インドのコインで~  やっと出来上がりました。

  インド・12世紀のコインで作ったペンダントトップを、見てもらいたくて、京都アンティークフェアーへやってきました。

 ちょうど1年前に、およそ300店舗もあるブースの中でコインを扱っているお店がありました。古銭や、刀などを扱っているIさんのお店です。その時にちょうど持ち合わせがなくて、後から送ってもらったインドの金貨です。

 以前にIさんから聞いた金貨の由来を直接聞いてみたいこともあって、今回も訪ねました。コインに詳しいHさんも紹介していただきました~

 このコインは、インド12世紀ごろ、インドのトリポリにあったカラチェリスという国のものだそうです。表面の文字はブラフミー文字で王の名前が書かれているとか~(裏面は吉祥天坐像) 時代が進むにつれて、金の含有率も悪くなっていったとも~やっぱりね。この金貨も光沢からすれば、9金或いは15金と言ったところでしょうか。

                             Iさんご夫妻と~
 Iさんのアドバイスにそって、コインとしての価値を傷つけないために、穴はあけていません。原川さんと言う専門家がデザインをしてくれました。

                     ブルーウイロー      
 今回は、嬉しいことにブルーウイローもたくさんありました。17世紀~19世紀ごろまでのティーカップやソーサーや大皿も~収集家としてはやっぱり欲しくなりましたが、日常生活に使えそうもないことから、今回は、jast looking onlyということに~ その代わりに台所で活躍しそうな野菜の水切りストレイナーをgetしました。

友達の郁さんは、あちこち古布や着物地ばかり見て回っていました。彼女お得意のリフォームやパッチワークに使いたいのでしょう。

          オリーブのためのフォーク           カーネリアンのキー

 manbeeは、この日、もうふたつ面白いものをみつけました。これは、アンティーク ジュエリーのブースで見つけたもので、何かの鍵のようです。石は、美しいカーネリアン(瑪瑙)、鍵の先端部分は紛失したのでしょうか、それにしても細かい細工です~日本でいえば、明治の初年ごろから中期に掛けてのものらしく、ヴィクトリアン・・・

 もう1つは、シルバーのフォークセット。これは、オリーブを取リわける時のフォークらしいのです。シルバーとしては、お安い部類かな~ 時代的には・・・(ええ、もちろんホールマークでも確かめました。)1904年、イギリスのシェフィールドで作られたもののようです。

 最近は新名神が開通したこともあり、京都もすっかり近くなりました。

 次回は、神無月のころ~

                2008、 7、 10
 

6 6月のティーコージーは、Vietnam Saigon コーヒーカフェー~

  アジアで一番トレンディーな街は、今 ベトナムだそうです。活気がある街なのでしょうかね~

 10世紀までは中国の、19世紀の後半からはフランス領となったためか、どこか中国的な中にフランスの香りが漂う街だとか~

 manbeeは、まだご縁がありませんが、ベトナムの阿南焼きは大好きです。温かい赤や青の風合いが何といっても魅力です。

 ティーコージーにもアンティクの焼き物がおいてありました。幾多の戦火をくぐって生き延びた安南焼きのティーセットです。もうそれだけでいとおしいものです。

                                   
                                     annteliku
 今日の メニューは、お昼の定番 ”バインミー” と デザート Che(チェー) 。 ”バインミー”は、ベトナムのハンバーガーバケットサンド~ 老いも若きも街角で気軽に楽しんでいるランチメニューだとか・・・フランスパンにハムやあまずっぱいサラダのようなものを挟んで食するサンドです。大きな口を開けてパクパクいただきました。デザート Che(チェー) は、ベトナムのみつ豆と言ったところでしょうか、ココナツミルクがポイントの甘いスイーツです。  トロピカルフルーツがおいしかったなあ~                                     
  
    バインミー
 お干菓子のような伝統緑豆のお菓子は、はす茶でいただきました。( ”バインミー”の後ろの、バッチャン焼きのティーセットで ) それからベトナムのコーヒーコーヒーもなかなか美味でしたよ~


