遍路その2の2 | つんこのブログ(肺がん&脳転移 闘病日記)

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脳出血のため左半身麻痺、重度障害者の妻。2014年10月、小細胞肺がんが脳転移した状態で見つかりました。
2017年2月に亡くなるまでの2年余り、山あり谷ありの日々。悲しいことだけではなく、楽しいこともいっぱい!
私が記録したメモや記憶をブログに綴っていきます。

昨日はかなりの距離を歩いた。

しかも仙遊寺への登りの山道がつらく、日頃の運動不足がたたり、息が上がってしまった。

体は疲れていたので、すぐに寝付けると思ったが、いつものように眠れない。

体が興奮しているのか?

いや、体だけでなく頭も興奮状態の気がする。

初めての宿坊ということもあるのかもしれない。

夜9時に布団に入るも、時間だけが空しく過ぎていく。午前1時過ぎに時計を見て、「あ~あ」とため息をついた。

結局は妻のことを考えているのだ。

考えてもどうにもならないが、妻は常に僕の頭のどこかにいるのだ。

仕事中や好きなことをしているときだけ、僕の頭の中で最小化されている。しかしトイレに立ったときなど、一人になった途端に、自動的に最大化ボタンが押され、妻のことで頭が一杯になる。

一番ひどいのが、寝るとき。

寝る直前はできるだけ何も考えないようにしているが、やっぱり毎晩ダメだ。

先立たれてから1年2ヶ月たち、毎日泣くことはなくなったが、週2ペース位で枕を濡らしている。

さて、その後は何とか眠れたようで、朝5時に目覚ましが鳴り、ボーッとしながらも起きた。

遍路の服に着替えて、6時からの勤行のため本堂へ行く。

宿坊泊まりの6人と、別に泊まっていたスイス人の女性2人の計8人で勤行開始。

住職に合わせて般若心経を唱える。

納経後、住職からのお話。

住職(60代半ば位)の奥様が4年前にガンで亡くなり、遺影が置かれていた。

住職は奥様の闘病中の話をされ、その間、僕は頭の中で自分達と比べていた。

突然住職から「奥様は?」と尋ねられた。

「去年亡くなりました」と答える。

その時の住職の何ともいえない優しい微笑みに、心がなごんだ。

勤行は通常40分位のところ、1時間以上行われた。

7時前に出発するつもりだったが、大幅に時間が押し、10分で朝食の玄米粥をかきこんで、7時20分に仙遊寺を後にした。

10分で食べるのがもったいない朝ごはん
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実は山を降りて、8時のバスに乗ろうという計画をたてていたのだ。

そのためには、1時間かけて登ってきた山道を、30分で降りることになる。

跳び跳ねるように下っていく。

ケガだけはしないように注意しながら。

頑張ったおかげで30分で山を降り、あとは平地を急ぎ足で歩いたが、どう考えても早足で20分の所を10分以内で行かねばならない。

田んぼの向こうにバス停らしきものが見えているが、いっこうに近づけない。

半ばあきらめながらも小走りで向かっていたとき、後ろから軽トラが近づき、「どこまで行くの?」と年配の男性。

「大須木のバス停はあそこですよね?」

「そうだけど。何時のバス?」

「8時2分の今治行きです」

「そら間に合わんわ。乗りーな。」

「いいんですか。ありがとうございます!」

バス停まで送ってもらい、バスに間に合った。

そして軽トラが見えなくなるまで、見送った。

車遍路では経験できない、お接待を受けた。