前回のブログで紹介したシフさんの講義で、ベートーベンの長く踏み続けるペダル奏法を「innovative (革新的、発明者的)」とおっしゃっていたので、そのについて書きたいと思います。
研究者の間では、音楽史上最初にペダル記号を書いたのは、ベートーベンだという説とDaniel Steinbelt(ダニエル・シュタインベルト)だという説があるようです。
現存する出版された楽譜では、シュタインベルトの『Pot-pourri(ポプリ)第6番』(1792頃出版)の中に、「la pédale qui ôte les étouffoirs(ダンパーを外すペダル)」という指示があり、これが出版された楽譜の中では最初のペダル記号になる様です。
しかし、ある学者は、シュタインベルトの『Pot-pourri(ポプリ)第1番』(1787年出版)や『Overture Turque(トルコ序曲)』(1790年出版)には、ペダル記号がないものの、既にペダルを使ったと思われる音形が見られる、としています。
ただし、出版された楽譜に記号としては書かれていません。
一方で、初めにペダル記号を書いたのはベートーベンだという説もあります。
彼が作曲を始めた当初のスケッチを集めた『Kafuka Sketchbook(カフカ・スケッチブック)』の中の、1790年頃書かれたスケッチの中に、一つの和音を何回か弾く間ずっと「mit dem knie(膝で)」つまり「ニーペダルを続ける」という指示が見られるそうです。
ただし、このスケッチは曲にはなっていないので、出版されていません。
その後、1790年代には、ドゥシーク、フンメル、ハイドンなどが楽譜にペダル記号を書き始めているそうです。
以下は、ハイドンのソナタHob.XVI:50、ハ長調(1794頃作曲、1801年出版)の第1楽章のペダルの例です。
下の譜例1と2の「Open Pedal〜〜」と書いてある部分(ピンク色で線を引いている部分)は、ペダルを踏み続けます。
譜例1
譜例2
ベートーベンの楽譜でペダル記号が付けられて出版された最も古い作品は『ピアノ・コンチェルト2番』です。
1787年頃から作曲し始め、1801年に出版されるまでに推考が繰り返されたようです。
「senza sordino(ダンパーペダルを踏んで)」という指示が第1楽章に見られますが、これがいつ書かれたかは不明です。
『ピアノ・コンチェルト2番』は1801年に出版されましたが、同年に出版された『ピアノ・コンチェルト1番』、『ピアノ・ソナタ13番作品27-1』『ピアノ・ソナタ14番作品27-2(月光)』にも、「senza sordino」が記されています。
ちなみに、「senza sordino」はピアノの用語としては、「ダンパーなしで=ダンパーペダルを踏んで」という意味となり、バイオリン用語としては「弱音器なしで」となる様です。
ピアノのダンパー
以上の様に、研究者の間では、「誰が最初に書き始めたのか、また使い始めたのかは特定できない」というのが現状のようですが、ベートーベンがそのうちの一人であり、初期の頃からペダルを使用していたと思われること、そしてペダル奏法を大きく発展させたことには、間違いないと思います。
ところで、当初のペダルの特徴は以下の様になります。
- ピアノ(小さい音量)の中で書かれている。
- 一つの和音を伸ばすために使うか・・・
- グラス・ハーモニカやパンタレオン(ダルシマーに鍵盤がついた楽器)といった当時の楽器の、音が混ざって響き合う音響効果のために使う
私達が現在当たり前だと思っている、強い音やアクセントに用いるような、短いペダル奏法が出てきたのは、その後の事だそうです。
今回の参照文献はこちらです。
『Early Pianoforte Pedalling: The Evidence of the Earliest Printed Markings』
https://www.jstor.org/stable/3127399
『The Use of the Damper Pedal in the Classical Period』
https://core.ac.uk/download/pdf/4832691.pdf
『Beethoven's Pedal Markings』
https://www.research.manchester.ac.uk/portal/files/163048552/FULL_TEXT.PDF