留美が専務室で会った郁未の婚約者と思っていたいた女性は郁未のいとこだった。それが判ってホッとしたものの、留美は郁未の政略結婚の相手が何処の誰なのか気になる。

「判らないのか?」
「え?」

 郁未は俊夫の罠にすっかり嵌まってしまったと舌打ちしたが、困惑した顔をして隣で膝を抱えて座る、留美の姿を見て苦笑する。

「そう言えば、毎年親父さんの親友からワインを貰っていたと話していただろう?」
「あのワインが何か?」

 ソファから立ち上がった郁未がリビングの奥にある縦長のワインセラーから1本ボトルを取り出した。そして、そのワインを留美の前へと差し出す。
 ワインを受けとった留美は、ボトルに貼付されているラベルから銘柄を確認する。

「これ、お父さんの親友から貰うワインと同じだわ」
「これで納得いったか?」
「え? ってことは……」

 ニヤリと笑う郁未。
 留美はやっとここで事の真相がすべて理解出来た気がした。

「そう、留美の父親の親友は俺の親父だ。そして、きっとこの縁談を持ち出したのも俺の親父だ」
「え……え?! それって……」
「そうだ、最初から俺たちを結婚させるつもりだったんだ。親父たちの策に嵌められたってことだよ」

 悔しそうな顔で言う郁未だが、挙式を終えた初夜に目の前にいるのが留美だと思うと、俊夫への不満もどこかへと吹き飛ぶ。怒りは通り越し、逆に感謝したい気分だ。
 もし、俊夫がこのような悪戯まがいな縁談を持ち込まなければ、今の留美との出会いはなかったと。

「留美を得ることができたんだ、親父の悪巧みも許してやるか」

 フッと笑った郁未は留美の前に立ち、前屈みになると留美の頭を抱き締め頬に口づけする。

「新婦が留美と判るまで俺は生きた心地がしなかった」
「うん、私も」
「結婚を命令されて俺は地獄へ突き落とされた気分だったんだ」
「私も、郁未意外の人に……どうしても無理って……怖かった」

 ソファに片膝付いた郁未が留美からワインを取り上げると、ポイッと横へ放り投げ留美を胸にギュッと抱き締めた。

「なあ、ハネムーンは何処へ行きたい?」

 まだ二人のハネムーンは決まっていなかった。
 挙式も披露宴も両親によって取り決められたが、何故かハネムーンだけは当人たちだけで決めろと言われ、行き先も日程も何もかもが未定だ。

「ここでゆっくり過ごしたいけど、でも、行きたい所があるの」
「それは?」
「あのポスターの島よ。ホワイトウェディングの島へ連れて行って」
「愛しい奥様の意のままに」

 郁未は軽くチュッと唇に触れると留美を抱き上げた。
 転がるワインボトルは放置し、リビングルームの明かりを消し部屋から出て行く。
 外はすっかり夜空となり、煌めく星が二人の幸せを祝福しているようだ。
 寝室へと入っていった二人は、外の冷気さえも暖めてしまうほどに熱い時間を過ごす。
 そして、一晩中愛を囁く二人だが、それだけでは時間は足りない。
 もっと、もっと――二人の愛の巣で、二人の愛は続く。