嘘八百 | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・2018年の「百舌鳥・古市古墳群」カレンダーをいただきました。 

 

 

・・・それぞれの地元に配布されている詳細地図、多くの古墳がある街に住んでいるという誇り?責任?、果たして展望(希望)はあるのか。

 

 

《2018年1月5日公開・映画『嘘八百』》 

http://gaga.ne.jp/uso800/

『百円の恋』の武正晴監督と脚本家の足立紳が再び組み、商人の街★堺を舞台に描くコメディードラマ。うだつの上がらない古物商と陶芸家を中心に、“幻の利休の茶器”をめぐるだまし合いのバトルをユーモアたっぷりに描き出す。『花戦さ』でも共演している、中井貴一と佐々木蔵之介が出演。海千山千の人々が繰り広げる、だましだまされの応酬に笑みがこぼれる。鑑識眼はあるが、なかなかお宝に出会えない古物商の則夫(中井貴一)は、娘のいまり(森川葵)を車に乗せて千利休の出生地である大阪府堺市にやってくる。彼はある蔵つきの屋敷へと導かれ、その家の主人らしい佐輔(佐々木蔵之介)と出会う。佐輔は則夫に蔵を見せることにし……。

 

 

《NEWS》2017.12.28オリコンニュースより 

食べまくる森川葵がかわいい映画『嘘八百』の新場面写真解禁 

俳優の中井貴一、佐々木蔵之介がW主演する映画『嘘八百』(2018年1月5日公開)の新場面写真が28日、ORICONNEWSに到着した。中井の娘を演じた森川葵が、寿司やバームクーヘンなどを食べまくる姿を収めている。映画『百円の恋』で高評価を受けた監督・武正晴氏と脚本・足立紳氏が再タッグを組む。同作は、千利休を生んだ茶の湯の聖地、大阪・堺を舞台に、うだつの上がらない古物商と陶芸家を中心に、“幻の利休の茶器”をめぐるだまし合いを描くコメディー。主演作『恋と嘘』など、今年多くの作品に出演した森川は、『嘘八百』では見事な食べっぷりを披露している。則夫の隣で寿司を楽しむ一枚、バームクーヘンを頬張る一枚、またフォークをくわえるかわいらしい一枚も。自らが食べるだけではなく、佐輔(佐々木)と康子(友近)の息子誠治(前野朋哉)に巨大バームクーヘンを「あ~ん」とする一コマもあり、天真爛漫に、かつ豪快に食べる姿は観ている側の食欲をそそる。 

 

《「嘘八百」ロケ地マップ》 

★映画「嘘八百」公開記念「堺800キャンペーン」 

http://www.sakai-rishonomori.com/

平成30年1月5日(金)公開の映画「嘘八百」は、★利晶の杜をはじめとした堺の各所がロケ地になっています。只今「利晶の杜」では映画に登場する堺の各所を紹介した「嘘八百」ロケ地マップを配布しています。よく知ってるあのお店、気になっていたあの場所、意外なあの場所がロケ地になっているかも?!マップを片手に、映画公開の前にロケ地を巡ってみませんか。 

『嘘』『八』『百』の3文字スタンプを3カ所で集めた方にオリジナルシールをプレゼント、スタンプ台紙兼応募はがきに住所・名前・連絡先・希望する賞品を記載し郵便ポストへ投函いただくと、抽選でオリジナル手ぬぐいなどをプレゼントします。 

★映画「嘘八百」公開記念パネル展-パネル展を見て堺のロケ地を巡ろう- 

http://www.city.sakai.lg.jp/shisei/koho/hodo/hodoteikyoshiryo/kakohodo/teikyoshiryo_h29/teikyoshiryo_h2911/1128_05.html

平成29年12月12日( 火 )~平成30年2月28日(水 ) 

