神戸塩屋(3) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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・・・塩屋FWは坂を上ったり下りたりですから疲れるのですが、それを忘れさせてくれる素敵な建築物が次から次へと現れます。



やま1


◆ジェームス山

1930年(昭和5年)、神戸に居住しカメロン商会を経営していたイギリス人貿易商、アーネスト・ウイリアムス・ジェームスが、当地に自邸を含めてイギリス人のための住宅地を約60棟以上ほど開発した。やがてジェームスの名を取り、この地を「ジェームス山」と称するようになった。ジェームスの没後、旧邸とイギリス人住宅地を井植歳男(三洋電機創業者)が所有したことにより、近郊住宅地としてのジェームス山が誕生した。青山台一丁目には、井植を顕彰する井植記念館が建つ。また塩屋の異人館は1989年の映画「花の降る午後」の撮影場所にもなった。ジェームス山開発を行う塩屋土地株式会社は、井植家の資産管理会社でもあり、アイジー興産(ジェームス山自動車学院)、淡路フェリーボート(洲本ゴルフ倶楽部)、ユーアールエー、ホテルアナガとともにグループを構成する。


やま2


ジェームス山塩屋カントリークラブ

655-0872 神戸市垂水区塩屋町7丁目1-1078-751-3211

http://www.shioyatochi.co.jp/jpn/house/clubhouse/

会員制のインターナショナルクラブで、当社が運営する「ジェームス山」および「パラマウント六甲」の居住者のためのサービスセンターです。レストラン・バーや多目的ホールをはじめ、ミーティングルームやキッズルーム、フィットネスルームを備えており、空手やヨガ、バレエなどのレッスンから、華道や書道といった日本文化とふれあえるカルチャースクールまで幅広く開講されています。


【参考】「パラマウント六甲」

豊かな自然と都市文化に恵まれた、閑静な高級住宅街として知られる神戸東部(神戸市灘区)の六甲山の麓にあります。古くから避暑地として発展してきた六甲山。現在では、観光地として、さらにはゴルフやスキー、アウトドアなどが楽しめる身近な一大レジャースポットとして人気を博しています。その麓の傾斜に組み込まれるように悠然と構えているのが「パラマウント六甲」。安藤忠雄氏設計のこの「パラマウント六甲」は、住宅としては初の日本文化デザイン賞を受賞。「人工と自然が調和した美しい景観、集合住宅の新しいスタイル」と絶賛され、今では通称『六甲の集合住宅』として広く知られています。


やま3


関西聖書神学校聖泉館

655-0872神戸市垂水区塩屋町6-32-15078-751-2126

http://kbc-bw.sakura.ne.jp/Kansai_Bible_College/Welcome.html

イギリス人宣教師B・F・バックストンとP・ウイルクスの働きに端を発し、松江の赤山にバックストンが開いた聖書塾の流れの中で神戸市御影で持たれていた聖書学舎が、塩屋に移転して来たのは1930年でした。1958年、関西聖書神学校と校名を新しくし、現在に至っています。現在まで多くの神学生がここで学び、訓練され、諸教会へと遣わされていきました。これも神様の不思議な御働きによるものです。これからもなお多くの神学生が導かれ、訓練され、遣わされて行くようにと願っています。


やま4


◆ジェームス邸

655-0872神戸市垂水区塩屋町6-28-1078-752-2288

http://produce.novarese.jp/jmt/

名前のとおりジェームス氏が住んでいたことでこの名前になっています。アーネスト・ウイリアムス・ジェームス氏(18891952)は昭和年(1930)神戸に居住しカメロン商会を経営するイギリス人貿易商で昭和年(1934)に塩屋に自宅を建造した。さらにイギリス人のための住宅地を約60棟開発した。やがてジェームスの名を取り、この地を「ジェームス山」と称するようになった。ジェームス氏の没後、旧邸とイギリス人住宅地を井植歳男(三洋電機創業者)が買い取り自宅として使用されていた。またこのへんの土地は塩屋土地が管理するようになった。井植歳男氏が亡くなった後は三洋電機の迎賓館として使用されその名称も「望淡閣」と名付けられた。この名称は井植氏が淡路の出身でいつも淡路に対する郷愁の念があったと言われています。


やま5


やま6


・・・さあ、「ジェームス邸」の中に入りましょう。