「あの女め! 少し自分がプログラムが出来るからとこれはないだろう?!」

 超簡単な表が実にややこしい状態に作られている。『こんなのが使い物になるものか』と、立腹する郁未だが、

「いや、待てよ。これは使えるぞ」

 目をキラリと光らせ口角を上げて笑った。

「俺の人生は全部あの女にかかっているんだ。絶対に逃さないからな」

 デスクに積まれた資料を掴んだ郁未は、それらをすべてデスク横のゴミ箱へと放り投げた。そして、パソコンから取り出したCDをプラスチックケースに戻すと、デスクの上に置いてそれを拳で叩き付けて壊す。

「佐伯留美、上等だ」

 郁未の事情を全く知らない留美は、今頃、困惑した郁未が慌てふためいているだろうと想像し、愉快な気分を味わっていた。
 浮かれ気分で情報処理課に戻って来た留美は、鼻歌交じりで自分のデスクへ座る。
 いつも冷静で無表情な留美なのにと、異様な光景を目にした課長と田中はあまりの驚きに硬直する。

「やっぱり専務と何かあったの?!」
「専務に失礼なことしてないよね? 佐伯君?!」

 慌てて留美のデスクの前へやって来た二人が、交互に留美に質問攻めにした。

「まさか、モーションをかけてないでしょうね?」
「取り返しのつかない失態を犯してないかい? 専務に何か言われなかったかね?」

 あまりにも騒々しい二人が鬱陶しくなった留美は、部屋の片隅にある流し台へ行き、インスタントコーヒーを淹れた。

 

 

 


「もしかして専務と何か約束したの?!」
「情報処理課始まって以来の大問題を起こしたとか? 課長責任なんてことは?!」

 コーヒーを淹れて自分のデスクへ戻る留美は、話がかみ合わない二人のセリフを完全無視する。
 けれど、鬱陶しい二人を黙らせ様と口を開く。

「課長、専務にデータを渡していますが問題ありません。それから、田中先輩。専務は私に興味は持ちませんから」

 課長は自分の身の保身を気にかけ、田中は専務とラブラブ出来る日を妄想している。
 そんな二人に少しウンザリすると、Web構築課へ異動を願い出たい気分になる。時には残業もあるだろうが、Web構築課なら仕事に夢中になってそれが楽しい日々に思えるだろう。

「他に何か?」

 二人に質問したものの、留美はゆっくりコーヒーを飲みながらパソコン画面に集中する。空いた方の手をキーボードへ運び、カチャカチャとタイピングを始める。
 留美の冷静な態度を見て安心したのか、課長も田中も自分のデスクへと戻って行く。

「そ、そうだよね。佐伯君は優秀な部下だ。実にいい仕事をするからね」

 課長が心にもないセリフを言っていると気にも留めず、留美はカップをデスクに置き両手でタイピングを始めた。
 すると、田中が嬉しそうな声を上げてカレンダーと睨めっこする。

「この日なら安全日じゃないわ。専務を誘っちゃおうかしら」