 ほっ星さんやふくママネコは、ベトナム旅行を体験していますから、あおざいを着る女性やメコン川の夕日、午後の雨スコールなど目にやきついていることでしょうね。


                            2008、 6、 30


観光バスの・・・  岡部伊都子さん逝く~

 岡部伊都子さん

 manbeeが20代からずっと、その筆致流麗な文体に傾倒していた随筆家。ご自身の戦争体験から、自らを厳しく「加害の女」と呼び、そこを原点にして、特に弱いもの、時代に合わぬものへ温かなまなざしを向けていったそんな方でした。思い出します。「おむすびの味」「秋雨前線」「観光バスの行かない・・・」などをむさぼり読んだ、manbeeの20代でした・・・

 特に印象に残っているのは、「観光バスの行かない・・・」の中の「ふりかえった阿弥陀如来」永観堂の項・・・

 永観堂の「みかえり阿弥陀如来」の逸話も、お像同様に実に愛らしいので紹介します~


 東大寺に勤めていた禅林寺の住持第七世の永観が、三年の任期が終わって、禅林寺に帰ろうとするときのことです。その夢枕にたって「わたしもついていく」と言われたのが阿弥陀仏なのだそうです。途中で追ってきた東大寺のお坊さんたちの請いに、永観が像を返そうとしてもどこまでも離れなかったといいます~そこで、東大寺では諦めて如来堂ごと禅林寺に移してしまったそうです。ある夜のこと、永観は、お堂の周りをぐるぐる回って、勤行している自分の前を先導している影があることに気づきます。よくよく見るとその影は、お厨子におさまっているはずの阿弥陀仏だったそうです。驚いている永観に、その影は、やさしく振り向き「永観おそし」と言われたとか~


 岡部さんは、こう言います。

 永観は、遅れた自分を気にかけ、ふりむいて待って下さったお心づくしをもったいなく思い、「あなたさまが、弱い永観の心や体を法の道にお待ちくださいますように、一般衆生のためにも、美しく微笑みたもうそのおんおもざしのまま、待ってやってくださいませ。私ばかりでなく、すべての人間の参法をどうか待ってやって下さいませ。」 と祈ったに違いないと・・・

  本先覚者は、あたたかくみかえってたどたどしき者を導き待つこと。これはあらゆる場合に大切な「事の成就の要諦」であろう。いかに至高の哲理、いかに鮮麗の才華を極めても、それが人間社会全体の仕合せに役立つためには、ひとり満悦して、他のおよばざる多くの人々をさげすみ見捨てる心ではかなわね。富めるは貧しきを、英才は鈍根を、美なるは醜なるをわが仲間としてゆかねばならない。その心の持てない者は、平気で他人を苦しめるしくみの社会をつくり、それを維持してゆく~

 

 まさにガッテン~学生運動真っ盛り、20代前半の若いmanbeeの琴線を揺さぶった言葉でした。そして、何と美しい文章でありましょうか。

 それから何年か過ぎた頃、manbeeは、わが母と夏の暑い盛りに禅林寺(永観堂)を訪れました。広いお堂に母とふたり~ひんやりとした静寂のなかで、しみじみと岡部伊都子さんの「ふりかえった阿弥陀如来」の話をしたものです。

 先月、その岡部伊都子さんも鬼籍に入ってしまわれました。

愛らしい「みかえり阿弥陀如来」像を仰ぎながら、「いいお話やなあ~」とつぶやいた母も、もういません。

                                                   合掌


                            2008、 5、  25

 

 

 

 



 

 



 5月のティーコージーは、さくらんぼ「チェリーカントリー~」


 いつもは、ほっ星さんがブログでティーコージーの紹介をしてくれますが、神奈川へ行っているために、今月はmannbeeが5月のティーコージーを紹介をします。(ほっ星さんにも楽しんでもらえると嬉しいなあ~)

