天羅で瞑想WSを行うことを決めたきっかけと主旨を綴ってみます。
私はヨーガの学びを深めるようになって、約17年が経ちます。
ヨーガを深めるようになってインド哲学の中のヨガ哲学、
海外のヨガ講師や呼吸法指導者から、様々な瞑想法を学んできました。
"ヨガにおける瞑想"とは、ヨガを構成する5要素 (思想・哲学・アーサナ・瞑想・呼吸)のうちの1つであると解釈されていて、一般的にはヨガのポーズや呼吸法を取り入れながら、心身をリラックスさせ、内面と向き合うこと、またはヨガ後に静かに心を落ち着ける時間を持つこととされています。
つまり、ヨガの構成要素の1つという概念なのですよね。
ヨガ哲学は、インド哲学の学派の1つに含まれていて、それらの学派は、創造神がいるとかいないとか、アートマン(個々の生命体に内包される永遠の「自己」「本質」のこと)があるかないか、などで分けられているのですね。一元論とか二元論
ヨガの学びを深めつつ、大乗仏教の曹洞宗や真言宗の住職とご縁があったことで、何度か座禅を体験させていただく機会を得たり、座禅や瞑想の方法がさまざまにあることを体験していて、瞑想そのものを"ヨガの要素"としての捉えることに、疑問を抱くようになっていきました。
古くから伝えられているヨガのポーズも、私の理解を通して誰かに伝えるのであれば、伝える側やその先へ向けて形が変わっていくのも当然なことであろうと、新しく構築し直してハンモックヨガのポーズを産み出してきたこともあって、"ヨガの存在を感じながら、何かに向けて自由を求めたり、何かを手放そうと頑張る行為"に疑問を持ち始めていました。
そこで、上座部仏教を深く学び、教えとして解こうとしているチェンマイ在住のmaikoさんの声が聞こえて、6年前の2019年から上座部仏教哲学ベースのマインドフルネス講義を学び始ることを決意しました。
上座部仏教は、テーラヴァーダと呼ばれていて、仏教の基礎の基礎と言われます。彼女は、マハチュラルンコーン仏教大IBSC修士|仏教研究者でもあって、とても知識が深く柔軟で、本当にたくさんの教えを説いてくださいました。
テラヴァーダの修行法はどれもシンプルで、大乗仏教(主に宗派のあるもので、天台宗や曹洞宗、日蓮宗などの総称)は菩提心を大事にしますが、テラヴァーダはその名のとおり小乗で、自分を大事にします。なぜなら、そこがしっかりできていないと、利他や慈悲の心は育たないからです。利他や慈悲を理解するために、自分を大事にすることから始めるのです。
仏教の基本はホームレスです。出家僧尼がしなければいけないことは、ホームレスの状態に慣れることです。ありそうな名前と住所を全部はがした状態で生きるのです。
おうちはどこかにあるのではなくて、帰りたい、帰らなければいけない場所でもなくて、今ここにあるというのです。
マインドフルネスを世界に広げたティクナットハーン師はI am homeで有名です。彼は心のどこでもドアを持っていて、いつでもどこでもI am homeな人でした。
いい、いやだ、痛い、氣持ちがいい、氣持ち悪い、良い、悪いなどなど、あらゆるものに瞬時に反応して、瞬時にチョイスをしているわたしたち。その積み重ねが人生全体を作っていますね。
私自身、実践を始めた頃、それはそれはたくさん湧き出て溢れるシグナルと向き合っていくことは、とても苦悩でした。
まずシグナルはあるものなのだ、と言い聞かせて静かに座り、それらのシグナルへ耳を傾けることによって、今起こっていることをそのまま受け止められた(納得できた)ような感覚を得たときは、なんとも言えない開放感を味わったことを覚えています。
約半年オンラインで座学と瞑想実践を行い、
学びの締めくくりのアユタヤリトリートで、コロナ渦になった。
マハチュラルンコーン仏教大学へ訪れる予定が、直前に閉鎖されてしまったことで、
宿へ先生と学んだのだった。
上座部仏教の瞑想は、ありのままの自分を観察し続けること
マインドフルネスのパーリー語(南伝仏教の聖典に用いられている言語)で"サティ・パタナ"と表され、「最も純粋なわたしを認識する」という意味として理解していて、『本来のわたし』を取り戻すためとして進めていくものであり、
記憶力が良くなる
だとか
幸せな心を見つける
だとか
免疫力が上がる?だとか
アメリカ式のマインドフルネスのパフォーマンス力を売り出しにして、オマケ期待して瞑想を深めていこうとする意識との違いが明確に理解できたことも興味深いことでした。
求めるための瞑想ではなくて、
ただ今の自分をありのままに感じることが
いかに難しくて辛いことを
何度も繰り返すことで納得できたことは、
大きな私にとっての学びでした。
自分自身のマインドを、知識と愛情を持って観察し、
母のように見守る目を育てていくことを目的としてくれたmaikoさんに学ばせてもらって、幸いでした。
立ち止まり 自分のこころへ 集中する
感じたままを受け止める
学びから約5年が過ぎて、
あんなに苦しんだのに
あんなに幸せを感じたのに
それでも何かに
納得できていなくて、
誤魔化しながら過ごしていたことを見つめ直すことが
引き金となって、新たな道が再び現れたのだった。
今年4月に、9年ぶりに遊覧ダンスオペラ公演に参加した時に、
上座部仏教指導者の綱川 哲郎さんと出逢って、彼の深い学び故の存在感に圧倒され、
はっと瞑想と実践について学び返し、今立ち止まっています。
皆と一緒に対面しながら
瞑想を日常に続けていくための実感を感じてほしい、そんな想いも込めながら、
天羅へ綱川さんをお呼びしての対面瞑想WSを企画しました。
11月のWS、ぜひご興味持っていただけたら嬉しいです。
瞑想WS 〜瞑想と対話〜
プライベートサロン 天羅にて












