一昨日、
国連大学共同講座
(いろんな大学院から学生が集まって、
国連大学がコーディネートした教授陣から講義を受ける授業です。
私は、Conflict Studiesに出ました)
のGraduation Ceremonyがありました。

そのときの懇親会で、
ある人から聞いた心に残る言葉を書いておきます。

「目の前にあることをやる
やると決めたら最後まで責任もってやる
どうせやるなら楽しんでやる」

ある教授のdisciplineだそうです。
とにかく与えられた目の前のものは、
何でもやってみて、
やると決めたら責任持って楽しんでやる。

うん!
これは、大事にしていこう!
最近、
また私は、次へ後輩の世代へ繋げる難しさを感じて、
試行錯誤している。

大学院関係は一段落したものの、
指導室関係は2、3月一杯詰まっている。

研究会は、特に問題ないんだが、
問題があるのは運営関係だ。

私は、もう来年はいない人間。

だから、後輩の世代が主体で運営をやっていくのが一番良い◎

私は、完璧にいない方が良いと思う。

別に全く関係なくなるわけではないし、
私自身、後輩の力に全力でなりたいと思っている。

でもだからといって
この移行期に私がでしゃばるのは
後輩のためにならない。

だって後輩の失敗や成長の機会を奪ってしまうのだから。

最近、ある子が私がいなくなると不安だと言っていた。

言ってもらえる分には
照れるし、全然そんな大したことできた覚えがないと否定しつつも
やっぱり嬉しい。

でも後輩にそう思わせている時点で
私は先輩失格だ。

だって後輩が私がいなくても気にならないような
引き継ぎをできていない、もしくは
自信をつける機会を奪ってしまっていることになるんだから。

だから、私はできる限り運営から
フェードアウトしていこうと思う。

だって、確実に私なんかいなくても
何とかできる
かつより良くできる素晴らしい後輩が揃ってるんだから
全く問題ない。

私なんかより全然良い代になる!

ただ、無責任になってはいけない

度合いが難しい

後輩の中には、えって思う人もいるだろう

でも私は、後輩に指導室に恩返ししたい

後輩のためになるなら、いくらでも憎まれ役を買ってでよう

でもやっぱり度合いが難しい。

私は後輩に
何を残すべきなのか

先日、「カティンの森」という映画を観に行った。

映画の冒頭、
多くの人が荷物を持って、橋を渡ろうとしている。
すると、反対側からも人が走ってくる。

「ドイツが攻めてきてるぞ、戻れ、こっちは危険だ」
と叫ぶ男性。

「いや、こぅちからはソ連が攻めてきている、こっちは危険だ」
青年が走りながら叫んでいる。

第二次世界大戦中、
ポーランドは不可侵条約を結んでいたはずのソ連と、
ドイツの双方から攻められて占領された。

半分は、ソ連の占領下、
もう半分はドイツの占領下。
ソ連とドイツが密約を結んだ上での行動だった。

そのよう中で起きたのが、
カティンの森事件である。
カティン森と呼ばれる場所で、ソ連に捕まっていた
ポーランド兵士の捕虜が大量に殺害され、地面に埋められたのである。

しかし、第二次世界大戦後、
ドイツ軍が敗退すると、ソ連の占領下では、
カティンの森事件の首謀者がドイツであるとされ、
ポーランドの人々は、その偽りを強制された。

真実を口にしたら、ソ連軍に捕まり、
自分が嘘をついたという声明文を書くまで光を見ることができない。

映画は、ソ連に捕虜として捕まった夫と、その残された妻を基軸にしつつ、
様々な人間の戦争に巻き込まれる様を描く。
ドイツ軍に大学の再開を訴えようとして
収容所に送られてしまった教授、その残された妻。
兄がカティンの森で殺害され、
真実を頑に保持してソ連軍に捕まった妹と、
教師としてポーランドの教育を復興するために、
ソ連の嘘に自分を染めた姉。
戦争を生き延びたにも関わらず、
嘘に染まる自分に耐えられず自殺する兵士。
死亡者リストを見て、呆然と立ち尽くす女性、
自分の夫は載っていないと心から喜ぶ女性。
等々。

事件の回想シーンでは、
それまで個々の人物像が描かれていた兵士達が、
有無も言わさず、淡々と事務作業のように殺されていった。

映画が終わった後、
私は呆然としてしまった。
最後に画面が真っ黒になって流れたレクイエムの低温の響きが
頭をワンワンさせる。

「真実は、フィクションよりも残酷だ」
直後、自分の頭に浮かんだ一節だ。

その後は、
言葉にならない、どう表現したら良いかわからないものが
自分の内側から上ってくるのを感じてた。

会場を出て、
他の映画のポスターを眺めていたら、
自然と涙がこみ上げてきた。

別に、泣こうと思った訳じゃない、
本当に自然にこみ上げて来たのだ。

あの感情は、なんだったのだろう。

帰り道、
家まで自転車に乗っていたら、
ようやく少しあの感情の理由がわかってきた。

事件とか、真実とか、歴史的発見とかではなく、
個々の「人」の考え、思い、
そこから選択した行動、結果。

いろいろな立場、考え方、行動をした人が
たくさんいて、多様出会ったにもかかわらず、

とにかくどの人も
悲しかったのだ。

ひたすら、悲しかったんだ。

どんな人であろうと、
どんな行動を選択しようと、
「戦争」という袋の中に入れられてしまった、入ってしまった「時」は、
結局悲しみにしかならないんだ。きっと。

どの人の思いもきれいごとでなく、悲しいんだ。

こんなことを書いているパソコンの横から、
写真に写っている甥っ子が
天使みたいな顔で笑いかけている。