 今月は、初夏の風が運んできた5月の香りいっぱいのチェリーカントリー~がテーマ。室内は、赤いギンガムチェックのテーブルセンター、チェリーの飾りがそれとなく置かれています。詳しくはないのだけれど、BGMもチェリーカントリーのよう~ あつ、そうそう、オーナーのゆみさんのイヤリングもチェリーだったっけ・・・

 今月のメニューは、さくらんぼ~チェリーチーズタルトとピクニックバスケット~

DRINKは、コーヒー、tea of May、チェリーソーダティーから選べることになっています。私たちはスパーシーな5月の紅茶を選びました。
       ピクニックバスケット   

 このカップも始めはバスケットの中に入っていました。
                                 チェリーチーズタルト
                               このチェリーチーズケーキも絶妙の味!

 実は、今日は特別な日だったのです。東京にいるMちゃんが、帰郷する機会に是非会いたいとメールをくれたんですね。そこで思い立ったのが「ティーコージー」のティータイムだったと言うわけです。今日は一緒にチェリーカントリーを楽しみたいと~

 Mちゃんの17年前は、とても可愛い女の子でした。今は、東京の銀行で総合職、男性と肩を並べて仕事をこなしています。大学を卒業する直前に会った時よりも、ずっと美しくなって眩しいほど~

 そして、いつまでも忘れないで声をかけてくれると言うのも、嬉しいものです。あまり嬉しかったので、ツーショットで写真を撮ってもらいました。                                  
                                   みほちゃんと

       いつも迎えてくれるかえるくん~         

        かえる  ティーコージーの庭では、アイボリーの木香バラが今ちょうど満開、みやこ忘れやクリスマスローズ、オオデマリもそれぞれの場所で美しさを誇っています。そして漂ってくる甘いジャスミンの香・・・ティーコージーの庭は、今、初夏の草花だけでなく風までも躍動感に溢れています。

 ほっ星さんも帰ったら、是非ティーコージーでティータイムを~
 Mちゃんは、一番輝ける今を謳歌してね~

                           2008、 5、 6


                            



トルコ石のネックレス  母の遺品を整理しています。


 わが母が長命であったということからでしょうか、「どんな小さなものでもいいから、思い出になる品をくださいね」 と言う申し出がたくさんあったので、母が生前に使っていた品を、ゆかりある方々にもらっていただくことにしました。

 それは帽子であったり、杖傘であったり、手編みのセーターであったり~なかなか手編みのセーターなどは、まだ辛くて手がつけられませんが、少しずつアクセサリーの類を取り出してもらっていただいています。


 このトルコ石のネックレスは、1995年、ラスベガスへ行ったときのお土産でした~日常は、白いエプロンをつけた「ぽたぽた焼きのおばあさん」にそっくりな母でしたが、、お呼ばれなどに黒いビーズの肩掛けを羽織ると、これがとてもよく似合う不思議な雰囲気のある母でもありました。

 そこで、この小さなトルコ石のブルー色のネックレスが似合うだろうとお土産にしたのでした。ところが、アクセサリーは、祖母のヒスイの髪かざりを母の兄弟姉妹で1個ずつ分けて、ペンダントにしたものをつけるだけで、このトルコ石のネックレスは、ついに一度もつけてはくれませんでした。それでもその時は、「ありがとうね~」と言って喜んでくれたのですけれどね~

 そうだ。このネックレスは、由布ちゃんにもらってもらおう~由布ちゃんは、小学校3年生の夏休み、友達のアッコちゃんと二人で四日市からリュックを背負ってやってきたのでした。それ以来、manbeeよりもわが母と仲よしになったというわけです。その由布ちゃんも、もう一児の母~ きっとトルコ石が似合う年齢でしょう。

 そこで、お母さんになった由布ちゃんのために、シルバーの留め金をホワイトゴールドに変えて、トルコ石の間にピンクのクオーツを入れてもらいました。「これで、よし、由布ちゃんにぴったりだ~」と自画自賛のmanbeeであります~


