・・・「灯(燈)台下暗し」の反省から、気になっていたのに行けてなかった「芸術生活社」を訪問することにしました。目的・理由は、3つです。
(1)美術雑誌「芸術生活」について
(2)「世界近代彫刻シンポジウム」の作品について
(3)府道35号堺富田林線沿いにある「壁画と彫刻」について
◆「芸術生活社」
584-0091富田林市新堂2169/0721-26-1051
芸術生活社は、「人生は芸術である」との理念を掲げる「パーフェクトリバティー教団(PL)」の外郭団体です。さまざまな出版活動を通して、芸術する意義を社会に広め、世界平和に貢献することを目的としています。
宗教団体においては、教えの内容や、信仰によって救われた喜びの体験などを広く社会の人々に伝える上で、出版物は欠かすことのできない布教メディアです。PLでは、1920年代のひとのみち教団時代から出版活動には力を入れてきました。当局による不当な教団弾圧の中にあっても、教えの正しさを証言する体験談集などは信者の信仰信念を力強く支えましたし、社会に対してもアピールしました。1946年にPLが立教されてからも、いち早く印刷設備を持つ(株)PL出版社が併設されて、信仰指導用のいろいろな文書をはじめ、芸術を解説した出版物などが次々に発行されました。
1962年には、東京に(株)芸術生活社を設立、月刊の総合芸術雑誌★『芸術生活』や月刊の婦人雑誌『PL婦人』のほか芸術と人生をテーマにした広い分野の単行本を発行し、翌年には(株)芸生新聞社ができて週刊のPLの新聞『芸生新聞』が世に送り出されて、出版物による布教活動が本格化しました。現在でも新聞、月刊誌、単行本、カレンダーなど同社の出版活動が続けられています。一方、教団本部内の教学・文書布教部門も活動が活発に展開され、『PL用語辞典』の編さんをはじめ教義や神事、制度などの解説文書、布教用資料の集大成、教師・補教師教育用の各種文書、布教用の小冊子やパンフレット、ポスター、教義解説のビデオ、音楽による布教用のCDなども次々に制作されています。また、専門芸術を通じてPLの教えを研さんするよすがとして、月刊『短歌芸術』も編集され、芸術生活社から発行されています。なお、第二代教祖・御木徳近師は『人生は芸術である』をはじめ『捨てて勝つ』『大もの小もの』『愛』『私の履歴書』など多くの著書を書き下ろし、ベストセラー作家としても知られました。
・・・「美術」に興味を抱き始めた中学時代から、近くの書店に注文していたのが「芸術生活」と「芸術新潮」そして「美術手帖」でした。とりわけ「芸術生活」は、私の嗜好にピッタリでした。しかし、いつの間にか「廃刊」となっていました。今回の訪問で、いくつか質問させていただきましたところ、次のような回答をいただくことができました。
【壁画について】
現在の府道35号堺富田林線が国道390号線に昇格した際に★「ここからPL教団」という標識の代わりに昭和37年から38年にかけて、当時の陶芸室の野原東師(PL教団教師)が製作したのが陶製の壁画です。
【彫刻シンポジウム作品について】
大平和祈念塔(正式名称:万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔)の周辺に置かれている彫刻。昭和38年に「世界近代彫刻シンポジュウム」に参加するかたちで、朝日新聞社がフランス、スイス、イタリア、ドイツ、キューバの海外6人と日本の6人による第一線の彫刻家を招き、神奈川県真鶴半島の道無海岸に12人が一堂に会し、地元の石材を用いて集団彫刻を行った。作者たちは★できれば同じ場所に保存してほしいと望んでいた。第二代教祖はその真意を酌み★「この世界的な芸術作品を後世に残したい」と朝日新聞社から正式に譲り受けられた。完成後は東京・新宿御苑の西洋庭園に展示され、翌年の東京オリンピックでは、主会場の国立競技場周辺を飾って多くの人の目にふれたが、大平和祈念塔建立に合わせて、★昭和45年に聖地へ移設された。
・・・続いて「中川木材産業」さんと日程調整をさせていただき、中川勝弘社長様にお会いして直接お話を伺うことができました。中川木材産業は、和歌山県御坊で1911年に創業された老舗です。
◆「旧中川家」(中川計三郎)
644-0001和歌山県御坊市御坊105/0738-52-7285
https://www.wfj.or.jp/nakagawa/
★障害者就労支援のお店として、2014年7月31日(木)「そば&Cafeなかがわ」がオープンしました。大阪在住の所有者が売却や取り壊しの話があり、御坊まちづくり委員会(野村義夫会長)が古い町並みを保存させようと購入希望者を募り、2013年4月県福祉事業団が購入しました。当初、中川家の住居部分を改修して食事処にする計画でしたが、建物が古いため難しく、住居部分は建物の外観をそのまま復元して、障害者の芸術作品などの展示場にするよう計画を変更。飲食店は、木造倉庫(元は農機具等収納)をリフォームして、先行オープンしました。営業時間は午前11時から午後3時、定休日は水曜。県福祉事業団が障害者の就労訓練の場とするため、御坊市内にある障害者福祉サービス事業所「はな」の出張所として設けたもので、そば、いなり寿司、親子丼、カレーライスの食事とコーヒー、紅茶などのドリンク類が提供されます。食器は県福祉事業団の他の作業所で作られたものを使用し、箸袋も手作りしているそうで、福祉事業団全体で連携して、運営されていることが分かります。食事処での訓練のほか、商店街の不要となった段ボールを定期的に回収するなど、地元の皆さんとも良好な関係を築いておられます。
★改修工事が進められていた母屋は、障害者の作品を展示するギャラリーとして2015年4月よりオープンしています。名称を「ぎゃらりーなかがわ」として、母屋の1階住居部分約360平方㍍を活用し、各部屋に障害者の書や絵画、陶芸、紙などでつくった造形作品を約100点展示しています。開館は午前10時から午後4時。水曜日は休館。入場は無料。
http://www.city.gobo.wakayama.jp/kankojoho/miru/jinaimachi/1395038253583.html
旧中川家は、昭和10年建築。当時1000円で住宅建築が出来た時代に、10万円の巨費と、5年もの歳月をかけて建築された中川家は、代々材木商として栄えてきました。日高御殿と称された敷地面積約1000坪の主屋と蔵が並ぶ建物群で、43代総理大臣「東久邇宮稔彦王」や粘菌研究など博物学者「南方熊楠」も逗留した由緒ある建物です。主屋の大屋根の下に庇が廻り、玄関にはさらに一層庇が設けてあります。2階部分にも複雑に屋根が設けられています。これらの凝ったデザインは外観からみても昭和初期の優れた邸宅であることを感じさせます。主屋と向かいあった戌亥(北西)の位置の蔵との間がアプローチになっています。玄関を入ると正面が中庭になっており北面の部屋群と南面の部屋群を分けています。北面する部屋に洋風の応接間があります。部屋の東面する壁の中央に設けられた暖炉や輸入もののクロス、洋組の梁型を表した内部構成など実に興味深い。通りに面する開口部には横長に割り付けた建具を入れています。玄関脇の座敷の部屋の窓外に格子が入っているが、単なる縦格子ではなく上下の板を曲面に彫り込む繊細な意匠に仕上げています。
・・・ゆっくり「御坊」にも行きたいと思います。