★《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》
My Art, My Story, My Art History─ A Sympósion on Self-Portraits
2016年ヴィデオ・インスタレーション(HD、カラー、サウンド)/作家蔵
上映時間:75分(約5分間のインターバル含む)
・・・「最後の晩餐」はイメージを膨らませてくれる。
・・・カタトキも眼をはなすことのできない75分間でした。今回の最大の収穫は「静止画」だけでなく「動画」としての森村さんを観ることができた、ということです。しかも撮影現場「名村造船所跡地」に行ったことがあり、臨場感たっぷりに鑑賞することができました。
《参考》名村造船所
550-0012大阪市西区立売堀2-1-9日建ビル8F/06-6543-3561
http://www.namura.co.jp/index.html
【クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)】
559-0011 大阪市住之江区北加賀屋 4-1-55/06-4702-7085
クリエイティブセンター大阪(略称:C.C.O)は、大阪住之江区にあるアート複合スペースです。平成19年、名村造船所跡地は経済産業省の文化遺産に認定されました。
・・・会場をあとにして、脳裏に焼き付いていたのは、なんと「不在」という形で登場した?「マルセル・デュシャン」だったのです。
【アンフラマンス】
「下部に」という意味を持つ接頭辞の「infra-」に「薄い」という意味のフランス語「mince」を連結させたデュシャンの造語。「極薄」という訳語があてられているが、デュシャンの補足メモでは、物質的な薄さを超えた人間には感知できない薄さ、言葉では言い表せない無に等しい薄さ、ゆえに、新しい言葉を造らなければならなかった。
1919年、デュシャンはダ・ヴィンチの「モナリザ」の絵はがきに、口ひげと顎ひげを書き加え、余白に「L.H.O.O.Q.」という文字を付した。L.H.O.O.Q.の5つのアルファベットを続けて読むと、フランス語で「彼女のお尻が熱い」という意味になる、子ども染みた悪戯書きともとれる「作品」。その46年後に、また一つの「作品」が完成する。それが作られたのは1965年、「rasee, L.H.O.O.Q.」(ひげを剃られた、L.H.O.O.Q.)と付記された、何も書き加えられていない原画のままのモナリザの絵はがきが、デュシャンからディナーの招待状として友人宛に送られた。モナリザに筆一本加えていない絵はがきは、ひげを剃ったモナリザにしか見えない。この絵はがきと原画の違いとは、謎めいた『アンフラマンス』。人の目には見えないはずの極薄の膜が、この絵はがきには被せられている。この世(1919年)に存在していた髭が、あの世(1965年)で不在している。不在とは、存在していないことを意味するものではなく、不在という形態で存在している。ただ、この目で見ることができないだけである。「この世」に存在する私と、「あの世」に不在する私、私はここにいると同時に、「あの世」に不在する。
「人が立ったばかりの座席のぬくもりは極薄である。」
「非常に近いところでの銃の発射音と標的上の弾痕の出現との間には極薄状の分離がある。」
「同じ鋳型で型打ちされたふたつの形は、たがいに極薄の分離値だけ異なる。」
・・・これからも、「森村泰昌」さんから眼が離せない。