「少し不調って言うから、なら、体力付けたが良いだろうからって、女性にも人気の駅前のレストランへ連れて行ったぞ。予約がなかなか取れない人気店だけあって、あそこのステーキは最高だった」
信じられない言葉だった。胃痛で苦しんでいた留美をステーキ店へ誘うなんて言語道断。それに、本人もそれを承知で着いて行ったのかと郁未は自分の耳を疑う。
「元気なかったからさ、美味しいもの食べるのが一番だって、無理して全部食べさせた」
医者から処方して貰った薬で何とか回復している留美を、無神経にも胃痛を悪化させてしまうような食事を無理矢理させたと聞いては、郁未は留美が心配で堪らない。
「留美には二度と近づくな!」
そう叫ぶと郁未は通話を切り、電話を握りしめると階段を駆け上がって行った。
一度自分の部屋へ戻った郁未は、香水が染み付いたスーツを脱ぎ捨て、シャツにジーンズ、ジャケットを羽織ったラフな格好に着替える。ジャケットの内ポケットに携帯電話を入れると、ジーンズのお尻のポケットへ小さめの財布を押し入れると、急いで部屋から出て行く。
マンションから出た郁未が偶然拾った空車タクシーに乗り込むと、留美のアパートに向かわせる。
早く留美の元へ駆け付けたい郁未だが、こんな時によくあるのが、運悪くも次々と赤信号に当たってしまう事だ。郁未としては『急いでくれ!』と、無茶にも運転手に何度も叫んでいた。
そして、やっと留美のアパートに辿り着いた郁未がタクシーを降りると、ここでも階段を数段飛びで駆け上がって行く。