堺市役所21階展望ロビー南側 

590-0078堺市堺区南瓦町3-1 

堺が舞台となり、堺親善大使の今井雅子さんが脚本に携わった映画「嘘八百」(中井貴一、佐々木蔵之介主演)が平成30年1月5日(金)に全国公開されるにあたり、 映画配給会社のギャガ株式会社と撮影を支援した堺フィルムコミッション実行委員会が連携し、映画「嘘八百」公開記念パネル展を★堺市役所21階展望ロビーで開催します。パネル展では、堺で撮影した映画内のワンシーンや貴重なメイキング風景など紹介するパネルを展示するほか、ロケ地マップのパネルや写真撮影用の等身大パネルなども設置し、映画や堺のロケ地がより身近に感じられるように、PRします。 

 

・・・映画の公開が楽しみです。

 

 

《NEWS1》2016.8.31産経ニュースより 

履中天皇陵古墳に世界遺産見据え展望台/堺市が来春建設 

国内で3番目の大きさの古墳で、世界文化遺産登録を目指す百舌鳥・古市古墳群を構成する前方後円墳「履中天皇陵古墳」(全長365メートル、堺市西区)の後円部付近に来春、墳丘部を眺望できる展望台が新たに建設される。後円部は前方部より高く稜線が美しく見えるとされるが、周辺の土地は古墳より低くなっており、極めて見にくかった。このため、世界文化遺産登録を見据え、訪問者のために市が整備することを決めた。市によると、展望台は、履中天皇陵古墳のほぼ中心線に沿った後円部付近の市有地に建設され、約350平方メートル。住宅が立ち並ぶ周囲が、古墳よりも低くなっているため、約2メートルの高さにして墳丘部を眺望できるようにする。階段やスロープで登れるよう舗装し、来年1月ごろに着工、同3月末までに完成する予定。履中天皇陵古墳を囲む堤は1重で、約2メートルの高さでも十分、稜線を観賞できるという。近くにある国内最大の仁徳天皇陵古墳(全長486メートル、堺市堺区)にも展望デッキを含むガイダンス施設が平成32年3月に開館する予定。仁徳天皇陵古墳の堤は3重だが、隣接する大阪女子大跡地の約1・5ヘクタールの敷地にガイダンス施設を建設し、十数メートルの高さの展望デッキで眺められるようにする。巨大古墳は航空写真でしか全容を確認できず、近くに来てもなかなか墳丘部を見られないのが現状。両施設の規模は異なるが、市は施設の建設で来訪者に古墳の雄大さを見てほしいとしている。市世界文化遺産推進室の宮前誠室長は「世界文化遺産登録となれば、多くの人が古墳を見に来る。両施設はそのための大切なものになるはず」と話している。百舌鳥・古市古墳群は平成30年の世界文化遺産登録をめざしたが、今年7月の文化審議会特別委員会では国内推薦を得られなかった。府と堺市、羽曳野市、藤井寺市でつくる登録推進本部会議は24日、会合を開き、31年の登録に向け、来年の国内推薦をめざすことを確認した。 

http://www.nposakai.org/guide/tour.html

★《平成の森「見晴台」》 

http://121.50.62.215/kurashi/koen/shimin/katsudo/heiseinomori/index.html

http://www.sakai-park.or.jp/heisei_mori/heisei_mori.html#02

堺市では、平成11年度から地球温暖化対策の一環として、堺市の都市公園である大仙公園の一角で住民参加による森づくりを更地から行っています。堺市のセントラルパーク的存在の大仙公園が、市民の力によって一層魅力を増してきています。古代人もびっくり丸い古墳の形をした展望台「見晴台」が整備されました。 

 

