古市古墳群 | すくらんぶるアートヴィレッジ

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16墓山古墳


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-はか1

羽曳野市役所の西側に、宮内庁が誉田山古墳の陪塚として伝応神天皇陵古墳ほ号の名で管理している前方後円墳があります。

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一般には墓山古墳と呼んでいるこの古墳は、西に前方部を向けて築かれており、羽曳野市の中で第5位の規模をもつ大型の前方後円墳で、5世紀はじめ(約1,600年前)に造られたと推定されます。全長225m、後円部の直径135m・高さ21m、前方部の幅153m・高さ19mで、盛土は三段に積まれています。後円部と前方部のつなぎ目には造り出しがあり、周囲には深い濠が掘られ、その外側には幅約25mの堤がめぐっています。


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陪塚というには余りに巨大であり、周囲に中・小規模の古墳が配されている。堂々とした王陵と見なしてもおかしくありません。墳丘の斜面は石でおおわれ、平坦部には埴輪が列になって並べられています。中心部には竪穴式石槨が造られ、長持形石棺が納められているようです。すぐ北にある野中古墳は墓山古墳に付属する陪塚と考えられていますが、この古墳には鉄で作った多量の武器や農工具が納められていて、墓山古墳の主が貴重な鉄を多量に所有していた実力者であったことが推定できます。


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ご覧のように周囲にはお墓がいっぱいあって・・・なるほど墓山古墳と呼ばれるようになったんだなあと実感できます。


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17向墓山古墳

墓山古墳への途中左手に、小さな古墳が築かれています。向墓山古墳です。一辺の長さが68m、高さが10mの方墳で、古市古墳群のほぼ中央に位置しています。二段に築成され、墳丘は厚い葺石で覆われ、原形がよく保たれているという。宮内庁は、誉田山(応神天皇陵)の陪塚として、墳丘部分を管理しています。内部の埋葬施設は不明ですが、周囲から出土した埴輪から古墳時代中期の5世紀前半に築かれたと推測されています。誉田山古墳の陪塚ならば、応神天皇に仕えた有力な臣下を埋葬した墓と考えられます。