リランズゲート(1) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・明日、25年目を迎える「阪神淡路大震災」。昨年、訪問できなかっただけに今年こそ「忘れないために」。

 

《参考》阪神・淡路大震災から四半世紀、25年前と今の写真を比べる

福和伸夫(名古屋大学減災連携研究センター、センター長・教授)

https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuwanobuo/20200114-00158494/

建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、地域の防災・減災の実践に携わる。民間建設会社の研究室で10年間勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科で教鞭をとり、現在に至る。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から25年を迎えます。当時を思い出すため、タンスから25年前の手帳を探し出し、ページをめくってみました。当日、夕刻に大阪に入り、翌日、翌々日と西宮から灘を歩き、約10日後に三宮、約20日後にポートアイランドを訪れていました。手帳を見ると目まぐるしい日々を送っていました。被災地を撮った写真も一通り見直してみました。

 

 

《1.17は忘れない》ひょうご安全の日公式サイトより

http://19950117hyogo.jp/other/

阪神・淡路大震災から25年の節目を迎えるにあたり、「震災を風化させない-『忘れない』『伝える』『活かす』『備える』」を基本コンセプトに、県民、関係機関・団体等と連携して、阪神・淡路大震災の経験と教訓を広く発信し、次の大災害への備えや対策の充実につながる事業を展開します。

 

・・・今年は「三宮」を訪問、「ギャラリー島田」へ。

 

 

《ギャラリー島田》

650-0003神戸市中央区山本通2-4-24リランズゲートB1F・1F/078-262-8058

http://gallery-shimada.com/

神戸元町で21年間活動してきました海文堂ギャラリーは、新たな活動の展開を目指して2000年秋に北野ハンター坂で生まれ変わりました。環境も空間も新たな想像力を刺激し、絶えず緊張感を孕んだ劇的なトポス・場であることを願ってこの場所を選びました。建築は★安藤忠雄。この場が私を呼んでいると感じました。そして内部空間は★島田陽がデザインしました。この場と力勝負を挑む意欲的な作家をじっくりと紹介していきます。この時期にあえて無謀と思われる冒険の旅に出ることになりますが、自分の「夢」と「志」にもう一度挑んでみたいと思いました。単なる個展会場ではなく、さまざまな交流が生まれ、様々なジャンルが交差し、創造が創造を生む連鎖の種を育てるアバンギャルドな画廊でありサロンでありたいと願っています。場は、そこに関わるすべての人と共に成長し増殖しなければなりません。ここに漲る「気・エネルギー」が、さまざまな外部エネルギーと飛び交い新しいカオス(混沌)を生み出す源であることをめざします。

 

 

●「気」を呼び起こす空間/新しい拠点は北野ハンター坂にあります。JR・阪神・阪急・神戸市営地下鉄の三宮駅から徒歩12分。神戸の人なら誰でも知っている東門筋を北へ抜け、山手幹線を渡るとハンター坂の入口ににしむら珈琲店があります。北野へのメインの道、北野坂の一つ西側の、ゆったりと上れる散歩道です。150メートルほどで、コンクリート打ちっぱなしの独特の雰囲気に満ちた安藤忠雄の設計によるRIRAN’S GATE(リランズゲート)があります。道路の東向かいが松竹タクシーです。ギャラリーはその1階と地下1階にあります。この空間の魅力は外観ではなく、建物の内部空間にあります。正面入口の前の階段を下りるのがメインの入口。北側のゆるやかな下り坂を下りてもいいです。いきなり隔絶された異次元空間に入ります。上を見上げて下さい。切り取られた空。木々。迷路のように入り組んだパサージュ。間違いなく我々の想像力を喚起する「気」に満ちています。利便性に恵まれた元町の海文堂ギャラリーを離れるからには新しい空間が、より私の理想に近づく空間でなければなりません。それは地域として、建物として、内部空間として、緊張感を孕んだ劇的空間でありたいと願った結果として満足できる選択だったのです。ここは★わざわざ足を運んでいただくところです。私たちも作家も、わざわざ足を運んでいただく価値のある展覧会をめざさねばなりません。