 アクセサリーは、やはり好みというものがあって、manbeeがいくら似合うと思っても、由布ちゃんはそう思わないかもしれません。おそらくそうでしょう。だから、贈り物って難しいんですよね~

 でも、これは少し意味合いが違う。母の遺品として、母が大好きだった由布ちゃんに持ってもらうことに意味がある、と勝手に決めこんでいるmanbeeであります。

                          2008、 5、 3


 


 


 
カーネーション  


 あんなに元気だった母が、突然に逝ってしまいました。12月も押しつまった26日のことです。


 90歳を過ぎた頃から、”いつ別れが来るかもしれない”と言う思いが胸をかすめることはあったのですが、毎日が元気ハツラツな人だっただけに、突然の死が信じられませんでした。しかし、日常はそんなmanbeeの感傷を待ってくれません。葬儀の手配、お寺との連絡、銀行関係、それに叔母の食事の世話等々が、一度にmanbeeの両肩にずしりと掛かってきたんですね。でも、それがかえって良かったのかもしれません。悲しんでいるひまがなかったというのが、むしろmanbeeには有り難かった~


 誰でもそうだと思いますが、母親はいつまでも元気でいてほしいものですね。

今思うに、母親が元気だと言うのがなによりmanbeeの自慢だったような気がします。母が元気であることが、manbeeのまた元気でもありました~ 

 母がなくなって、交友関係の広さに驚かされました。今まで気づかなかったのですが、多くの友達に恵まれた母は幸せだったと思います。

 

 いつの間にか、葉桜になり、もう新緑の季節になりました。もうすぐ5月・・・・

 Life is continueing on 

 この頃、この言葉が胸をよぎります。元気だった母が笑いながら言っているような気がします。早いもので、先日、百ヶ日の法要をすませました。

 一区切りついたところで、ブログを再開することにします。


                              2008、  4、  18

                              

  ボルボネーゼが約10年のブランクを経て、わが国に輸入されるようになったらしい~

ボルボネーゼ・・・1980~90年代?、ルイ・ヴィトンやプラダがまだ日本女性を虜にする以前のこと、柔かな仔羊皮革にうずら目をあしらったボルボネーゼのバッグが、大人の女性に好まれていました。(上品さと機能性を追求する~というのが、その当時のキャッチフレーズでした)~その当時、ブランド物に関心のなかったmanbeeでしたが、ボルボネーゼのバッグだけは、似合う年齢になったら、ぜひ持ってみたいと心ひそかに思ったものでした。

 ところが、いざと言うときになってみると、日本には入ってこないということが分かったのです。たまたま必要に迫られて、最後のボルボ・キャスターバッグを買ったことがきっかけで、柔らかなうずら目に魅せられたmanbeeの、ボルボネーゼ狂想曲が始まりました。カバンキャスターバックの上に合わせるバック欲しいようって~


 輸入代理店が縮小され、日本では静岡の西武百貨店でしか専門店が無いとの情報~”なあに日本で手に入らなくなったなら、外国で見つければいいじゃない?” と勇んだところが、manbeeの短期間駆け足旅行では、これがなかなか見つけられないのあります。きっと若い女性が好むルイ・ヴィトンやプラダ、コーチといったブランド物に徐々に押されていったのかもしれません。じゃあ、本場のイタリアで見つけよう~とばかり勇んで行ったのは2000年のサマーホリデー、まだ通貨がリラの時代でありました。

 知り合いのブテックオーナーがミラノに仕入れに行くと言うので、友達の郁さんたちとくっつき虫旅行を決め込んだのです。このときは、ヴェネチアでボルボを見つけたものの、これがなんと expensive~ manbeeが欲しい大きさや好みとは全く違うものでありました。ここで妥協してはいけません。この機会は、記念にキーホルダーを買っておしまいということにしました~

