Encounter with Art■ギャラリーNAO | すくらんぶるアートヴィレッジ

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■Encounter with Art■ギャラリーNAO
600-8427京都市下京区松原通烏丸西入玉津島町312/075-351-0667
https://www.tanaka-nao.co.jp/
株式会社田中直染料店(代表取締役社長:田中崇輔)は、2026年8月31日(月)、本社1階に染織分野に特化したギャラリー「Gallery NAO」をオープンいたします。工芸からテキスタイル、ファッション、ファイバーアートまで、領域を横断する「染織」の可能性を身近に楽しんでいただきたいという想いから生まれたギャラリー。江戸時代より染色材料を扱ってきた歴史を背景に、染織文化の魅力を広く発信し、人と人が交流し新たな表現が生まれる場を提供します。
・・・染料店が満を持して?ギャラリーをオープンさせる。とても興味深く、しかも開館記念展の案内に掲載された三浦景生★「はくさい」にココロ鷲掴みにされてしまいました。
https://www.nippon-shinyaku.co.jp/kyo-gallery/collection/artist/kageo_miura/
★三浦景生(1916–2015)は京都出身の染色作家。1932年に丸紅の図案部に見習いとして入社し染織図案を学ぶ。戦後1947年、蠟纈染(ろうけつ染め)の屏風「池」が日展に入選し、丸紅を退社して小合友之助に師事。以後、パネルや屏風、布のコラージュを用いた抽象表現など革新的な創作染色を展開した。1955年に京都府立文化芸術会館で初個展。1959年「おぼろ」で新日本美術展特選・北斗賞、1962年「青い風景」で日本現代工芸美術展会長賞・文部大臣賞を受賞。1963年に京都市立芸術大学工芸科染織デザイン助教授、1971年に同大学教授に就任し後進を指導した。1967年日展会員。★野菜や花をモチーフにした遊び心のある作風で知られ、生涯にわたり創作を続け、2015年8月に★99歳で死去した。
★柚木沙弥郎Samiro Yunoki
https://www.samiro.net/index1.html
染色家。1922年東京・田端生まれ。柳宗悦の「民藝」と芹沢銈介のカレンダーとの出会いから染色の道に進む。型染による染布、染絵など多くの作品を制作しながら、女子美術大学で教鞭をとる。染色のほか、絵本や版画、立体作品にも取り組む。国内外で数多くの個展を開催。2024年逝去(★享年101才)
・・・柚木さんも三浦さんも長生き~「染色」には長寿の媚薬があるのかも?
★開館記念展「田中直コレクション vol.1 8代目 田中直一の時代」
2026年8月31日(月)〜9月26日(土)10:00〜17:00(最終日〜16:00)
染織専門誌の創刊など日本の染織界を支えた先々代(8代目)田中直一と交流を重ね、のちに全国の美術大学で次世代へその技術を繋いだ作家たちの作品を中心に展観いたします。今も色褪せない、染織の自由な世界をぜひご覧ください。
・・・三浦さんの作品はもちろんのこと、★小合さんの作品にココロ惹かれました。
★小合友之助(1898~1966)研究展示「人と作品」/清流館
2022年5月20日(金)~6月12日(日)
https://someseiryu.net/exhibition/969
蠟染の染色作家として伝統的な染色の革新に取り組み、文展や日展で数々の秀作を発表、日展評議員を務めました。型染の稲垣稔次郎とともに京都市立美術大学の染色専攻の初代教授として後進の育成にも努めました。京都の近現代の染色文化の礎を築いた功労者といえます。現在も第一線の染色作家には小合の影響を受けた人たちが数多くいますが、小合の他界から半世紀あまりが過ぎ、小合の仕事や人柄を次の時代へ語り継いでいくには今が好機といえるのではないでしょうか。今展では、これまであまり公開される機会がなかった小合の作品や資料を、ゆかりの人たちからお借りして、染・清流館の所蔵作品とともに展示します。将来、小合の大規模な回顧展が計画されるとしたら、そこへ向けての一里塚の役割を果たすことを願っています。
★小合友之助・河合卯之助二人展/1971年4月27日-5月30日/京都国立近代美術館
https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/1971/74.html
二人は染織、陶芸と分野を異にしながら、共に京都の工芸にゆかりのある家に生まれ京都美術工芸学校を卒業し、京都を中心舞台として活躍、京都工芸界の近代化につくし、この地で没した作家である。小合友之助は1898年に生まれ、商品化した図案の刷新をはかり、34歳で文展に出品、入選、以来蝋染を主として研鑽を続け、文展、日展に発表し、その評議員になった。後には京都市立美術大学の教授として後進の指導にもあたり、京都の染織界への寄与は大きい。(つづく)
#浄厳院国際芸術祭2026