敷地内の狭い空間に大きなエンジン音を響かせ、周囲に人影は無く駐車した車が動く気配も感じ取れなかった郁未は、一刻も早く留美をこの手に抱き締めたくて駐車場から飛び出すように走り出した。
 留美のアパートへ向かう車の中で、ハンドルを握り締める郁未は留美との生活を思い描いていた。
 結婚さえすれば、こんなふうに留美のアパートへわざわざ出向かなくとも、自宅へ帰れば新妻の留美が「おかえりなさい」と笑顔で出迎えてくれるだろう。きっと、愛らしい新妻は、可愛らしいピンク色のエプロンを胸に掛けて、頬を紅色に染めて愛しい夫に微笑みながら。
 郁未としては、結婚式を目前に控えた婚約者同士なのだから、今すぐにでも一緒に暮らしたい。誰もいない暗闇に包まれた部屋に帰宅するのが虚しく思える。
 留美が居るだけで暗闇が薔薇の花園に変わり、目の前に花畑の世界が広がる。

「いや、薔薇と言うよりは向日葵のように明るくて勇ましいよなぁ」

 いつも挑戦的な瞳を向けていた留美だが、男勝りで強情かと思えば女の子らしく、可愛らしさの見え隠れする所はデイジーのよう。
 ベッドに横たわり、留美の白い肌に小さくて愛らしいホワイトデイジーを身体の曲線が隠れるほどに散りばめる。花弁から漂う甘い蜜が留美の身体を包み込み、愛しいその身体をしっかりと我が胸に抱き締め――
 留美との蜜月を夢見る郁未の頬が緩み口元がニヤけると、赤信号で停車したまま信号待ちしていた信号が青に変わったことにも気付かず、後続車からクラクションを鳴らされてやっと信号が青だと気付く。

「煩いな、人がせっかく良い気分でいるのに」

 気分を害された郁未は、少々剥れながらゆっくりとアクセルを踏み込む。
 早く留美に会いたいところだが、安全運転を心掛ける郁未は制限速度ギリギリで車を走らせる。