ミュージアム | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

・・・リベンジ平城京。正月の2日に行ってあいてないのはあたりまえで、かろうじて「平城京歴史館」に入れただけでも儲けものだったわけですが、


へい1


◆【平城宮跡資料館】◆

630-8003奈良市佐紀町0742-30-6753


へい2


・・・無料ですが、さすが「奈文研」です。


平城宮跡資料館は、平城宮跡のことを分かりやすく解説する施設として、2010年にリニューアルオープンしました。奈良文化財研究所の約50年にわたる平城宮の調査をもとに、いにしえの奈良の都へ皆様をご案内します。


へい3


平城京は、今から1300年ほど前に奈良市に建設されました。その中心の平城宮には天皇の住まいや官公庁が集まっていました。甲子園球場が30個も入る広大なスペースには、現在様々な公開施設があります。平城宮跡資料館では出土遺物や復元模型の展示をしています。



へい4


・・・子どもたちが興味をもって学習できるような工夫もされていました。


へい5


第一次大極殿

平城京の正門である羅城門と平城宮の正門である朱雀門を結ぶ朱雀大路の延長上、宮の中央には、南から北へ向けて緩やかに傾斜する空間が広がっています。この場所を、第一次大極殿院と呼んでいます。大極殿院は、天皇の即位や元日朝賀などの国家儀式、あるいは外国使節の歓迎の儀式がおこなわれた施設です。平城宮には大極殿院と想定される地区が、この他にも東隣にもう一か所あります。このうち第一次大極殿院地区は、710年の平城京への遷都当初から740年に恭仁京へ遷都されるまでの間、大極殿院が置かれていたところでした。南北320m、東西180mの範囲を築地回廊で囲み、南半分を広場とし、北半分では磚(せん、粘土を焼き固めた灰黒色の煉瓦)積みの擁壁を設けて高い壇を形成し、天皇の座がおかれる建物である大極殿を配していました。

平城宮跡では、1978年に策定した「特別史跡平城宮跡保存整備基本構想」に基づき、宮跡全体を「遺跡博物館」とみなした整備・活用事業が、文化庁によりすすめられています。その一環として第一次大極殿院地区では、中心建物である大極殿(大極殿正殿と呼称)の復原工事が、遷都1300年となる2010年の完成を目指して2001年より開始されました。奈文研は、現在、文化庁が進めるこの復原事業に対し、専門的立場から復原のための基礎研究に重点を置いて協力しています。なお、文化庁により、復原工事の過程を広く公開するとともに、関連資料を展示する施設として、第一次大極殿正殿復原工事一般公開施設が、復原工事現場に隣接して設置されています。


・・・こちらは「文化庁」なんですね。