《NEWS2》2017.9.19毎日新聞より 

83万人都市の未来’17堺市長選/観光施策、世界遺産候補で注目集め/大阪 

高さ80メートルの堺市役所21階ロビーが観光客の人気を集めている。7月に世界遺産の国内推薦候補に決まった百舌鳥・古市古墳群の大山古墳(仁徳陵古墳)の一部を望めるからだ。昨年度の来場者は約25万人。今年8月は2万6729人で前年同月比2842人増えた。堺市は2006年に文化観光再生戦略プランを作り、観光に力を注ぐ。歴史と文化をテーマに、知名度の高い堺出身の千利休、与謝野晶子を顕彰する施設を整備。外郭団体の堺観光コンベンション協会も観光振興に熱心で、観光客は06年度の538万人から15年度には983万人に増えた。「今ならゆっくり見られると思って」。京都府城陽市の会社員、松井正明さん(63)は先月末、大山古墳を訪れ、市博物館で上空から古墳を見渡す仮想現実の映像を見た。松井さんは「歩道が整備され、ガイドもしっかり説明してくれた」と満足げだった。市は7月、19年度の遺産登録を見越し、20年度の観光客の目標を1600万人とした。しかし課題は多い。「鍵穴型の古墳はどこから見える?」。大山古墳近くに先月、土産店「もず庵」を開いた立花孔一さん(44)は客からこんな声を聞いた。周辺は高さ15メートルの建築制限があり、古墳全体は見えない。市は近くに20年春開館予定のガイダンス施設を造るが、展望デッキの高さは約8メートル。古墳の稜線が見える程度だ。全体を見渡すには約250メートルの高さが必要で、市は将来的に気球に客を乗せる検討を始める。立花さんは「20、30年後を見据えた施策を打ち出してほしい」と願う。古市側にどう移動するかも問題だ。古市まで約10キロを結ぶレンタサイクル(電動付き20台。有料)の利用は昨年11月~今年8月に計83台。羽曳野市は7月から毎週土曜にシャトルバス(定員24人)を1往復するが、1便平均10人程度だ。堺の知名度をどう向上させるかも問われている。堺都市政策研究所によると、昨年3月に関西国際空港などで外国人365人に最初の目的地を聞くと、大阪市64%▽京都市18%▽神戸市3%--。泉州地域はゼロだった。観光施策について、大阪維新の会公認新人の永藤英機氏(41)は「府と大阪市が運営する大阪観光局に参加して観光戦略を策定し、観光客増をめざす」と主張。無所属現職の竹山修身氏は(67)は「各区の歴史文化資源を来訪者に紹介できるよう大阪観光局と連携し、魅力を発信する」と訴える。

 

 

《NEWS3》建通新聞より 

私(竹山修身)は市長就任時、現場主義かつ市民目線で堺市政を総点検していくと申し上げました。現在は、堺のさまざまな事業が芽吹き、花を咲かせてきていると思います。堺市の子育てや歴史・文化、ものづくりが徐々に上向きになってきていると感じています。堺市マスタープランのリーディングプロジェクトとして三つの挑戦「子育てのまち」「歴史文化のまち」「匠の技が生きるまち」を掲げていますが、これに「安全・安心」を加えて3プラス1で、まちづくりを進めています。 

歴史や文化については、第1に仁徳天皇陵古墳をはじめとする百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登録を成し遂げたい。2016年には国内推薦、18年にはユネスコに世界文化遺産登録されることを目標に、市民の協力を得ながら活動を進めていきたい。これと共に19年度完成をめざして★百舌鳥古墳群ガイダンス施設整備を進めていきます。このほかに、千利休や与謝野晶子といった郷土の偉人や先人をアピールするため、昨年3月には「さかい利晶の杜」をオープンさせ、すでに30万人を超える人々が来場しています。長年にわたって培われた歴史・文化が私たちのまちの誇りだと言えます。その一方で堺市は昔からものづくりのまちでした。ものづくりの力をこれからも発展させていくことが大切です。「ものの始まりなんでも堺」といわれるように、刃物や鉄砲、自転車と現在につながる、堺のものづくりをしっかりと進めていきます。 

堺の顔となる中心市街地の活性化を図ることは重要です。市役所前から道を挟んだ合同庁舎前までを一体にした市民交流広場の整備や、新市民会館★「堺市民芸術文化ホール」を18年秋にオープンさせるなど、中心市街地ににぎわいをつくる仕掛けづくりをしています。これを商店街活性化につなげていきたいと思っています。また、さかい利晶の杜効果による交流人口の増加を経済効果に結び付けていかなければなりません。また、歴史・文化の面では、山口家住宅など古い町家が残されています。これには民間の協力が必要ですが、例えば町家を観光客が宿泊できるゲストハウスとして活用できるよう整備することも考えられるのではないでしょうか。また、民間主導でジョルノビルを24階建ての複合ビルに建て替えるので、市はペデストリアンデッキ整備やサテライト図書コーナーの設置を行い、公民連携でにぎわいをつくりだしていきます。堺はかつて環濠のまちでした。100年の計となるでしょうが、堺にもう一度環濠をつくり、水と緑のまちとしていこうとしています。内川の辺りから水辺空間の整備を進めていますが、将来的には船で環濠めぐりをしていただくことができればと考えています。 

 

《NEWS4》2017.12.27朝日新聞デジタルより 

立ち退き迫られ古刹困った 仁徳陵古墳隣、公益に大義? 

