NEW-SEUM(84)南御堂① | すくらんぶるアートヴィレッジ

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NEW-SEUM(84)南御堂①
★真宗大谷派難波別院(南御堂)
541-0056大阪市中央区久太郎町4丁目1−11/06-4708-3276
難波別院(南御堂)のはじまりは、今から400年以上前の安土桃山時代の末です。1595年(文禄4)に、本願寺第12代・教如上人(1558~1614)が大坂渡辺の地に「大谷本願寺」の寺基を定め、翌1596年(文禄5)に創建しました。1598年(慶長3)に、豊臣秀吉による大阪城の拡張と、城下の町制改革でなどにより、大谷本願寺は現在の難波別院のある地へと移転します。また、1602年(慶長7)には、関ヶ原の合戦に勝った徳川家康によって京都・烏丸七條の地が寄進され、教如上人は大坂から京都へと寺基を移されます。教如上人は東本願寺(真宗大谷派の本山・真宗本廟)の建立と共に、大阪の大谷本願寺の地を「難波御堂(難波別院)」とし、大阪における念仏の中心的な道場とします。その後も上人はたびたび大阪の地に赴き、お念仏の教えを説き広め、上人亡き後も難波別院は、宗祖親鸞聖人のみ教えを伝えていく上において今日まで大きな役割を果たしてきました。難波別院の境内には、開基である教如上人が大谷本願寺を創建された際、1596年(文禄5)に鋳造された「大谷本願寺」銘の梵鐘が今も残り、教如上人のご苦労とその遺徳を伝えています。また、2014年6月20日付でこの梵鐘が大阪市文化財保護法条例第6条第1項の規定により大阪市指定有形文化財(歴史資料)に指定されました。今回の文化財指定によって、真宗大谷派発祥の礎を後世に伝えていく歴史資料として、より多くの人々の目に触れることが願われます。「大谷本願寺」銘の梵鐘は難波別院境内の★獅子吼園に保存されておりどなたでも自由に見学することができます(開門午前6時頃~閉門午後9時頃まで)。