ここは、
実際にあるサロン。

ある日、
来るなり彼女は泣いていた。

何があったのか、
尋ねるべきか、
それとも尋ねない方がいいのか。

泣いている姿を見せていること自体が
もうメッセージだと受け取って、
私はひとまず、

「温まりますよ」

そう言って、
はちみつ紅茶をそっと出した。

「ありがとう」と口をつける彼女に、
カラーをしてもいいかだけを確認し、
施術に取りかかる。

しばらくして、
ひとしきり泣いたあと、
彼女は静かに話し始めた。

仕事の大事なプロジェクトから
外されたのだという。

彼女は
もう何年も通ってくれているお客様。

私が店を移るたび、
必ずついて来てくれて、
月に一度、
顔を合わせてきた。

真面目さも、
仕事への姿勢も、
売上をつくる力も、
私の知る限り、
申し分なかった。

外された理由は、
人間関係のトラブル。

誰かと揉めたわけではなく、
仕事への熱量が強すぎて、
感情のコントロールが追いつかず、
周囲と馴染めなくなっていたらしい。

仕事一筋で来ただけに、
その喪失は大きかったのだと思う。

でも、
それだけ泣けるほど
本気で向き合えた仕事に
出会えたこと自体が、
私は少し、
羨ましくもあった。

夜の23時。

私は何も言わず、
ただ彼女の話を聞いていた。

ただ一つ、
はっきり言えることがあるとすれば。

その涙は、
あなたがどれだけ
本気で頑張ってきたかの証だということ。

頑張った人にしか、
流せない涙がある。

話してくれて、
ありがとう。

ここにあったのは、
整え前夜にあるべき姿だった。