「留美?! 留美なのか?! でも……どうして留美が?!」
「い、郁未……な……の?」
留美同様に目を丸くして驚く郁未が目の前に立つ。日本髪を結った姿が愛らしく、慎ましやかな留美の白無垢姿に郁未の心臓は高鳴り胸を貫かれた気分だ。
頬は薔薇色に染まり、耳朶まで真っ赤になった郁未は感極まり瞳が潤む。それは留美も同じで、今日バージンを差し出す新郎が郁未であったことに感激し涙が流れる。
「新郎も新婦も何か異議はあるか?」
俊夫がにやけ顔で二人に質問する。留美と郁未はしばらく見つめ合うと微笑みながら「異議はありません」と声を揃えて返事する。
「挙式を始めて下さい」
俊夫は二人の挙式を執り行う神主に会釈しお願いする。
留美は自分の想いの強さに夢か幻を見ているのかと、挙式の間中、瞳を潤ませながら郁未から視線が外せなかった。そして、それは郁未も同じで、狐につままれた気分で偽物の留美ではないのかと、終始留美から目が離せなく、挙式が終わるまで信じ難かった。
神前結婚式を滞りなく終え、二人は神の御前にて愛を誓った。事前に式場から用意された誓詞を読み上げただけだが、郁未の心のこもった誓いの詞に留美は胸が高鳴り夢心地を味わう。
「留美、きれいだよ」
「郁未も素敵よ」
神前挙式は既に終わり、親族が会場から次々と退場していく間も、二人の視線は重なりいっときも離れない。
何故、二人が新郎新婦にすり替わったのか、その理由は謎だが、今の二人にはどうでも良かった。お互いに親が決めた見知らぬ人が結婚相手ではなかったのだ。
一度は想いが通じた二人が別れる原因になった「賭け」も、今の二人には然程重要ではない。今、二人にとって大事なのは、新郎が郁未であり新婦が留美であることだ。
「愛してるよ、留美」
「私も愛してるわ、郁未」
親族が全員退場した後、神の御前に残った二人は寄り添い抱きしめ合うと顔を重ねる。触れ合う唇は喜びに震え、愛しい相手にやっと触れられた悦びに離れ難くて、いつまでも重なり合う。
熱い吐息が双方の唇に吹きかかり、身体の隅々までその熱が拡がって行く。
「ああ、このままベッドにさらって行きたいよ」
「ダメよ。夜まで待って」
「拷問だな」
やっと二人の顔に笑みが浮かぶ。それも幸せに満ちた至福の笑みが――
二人の熱愛ぶりに当てられたスタッフらは、新郎新婦をお色直しの準備に取り掛からせるだけでも一苦労し、寄り添っては見つめ合い二人の世界を作り上げている新郎新婦をそれぞれの控え室へ案内するのは、お色直しの度にスタッフらは苦悩させられることになる。
披露宴会場となる庭園で客を迎える為の装いに着替えた留美は、白無垢から色鮮やかな色打ち掛けへと変わる。
鮮やかで豪華な金糸の刺繍にも負けない留美の風貌に、郁未は終始見惚れてしまっていた。その間抜けに近い惚けた表情は、祝福に駆け付けた客の視線を暖かくさせる。
「絵に描いたような新郎新婦ですな」
「相思相愛の結婚式は何度見ても良いものだわ」
会場のあちこちから聞こえてくる微笑ましいセリフ。誰もが新郎新婦の二人に当てられ、見てる方が恥ずかしくなるほどだが、会場はとても和み喜びに満ちている。
挙式が終わった後の披露宴会場では、肌寒い庭園に並ぶ円形テーブルに季節外れの初春を感じさせる花が美しく華やかに生けられ、迎える客の心を和ませる。
「いやはや、一時はどうなるか心配したが落ち着く所に落ち着いてくれて安堵した。これで我が社は安泰だ」
俊夫が二人の結婚を祝いに出席してくれた会社の役員たちに、二人の熱々ぶりを自慢げに話している。披露宴会場で客を出迎える、新郎新婦の微笑ましい姿に社の未来も明るいと話が弾む俊夫だった。
そしていよいよ二人の披露宴が始まる。
招待客の後ろ側、最後列に陣取る親戚の中でも一番後ろに位置する両親たちのテーブル。隣り合うテーブルでは、新郎新婦の初々しい姿を嬉しそうに眺めながら言い合う父親の姿がある。
「しかし、俊夫に似ずイケメンに育ったな郁未君は。久しぶりに見た時は別人かと思ったよ」
「そう言う留美ちゃんこそ、お前に似合わず可愛らしく育ったじゃないか」
「そうだぞ、俺の最愛の娘だ。郁未君には幸せにして貰わんとな」
「大丈夫だ。既に愛し合っている二人だ。明日にも孫の顔が見られるぞ」
俊夫が両手を出して孫の数を数えはじめると、留美の父親がその手を掴んで止めに入る。