世界文化遺産の登録をめざし国内候補になっている百舌鳥古墳群(堺市)。代表格の仁徳陵古墳の隣にある古刹が、市から墓ごと立ち退きを求められている。戦災復興の公園整備の目的で、市は都市計画決定に基づき移転交渉を進めるが、寺は移転先が見つからず、建物の改築もできない状況に、困っている。寺は日蓮宗の朝日寺(約1千平方メートル)。東に仁徳陵古墳があり窓から濠が見える。北に銅亀山古墳、南に狐山古墳がある。粟野泰全住職によると、寺は1752年に大阪・森之宮に設けられた草庵が始まり。1929年の都市計画事業の道路建設に伴い、31年に堺市に移転。1848年に建てられた本堂や表門は解体して移築した。墓地には約20基の墓石がある。約半世紀、住職不在の状態だったが、2010年に粟野氏が就任した。国は戦災復興の目的で1947年に古墳周辺の大仙公園を都市計画決定区域に指定。寺の土地は75年に事業認可された。道路などをつくる公益がその場所に住み続ける権利を上回っていると判断すれば、自治体は土地収用制度に基づき、私有地を強制的に取得できる。市が寺に移転を伝えたのは2013年で、寺を訪れて直接求めた。寺は近くの民有地に移転しようと地主と交渉したが「本堂はいいがお墓は難しい」と拒まれた。寺の南側にある市駐車場への移転を市に相談したが、市は世界文化遺産登録後の観光客増を見込み「駐車場として適切な位置にある」としている。市条例は墓地の設置場所について学校や病院などの施設や人家から200メートル以上離れていることと定めている。市は南区の市有地への移転を打診したが、檀家が反対し、立ち消えになった。今年夏に世界文化遺産の国内推薦が決まり、古墳周辺では交番やガイダンス施設建設の準備が進む。だが、事業認可された土地の建築物は増改築などに制限を受ける。粟野住職は「境内の整備も認められず、寺はこのままでは朽ち果ててしまう」と話し、寺を計画の決定から外すことを市に求めている。この問題は市議会でも取り上げられた。自民市議が「寺の土地はいるのか。権利者の思いを重視するべきだ」と質問。副市長は「普通は金銭で買収するが寺であり、そうはいかない。代替地はいろんな提示があるが中身を議会で論じるのは適切でない」と答えた。ある市幹部は「今回のように一度決まった都市計画決定を変えるのは、ほぼ無理だ」と話す。取材に対し、市は「個別案件で答えられない」としている。 

五十嵐敬喜・法政大学名誉教授(公共事業論)の話/都市計画を決めた終戦直後と現在では状況に大きな変化がある。現地は広大な公園が整備され、新たな公園造成のための移転に公益という大義名分があるか、疑問だ。だが、一般的には、事業認可され、すでに立ち退いた人がいた場合、認可を取り消すのは法的に大変で、決定の効力もほぼ永遠に続く。 

〈南部大阪都市計画・大仙公園〉仁徳陵古墳と履中陵古墳を囲む位置で公園を整備するため、1947年に都市計画決定。63年に初めて事業認可された。計画面積約81ヘクタールのうち約37ヘクタールが整備済み。2015年に住宅が密集するJR百舌鳥駅周辺が認可され、一部で移転が始まっている。 

 

・・・様々な課題を乗り越えて、ひたすら走り続けるしかないのだろうか?決して「傲慢」にならず、「真摯」に対話と協調の姿勢を崩さずに、並大抵のことではないけれど。