                                 ボルボのキーホルダー

  2003年の春は、再びミラノへ立ち寄る機会がありました。今度は、ガイドブックでしっかりと下調べをして出かけました。このときは、若者が(若者とGranpaとの三人旅でした)、ミラノの複雑な通りをスイスイと案内してくれました。manbeeは、日本で買い求めたキャスターバックを持って「Hello. I want to buy a Borbonese bag to put on this carry bag.」(間違ってないかしら) とドキドキしながら お店の紳士に尋ねました。でも残念ながら、manbeeのキャスターバッグの上に合うポリエステル製のバッグはありません。あのミラノ店にしてもですよ。素敵なうずら目の仔羊バッグは、 ここでもとてもexpensive~ 高くて手が届きません。お店の素敵な紳士は、「 Oh.! madam. next season. 」 と 慰めてくれましたが、要は無いってこと~ がっくり~  キャスターバッグは、その後も様々なシーンに、manbeeの小旅行に活躍をしてくれましたが、しかしおそろいのバッグは、ついに見つからなかったんですね。

 あれから4年~すっかり忘れていたこの11月、何とmanbeeは、わが町にボルボを扱うブテックがあることを知ったのです。また静かに、manbeeのCDボルボネーゼ狂想曲が鳴り始めました。

 12月の初旬、manbeeはそのブテックを訪ねました。そして今もって、manbeeにも増して、ボルボを愛するファンが多いことを知ったのでした。 manbeeは、お店のオーナーに例のキャスターバックを見せて、キャスターバックの上に似合うバッグをゆっくりと探してもらうことにしたのです。 (つづく)                                 

                                  2007. 12. 24

 

 

 

 
huyuu  ~毎年、10月と11月の週末は大忙し~

  11月25日、今年も無事、わが家の恒例行事が終わりました。

  実は、もう5年ほど前から、JAが主催する柿のオーナー制度と言うのに応募して、柿狩りを楽しんでいるんです。柿の銘柄は次郎柿と富有柿(10月は次郎柿、11月は富有柿)、毎回、100個以上の柿を収穫してきます。多いときには200個になることも~すごいでしょ? そのために大好きだったホンダのシビックをやめにして、よく入るトランクが条件で車を買い替えたくらいですもの~

 今日は、いよいよ最終日。先週は、まだ十分熟していない柿を50個ほど残してきましたので、今日は全部収穫をする予定でやってきました。

 空は、青空~ ぽかぽか小春日和晴れであります。

ふと見上げると、富有柿が仲良く3個くっついているではありませんか~しっかりと3個くっついています。「お団子富有柿3兄弟だ~!」 の声に、思わずみんなで大笑い~「あなたたち、長いことご苦労さんでしたね。さあ、切るよ。」 と言いながら、ハサミを入れました。

                            富有柿が20個~

 今日の富有柿は、56個。この見事な色をご覧下さい~

 収穫した柿は、毎回知り合いの方々にもらって頂いております。(わが家のオーナーは母親なので、柿の全権は母親にあります~) 多少おせっかいかなと思う時もありますが、91歳になるわが母は、5つ、7つ、9つとそれぞれ袋に入れて届けているようです。”みんなの顔がほころぶのが、嬉しいから~” と言うのが口癖で、せっせせっせと運んでいます。先日は、ごみ収集車の仲良しおばさんにももらって頂いておりました。

 大きく、赤く熟した柿からもらって頂くので、どうしてもわが家のテーブルにのるのは、小さかったりいびつだったりの柿になってしまいます。しかし、manbeeなどはむいてもらっただけでも有り難く、「おいしいね~」ニコニコ を連発しながら、毎朝頂戴しております。

                                      2007、 11, 25
  

 


ぬりえ わが家には、二脚の木椅子があります。

  この木椅子椅子アンティークチェアー」のことは、まだご紹介していませんでしたね~

 この木椅子は、が家にやってきて、もう3年以上にもなるでしょうか。昭和12年生まれのリードオルガンの椅子として使っています。リードオルガンには合わないのだけれど、高さとしてはぴったりで、そう違和感もありません。傷も無くしっかりとしています。

