今までずっと避けてきた飲食に関わるアルバイトを始めました。

今日のところは、何で始めてしまったんだろうという気持ちと、
色んな人がいて、色んな知らなかったことに触れられて面白いなーという気持ちの半々です。

初めてだし、もともと末っ子で甘ちゃんな私は足手まとい以外の何物でもないだろう。

しかも私の経歴もかなり偏見を生んでいるようだ。

塾講で良いじゃん、何で入ったの?とも言われた。

まあ当たり前だけどね。
でも、こういう所で必要な人間になれないと
私はいつまでも自信を持てないし、
将来働きたい現場でも役に立たない気がする。

始めから受け入れてくれる人もいれば、
ただの頭でっかちで使えない人間と思う人もいるだろう。

まっ、せっかく始めたんだから勉強させてもらいましょ◎

どんな環境でも私ならやれるさ。

今日の収穫として、帰りに一緒に飲みに行った人の考え方や生き方を
ものすごく格好良いと思いました。

私も自分に素直に、柔軟に、やりたいことをとことん突き詰めて、納得いかないことにはNOと言い、当たり前のことや協力や人を大事にすることで利益を上げ結果を残し、色んな人に出会い可愛がられ、楽しみも忘れない、
そんな生き抜き方をしたいと思いました◎
今日、久々に自分の中から
溢れんばかりのエネルギーを感じた。

インターン先でゼロから任された
広報誌のパイロット版をプレゼンする日だった。

クリエイティブな仕事の楽しさ、
ゼロから任せてもらえた期待に応えたいという野心が
私のアドレナリンを全開にした。

与えられた対象から、
目的、そのために必要な要素を設定し、
それらに沿って各ページ内容を構成していく。

これまでのBBでの経験が
多いに役立った。

また、途中まで内容が自分で読んでつまらなくて
ついに第三版目に到達し、
自分でも面白いと思えたものを
職員の人にぶつけた。

本気でやるからこそ楽しい。

そこから、
また指摘を受けて
ブラッシュアップしていく。

これだからクリエイティブな仕事は
やめられない◎
あったか死、自分の選択する死に方、
そばにいて笑顔で話すだけでいい
それだけでいい
たったそれだけのことが
なんで今は難しいと感じるのだろうか
難しくなんてないんだろな

先週、
國森さんの写真を観に行きました。
http://konicaminolta.jp/plaza/schedule/2010may/gallery_b_100520.html

タイトルは、
『人生最期の1%』

この名前は、
「人生の99%が不幸でも、最後の1%が幸せならばその人の人生は幸せなものに変わる―」
というマザー・テレサ氏の言葉を借りたそうです。

朝日新聞で國森さんの記事を見てから
すぐに行きたいと思って見に行った。

理由は、私の一生の問い、
「ひとの幸せってなんだろう」
に示唆を与えてくれる気がしたから。

國森さんは、戦争下のイラクにおもむき、
多くの「選択余地なき死」「望まない死」を見てきたそうです。
そんな彼が、今回は島根県知夫里島の介護・看取りの家「なごみの里」を訪れた。

そこには、病院や特養を望まず、
「最期まで、この島で死にたい」とその死に様を自身で選んだ「里」の入居者達がいた。

写真の中には、
自然に老いていく人の姿、
選択する自由のあるおじいちゃんおばあちゃんがいた。

そして、それらの中でも一番私の心に留まったのが、
職員の人やおじいちゃんおばあちゃんみんなで囲む食卓の写真。
思いっきり笑っている顔があった。

何分か分からないけど、
私はその写真から長い間、離れることが出来なかった。

最期に、國森さんご本人とお話しした。
お土産とかそんなのじゃなくていいんだよね。
ただ一緒にいて笑って話をする、それだけでいいんだよね。

國森さんは多くの選択の余地のない死を見てきた。
でもそのことを日本の人に話しても、
可哀想な話、遠い話と受け取られてしまう。
でも日本の島根県にあった選択の自由のある死を見せることで、
同じ「命の重み」が伝えられたら、と願っているそうです。

國森さんのHP
http://www.kunimorifoto.net/