 

 

●特徴/地下企画展示室と、1階のギャラリー島田DEUX、合わせて40回を超える企画展を開催し続けています。主として現代の作家で、現存、作家来廊を原則としています。有名、無名を問わず、力のある意欲のある画家を取り上げます。海外の作家も作家の来日を基本として数多く紹介してきた。 アメリカ、フランス、スウェーデン、オランダ、スペイン、中国、イギリス、ボリビア、カナダ・韓国など12ヵ国に及びます。この場が、たんなる作品発表の場ではなく、全力でこの空間に挑み、現時点での作家の最良の成果を問う可能性を拓く画廊でありたい。有名、無名は問わないが真に力のある作家を紹介し、見る人もここで意味ある時間を過ごせる画廊でありたいと思います。

 

・・・行きたいと思い続けて、とうとう今日になってしまいました。

 

 

★コレクション+シリーズNo.7「25 年目の1.17」1/8(水)~ 1/ 22(水)

振り返り 感じ 読み 歩む

1995年1月17日。あれから25年。神戸が直面した50年目の戦場。未来都市と謳われた神戸の中心部を襲った壊滅的災害。それは時代の転換を促し、NGO/NPOが重要な役割を担うようになった。そこにアーティストたちは、私たちはどうかかわってきたのか。画家たちの生死、災厄への受け止め、そこからの出発。震災死の津高和一、二紀会の大島幸子。自ら住む長田が燃える朝を画いた林哲夫。立ち上がる人を描く栃原敏子。自己を被写体とした小谷泰子の、あの日と今。表現としては内在化しても変えない作家たち。私達は「美術」にとどまらず、アートにおけるすべてのジャンルについて関りながら「アートエイド神戸」という運動を起こした。2011年3月11日。東北大震災。その経験を「アーツエイド東北」に生かしながら関わってきた。それが「加川広重巨大絵画がつなぐ東北と神戸」(KIITO)として2013、14、15 に実現した。その東北を受け止めた矢原繁長。書の石井誠など。ギャラリー島田のコレクションと招待作家の作品など。そこで私たちが果たしてきた役割を豊富な「資料」とともにご覧いただきながら、この25年を静かに振り返りたいと思います。島田誠

★木下晋展「いのちを刻む」1/8(水)~ 1/22(水)

個展に寄せて

私は現在、十数年に及ぶパーキンソン病に罹った妻をモデルに、介護しながらライフワークとして作品を制作し続けている。最初の頃、妻の介護と制作が別々では生活が成り立たない。介護する事で仕事を辞めざるを得ない例は枚挙にいとまがなく、大変な状況を強いられるのだ。逆な見方をすれば、家族と云えども同床異夢的な存在だけに、生々しく拘わる機会でもあろう。かつて颯爽としていた妻の体を病魔が蝕み、容赦無く身体機能を次々と奪うのだ。今や少しでも薬を怠ろうものなら、瞬く間に脳が不全に陥り想像を絶する苦痛の中、死に至らしめる原因不明の難病である。例えて言うなら、制作途中の粘土彫像のように湿布を巻き忘れると、彫像は乾燥して其処ら中に亀裂が走り崩れゆく。それでも皹割れた隙間から覗かせる魂の生き様とする姿は、真に神々しく尊厳に満ちて美しい。人はそんな風にして、選べなかった時代や身体に宿る命を使い切る事で旅立つのだろう。パーキンソン病を完治出来る未来は現在無くとも、妻の闘病姿に寄り添い自分にも訪れる生死を夢想しながら作品を制作している。その事が、私に遺された画家としての使命感であり、誇りに想うのだ。木下晋

 

・・・安藤建築、そしてこの2つ展覧会を観るために来た、何の迷いもなく。