しかも仙遊寺への登りの山道がつらく、日頃の運動不足がたたり、息が上がってしまった。
体は疲れていたので、すぐに寝付けると思ったが、いつものように眠れない。
体が興奮しているのか?
いや、体だけでなく頭も興奮状態の気がする。
初めての宿坊ということもあるのかもしれない。
夜9時に布団に入るも、時間だけが空しく過ぎていく。午前1時過ぎに時計を見て、「あ~あ」とため息をついた。
結局は妻のことを考えているのだ。
考えてもどうにもならないが、妻は常に僕の頭のどこかにいるのだ。
仕事中や好きなことをしているときだけ、僕の頭の中で最小化されている。しかしトイレに立ったときなど、一人になった途端に、自動的に最大化ボタンが押され、妻のことで頭が一杯になる。
一番ひどいのが、寝るとき。
寝る直前はできるだけ何も考えないようにしているが、やっぱり毎晩ダメだ。
先立たれてから1年2ヶ月たち、毎日泣くことはなくなったが、週2ペース位で枕を濡らしている。
さて、その後は何とか眠れたようで、朝5時に目覚ましが鳴り、ボーッとしながらも起きた。
遍路の服に着替えて、6時からの勤行のため本堂へ行く。
宿坊泊まりの6人と、別に泊まっていたスイス人の女性2人の計8人で勤行開始。
住職に合わせて般若心経を唱える。
納経後、住職からのお話。
住職(60代半ば位)の奥様が4年前にガンで亡くなり、遺影が置かれていた。
住職は奥様の闘病中の話をされ、その間、僕は頭の中で自分達と比べていた。
突然住職から「奥様は?」と尋ねられた。
「去年亡くなりました」と答える。
その時の住職の何ともいえない優しい微笑みに、心がなごんだ。
勤行は通常40分位のところ、1時間以上行われた。
7時前に出発するつもりだったが、大幅に時間が押し、10分で朝食の玄米粥をかきこんで、7時20分に仙遊寺を後にした。
実は山を降りて、8時のバスに乗ろうという計画をたてていたのだ。
そのためには、1時間かけて登ってきた山道を、30分で降りることになる。
跳び跳ねるように下っていく。
ケガだけはしないように注意しながら。
頑張ったおかげで30分で山を降り、あとは平地を急ぎ足で歩いたが、どう考えても早足で20分の所を10分以内で行かねばならない。
田んぼの向こうにバス停らしきものが見えているが、いっこうに近づけない。
半ばあきらめながらも小走りで向かっていたとき、後ろから軽トラが近づき、「どこまで行くの?」と年配の男性。
「大須木のバス停はあそこですよね?」
「そうだけど。何時のバス?」
「8時2分の今治行きです」
「そら間に合わんわ。乗りーな。」
「いいんですか。ありがとうございます!」
バス停まで送ってもらい、バスに間に合った。
そして軽トラが見えなくなるまで、見送った。
車遍路では経験できない、お接待を受けた。