 木椅子としてはヴィクトリア時代のものかと思っていますが、確かなことはよく分かりません。ヴィクトリア時代ダイニング用として使われていたのでしょうかね?!材料はマホガニーかな? 相当に使ってあるらしく、いつの間にか布地の部分は色あせてしまっています。一昨年、manbeeは椅子の布地張替えを決心したのですが、わが市の張替え業者が分からなくなって断念した記憶があります。紹介してくださるはずのHさんが、引越しの際にTELナンバーをなくしてしまってそれっきりになっていたのです。
 この木椅子は、その南が丘のHさんのショップで見つけました。木のぬくもりと外観がいいでしょう~もともとは何脚か揃っていたのでしょうけれど、ショップへやってきたときには、もうこの一脚だけでした。
このようにばらばらになって、どこかで使われているのでしょうね。


 さて先日、ネットで「アンティークの家具に限り修理を承ります。」との記事を見つけました。郡山のアンティーク家具専門店であります。さっそく、この画像を送り相談すると、「修理することが可能です~」の返事~ manbeeは、来春になったら時間に余裕が出来るので、愛車で名阪国道を一ッとび車 


                                       木の椅子

 こちらは、わが市のさる小学校から廃棄寸前に譲り受けた木椅子です。(譲り受けるいきさつについては、2006年9月に書きました。)この木椅子は120年もの歴史がある小学校で使われていたものですから、大正から昭和の頃のものではないかと想像しています~譲り受けたときには、足の部分が壊れ、パンヤが飛び出していました。こちらの地元の業者もしっかりと修理・張替えをしてくれましたが、やはり生地には限りがありそうです。

 

 このアンティークチェアー椅子には、ウイリアム・モーリス風の絵柄を選びたいなあ~

「アンティーク家具専門店」のある郡山は初めての土地ですが、なんだか今からワクワク、ドキドキ~

                                    2007. 11. 23

 


ジャムスプーン  この美しいジャムスプーンは、銀仕上げ。ナイフとフォーク

 所謂 Silver plated製品であります。銀めっきという方が分かりやすいですよね。Silver platedであっても柄の部分に白蝶貝が使われていて、より一層輝きを引き立てているようです。今までは、本物志向ではないにしても、Silverの輝きに引かれてSilverばかり見てきました。このジャムスプーンを見ていると、Silver platedもいいじゃない~と思います。なにより普段使いにはぴったり

 このジャムスプーンの裏には、「EPNS]の刻印があります。「EPNS」は、Electro Plate Nickel Silverの略だそうで、イギリスにおけるSilver platedの品質保証マークなんでしょうね。 「EPNS」は、ヴィクトリア時代中期以降に全盛期であったらしく、このジャムスプーンも1800年代後半から1900年代前半のものだとか・・・砂糖をたくさん使ったジャムが、ある程度普及したのも、ヴィクトリア時代中期以降だというのですから、そう考えると1800年代後半から1900年代前半と考えるのも納得します。シャーロキアンを自認するmanbeeとしては、これらジャムスプーンが、シャーロックホームズの時代に、アフタヌーンティーを楽しむグッズとして活躍していたと考えると、俄然楽しくなりますね。コーヒーケーキ

フォーク

 こちらも、Silver plated製のフルーツ用フォーク~ 2003年の夏にポートベロー・マーケットで買ったものです。箱に入っていて、確か、当時で22£だったかな?!フルーツ用フォークの形がユニークで面白かったので買い求めたことを覚えています。あのころは、アンティークマーケットへ行くと、「Best plice please~」とか、「Price down please~」 を連発していましたから、もっと安くなったはずですが、あまりよく覚えていません。 このフォークの裏にも「EPNS」の刻印がありますので、美しいジャムスプーンと同じ年代だと考えられます。

 現代では、アンティークSilver製品も高騰して、柄の部分が象牙であったり白蝶貝であったりする美しいスプーンは、1万円以下ではなかなか買えません。やっぱり普段使いには、手ごろなSilver platedが一番かな?


      2007. 11. 10