今回の原因が判明したところで、専務への言い訳にはならない。これは自分の管理不行き届きと言われればそれでお終いだ。確かに、自己管理を怠った事には違いない。
 完成した時点でバックアップを取り、提出用のメディアも作成していれば何ら問題は無かった。
 今更そんな事を考えても遅い。
 午後、データ提出時に専務への謝罪は免れない。それまで気の重い時間を過ごすのも面倒だ。留美は早々にすべて解決したくて、プリントアウトした資料とデータを手に持ち専務室へと向かう。
 一方、郁未はと言うと、朝っぱらから専務室を訪れた俊夫に、前日の話の続きを聞かされていた。

「ですから、その話はもう終わったじゃないですか!」

 自分のデスクに座った郁未は、気の乗らない結婚話にウンザリし、椅子を回転させ窓の外の景色に目をやっていた。
 ソッポを向く息子を相手に強情な父親の俊夫も負けていなく、ソファへドカッと深く腰かける。

「先方から朝一で連絡があったんだ。それで、今週末に顔合わせでもどうかとなってね」
「なにを勝手に話を進めているんですか?!」
「久しぶりに会う親友だ。楽しみだな」

 怒り心頭の郁未が俊夫の方へ向き直って怒鳴るが、郁未の話など聞いていない俊夫はズケズケと喋り続ける。

「彼のお嬢さんが小さい頃に会っただけだが、実に聡明で奥さん似の可愛い子だ。両親の愛情を一身に受けて育っただけに豊かな心を持つお嬢さんだ。会えばきっとお前も気に入る」

 

 

 どんな子でも幼い頃は可愛いものだ。それに親の愛情を一身に受ければワガママ娘と相場は決まっている。もしや、売れ残り娘を押し付けているのではないかと、郁未は妙な胸騒ぎがする。

「絶対に行きません。そんなに気に入ったのなら父さんが嫁に貰えばいい」
「あの時、お前も一緒に親友に会わせたと思うが。お前、覚えていないか?」

 まったく郁未の話など聞く耳持たない俊夫は、親友の娘の話題をわざとらしく持ち出す。

「その手には乗りませんよ」

 俊夫の口車に乗る気のない郁未は、断固としてこの縁談を壊そうと思案する。
 するとそこへ、『トントン』と誰かが専務室のドアをノックした。
 今の時間に約束はなかったと記憶する郁未だが、父親のくだらない話を終わらせるのに、この訪問者は好都合だ。
 今の郁未には救世主と思える存在だ。
 わざわざドアの所まで寄って行き、自らドアを開けて『どうぞ』と快く専務室へと引き入れる。
 ところが『失礼します』と入って来たのは、郁未の天敵とも言える存在の留美だった。

「こんな時間に何している?! データの提出は午後からだろう!」

 最悪な事に、この場面に一番居合わせたくない者を引き入れてしまったと、郁未は顔を引き攣らせてしまった。