奈良公園② | すくらんぶるアートヴィレッジ

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NEW-SEUM(24)奈良公園②
★奈良県庁
630-8501奈良市登大路町30/0742-22-1101
https://www.pref.nara.jp/
現庁舎は1965年(昭和40年)に★奈良学芸大学の移転跡地に建てられた。設計★片山光生/建設省近畿地方建設局。国立霞ヶ丘陸上競技場の設計にも携わった片山光生の担当作品。地上6階建ての主棟と議会など2階建ての低層棟で構成され、低層棟が回廊状に中庭を囲むという寺院の伽藍配置を意識した配置となっている。主棟は敷地の奥に配置され、登大路からの若草山の眺望に配慮。低層棟は人々を招き入れるためにピロティをもち、中庭は芝生が張られ、奈良公園との連続性を意識している。また、外観は高くそびえる塔屋をもち、最上階には大きな庇がせり出す構成。奈良の文化の起源ともいえる古代から天平の伸びやかさを現代的に表現しつつ、色彩の使用を極力抑えるなど、奈良公園に接する周囲の環境を十分配慮したものとしている。近接する★県立文化会館(1968)★美術館(1973)の計画も片山が関わっている。中央の塔屋が特徴的であるが、風致地区に建設されたため、当初は批判も受けた。
■屋上開放 https://www.pref.nara.jp/4203.htm
■6階食堂 https://www.pref.nara.jp/47901.htm
奈良県が誇る「奈良ホテル」「奈良基督教会」「佐保会館」と言った木造の近代和風建築は、和洋の要素を無理なく取り入れた洒脱な建築として、多くの人々にとって受け入れやすい意匠である。これらの建築には共通して「板張りの腰壁に白漆喰塗の真壁造、屋根は桟瓦葺入母屋造」といった要素の組み合わせが用いられており、奈良公園周辺においては定石と言えるほど定着している外観である。茶色と白と黒のコントラストは、古都奈良の風情にふさわしい、親しみと気品をたたえた名もなき建築)様式の原点は、建築家★長野宇平治による★「旧奈良県庁舎(明治28年竣工)」であり、近代建築史の教科書になら必ず掲載されている近代和風建築の原点とも言うべき名建築であった。
★明治20(1887)年「奈良県」の再設置
奈良県が大阪県から独立して再設置される(当時奈良県は大阪県の一部として吸収されていた)。しかしこの独立の際、奈良県庁舎としては専用の建物はあてがわれず、興福寺食堂跡に建てられた擬洋風建築★「寧楽書院」が庁舎として転用されていた。
新奈良県庁舎が旧庁舎の西側に建てられることが決定したため、旧庁舎は★「天理教いちれつ会館」として天理へと移築されることとなる。
https://ichiretsukai.tenrikyo.or.jp/
その後、昭和63(1988)年には天理教教会真柱によって『天理教いちれつ会館(旧奈良県庁舎)保存に関する要望書』が建築学会に提出された。最終的には「解体保存」という形で保管され、再びその姿を見せる日を待っている。
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/tatemono-gakkou-kanntyou.html