が出ていたことを覚えています。
あんなに真っ赤な夕日は初めて見ました。
その日は確か金曜日で、次の日から二日間地域の秋祭りの予定でしたが、まもなくその中止が知らされました。
幼稚園もしばらくお休みになりました。
段々暗くなってきますが、一帯は停電していたので、外灯はつきません。
幸い、10月の上旬だったのでまだ寒くはなく、助かりました。
我が家は、電気以外はガスも水道も大丈夫だったので、食事はなんとかなりました。
でも…
我が家はオール電化ではなく、調理と給湯はガスなのですが、調理の方のガスは使えたものの、給湯は停電していると使えません。
昔ながらの給湯設備なら使えるのでしょうが、今の給湯器って、そもそもスイッチがリモコンですよね?
なので、お風呂は入れませんでした。
真夏でも真冬でもなかったので、大した事ではありませんでしたが…。
その時感じたのは、現代の生活がいかに電気に頼っているか…でした。
停電していると、当然冷蔵庫も止まっています。
すぐに常温になるわけではありませんが、冷凍庫のものはゆっくりですが、溶けていきます。
そういう物を先に食べてしまおうとしても、電子レンジは使えません。
ガスは使えるし、使えなくても、卓上コンロはあるので何とかはなるのでしょうが…
その日から一階の部屋で全員一緒に寝ました。
トイレへ行くのも懐中電灯持参でした。
チビ太は母乳だったので助かりました。
ポン太の時は、ミルクもあげていたので、そしたら消毒やらなんやら大変だったと思います。
あと、離乳食が始まっていたら、それも大変だったと思います。
夜中、真っ暗な中で懐中電灯つけて、授乳したりオムツ変えたりしました。
翌朝、外に出ると上空にはヘリコプターが飛んでいました。
停電でテレビも視れませんでしたが、ニュースで家の前の中学校や横の川の映像が流れていたそうです。
中学校はグランドに2m近く水が溜まり、その水圧で体育館の窓ガラスが割れて、半地下のプールに水や土砂が流れ込み、プールも一部崩壊したようです。
山側もあちこちで崩れ落ち、土砂や木で道を塞いでしまい、山側の別荘地などは一時孤立してしまったようです。
断水してる地区もあり、給水車がまわっていたようです。
屋根が飛ばされてしまった家々は、帯状になっていたようで、証言では風も舞っていたので、竜巻が起こったのでは…と言われていました。
風速も50m近くあったようです。
被害が大きかったのは、我が家のある地域だけで、車で10分くらい行けば、全然被害はなかったようです。
なので、他の地域に行けば、お店もやっているし食糧も手に入りました。
我が家の被害は…
屋根が何箇所か壊れた
カーポートが曲がり、大きな穴があいた
外のフェンスが曲がった
物置小屋のドアが凹んだ
電気の引き込み線が切断された
でした。
これら全て、アパートの屋根が飛んできたことによるものでした。
ちなみに、家の屋根は保険で直せましたが、カーポートは保険がききませんでした。
まだ1年ちょっとしか経っていなかったのに…。
家から車で5分位の所にある実家は、大きな被害はなく停電も半日程で解消されたので、次の日からは夕食は実家へ行き、お風呂と洗濯を済ませて、また家に戻る…
という風にしたので、助かりました。
夜車で家の近くまで来ると、我が家の周り一帯は外灯もなく、本当に真っ暗でした。
その時は、月あかりってこんなに明るいんだ…と思いました。
結局、家の辺りは二日後に電気は復旧しましたが、我が家は引き込み線も切れていたため、三日後の復旧となりました。
我が家は停電だけで、しかも実家に行くこともできたので、それほど大変ではありませんでしたが、
断水もしていた家では、とても大変だったようです。
飲み水やお風呂以外にも、トイレの水が困ったようです。
普段何気なく暮らしていますが、どれだけ電気に依存し、便利で楽な生活をしているか…
身にしみる経験になりました。